48 光あれ
地底街には瓦礫が積み上がっており、賑やかな街の面影は消えていた。獣人やドワーフ、ケンタウロスから妖精まで様々な亜人が集っている。翼を持った亜人たちは自由に飛び交い、風で砂埃が舞う。
瓦礫の山で作られた壇上には誰も登っておらず、そこを取り囲むように黒い翼を生やした悪魔が立っている。
深く帽子をかぶったエルマーは、賑わう中央付近を通り過ぎ、隅っこの瓦礫に座った。手に持っていた紙を開けば「復讐を誓いし亜人よ、零時に地底街へ集え」と書かれており、差出人にはガルの名前が刻まれていた。
「あなたも来たのね」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
顔を上げた先に立っていたのは、余所行きの恰好をしたカミラだった。毛皮のコートに身を包み、唇には真っ赤な紅を引いていた。
「やあ、カミラ。コリンとアシュリーの様子はどうだい?」
「二人とも元気に過ごしてるわ。本当に素直でいい子たちよ。もっと子どもらしくしてほしいくらい」
「それを聞いて安心したよ。君には感謝してもしきれないな。二人を預かってほしいなんて無理を言ってしまってすまなかった」
「気にしないで。家は少し賑やかなくらいが丁度いいのよ」
カミラは微笑みを浮かべながら、大きな瓦礫に寄りかかった。
二人は集まっている亜人たちには混ざらず、彼らを遠目から眺めていた。
「ここにあなたがいるのは少し意外だったわ。復讐なんて望まなさそうじゃない」
「君だって、どうしてここにいるんだ」
「私は様子を見に来ただけよ。あなたは?」
「……復讐したいわけじゃない。ガルが何をしようとしているのか知るために来たんだ」
「行末を見守りたいのね」
「いいや、ただの傍観者になるつもりはないよ。私は私のやるべきことをする」
「やるべきことって?」
「亜人と人間の戦争を止めるんだ」
胸の内に秘めていた覚悟を、エルマーは初めて口にした。彼の宣言を聞いてカミラはわずかに目を見開いた。
「一人で戦争を止めるつもりなの?たしかにあなたは強いけど、血を飲まずに闘うなんて無茶よ」
「血の代わりならある」
エルマーは足元に置いていた鞄から小瓶を取り出した。ガルから受け取った小瓶には、わずかであるが錠剤がまだ残っていた。
「これを飲めば一時的に力を手に入れられる。いざというときはこれを飲んで戦うつもりだよ」
「強くなりたいと願うのは生き物として自然なことだわ。でもあなたの弱さは優しさの裏返しだから、無理に変わる必要なんてないと思う」
「優しいだけではだめなんだ。今のままでは戦争を止められない。もう誰かを失うのは嫌なんだ。周りの優しさに甘えて、自分の弱さから逃げて、いつも守られてばかりだった。だから変わらないといけない。これを飲んで強くならないといけないんだ」
エルマーはこれまで見送ってきた死を思い浮かべながら本音を吐露した。
頼みの綱である小瓶を強く握った瞬間、大きな鐘の音が鳴り響いた。二人は音のしたほうへ視線を向けた。中央付近で何かあったのか、集まっている亜人が次々に歓声をあげ始めた。
「いよいよ始まるみたいね。あなたはそこで聞くつもり?ガルのことを知りたいなら正面から立ち向かうべきじゃない?」
心の奥底まで覗き込むようなカミラの視線に耐えかね、エルマーは瓦礫から立ち上がった。
二人は人混みをかき分けて騒ぎの中心までやってきた。瓦礫の壇上には悪魔が数人整列しており、みな黒を基調とした軍服のような服を身につけている。列の中央がぽっかりとあいており、つかつかと足音を立ててやってきたガルがその空白を埋めた。大きな旗と剣を持っている彼女は、見ているだけで息を呑んでしまうような、強者のオーラを放っていた。
ガルの登場に会場が沸き、地底街に活気が戻ってきたような錯覚に陥った。周りには流されず、エルマーはあくまで冷静な気持ちで彼女を見上げていた。
その時、突然ガルが旗竿で地面を叩いた。大きな音に驚いたのか、会場が一瞬で静まり返る。皆がガルに釘付けになり緊迫した空気が流れ始めた。
「君たちはここに何があったか覚えているか」
ガルが聴衆に問いかける。背筋をしゃんと伸ばし、凛とした佇まいに皆が夢中になっていた。
「ここは活気溢れる街だった。森へ追いやられた我々にとって、最後に残された憩いの場だった。だが今はどうだ。残っているのは瓦礫と行方不明者の骨だけだ。いったい何人が犠牲になった?まだ幼い子どもや、なんの罪もない亜人が大勢殺された」
ガルの言葉に賛同して亜人たちは声を上げた。「俺の店も潰された」と叫ぶゴブリンや「私は子どもを殺された」と叫ぶ雪女など、各々が思いのたけを述べる。怒りが渦巻き会場の温度が徐々に上がっていった。
空気が変わっていくのを感じながら、エルマーはガルの話に耳を傾けた。
「我々はこれまで酷い迫害を受けてきた。自由に暮らす権利を奪われ、生きる権利さえ奪われようとしている。ここで立ち向かわなければこの森すら奪われてしまう。傲慢な人間によって我々は絶滅の危機に瀕しているのだ」
悪魔たちが同時に黒い翼を広げた。彼らによって生まれた風がガルの持っている旗を揺らす。旗に描かれているのは太陽のようだった。ガルの胸につけられた金色のバッチにも太陽が描かれている。
「時は満ちた。これまで受けてきた屈辱を果たすときがきたのだ。私が希望の光となり、必ず君たちを勝利に導いてみせる。人間への復讐を誓いし者よ。不条理な運命に抗い、共に自由を勝ち取ろうじゃないか」
ガルの言葉を合図としていたのか、羽を広げていた悪魔たちが一斉に飛び立ち、聴衆に向かって何かをばら撒き始めた。皆が必死になって手を伸ばしている中、エルマーは足元に落ちていたものを拾った。どうやらピンバッチのようで、ガルがつけているものと同じ太陽が描かれていた。
「私はここに血正軍の創立を宣言する。不浄な人間の血を絶やし、正しい世界の再生を目指す組織だ。我々に賛同するものは者は徽章を受け取ってくれ」
ガルの言葉を聞いた亜人たちは、ピンバッチを掴み取ろうと躍起になっていた。エルマーはピンバッチをつけることも手放すこともできなかった。
「決戦は五日後、流星群が降る夜だ。戦う覚悟のある者はここに集まってくれ。日没とともに出発する。説明は以上だ」
決戦の日が想像よりも早いことに驚き、エルマーは目を丸くした。
口を開いたまま唖然としていると、一瞬ガルと視線がぶつかった。ガルは表情ひとつ変えずに前を向き直した。隙のない佇まいを見て、彼女の意志の強さを感じたのだった。
「我らの森に光あれ」
ガルは堂々と言い放ち、颯爽と壇上から降りた。ピンバッチをつけた亜人たちは興奮冷めやらぬ様子で「我らの森に光あれ」と大声で繰り返していた。ある者はガルの名前を呼びながら泣き崩れ、ある者はピンバッチを大量に抱えて飛び回っている。
雨のように降り注ぐ徽章から逃げるように、エルマーはその場を立ち去ろうとした。
「それ、どうするつもり?」
隣にいたカミラに声をかけられ歩みを止める。手に持ったままのピンバッチを強く握りしめ、彼女と視線を合わせた。
「君はどうするんだい」
「自分が作ったもの以外身につけないって決めてるの」
カミラは微笑を浮かべて迷いなく答えた。彼女の強さを目の当たりにしたエルマーは、今さら迷っている己の弱さに気付かされた。戦争を止めるなんて無理かもしれない、ならせめて森を守るべきかと考えが揺らぐ。
しかし、エルマーはウィリアムのことを思い、覚悟を決めたのだった。
「カミラ、君に頼みがある」
「何かしら」
「戦争を止めるために、私に協力にしてくれないか」
エルマーはカミラをまっすぐ見つめた。カミラは驚いた顔をもせず、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「死に急いでいた頃の私なら喜んで協力したでしょうね。今はすぐに答えを出せないわ。あなたが可愛い子どもたちなんてよこしたからよ」
「……本当にすまない。君に頼ってばかりで情けないよ」
「どうして謝るの。私は感謝しているのよ。あなたは私に生きる理由と弱さをくれたから」
カミラは微笑みに幸福感を滲ませ「答えを出したら会いに行くわね」と言ってその場を去っていった。
コツコツと足音を立てて進んでいく彼女の背中を見送り、誰もいない瓦礫の壇場に視線をうつす。飛び回る亜人たちの起こした風で旗がたなびいている。旗に描かれた太陽を見つめて、エルマーは天敵の存在に思いを馳せた。
未だ続く「我らの森に光あれ」の大合唱に顔をしかめた彼は「光ならもうあるじゃないか」と誰にも聞こえない声でつぶやいたのだった。




