2 木苺(回想)
かごいっぱいの木苺を持って、アニーは庭のブランコに歩み寄った。姉のクレアがそこに座っており、彼女は目隠しをしたまま風に揺られていた。彼女を驚かせようと、アニーはわざと遠回りをして近づいた。
「このにおいはアニーね」
クレアはすんと鼻を鳴らした。
アニーは唇を尖らせ「つまんないの」と呟いた。空いてるブランコに座った彼女は、隣から姉の横顔を眺めた。クレアの髪に宿った蛇が気持ちよさそうに眠っている。
アニーは蛇の寝顔を観察しながら木苺を口に放り入れた。
「また木苺をとってきたのね?」
「いっぱい取れる場所を見つけたの」
「一つ貰ってもいい?」
「いいよ」
アニーは小さな手で木苺を掴み、差し出されたクレアの手に乗せた。クレアは木苺の香りを嗅いでからそれを口に入れた。
彼女が木苺を頬張る様子を、アニーはつま先でブランコを揺らしながら見ていた。
「おいしい。まだ沢山ある?」
「うん。でも残りはジャムにしてもらうの」
「じゃあこれ以上つまみ食いはできないわね」
クレアはブランコを漕ぎ始め、軽やかに宙を舞った。
軽快な彼女の隣で、アニーはじっと木苺の入った籠を見つめていた。真っ赤に熟した果実の誘惑に心が揺れる。
しばらく悩んだ彼女は、木苺を二つ掴んで顔を上げた。
「一個ずつなら食べてもいいと思う」
アニーは木苺をクレアに差し出した。つま先でブランコを止めたクレアは悪戯に微笑み「そうね。お母さんには内緒にするわ」と言った。
二人は隠れるように身を縮こませて木苺を食べた。互いの怪しい挙動を笑い合い、罪の味を堪能したのだった。
アニーは何の気なしに一階の部屋へ視線を向けた。開け放たれた窓でレースカーテンが靡いており、その奥に眠っている父親の姿が見えた。
「お父さん大丈夫かな」
「薬をもらいに行ったんだから大丈夫よ。きっとすぐによくなるわ」
アニーは心配で表情を曇らせた。クレアに励まされても心は晴れず、父親から目を離せなかった。ぴくりとも動かない彼を見ていると、ある名案が思い浮かんだ。
「あのね、今度流れ星が見れるんだって。お母さんに教えてもらったの。だから流れ星にお父さんが元気になりますようにってお願いする」
「それはいい考えね。私も一緒にお願いするわ。その流れ星っていつ見れるの?」
「うんとね、たぶん明日、いや明後日かも」
「もしかして忘れたの?それじゃあ願い事できないじゃない」
クレアは困ったように笑った。彼女の笑い声につられて、アニーもへらりと笑みをこぼした。
「クレア、アニー、そろそろおやつの時間よ」
家の中から聞こえてきたのは母親の呼び声だった。
「はーい」と声を揃えて言ったアニーとクレアはすぐにブランコから降りる。先に立ち上がったアニーがクレアの手をとり、家に向かってゆっくりと歩き出した。
クレアの蛇が目を覚まし、大口を開けて欠伸をした。
「今日のおやつはなんだと思う?」
「くるみのスコーンかな」
アニーは握った手を前後に揺らしながら当てずっぽうで答えた。すんと鼻を鳴らしたクレアは、得意げな笑みを浮かべて「私はバナナマフィンだと思うわ」と言った。二人はそれぞれおやつを予想しながら家に入った。
木苺の入ったカゴをテーブルに置き、二人で手を洗いに行く。指先までしっかり洗ってテーブルに戻れば、三人分の紅茶やカトラリーが並んでいた。アニーはクレアを席まで案内して自分も席についた。
キッチンから出てきた母親は目隠しをしたまま器用にトレイを運んでいた。
「今日はバナナマフィンよ」
母親はバナナマフィンが乗った皿を二人の前にそれぞれ置いた。こんがりと焼き色がついたそれを見て、アニーはクレアに声をかけた。
「クレアはなんでもお見通しね」
「そうでしょ?」
クレアは得意げに笑い、フォークを手に取った。彼女の真似をするようにアニーもフォークを掴む。
二人は「いただきます」と声を合わせ、バナナマフィンを食べ始めた。美味しそうに食べる二人を前に、母親は満足げに微笑んだ。彼女の頭に宿った蛇まで満足げな表情を浮かべていた。
優雅なティータイムを見守っていたのは、カゴの中で囀っている一羽の青い鳥だった。




