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エピローグ

 それから十年。蒼太は、今も天文学者として活躍していた。彼の研究は、国際的に評価され、多くの論文を発表していた。しかし、蒼太の活動は、研究だけではなかった。彼は、「星屑プロジェクト」という非営利団体を設立していた。これは、末期患者とその家族を支援する団体だった。医療面だけでなく、心理面、精神面でのサポートを提供する。そして、「死とは何か」「どう生きるか」について、共に考える場を提供する。このプロジェクトの名前は、もちろん、薫子の本から取ったものだった。


 プロジェクトの事務所には、薫子の写真が飾られていた。微笑んでいる薫子。その写真の下には、薫子の言葉が刻まれていた。「大切なのは、どう生きるかです」


 ある日、蒼太は、新しいボランティアの研修で講演をしていた。


「私のパートナーは、若くして亡くなりました」蒼太は語った。「彼女は科学者で、無神論者で、死後の世界を信じていませんでした。しかし、彼女は、最期に、一つのことを理解しました。死は、終わりではない、ということです。もちろん、肉体は消えます。意識も消えます。でも、私たちが生きた証は、残ります。愛した人の記憶の中に、残した作品の中に、与えた影響の中に。そして、何より、この宇宙の物質とエネルギーの循環の中に」


 蒼太は一呼吸置いてから続けた。


「彼女は、星屑に還りました。しかし、彼女は、今も、私たちと共にいます。このプロジェクトの理念の中に、私たちの心の中に。そして、彼女が影響を与えたすべての人の中に。これが、私たちの信じる『永遠』です」


 聴衆は、静かに聞いていた。中には、涙を流している人もいた。講演の後、一人の若い女性が蒼太に近づいてきた。


「森川先生」女性は言った。「私の母も、最近亡くなりました。母は、先生のパートナーと同じように、死後の世界を信じていませんでした。それで、母が、今、どこにいるのか、わからなくて……」


 蒼太は、優しく微笑んだ。


「お母様は、あなたの中にいます」


「どういう意味ですか?」


「あなたが覚えているお母様の笑顔、お母様が教えてくれたこと、お母様と過ごした時間。それらすべてが、今、あなたの一部になっています。そして、あなたが誰かに優しくするとき、あなたが誰かを助けるとき、そこにはお母様の影響があります。つまり、お母様は、あなたを通じて、この世界に生き続けているのです」


 女性は、涙を流しながら頷いた。


「ありがとうございます。少し、楽になりました」


 蒼太は、女性の肩に手を置いた。


「お母様を大切に思い続けてください。そして、お母様が誇りに思うような人生を生きてください。それが、最高の供養です」


 女性は、深く礼をして去っていった。蒼太は、窓の外を見た。夕陽が、空を染めていた。


「薫子」蒼太は心の中で語りかけた。「見てる? 君の教えは、こんなにも多くの人を助けているよ」


 答えは、もちろん、なかった。でも、蒼太には、薫子の存在が感じられた。夕陽の美しさの中に、人々の笑顔の中に。そして、蒼太自身の心の中に。


 その夜、蒼太は久しぶりに、薫子の本を読み返した。何度読んでも、新しい発見がある。薫子の言葉は、色褪せない。本の最後のページに、薫子の手書きのメッセージがあった。出版前、薫子が書き加えたものだ。


『蒼太へ


もしこの本を読んでいるということは、私はもうこの世にいません。でも、悲しまないでください。私は、幸せでした。あなたと出会えて、愛し合えて、共に考え、学び、成長できて。それで、十分です。


あなたには、まだ長い人生があります。それを、大切に生きてください。私のために生きるのではなく、あなた自身のために。でも、時々は、私のことも思い出してください。笑いながら。なぜなら、私たちの時間は、悲しいものではなかったから。美しいものだったから。


ありがとう、蒼太。すべてに。永遠の愛を込めて。


薫子』


 蒼太は、本を閉じた。涙は、もう流れなかった。代わりに、穏やかな微笑みがあった。


「ありがとう、薫子」蒼太は呟いた。「君との約束、守っているよ」


 蒼太は、窓を開けた。夜の空気が、部屋に流れ込んできた。空には、満天の星。その一つ一つが、物語を持っている。生と死の物語、始まりと終わりの物語。そして、永遠の循環の物語。


 蒼太は、星空を見上げながら、思った。私たちは、皆、星の子供だ。星から生まれ、星に還る。その間に、私たちは、生きる。愛する。学ぶ。成長する。そして、影響を残す。それが、人間の物語。それが、薫子の物語。それが、すべての人の物語。


 蒼太は、深呼吸をし、穏やかな気持ちで、ベッドに入った。明日も、新しい日が来る。新しい発見がある。新しい出会いがある。そして、薫子は、いつも蒼太と共にある。星屑として、記憶として、愛として、永遠に。それが、宇宙の約束。星屑の約束。


(了)

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