第4話 ルリアルトのダンジョン
氷塊が当たった頭頂部を撫でながらメイドが持ってきた軽い食事を摂ると、バルトは街中散策を希望する。
陽がまだ天辺にあり、日没まではまだ時間がありそうだ。
そう考えると、バルトは朝っぱらから大騒ぎを起こしたことになる。
ルリアルトの人々に余計な心配を掛けたものだと反省した。
「大丈夫。ちゃんと問題ないって周知済みよ。だから気にすることないわ」
顔に出ていたのか、ルリアはバルトの考えを見透かしたようにそう言った。
それなら遠慮せず街を歩かせてもらえると、バルトはルリアと並び部屋を出る。
一方で女神と呼ばれるルリアと並んで歩くことがいらぬ火種とならないかが心配だったが、ルリアが何も触れないため、まぁいいのだろうと考えるのをやめた。ひっそりと側に控えていれば問題ないはずだ。
塔を出ると賑やかな街が広がっていた。
昼時だからか、飯屋にも人が溢れ活気がある。
しかし、耳障りな騒ぎなどは一切聞こえてこない。
これだけの人がいれば、どこかのバカが騒いだりするのが当たり前の世界なはずなのに、ルリアルトは落ち着いた品位ある街というのが空気でわかった。
ルリア達を目にした住民達は、珍しいものを見たかのように驚きに目を見張るとすぐに頭を下げたり、直立不動になったり、手を振ってきたりと人によって対応は様々だ。
ルリア達の視界に映っていないにも関わらず、頭を下げ続けている者もいる。
それは恐れではなく、畏れであり、そこには畏敬の念が確かに見えた。
そんな中、ルリアに気づいたうちの一人、狐の獣族――これまた美しい女性がルリアに挨拶をしに傍まで来る。
二言、三言、雑談を交わすと、その女性はバルトへも一礼し、街の雑踏の中に戻っていった。
「今のは?」
「お店関係を取り仕切ってるメロウよ。彼女がルリアルトの経済の立役者ね。外からルリアルトに根付いた者達がすぐこの街に馴染めるのもお店や経済観が外の世界とほぼ変わらないように彼女達が段取りをしてくれているからでしょうね」
「そうすると、彼女も長命なのか?」
「長命だけど彼女は三代目よ。狐族の寿命は長くても四百年くらいだから。でも、代替わりしても、狐族の商売人の腕はルリアルトの中で一番なのは間違いないわ。外の世界の商人にこの街を悟られない流通の仕組みや商人仲間達の絆の強さ、この街の流通を荒らされていないのは、彼女のおかげでもあると思うわ」
「そんな商売人のトップすらもへこへこするなんて、流石女神様だな」
「ちょっとむず痒くなっちゃうけどね。こういうの得意じゃないのはあなたもでしょ」
「まぁな。そもそも人が多すぎて人酔いしそうだ」
バルトの声に、ルリアは苦笑い。
「旦那ぁ、ルリアは千年ずっとこんなこと言ってんだぜ? こんだけの街のトップ張ってんのに、どんだけ照れ屋なんだって話だよな」
「レナス、照れ屋は堂々とあんな口付けはしない」
「確かに!!」
「ちょっと、あなた達!」
ルリアが二人を窘める。
そんな微笑ましい光景に、バルトの頬も緩む。
女神と崇められるルリアと共に街を歩くことに、少なからず好奇や嫉妬の眼差しを受けると不安だったが、バルトはそれがただの杞憂に終わり安堵していた。
いくらかの視線は案の定受けたが、そこに悪感情は感じない。恐らくこの街の人にとって、ルリアのすることは全て正しい、そういうことなのだろう。
そうして街を歩いていくと、武器を携え、鎧など防具を身に付けている者達が増えてきた。
身なりは冒険者と変わらない。
彼らが何者なのかと問うてみれば、
「基本的に出番はないけど、防衛戦力であり、挑戦者ね。この辺りに鍛冶屋が多いのはそういうことよ」
「挑戦者? 何の?」
「ダンジョンよ」
ダンジョン。
膨大かつ凝縮された魔力が形成する悪意に満ちた地下迷宮と言われている。
魔力は意志を込めて使用することでこの世界に干渉する。
つまり、魔力所有者が悪意を込めればダンジョンになり、込めなければただの魔力として世界に吸収され、無償なる真の善意を込めれば魔力が供給される楽園――エデンが出来ると言われている。
当然のことながら、エデンなんてものが形成できたことなんて聞いたことがない。そもそも魔力を他者に与え続ければ例え膨大な魔力を有していてもいつかは枯渇するのだから。故にエデンとは夢物語の代物なのだ。
しかし、ダンジョンは存在する。
大きさや凶悪さはダンジョンマスターの魔力量と精神汚染度合いに比例する。例えばマスターとして主に名が上がるのが魔力量で名が知れている竜――ドラゴンだ。
ドラゴンはその膨大な魔力でダンジョンを形成し、寝ぐらに引きこもっていることが多い。
それを倒せば竜殺しの名誉とドラゴンが蓄えたとされる金銀財宝や古代の魔装具が手に入ることもあるらしい。
そういうアイテムについては現実的にはあまり聞いたことのない程度の信憑性であり、準夢物語というところか。
もちろんドラゴンだけがマスターというわけでもなく、魔力量の豊富な厄介モンスターはダンジョンマスターになり得る存在というだけだ。
そんなダンジョンが――
「あるのか?」
「森の中に三つ」
「はぁ?!」
大きさにもよるが一つあるだけでも冒険者達が集まり、街がひとつ出来上がるくらいの経済効果を生み出すダンジョンが三つというのは、異常としか言えない。
だが、ルリアの言葉を拾い、レナスとミリスが更に続ける。
「そんなんで驚いたらやってけねぇよ旦那。この街の裏の海の中にも一つ」
「そして塔の下に一つ、計五つが、このルリアルトのそばにある」
「……」
三人の言葉にバルトは声を失う。
これがルリアルトじゃなければ、とてつもない冒険者大国が出来ていたかもしれない。
「踏破者はいないのか?」
ダンジョンはダンジョンマスターを討てば消滅する。
地下迷宮を作っていた魔力は世界に取り込まれ、何もなかったかのようになる。
だからバルトの問いは問いにはならなかった。
「いないから今もあるのよ」
「そうだけど……ルリア達は挑戦しないのか?」
「興味ないもの。街に被害が出れば話は別だけど、ダンジョンマスターが外まで出てくることは稀にあってもこの街を襲ってきたことはないし。ただ、塔の下のダンジョンだけはマスターと話はつけてあるわ。暴れられて街に被害が出たらたまったものじゃないし、ダンジョンは形を変えてもらって倉庫として使わせてもらっているわ」
「海のは手つかずで、森の三つは挑戦者達も、自分達が防衛戦力として力をつけるための訓練場みたいに思っている者が大半だよ。だから無茶して最奥まで進もうなんて者は基本的にいないね」
「そういった意味では、宝の持ち腐れって感じなんだけどなぁ」
三人がさらりと話を進めるが、聞き捨てならない言葉にバルトは流れを止める。
「ちょっと待て。話をつけたって? マスターと対峙済みってことか?」
「そうよ」
ルリアは笑って頷いた。
どうやら塔の下のダンジョンマスターが、この近辺のダンジョンのボスらしく、森の三つも、海の一つも塔のダンジョンマスターの傘下として側にダンジョンを形成したとのこと。
「そのマスターって、ドラゴンだったりするのか?」
「見たい?」
「え? 本当にドラゴンなのか?」
ルリアは悪戯な笑みを浮かべると掌を上に向け、
「おいで、ロキ」
ルリアが言うと、一瞬の煌めきの後、鷹ほどの大きさのミニドラゴンが現れた。
本当にドラゴンとは思っておらず、バルトは驚きを隠せないが、その可愛らしいほどの小ささに拍子抜けする。
「こんな小さいのがダンジョンマスターなのか?」
『この失礼な人間はなんだ、ルリィ』
見た目とは裏腹に渋い声が響く。状況的に目の前のミニドラゴンの声だった。
「突然ごめんなさいね、ロキ。この人はバルト。私の最愛の人よ。あなたを見てみたいって言うから呼んじゃったの」
最愛の人って……家族だよな、とバルトは照れつつ頬をかく。
「あとバルト、ロキは元の大きさで呼んだら街が大変なことになるからこの大きさに留めてるの。実際はちゃんとドラゴンだし、年齢だって私達なんかよりずっと年上よ?」
「そ、そうなのか。すまない。バルトだ。失礼をした」
ロキに向かい、バルトは自己紹介と共に頭を下げる。
『余はロキ。お前達人間が言う幻獣種を統べるドラゴンであり、ルリィに浄化され、その芯の強さを気に入って従属しておる。ルリィの最愛というのならば、今回限りは不問としよう』
「浄化?」
「精神汚染のことよ」
ロキはルリア達と対峙した際は、ダンジョンマスター然とした暴虐極まるドラゴンだったらしい。
それを三人で抑え、ルリアがその精神を安定させたということのようだ。
話のスケールが大きすぎる。竜殺しどころか、竜使いになっているなど、バルトは自分の家族がとてつもない強者であることを再度認識せざるを得なかった。
「あたしとミリスは押さえつけてただけで、浄化には加われてないけどな」
あっけらかんと宣うレナスだが、ロキはレナスとミリスに向かって不満を口にする。
『ドラゴンとしての自信をまさか赤熊と銀豹に打ち砕かれるとは思わなんだ。全く動けんほどに押さえつけられるなどと』
「いいじゃないか、結果今があるんだ。今の方が楽しいだろう?」
ミリスがそう言いながらロキの頭をポンポンと撫でる。
俄然年上のドラゴンにそんな態度で大丈夫なのかと思いきや――
『ふん。まぁ若く美しいおなごに弄ばれるのも悪くはない』
どうやら、ただの変態ドラゴンのようだ。
そんな変態ぶりは周囲には聞こえないとは言え、やはりミニドラゴンはそれだけで目立つ。
鍛冶屋街の挑戦者達による好奇の目を掻い潜りながら、ロキに周辺のダンジョン事情を聞くと、どうやら森の中の三つのうちの二つのダンジョンマスターは荒くれものらしく、ロキが直接従属を促したところで従う奴らではないとのこと。
であれば逆に残りの一つはチャンスがあるということだ。
ダンジョンチャレンジはしたことがないが、話が通じるダンジョンマスターがいるのであればチャレンジしたいと密かに思う。
「別に害をなさないなら放っておいていいのよ?」
ルリアがそう言うのももっともだ。
奪うことを是としないルリアとしては、それが例えダンジョンであろうともその信念は揺るがないというわけだ。
その信念にはバルトも賛同している。
故にバルトもダンジョンマスターに挑み、消滅させたいと言うわけではない。
話のわかるマスターなのであれば、挑み、倒し、その後に仲間になれる可能性があるのではないかと思うのだ。
今のルリアとロキのように。
幻獣と呼ばれるほどのモンスターを自らの力で仲間にするというのは、漢のロマンである。
「俺も小手調べでどれかのダンジョンに潜ってくるかな」
「え? どうして?」
「腕試し。身体の調子も整えないと、自分がどれだけルリアルトに貢献できるかわかんないからな」
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
「そうそう、旦那はいてくれるだけでいいんだ」
「主人に仕事させるわけにはいかないだろう」
三人してバルトをヒモにさせようとしてくる。
その一方で――
『働かざるもの食うべからず。この三人には不要じゃが、周囲に対して己の価値を示すべきじゃな』
ロキがもっともなことを言う。
バルトもロキの意見に同意だった。
三人が良くとも、周囲がどう見るかという問題はルリア達のそばにいる以上必ずついて回る問題だ。
今は好奇の目で終わっているが、それが悪い蟲と思われればルリアルトの不和に繋がりかねない。
それだけはバルトは避けたかった。
「よし、潜る」
「「「え!?」」」
『その潔さ、嫌いではない』
三人の驚きと、一匹の賛同が重なる。
その後は早かった。
それならとついてこようとする三人を説得すると、ルリアから指輪をつけられる。
絶対に外さないことを条件に、ルリア達不在でダンジョンに潜ることを許可されることになった。
ひとまず塔に戻ると、ひと通りダンジョン探索に必要なアイテムは塔の倉庫から貰うことになった。
と言っても、水袋と荷袋に水と食糧を詰め込むくらいしかできることはないのだが。
ただそれすらもバルドには貴重だった。
金を払おうとしても手持ちはゼロであり、これらの荷物に代金を払うにも払えない。
ルリアは不要と言うがそれはダンジョン探索後に何とかすることにして、バルトは準備を進めるのであった。




