第3話 家族の愛
「本当にここがルリアルトなの?」
「言い伝えからするとそういうことだけど……」
「森からはこんな街壁もあんな塔も見えなかったわ」
「結界だろ。なんたって女神の都だぞ」
「だとすると、これから聖獣の試練があるってことになる」
女三人、男二人がざわつく中、見張りが櫓の上で硬直する姿が見える。
その姿を見て、男の一人が呟く。
「どうやらお出ましだ」
外壁に埋め込まれた目の前の大扉が開くかと思いきや、外壁を飛び越えて男達の目の前に降り立ったそれは、見たこともないほどに美しい獣族の女達――ミリスとレナスだった。
「何用だ」
銀髪が眩しいミリスから、凛とした声音が響く。
しかし、その声音に旅人達は、自分達の命が掌で転がされると自覚できるだけの圧を感じた。
隣にいるレナスは何も言わないが、その圧に変わりはない。
「ルリアルトの言い伝えを信じて探しに来ている途中、み……道に迷った。食糧もついて、ようやくこの場所に辿り着いた。雨風が凌げる場所を借りられたらありがたい。対価は払う」
リーダーであろう男が一歩前に出て申し出る。
しかし――
「悪意ある略奪者は通さない」
その一言に、旅人達が仲間同士で「略奪?」と顔を見合わせ、そのうち、一人の女に疑いの目をやる。
するとその女が突如慌て始めた。
「ち、違う! 私もあなた達と同じで行き倒れになりかけてたの、知ってるでしょ!?」
「悪いが、同じ慧族のよしみで同行を許しただけだ」
旅人達は本来の仲間ではないのだろう、一人の女からゆっくりと距離を取る。
目の前にいるミリスとレナスを敵に回すわけにはいかないという判断だろう。
その様子に女は苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。
「くそっ……あと少しで潜入できたのに。今回は諦めてやる! 場所は覚えたからな!」
そう言うと女は身を翻し、脱兎の如く木の枝へと飛び乗る。
かなり訓練されているようだ。その他の旅人達の表情も驚きに満ちていた。
その時、レナスが動いた。
「通さないとは言ったけど、帰してやるとは言ってねぇんだよなぁ」
親指を支点に中指を弾くと、女の体が枝から落ちた。
ピクリとも動かず、少し遠目からでも女が息絶えていることがわかる。
「お前達」
残った男女二人ずつの四人の旅人にミリスは向き直る。
「は、はい!」
「この街に残っても構わないし、一時の場所として立ち寄ることも許す。だが、無闇な場所の口外は許さない。その時は――」
「わかってます! 決して漏らしません!」
直立不動の四人を見て、ミリスは振り返り、見張りに手を挙げる。
すると、大扉が開いた。
「悪意を持って人のものを奪うな。他者を侵害するな。それがこの街のルールだ」
「ありがとうございます! お世話になります!」
「この森の中、よく来たな! 魔物に狙われて気が休まらなかったろう、ゆっくり休んでいけ!」
レナスがガハハと笑いながら旅人達の背中を叩く。
旅人達は目を白黒させながらも怯えた様子でコクコクと頷く。
その様子にミリスは苦笑していた。
「ミリス様、レナス様、あれはあのままでよろしいですか?」
「構わない。魔物が持っていくさ」
「承知しました」
「見張りの務め、いつも感謝する」
「お疲れお疲れぃ!」
「あ……ありがたきお言葉!」
二人の言葉に、入口までおりてきた見張りは感極まった様子で身を震わせていた。
旅人達四人を連れ立って門をくぐると、ミリスは旅人達にいつも通りに言葉を贈る。
「ようこそ、女神の都、ルリアルトへ」
何故、この街の名がルリアルトとして浸透しているのか。
それは全てミリスの仕業だ。
ルリアはこの街に自分の名を冠することに抵抗があった。
しかし、ミリスはいつかバルトが目覚めの時を迎えたとき、誰もが知る都としてその名が耳に入れば、遠く離れた場所であったとしてもルリアの存在に気づけるだろうと。今では場所は秘匿されているが、不条理に晒された者達を救うための場所として、その示唆は許しているし、そういう噂話を検証すれば辿り着けなくもない。
いつかバルトが辿り着けるようにと、その可能性を残すべく、ミリスが密かに浸透させていたのだ。ルリアとバルトの名を連ねる形で。
そのひたすらに積み重ねた策略が意味なく終わったことをミリスは特に不満に思わない。
慕うルリアとバルトの名を冠する街で、人々が幸せに暮らしている。その事実だけでもう十分だった。
◇◇◇
レナスとミリスが門番の仕事に行くのを見送ったあと、バルトはルリアに疑問を投げかける。
ルリアは「悩みが何もないわけじゃない」と言っていた。
それが何なのか。
「バルトは、もう神様を信じてるでしょう?」
それはもちろんと頷く。大切なもの達は奪われずに済み、時はだいぶ流れたようだが、今、こうして共にいられる。そんな絶大な恩を受けてしまったのだ。信じないわけにはいかない。欲を言えば千年もの間、ルリア達を待たせることなく、早々に復活させてもらいたかったところだが、それはワガママだろうと自律する。
「もうひと柱いるのも知ってる? 目的が似て非なる神が」
ルリア曰く、この世界には神がいる。それも二人。
一人はヴィシュア。これがバルト達を救った神なのだろうと想像はつく。
その名はバルトも知っており、世に当たり前に溢れているヴィシュア教の善神と言われる、人々の平和と幸福を願う神だ。
ただ、ヴィシュア教はどの国でも信者から金を巻き上げるだけの詐欺集団という認識しかない。
神の恩恵――奇跡など御伽話の世界でしか聞いたことがなかったから。
まぁ信じるという行為それだけで救われている人がいるなら、詐欺とは言えないのかもしれないが。
そんな宗教の神が、本当にバルト達を救ってくれた神だというなら、もう一人の神もバルトは想像がつく。
「邪神ベリス――」
バルトの言葉にルリアは頷く。
慧族をはじめ、エルフ族、ドワーフ族、獣族など全ての人類を滅す存在と言われている神だ。
その人類に敵対する悪魔族は全てベリスの眷属とされている。
しかし腑に落ちない。
「目的が似て非なるっていうのはどういうことだ? ヴィシュアは人類にとって善神じゃないか」
善神と邪神。
どう考えても目的が同じとは思えない。
「書物によれば、ヴィシュアは争いのない世界を目指している。人類が作り出す争いのない世界を。でも、ベリスはそもそも人類がいなければ争いがない世界になるという考えみたいなの」
その論理は間違っていない。
人はどうにも争いを起こす。
バルト自身、それに嫌気がさして世俗を離れて生きていたから。
「だから邪神って言われちゃうんでしょうね」
呆れた様子でそうこぼすルリアには、しかし危機感も何もない。
「ヴィシュアにベリスを倒せとか言われてるわけじゃないのか?」
ルリアはそれを否定する。
ルリア達を救った神はただ、争いのない世界が見たいだけであり、もう一柱の神をどうこうするとは考えていないらしい。
「その辺りは何を考えてるのかわからず終い。あなたと別れた時に、あなたがいつか目覚めるようにしたからってだけで、千年も音沙汰なしよ。それが悩ましいところってことかしら」
「なんだそれ」
「本当それ」
「でも争いのない平和な街づくりはしてたんだな」
「別に神様の意を汲もうとしたわけじゃないわ。ただ私は、私達の生活を奪い、あなたと離れ離れという状況を作った略奪者を許せない気持ちが強かったってだけよ。そうしたら、いつの間にかこんなことになっちゃったの」
だからね――と。
「私、女神でも何でもなく、千年もの間、ただねちねちと略奪者を許さずに蹂躙してて、あの日の出来事を根に持ち続ける性悪女っていうだけなのよ」
そう笑うルリア。その表情には大人びた冷静な彼女だけではない、少し自虐的な幼い彼女も垣間見えた。
しかしバルトはルリアを性悪だなんて思うわけもない。
「俺達が穏やかに暮らせるところを千年もの間、諦めずに作ろうとしてくれたってことだろ。愛されてるねぇ俺」
茶化すように冗談めかして笑う。
そんなバルトの様子に不満げに頬を膨らませ、もうっ――と、ルリアはバルトの頬に手を添える。
「そうよ。あなた、とても愛されてるの。重いわよ、私達」
「千年の愛が軽いわけないだろ。それに家族なんだ。その重さを負担に思うわけ――」
バルトの言葉は途中でルリアの唇に塞がれる。
頭の中が真っ白になり、一瞬の瞬きのあと、ルリアは悪戯な笑みを浮かべてバルトを見つめていた。
「ル、ルリア! なななんてことを! 俺達は家族なんだから――」
「家族なんだから問題ないでしょ、スキンシップよ」
「問題ない……のか?」
幼きルリアがバルトの腕の中で寝ることももちろんあったし、ルリアがバルトに甘えて抱きつくなんてことも確かに日常茶飯事だった。
ただ、口付けをした覚えはない。
バルトにとってルリアは妹のような娘のようなそんな感覚だったからだ。
しかし、今や絶世の美女である。
しかも性格もバルトからすれば文句なし。
嫁には絶対出したくないと思う。
本人がスキンシップだと言うのであれば、構わずそれを受け入れたくなるのが男の性だが、倫理的にどうなのかとバルトは頭を悩ませる。
混乱の最中に目をキョロキョロさせると、部屋の入り口でワナワナ震えるレナスとミリスがいた。
無事に仕事を終えたらしい。
「あああああああ!!」
「ルリア、自分だけというのはズルいだろう」
レナスはバルト達を指差して叫び、ミリスは腕を組んで溜め息を吐く。
「あら、おかえりなさい」
勝ち誇ったように楽しそうな顔のルリア。
彼女が千年もの間、自我を失わずにいられたのはレナスとミリスのおかげかもしれない。
だから――
「「おかえりなさいじゃない!」」
「あ、こら! あなた達!」
そういってバルトに突進してくる二人を咎めるルリア。
しかし二人はそんな静止を聞くこともなく、バルトに抱きつき、頬擦りし、スキンシップの嵐が起こるが、バルトは抵抗せずに甘んじた。
レナスとミリスには、顔を舐められまくった過去もあるし、何も問題はない。
いくら美しい獣人になったとはいえ、こいつらは赤熊と銀豹なのだから問題はないのだと割り切る。
割り切りながらも、神へ感謝を捧げ、顔をうっかりニヤけさせてしまうと――
「バルト?」
冷たい笑みを浮かべたルリアが、バルトのだらしない顔を真っ直ぐ見つめていた。
「いや、ちが――」
何が違うと言うのか。バルト自身わからない。
わからないが、何故か否定しなければならないと思った。
ただそれだけ。
しかし、その否定はルリアの耳には届き入れられず。
ルリアが指を鳴らすと、バルトの頭の上に拳大の氷の塊が出現し、勢いよくバルトの頭へと落下した。
「痛っ!」
ルリア以外に鼻の下を伸ばすことは罪である。
そう学んだバルトなのであった。




