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聖獣が護る女神の都  作者: 727


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第2話 千年の絆

「何で急に思い出させたりなんかしたんだよ」

「思い出させたわけじゃないわ、偶然だったの。それに私だって、まさか肝心なところが思い出せないなんて思わなかったし」

「ルリアも舞い上がっていたんだ、わかってやれ」

「わかるけどよぉ」

「ごめんなさい、私が確かに迂闊だったわ。ちゃんと説明してあげるべきだったのかもしれない」

「ほら、ルリアは真面目なんだから、責めるんじゃない」

「別に責めてねぇよ」


意識が覚醒していく中、そんなやり取りがバルトの耳に届く。

身体は柔らかい布に包まれているようで心地よい。


目を開けると天蓋付きベッドに寝かされているようで、声はすぐ両脇から聞こえてきていた。

左にはルリアがベッドの縁に腰掛けており、右には窓際に置かれたテーブルと椅子に、二人の獣族のこれまた美しい女性がいた。加えて石造りの部屋はかなり立派で大きかった。


「……お目覚めかな?」


落ち着いた耳心地のよい声は銀髪の女性から。

その声を聞いたルリアと、もう一人の赤髪の女性がバルトへ視線を向ける。

寝たまま返事をするのも気まずかったバルトはその身を起こすと、ルリアへと目を向ける。


その目に映る美しいエルフは、確かに少女の面影があって。

バルトの胸には何とも表し難い想いがぐしゃぐしゃに入り混じる。


「ル……ルリア……なのか?」

「えぇそうよ、わかる?」


この「わかる?」は、どちらのことを言われているのか。

ただここがルリアの拠点で――その拠点に戻ってきたという現状の理解の確認を指しているのか、ルリアがバルトの記憶の中のルリアであることを指しているのか。


それをはっきりさせるため、バルトはトラウマへと一歩踏み出した。


「俺は……君を守れなかったはずじゃ――」


バルトの言葉にルリアは一瞬驚いた様子だったが、すぐに穏やかな表情に戻ると、ゆっくりとバルトに問いを投げかけた。


「私達が襲われたこと、気にしているのね?」


その問いで、このルリアがバルトの知るルリアだと悟る。

しかし、それならそれで、今、目の前にルリアがいることはバルトにとって僥倖でしかない。

それでもわけがわからなかった。

だが――


バルトは思わずルリアの頬に手を伸ばす。

温かい。


「ちょ――どうしたのよ、くすぐったいわ」


クスクスと笑う彼女の吐息を感じる。

ルリアを抱き寄せ、その胸に耳を当てる。

鼓動を感じる。


「へっ?! もう……しょうがないわね」


ルリアはバルトを跳ね除けるわけでもなく、優しく、バルトの頭を両手でその胸に包み込む。


「ほら、大丈夫よ。私は、生きてるから」


慈愛に満ちたその声は、バルトの中に染み渡る。

改めてルリアを抱き締めると、バルトの目からは涙が溢れていた。


「よかった……よかった……」


どれくらいの時間を、そうしていただろうか。

ルリアの顔は見えなかったが、ルリアの肩もまた震えており、時折り鼻を啜る音も聞こえた。


漸く落ち着きを取り戻した時、バルトは部屋の中に他にも女性が二人いたことを思い出し、ルリアから身を離す。

ルリアが心なしか離れ難い様子だった気もしなくもなかったが、バルトは気恥ずかしさにそのまま身を離して二人の獣族の女性へと向き直る。


「すまない。ルリアは俺の家族みたいに大切な奴で――」


言い訳を並べようと発した言葉は、すぐに二人の女性に遮られた。


「ひでぇなぁ旦那。あたし達のことは思い出してくれないのかよ」

「そう言うな。仕方ないだろう。主人(あるじ)は知らないのだから」


ルリアとバルトの抱擁の間も、生温かい目でバルト達を見守っていた二人は、親しげな笑みを浮かべながらそう口にする。


「えっと……旦那に主人って?」


戸惑っているバルトに、少し赤みの残る目元を軽く押さえるルリアが助け舟を出した。


「赤髪がレナスで銀髪がミリスよ。覚えてるでしょ?」


ルリアに言われた名を今のバルトは確かに思い出していた。

でもその名は――


「あいつらは赤熊と銀豹で、人じゃないじゃないか」


ルリアが拾ってきた仔熊と仔豹。

それがバルトの記憶の中にあるレナスとミリスだ。

危険な魔獣と言われている赤熊と銀豹だったが、バルトにもルリアにも懐き、共に過ごした家族だ。


ルリアが血の海に沈んでいた時も、その二頭はルリアを守るようにルリアの側で息絶えていた。

その光景に再びバルトの胸が痛むも、ルリアにもう心配をかけるわけにはいかない。


何をバカなことをとルリアに笑いかけると、ルリアは二人に向かって、ほら、と声を掛ける。


促された二人を見れば、瞬間、光を放ち、その光が消えるとそこには立派な赤熊と銀豹が現れた。

バルトは呆けて開いた口が塞がらなかった。


「おいおいマジかよ……本当にお前らなのか?」


その言葉と共に目元に再び涙が込み上げる。

ベッドから飛び降りると、ふらつきながらもバルトは涙を隠すようにレナスとミリスに全体重を預け、その温かく柔らかい体躯に身を埋めるのだった。




◇◇◇




「およそ千年か……そりゃ確かに神の御業だな」


ルリア達からあの日の出来事の顛末を聞き、部屋のテラスから外を見ながら時の流れに呆然とする。

眼下に広がるのは記憶の中に残る地形と一致しているように思える。

バルトが住んでいた時よりもだいぶ森が大きくなっているように感じたが千年も経っているならそれも当たり前だろう。


バルトが幼き日のルリア達の死を目の前にし、この世の不条理に憎しみを込めて慟哭したあの日は確かにあって。

しかし、その慟哭に、たまたま通りがかった神が気まぐれなのか手を差し伸べた。


バルトは自身の全てを代償にルリア達の蘇生を願い、神はそれに応えた。

目を覚ましたルリア達の前には、光の粒子となって消えゆくバルトの姿があったらしい。


『目覚めの時は来る』


神いわく、バルトの意志の強さ故に魂は壊れもせず、また世界の輪廻にも巻き込ませないようにしたため、記憶も浄化されず保持される。つまり、そのままの姿で復活する時が来ると。

ただ、神の魔力の中で人が自身の肉体の再構成を行うことにどれだけの時間がかかるかはわからない。


そう神に説明を受けたルリア達は、消えゆくバルトへ、止まらぬ涙を流しながらバルトが再び現れる日まで世の不条理を少しでもなくし、バルトと共に平穏に生きられる場所を築き上げることを誓った。

それがバルトの想いでもあったから。


そこから千年。


ルリアはエルフのため元から長寿だが、神の力で復活したことで、レナス、ミリス含め三人とも生者としての命の限界は常人とは比べものにならなくなっているらしい。レナスとミリスは成長とともに人化もできるようになり、もはや神の眷属と言えるのかもしれない。


三人はバルトが再び現れる日を待ち続け、世の不条理と戦い、また、バルトが戻ってきた際に落ち着いて暮らせる拠点を築くために奔走した。

結果、それが今いる街――ルリアルトとのことだ。


「皆様、お茶が入りました」


見知らぬ声に振り返ると、エルフ族でも獣族でもない慧族のメイドがお茶や菓子を運び込んでいる。


「慧族?」


慧族の人間に思わず言葉が刺々しくなってしまったらしく、メイドは身を固くして怯えてしまった。


「こら、バルトもでしょ。慧族みんなが酷いことをするわけじゃないのだから、種族への偏見はわかるけど、それを表に出してはダメよ」

「う……そうだな。俺もそれを許せないはずなのに……不快な想いをさせてしまった。すまない」


メイドに頭を下げると、メイドは慌てた様子でバルトの言葉を否定する。


「そんな! おやめください! 慧族を疎ましく思ってしまう気持ちは私もわかっておりますので――」

「いや、君が恐縮する必要はない。今のは俺が完全に悪い。申し訳ない」

「そうよ、シェリー。今のはバルトが悪いの。だからこの人を赦すかどうか、あなたが決めなさい」

「へっ? えぇ!? そんな! 許します! 許させてください!」


シェリーと呼ばれたメイドはルリアの言葉に目を丸くしながら即座に答えた。


「だそうよ。よかったわね、バルト」

「あぁ、助かった、ありがとう」


謝罪すらも聞き入れてもらえないとなれば、バルトの胸の内の罪悪感は消えることなく残っただろう。


気をつけなければならない。

いくら千年前ルリア達を傷つけたものが慧族だからとは言え、全ての慧族を警戒してはならない。

警戒の対象は種族問わず他者を侵害する空気を纏っている者だと改めてバルトは心に刻む。


それにしても、メイドか。

言ってしまえば気になるのはメイドの彼女だけではない。

眼前に広がる森や地形は確かにバルトの記憶にあるものだが、今いる部屋――塔の更に足下を見てみれば、記憶の中にはない大きな街が広がっている。

これこそがルリアルトというわけだ。


「この千年、すごいことを成し遂げたんだな、ルリア達は」


バルトの言葉に、三人はどう答えたものかと顔を見合わせる。

レナスとミリスは既に人型に戻っていた。


「別に、褒められることはして来てないわよ。私達は不条理を許さない。不条理に見舞われた人達を放ってはおけないし、不条理には不条理で応える。そう暮らしてきたの」

「そしたらまぁ、救われたって奴らが、ルリアを女神様って感じで崇め始めてさ」

「女神様のためにと、街づくりも主体的に始め、このルリアルトができた」

「徐々に人も増えるし、人が増えれば当然食糧も必要で、何もしないで暮らさせるわけにはいかないから、仕事も増やさないといけないでしょ? そうしたら私達の身の回りの世話をする仕事も作ってほしいってなって、そうして沢山の仕事を作って今に至るだけなのよ」


三人がそれぞれ過去の経緯を補足していく。

聞いているバルトからすれば、それはもうただの建国物語では?と思わず溜息が溢れた。


「そうね、吟遊詩人達にはそう謳われているみたいよ。遥か昔、女神が建国した聖獣の守る都、ルリアルトってね。女神に聖獣ですって」


ふふっと楽しそうな顔のルリアには千年という時の長さへの苦しみは見られない。

バルトはそれだけでよかったと思う。

用意されたお茶に礼を言い、お茶会が始まった。


「このルリアルトはもはや一つの国なんだと理解したけど、他国との戦争や侵略はないのか?」

「はじめの頃はあったわよ。ただレナスとミリスのおかげね。この子達、容赦ないから。干渉がなくなった頃から結界を張って存在を隠しているというのもあるし、出入りする人はレナスとミリスの目利きにかなった人達だけだから、ルリアルトの存在も出回らないし。あ、少し前に隣国が来たこともあったけど、秘匿と不可侵を誓わせてあるわ」


容赦ないと言われたミリスとレナスは心外だと表情を固くする。


「ルリアも同じ、いや、私達以上だろう。私達は門番として適切に対応しただけの話だ」

「そうだそうだ! ルリアがやってたら聖獣が守る女神の都なんて言われずに殺戮の魔女の都ってなってただろうな」


穏やかに微笑むミリスとガハハと笑うレナス。


「私は人のものを奪って当たり前という考えを持つ者が許せないだけ。そういうのは死んで当たり前よ――っとまぁそういう感じで二人が門番としてそういう者達を排除してくれた。今でもこの場所の情報は救いを求める者達のために噂話程度、信頼できる商人達の力も借りて流布されてるから、それを耳にしてふらりと来る者達や宝があると信じてやってくる無謀な者達もいるけどね。レナスとミリスのおかげで何も問題はないわ」

「三人とも強くなったんだな。平和に暮らせているようで安心したよ」


ただのお茶会にしては不穏な話題だが、長年生きているだけあってその強さは折り紙付きのようだ。逆にバルトが守られることになりそうでもある。


「悩みが何もないってわけじゃないんだけどね」


ルリアがそう溜め息を吐いた時、先ほどお茶を入れてくれたメイドとは別のメイドが部屋の扉をノックして開いた。


「ルリア様、旅の者らしきものが門まで来ておりますが――」

「レナス、ミリス、任せていいかしら」

「「御意」」


ルリアの声に、二人が部屋から出ていく。

送り出すメイドも「いってらっしゃいませ」と頭を下げている。


「門番の仕事か?」

「そうね。二人とも鼻が利くから。悪人を街に入れないチェック機能としてあの二人にかなうものはないわ」

「信頼してるんだな」

「それはそうよ、千年も共にいるのだから」


バルトも早くその信頼を得られる程に実績を残さなければと思う。

家族の絆は感じられる。ただ、この街を作り上げてきたことにバルトは関与できていない。

そこに僅かな負い目を感じていた。






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