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聖獣が護る女神の都  作者: 727


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第1話 転生と邂逅

聖獣が守る女神の都、ルリアルト。

その街は争いがない夢の街として密かに語り継がれている。

その街に辿り着くには魔物がひしめく深く暗き森を越え、更に聖獣の試練を受けねば入れないとされており、その実態が記録されているものはもはや御伽話レベルの書物でしかなかった。


そんな街の中央、天高く聳える塔の上から、眼下に広がる森を眺める一人のエルフの女がいた。

その瞳には森から立ち昇る魔力の奔流が映っている。


「「ルリア!」」


ルリアと呼ばれたエルフの女の背後から赤髪の女と銀髪の女の切迫した声がかかる。


「私がいく。レナス、ミリス、あなた達は街に被害が及ばないようにここに――」


レナスと呼ばれた赤髪の女が興奮気味にルリアの言葉を遮る。


「あたし達も!」

「いえ、この魔力をおさめるのと調査に時間がかかるかもしれない。私達3人が身動き取れなくなるのは避けるべきだわ」

「だがこの魔力量はさすがに――」


あまりに膨大な魔力。

その魔力量に銀髪のミリスも躊躇いを隠せない。


「大丈夫よ、悪意は感じないから。あなた達がそんなに狼狽えてどうするの。任せたわよ」


そういうと、テラスの手すりの上からルリアは美しい白金色の髪をたなびかせながら身を翻す。

次の瞬間にはもう、レナスとミリスの瞳からはルリアの姿は消えていた。

目の前の魔力の奔流に狼狽えていたレナスとミリスだったが、テラスから飛び降りたルリアの表情に拍子抜けする。


「なんか、今、ルリア笑ってなかったか? 大丈夫か?」

「鈍感なレナスにもそう見えたか」

「なんだよ! やんのか!?」


突っかかってくるレナスを横目に、ミリスは魔力の奔流を見ながら呟いた。


「いつぶりかな。ルリアのあんな顔は――」


そんな二人の察しの通り、魔力の奔流へと向かうルリアの足取りは軽かった。

火山の噴火のように溢れ出る魔力の奔流の大元に辿り着いたルリアは、その勢いを目の前に感嘆の息を吐く。


「流石ね」


そう言いながらも、ルリアに焦りは見られない。

悪意を感じないのもその理由の一つではあるが、何よりもただ流れ出るだけの魔力を制御するのはルリアにとっては造作もなかったから。


これが悪意を持った放射状に広がる魔力爆発であったなら被害が出るところだったが、まだそういうわけでもない。

魔力には意志を込め、世界に投げかけなければこの世界に物理的な影響を与えることは出来ない。


ただ悪意がないとはいえ、このままもし魔力爆発に至れば森に少なからず悪影響が出る上、何よりこの森に跋扈している様々な魔物が活性化することは明白だ。

早くおさめるに越したことはない。


「さて、それじゃあ顔を見せてもらうわよ」


ルリアはそう言うと、眩く輝く魔力に手を突き入れた。

その流れに自らの魔力を同調させると、少しずつ魔力を霧散させていく。


半刻ばかし経った頃には膨大な魔力の奔流は消え去り、ルリアの前には、紫紺の髪色の壮年というところの一人の男が眠っていた。





◇◇◇





熱さに思わず意識が覚醒する。

身体の内側で血液が巡っているのが手に取るようにわかるくらいに、感覚全てが熱を訴えていた。


何がどうなっているのかわからない。

自分が大きな魔力の奔流の中にいるというのは、何となく理解できた。


ただ身体が動かせない。

眩い程の光が眼前に広がっており、ここがどこなのかもわからない。


唯一の救いは、耐えきれない程の熱さではないということ。

であれば、落ち着くまで待てばいい。

いつまでこれが続くのかはわからないが、きっとその内に終わるだろう。


そう楽観的に考えると意識を手放す。

徐々に奔流に身を任せる気持ちよさを感じ始めていたのもあり、意識を手放すのは簡単だった。


そして再び意識を取り戻した時、目の前には白金色の長い髪をいじりながら自分を見下ろす絶世の美女がそこにいた。耳の長さとその美しさがエルフであることを物語っている。


「おはよう。ちゃんとお目覚めかしら?」


透き通る声は耳にも気持ちがいい。

見てよし、聞いてよしな美女に話しかけられていることを理解するまでに幾ばくかの時間を費やすと、ようやく声を発した。


「君は――」


自分の声のはずなのに、何とも久しぶりに聞いたような不思議な感覚だった。

疑問を感じながらも、ふと、自分の頭が柔らかいものの上に置かれていることに気づく。


「膝枕?」

「私はヒザマクラなんて名前じゃないわよ」


当たり前だ。

こんな美女の名前が膝枕なわけがない。

覚醒し始める意識の中で、見てよし、聞いてよし、触れてよしな美女であることを心の中で訂正する。


「私はルリア。あなたは?」

「俺は……バルト」


バルトの反応に、ルリアの耳がぴくりと動いた。


「バルト、どうしてこの森に?」

「森……?」


すまない、と謝りながら身体を起こすとバルトは周囲を見渡す。

確かに森だった。

しかし、何故自分がここにいるのか――


「わからない。ここは? 何が起こったんだ? 何も……思い出せない……」


自身に起きていることはわけがわからないが、美女に介抱されているというシチュエーションは中々味わえるものではない。

記憶も曖昧であり、夢なのかもしれないと思ったバルトは願望をそのまま口に出す。


「だから、もう少し君の膝枕を堪能したいところだ」


バルトの言葉に「そ、そう」と戸惑いを見せながらルリアは立ち上がり、今この場で起きたことをバルトに話した。

膝枕はさらりとスルーだ。当たり前だ。

バルトは自分の失態を密かに恥じる。


「膨大な魔力が放出されて魔力爆発になりそうだったのだけど、魔力には悪意が込められてなかったからそうはならず、特に被害は出ていないわ」

「ルリア……君が止めてくれたのか?」


勝手に止まったのか、止められたのか。

介抱されていた状態を鑑みると、バルトは止められたのだと推測していた。


「えぇ。結構な魔力だったから記憶障害もきっとそのせいね」


やはり自分は助けられたのだ――そう確信するとバルトは居住いを正し、軽やかで上質な淡い青白色の衣服に身を纏う絶世の美女の正面に胡座をかきながら両の握り拳を地面につけて頭を下げる。


「ありがとう」


バルトのその様子にルリアは苦笑する。


「お礼を言うのは早いわ。あなたどうせ、行く当てなんてないのでしょう?」


その通りだ。記憶もなく、自分の名しかわからないバルトは、この魔物の気配が漂う森の中に放置されても生きていける自信がない。


ルリアの言葉はこの先のことを言っているのだ。

そしてバルトもまた、その厚意に甘んじるしかなかった。


「すまない、恩に着る」

「潔いわね。まぁあなたの思っている通り、ここに置いていくことはしない。私の拠点まで案内するわ」

「何をするかもわからない不審者なのに、いいのか?」


ルリアから見れば、森の中で魔力を放出したどこの馬の骨とも知れない怪しい男だ。

普通だったら、そんな男を自分の家まで案内などしない。

しかもこんな美女なら尚更だ。


「何かするつもりなの?」

「いや、しないが――」

「ならいいじゃない」

「だが男ってのはいい女を前にするとわからないぞ?」

「それはお褒めの言葉としてのみ受け取っておくわ」


まぁ魔力爆発に繋がりかねないものを止めたということは、それなりの実力があることの証左だ。魔力の扱いに長けているのは流石エルフと言ったところか。


「……教えてほしいことがある」

「なぁに?」

「魔力制御の方法だ。世話になる拠点で迷惑はかけられない」


ルリアはふっと笑うと、立ち上がる。


「心配しないでいいわ。あなたが次に魔力を暴走させようとしたり、魔力爆発を起こそうとしても、そんなことにはならないわ」

「え?」

「気づいていないの?」

「な、何が?」


なぜなら――とルリアは続けて


「そもそもあなたの身体に、魔力が流れていないのだから」

「は!?」


バルトは自身の身体に意識を巡らせる。

そこには確かに、魔力と呼べるものは何も感じられなかった。


状況の整理がひと段落したところで、ルリアの拠点に向けて森の中をルリアと並んで歩きながらバルトは現状に頭を悩ませていた。


「魔力がないなんてことあるか?」


この世界のものには全て魔力がある。これは世界の常識であり、記憶障害のあるバルトであっても、そこは理解していた。

だからこそ、魔力を感じない自分という存在を、バルトは信じられなかった。


「そんなこと言っても、目の前にそういう人がいるんだから、あるんでしょとしか言えないわ」

「そりゃそうだけど」


思いのほかルリアは驚いていない。

エルフは長命だからこそ、今までにもこういうことを経験しているのかもしれない。

だがしかし、魔力がない人がいるってのがあり得るとして、それなら――


「魔力爆発になりそうだったってのは、なんだったんだ?」


ルリアはバルトに起きた現象を魔力爆発になりかけのものと言った。

バルトも魔力の熱に包まれていた記憶は少なからずあった。

そうすると、あの魔力は誰のものだったと言うのか。

頭を悩ませていると、バルトの耳にルリアの思いもよらぬ言葉が届いた。


「神が干渉しているから、ということが一番納得のいく結論かしらね」

「神ぃ!? ルリアは神様いる派なのか?」


あまりに突飛な発言に、バルトはルリアが恩人であることを忘れて猛烈に突っ込む。


「……えぇ。その様子だとバルトは信じてないってところかしら?」


寂しげな顔をするルリアを見て、バルトの胸は痛んだ。

信仰は個々人の自由だ。

それを他者が否定する権利はないし、すべきではない。

どう答えたものかと思案するも、変に誤魔化すことはしたくないと、素直に想いを吐き出した。


「信じてるルリアには悪いけど、俺はいないと思っている。神なんて何もしてくれない。なら、もしいたとしても、いないのと同じ。神がいるなら、世界のみんな幸せに暮らせるはずなんだ。理不尽や不条理な出来事に巻き込まれることもなく――ぐぁっ!」


神への不満を吐き出していたバルトの脳裏に、真っ白な世界に点々と続く赤が過ぎ、ズキリと頭に痛みが走る。

あまりの痛みに思わずふらつくと、ルリアがすぐにバルトを支えた。


「大丈夫?」

「あ……あぁ、今、頭ん中に、変な景色が……」

「記憶の一部かしら。記憶が戻る時は、そういうことがよくあるみたいよ」

「……神をけなした天罰、とは言わないんだな」


心配そうにバルトを見つめるルリア。

そこには神を否定されたことの憤りなどは何もなかった。


「こういう話は押しつけるものでもないもの。それに私も、昔は信じていなかったから」

「信じることになったきっかけがあったってことか?」

「そうね。きっと、あなたもじきにわかると思うわ」


優しく笑うルリアを見て、自分の神不在論が打ち消せるものならとっとと打ち消したいとバルトは思う。


それにしても――と、ルリアはバルトの腰に下げられた剣を見る。


「あなたの剣技、見てみたいものね」

「本当に振れるのかわからないけどな。ただ、これが腰にあると、妙にしっくり来るから、多分振ってたんだろうな」


バルトは腰に下げた剣の鞘を軽く叩き、すらりと抜く。

黒い刀身とその重さから、非常に稀少な鉱石であるダクマタイトであろうと思われた。しかし、ダクマタイトは遥か昔に製錬技術が失われ、出どころすらよくわかっていない鉱石。ゆえにこの剣の価値はどれだけのものになることか。


バルトは剣技に自信はない――というか記憶がない。ただ、このような稀少な剣を持ち、また、しっくりくる感覚から間違いなく相棒なのだろうという安心感がそこにあった。


「でもルリア、君も振るんだろ? それ。しかも俺と同じダクマタイトの業物だ」


ひらひらとしつつも動きやすいだろう青白色の軽装をしているルリアの腰にも、バルトの剣よりも短いが、剣が差してある。

ルリアがそれを引き抜くと、刀身はバルトのそれと同じく黒かった。


「お守りみたいなものね。大切な人に貰ったものなの。使う時が来れば使うけど、そんな機会滅多にないから」

「それはつまり平和ってことだな。いいことだ」


笑いながらそう言うバルトの横顔を見て、ルリアの頬も緩み――刹那、ルリアがふと背後を振り返る。


「珍しいわね……さっきの魔力に当てられたのかしら」

「どうし――」


バルトも立ち止まり、ルリアが見ている先に視線を向ける。

広がる森の木々を縫って、人二人分はあろう大きさの蜥蜴が迫ってくるのが目に映る。


それはあっという間にルリアとの距離を縮め、その凶悪な顎が理不尽に迫る。

ルリアはその速さについていけていないのか、視点も体も全く動かず。


「ルリア!」


――無意識に腰の剣に手を伸ばすバルト。


いつだったか、同じような場面があった。

呆然とするエルフの少女に襲いかかる魔物。

そんな不条理は絶対に許さないと、その少女を守るために魔物と少女の間にバルトは立ちはだかった。


そんな出来事が脳裏に流れ、気がつくと、先ほどと変わらぬ森の景色がバルトの目の前に広がっていた。


「ありがとう。とても素晴らしい剣だったわ」


ルリアの声が背後から聞こえる。

バルトは自分でも何が起こったのか理解出来ていない。


手には抜き身の刀身。

わずかに血らしき液体が滴っている。


振り返ると笑顔のルリア、そして両脇には真っ二つの蜥蜴の死骸がピクピクと断末魔の声をあげていた。


「俺がやったのか?」


呆然と呟くバルトにルリアは慈しむように――


「えぇ、そうよ。記憶は少し戻ったかしら?」


その微笑みにズキリとまた頭が痛む。

先ほど見た光景にいたエルフの少女。


その子を助けたあと、行くあてもなかった少女はバルトと共に暮らすことになった。

それから、モノクロだったバルトの世界が少しずつ彩りを重ね、満ち足りた日々となっていった。


その少女が大人になれば、きっと目の前の女性のように、絶世の美女となっていたことだろう。


少女の名は――


「ル……ルリア……」

「えぇ、何かしら?」


目の前のエルフの美女は、期待するような目でバルトを見つめている。

しかし、そんなはずはないのだ。


人里離れた深い森の奥に居を構え、ルリアが拾ってきた子どもの銀豹と赤熊と共に暮らす生活は、確かにバルトに潤いを与えた。

あの幸せな時を経て、少女が大人になれたのなら、これほど嬉しいことはない。

しかし、そんなはずはないのだ。


雪が降りしきる中、出先から帰ったバルトが見た光景。

家は荒らされ、複数人の足跡が地面の雪に連なっていた。その中には小さな足跡、そして獣の足跡もあって。


胸が押しつぶされそうな嫌悪感を、そんなはずはないと必死に抑えつけながらその足跡を辿った先――そこには、真っ赤な花が咲いていた。


その花の中央にはエルフの少女、そして少女を守るように折り重なる銀豹と赤熊。

バルトが辿り着いた時、恐る恐る触れた少女達の命の灯はすでに消えていた。


「あぁ…あぁぁぁ…」


鮮明に思い出されるその光景に、バルトの身体は震え、そして怒りとも憎しみとも後悔ともわからぬ呻き声が漏れる。

その様子に、ルリアは血相を変えてバルトを抱きしめる。


「バルト! 大丈夫! 大丈夫だから!」


自身を抱き留めてくれる女性はルリアと名乗った。

しかし、そんなはずはないのだ。


自分は、彼女を守れなかったのだから。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ルリアの声を掻き消すようにバルトは激しく叫ぶ。

肺の中の全ての空気を憎悪と後悔にして吐き出す。


そして、バルトは意識を失った。








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