第一話 宇宙とは。
「第十一宇宙隊、これより宇宙へ潜航する!」
水平線まで何も見えない巨大な湖畔の空、月光が揺れる水面に一隻の舟。その甲板に並ぶ十数名の【第十一宇宙隊】の面々は、期待と不安の表情が入り交じっていた。
隊長の号令でその舟はそのまま湖畔へゆっくりと沈んでいく。
船底、船頭、甲板と、じんわり湖畔の水が舟へ浸水していき、甲板にいる隊員達のテンションは沈んでいく舟に反して昇っていた。
「うっは! とうとう宇宙に行けるぜ俺達!」
俺の隣で【クァイル】のテンションがぶち上がっていた。彼は周りにいる隊員の方をバシバシ叩きながら小躍りをしている。
「っるさい! 少しは落ち着きなよ……」
クァイルをなだめる数少ない女隊員の【アィリス】。しかし彼女もこの日を余程楽しみにしていたのか、普段の強めな口調が少し弱くなっている。
俺を含めた総勢18名による宇宙への潜航。それは誰しもが行けるような場所ではなく、厳しい訓練と選抜をくぐり抜け、ようやく参加資格を得ることが出来る危険な場所だ。
この巨大な湖畔の下に宇宙があると判明したのは約40年前。地球が太陽の周りを周っているとホラを吹いた愚かな者達はもれなく処刑され、すぐにでもこの宇宙を調査する勇敢な者達が名乗りを上げた。
それこそが【宇宙隊】。第一から第三宇宙隊は宇宙の過酷な環境を理解できていない科学者達の扇動により、生還者はたったの一人を残して全滅してしまったそうだ。
そこからは厳しい訓練と選抜を抜けなければ宇宙へ行くことが出来ないようになり、宇宙に行くこと自体が名誉な事としてもてはやされるようになった。
宇宙という未知を探求したい一心で隊員になったものもいれば、隊員という肩書きが欲しい者もいる。
「さぁ、潜るぞ!」
隊員はみな息を限界まで吐き肺の空気を極限まで抜く。体内に巡る酸素すら吐き抜く勢いで肺をしぼませ、入水と同時に湖畔の水を一気に飲み込む。
体内はもちろん、肺の中まで水で満たし、限界の限界まで空気を抜く。
この湖畔の水は、言わば【宇宙水】。肺をこの水で満たすと、空気の代わりに宇宙水が身体を循環するようになる。すると不思議と空気がなくても宇宙での活動が可能になり、地上と同じような生活もできるようになる。
「訓練で何度もやってるけど、実際潜るとなるとドキドキしちゃうね」
アィリスは無事宇宙水の循環に成功したようで、胸を撫で下ろしながら胸を高鳴らせてる。
「でも慣れると苦でもないよね。あ、めっちゃ綺麗な星」
俺は船底の方から見える底を指さした。
そこには満天のきらぼしがこれでもかと視界を覆い尽くしていた。長らく星は空にあると信じられていたからこそ、この景色は自分の目を疑いたくなる。
「お前ら入水は済んだな? これより、宇宙隊第二本部へと航行する」
沈んでいただけの舟がゆっくりと動きだし、隊長の号令とともに俺達隊員は各自持ち場につく。
宇宙には上下左右概念がないためか、第二本部へと向かっているのは分かっていても進んでいるのか分かりずらい。まだ大きな湖畔の水面が見えているとはいえ、舟の先は広大な宇宙。星のみが輝く道の無い未知。
だからこそ、宇宙は楽しい。
宇宙隊第二本部は宇宙航行において重要な役割を持つ宇宙隊の施設だ。地上と宇宙の中継地点であり、宇宙の最前線基地とも言える。
潜航して1時間ほど経つ俺達も、他のどの宇宙隊も、まず第二本部を目指すのだが…………
「二時の方向! 【アンノウン】が接近してきます!」
宇宙を泳ぐ【アンノウン】呼ばれる宇宙生物は実に多種多様な種類がいる。蛇や鳥といった陸の生物や、サメやクラゲなどの海の生物のようなものもいる中で、発見されている時点での全てのアンノウンには共通点がある。
それは、頭と体が必ずしも同じ生物とは限らない、という事だ。
そんな叫び声にも似たアンノウンの報告に皆が慌ただしくなり、甲板にいる俺達はもちろんのこと、操舵室や船内にも警報が鳴り響いた。
訓練で想定されていた事態とはいえ誰しもが冷静に動けるわけではない。持ち場に着いてはいるが、軽いパニックで体が硬直している者もいる。
ただ、隊長は早かった。
「総員第一戦闘配備! 俺とクァイルと【デイヴィッド】を軸に【蛇型】をブチのめすぞ!」
ガチャン――
キイィィィン――!
隊長は背負っていた【第十一隊専用:発破式戦鎚】を構えながら、その戦鎚の発破機構を起動させる。隊長の背丈と変わらないほど大きな戦鎚は打撃部が左右非対称になっており、幅が広く叩き潰す為に硬くされた頭と、それを打ち出す強力な発破装置が左右に分かれている。
宇宙隊の隊長にのみ支給される真白い隊服のマントを広げた隊長は大きく息を吸い込み、宇宙空間を泳ぐアンノウンへ駆け出した。踏み込んだ甲板が僅かに凹むほどの脚力で舟から飛び、真っ直ぐとこちらへ来るアンノウンに発破戦鎚を振りかぶった。
ガチンッ!――
ドガアアァァァァァァンッッッ!!――
隊長は魚の頭をした蛇型の鼻っ面に爆炎と轟音を叩きつける。すると蛇型は甲高い叫び声を発しながら、発破戦鎚により燻った鼻を舟スレスレの虚へと穿つ。
「デイヴィッド! 尾でも斬り落とすかァ!」
クァイルは持ち場に置いていた剣斧変形型の【第十一隊専用:三日月曲刃斧】を蹴り上げて肩へと乗せ、舟スレスレを通る蛇型の尾に狙いをつける。
「俺まで斬るなよ!」
俺も持ち場に置いていた形が不揃いの九本の剣から成る盾、【第十一隊専用:盾列揃片剣】を左手に持つ。その内の一本を盾から引き抜き、クァイルの隣に立って蛇型の尾を見た。
ダッ!――
俺とクァイルは掛け声も無しに甲板を駆ける。鉄で出来た甲板にギャリギャリと音を立てながら斧を引きずるクァイルより先に、俺は甲板から蛇型の尾に目掛けて跳躍。
鱗の隙間から生える毛が濃くなっていく境目に狙いを定め、右手に握るギザ歯の直剣【六番片刃】を思い切り振り抜く。と、同時に猛突進してきたクァイルが勢いを殺さないまま斧を尾へと食い込ませる。
ザシュンッ!――
ギザ歯と三日月が蛇型の尾を喰い裂いた。断面からは宇宙に居てもわかるほど光り輝く白濁液が飛び散り、鱗ではなく毛まみれの蛇型の尾が舟へと落ちる。
キャアァァァァァァアアア!!
蛇型の叫びは周囲にこだまし、舟の下の方へ落ちていったヤツは暴れ狂いながらどこかへ行ってしまう。
「運がいいな。捜索班、周囲にアンノウンはいるか?」
「いえ、アンノウンは見つかりません」
隊長は戦鎚の発破機構を停止させ背負い直す。彼は隊長に選ばれるだけあってか、判断の速さと状況確認に抜かりは無い。
ほっ、と甲板にいる隊員は肩の力を抜き構えていた武器を下ろす。皆が皆俺とクァイルのように戦うことは出来ないが、誰も簡単に死ぬ気でここに立ってはいない。
「隊長、これどーします?」
クァイルはアンノウンの斬り落とした尾に指をさす。すると隊長は、「保管庫にでもぶち込んでおけ」と適当な指示を出す。重そうに技術班の隊員が数人がかりでアンノウンの尾を持ち上げ、わっせわっせと舟の保管庫へ運んで行った。
この舟はこのままの進路で宇宙隊第二本部へと向かう。アンノウンを撃退したとはいえ、ヤツらの脅威はこの程度では済まない。この先の宇宙探索ではアンノウンとの戦闘がつきものになる。
いつまで正気を保っていられるか、それはまだ第十一宇宙隊の誰にも分からない。
ちなみに、【第十一隊専用】の武器は、隊長、デイヴィッド、クァイルの三名しか持っていません。他の隊員はナイフや剣、宇宙用拳銃や散弾銃などの量産品で戦います。