6.エドワード視点
トマスを出入り禁止にさせても、俺とイブリンとの間の小さな小競り合いは止まなかった。
あの男がイブリンの心に住み着いている、それだけでも嫉妬の炎に身を焼かれそうだった。
マリアンは変わらず屋敷に出入りするが、そろそろ言って聞かせなければならないと思っていた。なんなら知人を見合い相手として紹介するのも、良いかもしれないと思っていた。これ以上は淑女として振る舞いを改めさせなければならない。
そう思っていたのを見透かすように、マリアンが招待状を持ってやってきた。執務室に入れるのは気が引けたから応接室で話を聞く。
「ペンブルック侯爵夫人から招待状が?」
「えぇ、そうです。母とは旧知の仲とのことで、今回招待されましたの」
「そうか。それは良かったじゃないか」
俺の言葉にマリアンが膨れ面をする。子供っぽい仕草も直させなければ。
「よくありませんわ。私母と二人では不安ですの。どうかエドワード様が私をエスコートしてくださいませ」
頭がくらくらした。なぜ既婚者の俺に頼むのか。そんな事をしたら、今度は俺とマリアンがゴシップの話題になる。そんな事も分からないのか。
「駄目……ですかエドワード様?」
いつもの上目遣い。小さな頃から何かしてほしい時にする仕草は大人になっても健在だ。
俺は溜息をつき、言い聞かせた。
「今回限りだ。次はない。いいか?」
マリアンの顔色が明るくなる。
「そう言って下さると思っておりましたわ! あぁ、どんなドレスを着ていこうかしら」
近頃はマリアンと接すると妙に疲れる。幼い頃より俺について回るようになっている。よくない傾向だ。
「エドワード様、庭で綺麗な花が咲いているのを見つけましたの。一緒に見ませんか?」
問いかけているがマリアンの中では、俺が付いていくことが決定しているような口ぶりだった。
「仕事があるから少しだけだぞ」
「仕事ばかりしているから、最近のエドワード様は気難しいお顔ばかりしておられるのよ。少しは休まなくては体に毒ですわ」
無邪気に俺の手を引くマリアンに辟易しながら庭へと向かう。
庭につくと確かに色とりどりの花が咲いている。庭師の仕事ぶりに素直に感嘆する。
「見て見てエドワード! とても美しいでしょう?」
マリアンが俺を振り返ったとき、彼女の髪に葉がくっついた。
俺は花に夢中のマリアンの髪から葉を取ってやろうと、髪をすくい上げた。
「なんですのエドワード様? 私の髪になにかありまして?」
「いや、葉が付いているから取ってやろうと思ってな」
「まぁ、お優しいこと!」
マリアンの金色の髪は柔らかくふわふわしている。イブリンの漆黒の様な色とさらりとした髪とは正反対だった。
「取れたぞ」
「ありがとうございますエドワード様」
「では、そろそろ仕事に戻る」
「そんな事を言わず、もう少しだけ……」
「マリアン、俺は軍人でありアッシュフォード子爵でもある。領地の民の命を預かる身なんだ。仕事を投げ出すことはできない」
マリアンは寂しそうな顔をしたが納得したように頷いた。
ペンブルック侯爵邸に着くと、馬車と人でごった返していた。
マリアンの母が招待状を見せると中に入る。
俺にエスコートされているマリアンはご機嫌だ。パーティーに慣れていない彼女には全てが新鮮に映るのだろう。
そんな事を考えていると周りがざわつき始めた。
「エドワード様は今宵は奥方といらしてないのですね」
イブリンなら今頃屋敷でまだ仕事をしているだろう。
「そのお若いご令嬢はどなたですの?」
「イブリン様がどう思われるか……」
耳に届いた言葉を無視する。人の噂に左右されるほど若くはない。
しかしエスコートしていたマリアンが「まぁ!」と声を上げた。
「やっぱりイブリン様もいらしたのね!」
その言葉に俺は愕然とする。イブリンがパーティーに来るなど聞いていなかったからだ。
「どうして君がここにいる」
エドワードが眉をひそめる。
真紅のドレスを纏ったイブリンが、厚い化粧で冷ややかな美しさを際立たせている。
「それはこちらの台詞ですわ旦那様。パーティー嫌いの旦那様がお越しになるなんて、思いもよりませんでしたわ。しかもマリアン様と」
マリアンは空気を読まずに嬉しそうに割って入ってきた。
「招待状を頂きましたの。でも一人は心細くて……エドワードが付き添ってくださったのです」
イブリンの片眉が吊り上がる。
俺は気まずさを感じつつ、イブリンに責任転嫁をした。
「君こそ私に声をかけるべきだった。そうすれば俺は同行した。それを怠ったのは君の方だ」
「わたくしが悪いとおっしゃりたいの?」
「あぁ、今までも一人で夜会に参加していたではないか。どうせ見知らぬ男を侍らせて楽しんでいたのだろう?」
俺は冷たく言い放つ。
「そのように思ってらしたのね。ならば早く言って下さればよかったのに。わたくしを遠ざけたければ、こんなまどろっこしい真似をせずとも、直接お伝え下さればこの様な事態は避けられたはずですわ」
「大声を出すな、みっともない。そこまで気にするなら、今宵は君をエスコートしてやろう。それなら満足か?」
マリアンから離れようとすると、彼女はエドワードの腕に縋った。
「エドワード様、私との約束をお破りになりますの? 私一人ではどうすれば良いか分かりませんわ」
「だそうよ、旦那様。わたくしと違って一人で夜会を渡り歩くのが不安なマリアン嬢に付いてあげればよろしくて? わたくしは一人でも楽しめますので」
「そこまでしてこの俺と共にいるのが苦痛なのかイブリン」
「えぇ、苦痛ですわ。何を言っても嫌味しか返さない人と一緒にいて、何が楽しいとお思いで?」
それは君もだろう! 叫びたくなるのをグッとこらえる。
イブリンはますます苛烈にエドワードを責め立てた。
「旦那様にわたくしの苦しみなど分かりは致しませんわ。分かろうともされませんものね」
「君は俺に隠し事ばかりで、何も言わないではないか」
「隠す? わたくしが何を隠すと仰ってるのか分かりませんわ。隠し事がお有りなのはむしろエドワード様の方では?」
ちらりと俺の腕に絡みつくマリアンをイブリンは見遣った。
「マリアンの事を言ってるのならお門違いだ。彼女はただの幼馴染だ」
「本当かしら? 私といるより余程安らかな顔をしておられるではありませんか。そんなにわたくしの顔を見るのがお嫌なら、そろそろはっきりと仰ればよろしいのでは?」
「俺が何を君に言えと言うんだ」
「それはわざとですか? お前の顔は見たくない、家を出ろと一言仰るだけで全て解決致しますわ」
言い合いは熱を帯び、周囲の視線が集まっていく。
マリアンが俺の腕に縋りつき、イブリンはそれを刺すような目で見る。
俺は言葉を選べず、つい感情をぶつけてしまった。
「……君は離婚を望むのか」
彼女は一瞬も迷わず答える。
「さぁ、どうでしょう? 少なくとも旦那様はわたくしがいなくてもマリアン様がおられますでしょう?」
「そんなに……俺といるのが嫌だと言うのか」
「少なくとも、こうして無為な言い争いをしなくて済みますもの」
胸の奥が軋む。
俺といることが彼女にとってこれほどまでに苦痛だったとは。
「そうか。それほどまでに君は俺を嫌っていたのだな……ならば君が望む言葉を言ってやる」
俺は氷のように冷たい言葉を放った。
「君とは離縁する。……これで満足か?」
「……えぇ、とても」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分が取り返しのつかないことを口にしたと悟った。
だが、彼女はもう背を向けている。
「わたくしがいたら楽しいパーティーも台無しになりますわ。帰らせていただきます」
イブリンは好奇の目に晒されながら出ていった。
「これでよろしいのですかエドワード様」
いつの間にかペンブルック侯爵夫人が近くに立っていた。
「このような方が戦争の英雄だなんて嘆かわしい。愛する妻を守ることすらできず、一人この寒空へと放り出すなんて……」
ペンブルック侯爵夫人に言われて俺はようやく目が覚めた。
「この度はお騒がせして大変申し訳ありませんでした。今夜は失礼させて頂きます」
俺は引き止めるマリアンを無視して走り出した。
外に出ると吹雪いていた。俺は御者にイブリンを見たか尋ねるが埒が明かず、馬車の轅から馬を取り外すと制止する御者に詫びを入れて馬に飛び乗り走り出した。
イブリンはそれほど遠くへは行ってない筈だ。ガス灯の灯りを頼りに馬を走らせる。
すると真っ白な雪の中に真っ赤なドレスが血のように広がっているのを見つけた。
「イブリン!」
馬から降りてイブリンを抱えあげると、その顔は真っ青で唇も色を失くしている。
俺はイブリンを抱きかかえ、再び馬に乗った。
「直ぐに医者に見せるからなイブリン」
俺は屋敷へと馬を走らせる。
屋敷に辿り着きイブリンを抱えて下ろすと、屋敷の者たちが何事かと集まってきた。
「フォスター! 今すぐ医者を読んでくれ! あと熱い湯も用意しろ!」
イブリンを抱えて彼女の寝室に向かう。扉を蹴破りベッドの上にイブリンをそっと寝かせる。
「イブリン様! イブリン様! どうしてこんなことに……! 旦那様!」
「説明は後だ」
横たわるイブリンにローブを着せていると、フォスターが医者の来訪を知らせる。
俺たちは一旦部屋の外へと出された。
どれくらい待っただろうか。寝室の扉が開くと医者は眼鏡を押し上げながら出てきた。
「イブリンは?」
「今は落ち着いておられます。あと少し発見が遅れていたら危なかったでしょうな」
想像して俺はゾッとした。
「フォスター、応接室に案内しておいてくれ」
俺はイブリンの部屋に入るとベッドに横たわるイブリンに近付いた。
先ほどより幾分顔色は良くなっているが、それでもまだ青褪めている。
その頬に触れると氷のように冷たかった。
「俺のせいだイブリン……」
馬鹿な夫が馬鹿なことを言ったせいで、イブリンはこんな目にあったのだ。どれほど罪深いことを俺はしてしまったのか。
「目を覚ましてくれイブリン。また俺の目を見てくれ」
イブリンの冷たい手を握りしめながら俺は神に祈った。




