5.エドワード視点
食事を終え、俺は二階の執務室に向かった。
その途中、よりにもよってトマス・グレイと出くわした。
イブリンの仕事部屋に向かうのだろう、トマスは俺に軽く会釈するが、俺は眉を顰めるだけだった。
トマス・グレイ――ハートフォード商会の主人の右腕にしてイブリンと商会を繋ぐ男。端正な顔をした優男だ。イブリンはこの男が来ると、俺には見せない顔をする。
全幅の信頼を寄せられているトマスに、俺はみっともなくも嫉妬している。
仕事上の付き合いと分かっていても、屋敷に俺以外の男がうろつくのが気に入らない。
執務室に入り席につくと書きかけの書類を手に取る。仕事をしなければならないのばと思うのに、今この瞬間にもイブリンがトマスと楽しげに話していると考えるだけで頭に血が上る。
俺は書類を机に放り投げた。
近頃、屋敷にマリアンが頻繁に出入りするようになった。
いくら幼馴染とはいえ、うら若き未婚の令嬢が既婚者とはいえ、男である俺と会うのは如何なものか。それをマリアンに伝えると、泣きそうな顔で「私の事が嫌いになったのですか?」と言われてしまう。
俺は仕方なくマリアンを屋敷で自由にさせた。仕事の邪魔にさえならなければ構わない。イブリンも仕事部屋に篭りきりで忙しそうにしている。彼女の邪魔にもならないだろう。
しかしイブリンはトマスと外で仕事をし始めるようになった。執事に聞けば、できたばかりのコーヒーハウスでトマスと仕事をしているらしい。
なぜ家で仕事をしないのか。そんなにこの屋敷は居心地が悪いのか、それともこの俺がいるのが気に食わないのか。
悶々とした気持ちで心が沈む。その間もマリアンは無邪気に屋敷に出入りしては庭で一人茶を飲んだり花を愛でたりしていた。
そんな日々の中、またもやイブリンがゴシップ誌を賑わせることとなる。
「悪女と名高いイブリン・ブラックウェルは新たな燕と熱烈な恋に落ちている」
燕はトマスのことだろう。どこまでも俺の気に障る男だ。
ついに怒りが頂点に達し、俺はイブリンに棘のある物言いで責めた。
「外で男と密会とは……ブラックウェルの恥だ」
「何をおっしゃってるのかしら? 旦那様もトマスが父の右腕だとご存知でしょう? なのに今更何を恥じることがあると言うのです」
「世間は見たものしか信じない。中身など、どうでもいい。話の種になれば満足する、それが今の状況だと分からないのか?」
イブリンは冷たく無機質な表情で謝ってきたのだった。
人の噂とは恐ろしいと思い知らされる。
一度付いた火種はなかなか消えず、執事から聞いた話によればイブリンとトマスはコーヒーハウスから入店を拒否されるようになったらしい。
ならば一安心とはいかなかった。
再びイブリンが家で仕事をし始めると同時にトマスも頻繁に屋敷に出入りするようになった。
この屋敷がトマスに汚されていくような錯覚さえ覚えた。
俺は気が長い質ではない。
イブリンに屋敷にトマスを出入りさせるなと命じた。
「分かりましたわ。トマスにはこの屋敷に出入りしないよう伝えておきます。これで満足かしら?」
「いいや、満足などしない」
「なんですって?」
「君がハートフォードの仕事の一切を辞めるのならば許す」
そうすればトマスと接する機会も少なくなる。
「旦那様は私から何もかも奪うおつもりですか? 私が何もせず、一日中庭園でお茶でも飲んでいれば良いとでも?」
「女がそもそも仕事をしていることが外聞によくない」
「旦那様がそんなに頭の硬い方だとは思いませんでしたわ。私から手足をもぐのを良しとされるのですね」
「これ以上、君を自由にさせてゴシップの種にされるよりはましだ」
イブリンが絶望したような顔を見せた。心が揺らぐ。だがイブリンがあの男と共にいるだけで何も手につかなくなり、仕事もまともに出来なくなる始末。
酷な話だと分かっていても、俺は自分の欲望を優先させた。




