監視者の試練
「なあ、アルヴェインって……魔法、使えなかったよな?」
昼休みの食堂、同級生たちの視線が集まる。
「なのに、昨日の訓練……あれ、完全に“無効化”だったって話だぜ」
「ていうか、あれって……魔喰ってやつじゃないのか?」
陰口が、堂々と口にされ始めていた。
教室の空気は、明らかに変わっていた。
セリアはリオの隣で静かに食事を取っていたが、その指先は微かに震えていた。
「気にしないで」
リオはそう言った。だが、自身が一番気にしているのは明白だった。
──俺はもう、“普通”には戻れない。
午後、学院裏手の庭園で。
リオはひとり、ベンチに座っていた。
風の流れる音が心地よくも、どこか冷たい。
(自分の中に“喰う”何かがある。それを認めた時から、もう以前の自分には戻れない)
それでも、どうするべきかの答えは出ていなかった。
「──迷ってるな」
唐突に声がした。
振り返ると、そこには漆黒の学生服を着た少女が立っていた。
銀色の髪に、片眼を覆う眼帯。
その姿は印象的で、同時に“危険”の匂いがした。
「君は?」
「クロエ・ラグラン。中等科二年生──それと、特別監査課から任務で来てる。監査補佐って立場」
「……学生で、監査官?」
「特例扱い。実力主義の抜擢制度ってやつ。徽章がそれ」
胸元には黒と金の小さな十字徽章が輝いていた。
それは学院でも限られた者しか許されない、監査任務従事者の証。
「──君が“魔喰者”なのかを試す」
リオとクロエは、訓練場の裏手に立っていた。
「本来なら、こんなことは規則違反だ。でも……君の力が制御できるかは、最優先事項だ」
クロエは杖を抜いた。魔力が静かに空間を震わせる。
「模擬戦形式。私が術を放つ。君は“喰うかどうか”選んでいい」
「……!」
リオは無言で頷いた。
手のひらが熱い。“それ”が目覚め始めているのを感じる。
最初の一撃は風刃だった。鋭く、空を裂いて迫る。
リオは咄嗟に手を出す。
──ズッ……!
風の刃は、空中で“引き裂かれるように”霧散した。
「“自動”じゃない。君が“意思”で喰わせたな」
クロエは一歩踏み込むと、今度は雷撃を放った。
それもリオは喰った。
だが、その直後だった。
「──試すなら、これだ」
クロエは足を止め、短く詠唱した。
瞬間、周囲の空間が重く沈む。
(重力……!)
異質な圧力。重魔術の一種。
だが、リオは踏ん張った。視界が揺れる。
──喰うか?
(……待て。今、喰ったら全体に影響が出る)
喰うのではなく、耐える。
リオは必死に身体を支えながら、地を睨んだ。
「……君は、“喰わない”選択もできるんだな」
やがて魔術は止んだ。
クロエは静かに杖を下ろし、リオを見つめた。
「──確認終了。“魔喰者”としての適正は、想定以上だ」
リオは息を整えながら言った。
「……君は、俺が化け物だと思うのか?」
クロエはわずかに首を振った。
「いいや。逆だ。“化け物”と呼ばれるほどの存在を、自分の意志で律してる──君は、まだ“人間”だよ」
その夜。
クロエは中枢局へ報告を送った。
【対象:リオ・アルヴェイン】
【特性:魔法無効化・任意制御可能】
【精神状態:安定/対話可能】
そして最後にこう付け加えた。
【備考:抹消対象に非ず。育成対象として扱うべき】
その言葉が意味するのは、リオの力が──
まだ“希望”である、ということだった。