黒き喰魔の輪郭
あの瞬間から、学院の空気が変わった。
リオが再び“魔法を消した”ことで、彼は確実に異端の視線を向けられていた。
称賛ではなく、警戒。そして恐れ。
リオ自身も、その目線を強く感じていた。
──俺はもう、“普通”には戻れない。
「……この部屋、今日から君の専用部屋になる」
翌日、教官に案内されたのは、研究棟の奥にある小さな個室だった。
名目は“魔力適性特例者向け観察室”。だが、実質的には隔離だった。
「気にすることはない。優秀な適性持ちは、早期に監査対象となるのが学院の方針だ」
淡々と語る教官に、リオはわずかに眉を動かした。
(監視されている)
それは分かっていた。だが、反論する術はない。
自分ですら制御できない力を持っているのだから、当然といえば当然だ。
その夜、リオはひとり部屋の中央に座っていた。
部屋の空気は静かすぎて、かえってざわついていた。
手を前に出す。意識を集中する。
──“それ”は、すぐに応えた。
ズン、と沈む圧。
空間が歪み、光の粒子が吸い込まれる。
「……俺の中に、いるのか」
そう、語りかけるように呟く。
答えはない。けれど確かに“存在”していた。
(魔法を喰う力。それが、俺の中にある)
(じゃあ、こいつは──何者なんだ)
学院中枢。
ゼクス・ヴァルグレアは、一枚の報告書を手にしていた。
【対象:リオ・アルヴェイン】
【観察レベル:中 → 高に変更】
【魔法消失現象、再確認】
【対象の意思介在の有無:不明】
「意思があるかどうかも不明……」
彼は報告書を閉じ、立ち上がった。
(いずれ、あれは“制御の有無”ではなく、“対話”の問題になる)
(自分の中の異物に、どう向き合うか──)
翌朝。
リオは再び訓練場へ向かっていた。
そこでは簡易試験が行われていた。
学院関係者数名と、魔力量測の研究員が立ち会っている。
「今日は、君自身が望んだ魔力干渉テストだ。形式は自由。制御できるかどうかを測る」
教官の声に、リオは小さく頷いた。
すでに“喰らう”ことが起きるのは明白だ。
ならば──制御するのではなく、“対話”してみせる。
彼は目を閉じ、両手を広げる。
静寂。風が止まる。
その瞬間、視界の奥に、黒い“何か”が浮かんだ気がした。
──喰うか?
言葉ではない。
だが、確かに聞こえた。
リオは、目を開く。
「……俺が望まなければ、喰うな」
沈黙。
次の瞬間、術者が放った模擬魔法がリオに向かって飛ぶ。
雷の槍──それはリオに触れる寸前で、音もなく消えた。
「……命令、通った?」
彼は呆然と手を見つめた。
“喰った”のではない。“喰わなかった”のだ。
彼が望まなければ、“それ”は従った。
(意思を通せる……俺に)
リオは気づいていなかった。
その瞬間を遠くから見ていた、もうひとりの存在がいることに。
黒衣をまとい、観測塔の影から彼を見つめる影。
「……目覚め始めた、か。異端の魔喰者」
その声は、朝の霞に紛れて消えた。