喰らう者、触れる者
朝の訓練場。
リオは人気のない一角でひとり、術式の展開を試みていた。
(何か……掴めるはずなんだ)
魔力の流れを感じようとするが、やはり何も反応しない。
「……魔力適性ゼロ。それは変わらない、か」
昨日のあれは偶然か。
それとも、本当に“あの力”が自分に宿っているのか。
確かめたい。けれど、どうやっても届かない。
──ズズ……
掌を意識したその瞬間、空気が“沈む”感覚が走る。
微かに、世界が凹む音がした。
(……来る)
リオは無意識に手を引っ込めた。
その刹那、地面に描かれていた魔力試験用の簡易術式が、光を放つ間もなく“消失”した。
焼け焦げもなく、痕跡さえ残らない。
「……やっぱり、“喰ってる”」
•
その日の昼、リオはセリアと屋上で昼食をとっていた。
「……最近、変だよ。リオくん」
彼女の言葉に、リオは返答をためらった。
「……ごめん」
「謝ってほしいんじゃなくて、教えてほしいの。何があったのか」
「……セリアは、魔法を喰う人間なんて見たことある?」
セリアはわずかに目を見開いたあと、首を振った。
「ない。そんなの、伝説でも聞いたことない。けど……あの時、確かに魔法が消えた」
「……俺は、自分が怖いよ」
その声には、明らかに揺らぎがあった。
「何をやったのかも、どうやったのかも分からない。でも、“できてしまった”」
「……怖くても、それが君自身なんだよ」
静かに、セリアは言葉を紡いだ。
「リオくんが何かにのまれていくのを見るのは、もっと怖いから」
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その夜。
学院中枢の管理局では、ある存在が情報を受け取っていた。
「魔法の消失……“吸収”とも違う反応。しかも無自覚」
局員のひとりが、背後の人物に報告する。
「こいつ……観察対象レベルを上げておいた方がいいんじゃないですか?」
「……いいえ。むしろ、放っておきなさい。自覚していく過程を観るほうが“育つ”」
答えたのは、深紅のローブを羽織る謎の女性だった。
「──“魔喰者”が真に目覚める日を待つのよ」
その名を、誰よりも早く口にした者。
だが、その存在を知る者は学院内でも極少数に限られていた。
•
翌日。訓練場にて。
上級生による実演授業が行われていた。
リオとセリアのクラスも見学に参加していたが、その中でトラブルが起きた。
術式制御が乱れ、予期せぬ魔力暴発が起きたのだ。
「っ、危ない──!」
爆ぜた雷撃が、観覧席に向かって逸れる。
誰かが叫ぶより早く、リオの意識がまた“沈んだ”。
(……まただ)
光が近づく。耳鳴り。魔力の波が、焼けつくように。
リオは無意識に手を前に出した。
バチッ──!
雷光が空間ごと“掻き消えた”。
•
「……リオくん、また……」
ざわつく周囲。教官が走り寄る。
だが、リオはその場に立ち尽くしたまま動けなかった。
「……見られた」
確信があった。
もう隠せない。
“魔法を喰う”──その力は、既に幾人もの目に晒された。
リオの中で、何かが静かに崩れ始めていた。