適性なし
魔法が使えなければ、人間以下――。
そんな価値観が、世界の常識になっていた。
帝立イデア魔法学院。
魔法を操る“適性”によって人生が決まるこの世界において、そこは頂点だ。
王都の精鋭たちが集う場所。
それは、魔力こそが人の価値を決める“選別機関”でもあった。
その正門前、春の光を浴びながら、ひとりの少年が立っていた。
彼の名は――リオ・アルヴェイン。
•
「では次、受験番号1274番。リオ・アルヴェインくん」
魔力測定の儀式が行われる白銀の円環。
水晶球の中央に手をかざすと、魔力値と属性適性が測定される。
「…………」
沈黙。
通常、適性がある者ならば、球体は淡く色を灯す。
赤は火、青は水、黄は雷……だが。
「……反応、ありません」
周囲がざわついた。教師たちの視線が、わずかに冷たくなる。
「魔力量、測定不能。属性適性、該当なし。詠唱適応度、最低ランク……」
係官の声が無感情に響いた。
「適性階級、E。一般生として暫定入学を許可します」
周囲の空気が変わった。
「……マジで“無属性”?入試、どうやって通ったんだ」
「Eなんて、見たの久々だな。うちの学院じゃ最低ランク」
「補欠枠ってやつだろ。あの辺境出身だっけ?」
リオは俯きながら、その場を離れた。
文句も言わず、ただ一礼だけして。
誰とも視線を交わさないまま、歩いていった。
•
入学式。
華やかな礼装を纏った貴族子弟たちに囲まれながら、リオは後列に立っていた。
人の輪に加わることはなかった。
誰も話しかけてこなかった。
彼の目は、淡い灰銀色。
感情の読めないその眼差しは、周囲との距離を物語っていた。
そんな中、ひとりの少女が近づく。
「……ねえ、君。魔力量、測定不能って、本当?」
声をかけてきたのは、金髪の少女――セリア・ノートゥス。
淡く光る青銀の瞳に、理知的な冷静さを宿す少女。
この春、特待生として学院に迎えられた才媛だった。
「……本当、だと思う」
リオは、小さく答える。
「そっか。珍しいね。あの水晶球、あれでも一応、古代魔導具だから」
セリアは言いながら、じっとリオの顔を見つめた。
「君、目が……銀っぽいんだ。もしかして、先祖に混血が?」
「……さあ。わからない」
セリアは、ふっと笑った。
「ごめんね、変なこと聞いて。気になっただけ。あ、私はセリア。よろしく」
リオは、戸惑いながらも、こくりと頷いた。
それが、二人の最初の会話だった。
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学院での生活は、過酷だった。
授業は魔法理論と実技が中心。
リオは術式を組むことすらできなかった。
教師たちの評価は「沈黙と無能」。
クラスメイトは、冷笑と嘲笑で彼を囲った。
「……また失敗か。これ、何回目?」
「呪文も満足に詠唱できないとか、マジで意味不明」
「魔力ゼロってことは、あれか? 見せかけだけの学生ってやつ?」
リオは反応しなかった。
心を殺しているのではない。ただ――
(……自分には、魔法が“届かない”)
ずっと、そう感じていた。
周囲の声も、術も、世界の法則も。
まるで別の膜越しに存在しているように、どこかで歪んでいる。
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「ねえ、リオくん」
放課後、屋上で。
セリアが手帳を閉じて、彼の隣に腰を下ろす。
「今日の魔術演習……“君の立ち位置”だけ、妙だった」
「立ち位置?」
「うん。私の記録魔法は空間内の魔力の流れを視認できるんだけど――君だけ、完全に空白だったの。まるで“そこに何もない”みたいな」
リオは黙って空を見上げた。
「ねえ。君、自分のことをどう思ってるの?」
しばらくの沈黙のあと、リオは答えた。
「……何もない。そんな感じかな」
セリアは一瞬だけ、何かを言いかけたが、やめた。
代わりに、柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、私が記録しておくよ。君という“何もない”の観察日記」
「……観察対象か」
「うん、特別な意味でね」
リオはその言葉の意味を、まだ知らなかった。
•
──この世界には、知られていない“異物”がある。
それは魔法の否定であり、魔法の外にある存在。
やがて、リオがそれに触れる日が来る。
だが今はまだ、その片鱗すら見えていない。
ただ、彼の内側にある“空白”だけが、淡く、蠢いていた。