2 聖女の失言
ギルバートは同席していた別の騎士に頭を殴られたものの、ケロッとしている。
そればかりか、「女神からの感触が薄れる…」とたわ言すら言っていた。
「お黙りなさい」
「はい。」
アリエスは主催者の令嬢に丁重に謝り、謝罪の品を送るとまで言ってから、その場をあとにした。
放置されていた聖女が気を取り戻したのは、その数十分後である。
「こ、高潔と名高いギルバートがあんなことをするなんて・・・洗脳魔法でも使ったのでしょうか」
その言葉にまだ残っていた参加者はざわめく。
まさか、聖女がグロリア家を敵に回すような直接的な物言いをするとは思わなかったからだ。
「聖女様、そこまでにしておいたほうが・・・」
「なぜですかっ!?みなさんだって、ギルバートへの侮辱を目撃されましたよね!?」
聖女の言葉に、周囲は気まずげだ。ギルバートの奇行よりも、アリエスの痴態を思い出したからだ。
傲慢だが、高位貴族らしい高潔さを持ち合わせるアリエスは、高嶺の花のような存在である。そのアリエスが顔を赤らめ、あからさまに動揺している姿はあまりにも魅力的だった。
同意の声があがらないことに聖女は眉をひそめる。
「まさか、みなさんまで・・・」
「聖女様、そこまでになさって」
ぴしゃりと聖女の言葉を遮ったのは、このお茶会の主催者である侯爵家の令嬢だった。
「まさか、わたくし達が洗脳魔法にかかったなどという屈辱的な事をおっしゃるおつもりで?」
「い、いえ、その・・・」
「ティーパーティーといえど、高位貴族が集まるパーティーで対魔法の魔導具を設置していないとでも?それにあなた様はかなりグロリア家の公女様を侮辱なさってますけど、神殿がそれを許すとお思いですか?」
「なっなぜですか!?私は間違ったことは言ってません!」
「あなた様は今、証拠もなく、陛下から下賜された騎士に洗脳魔法を使ったと言っておられましたわよね?それが侮辱でないとでも?グロリア家は神殿への寄付も援助も国内随一ですわ。神殿が有する聖女が、その筆頭貴族を侮辱するなんて・・・あなた様の今の発言で、神殿への援助が打ち切られたら・・・いくら聖女様でも神殿内でのお立場が危うくなるのでは?」
「そ、そんな・・・」
「どうも聖女様はお疲れのご様子ですね。神殿へお帰りになられたほうがよろしいようで。丁重にお送りさせていただきますわ」
あまりにも冷ややかな視線に、聖女はたまらず顔を伏せた。
華奢な肩を震わせ、侍女に促されるまま退出する。
その顔は怒りに満ちていた。
「なんなのよっ!あの女!あれもアリエスの取り巻きなの!?私のギルバートがあんな女の隣にいるのも気にくわないのに、ほかの女にまで邪魔されるなんて!!」
神殿へ向かう馬車の中、聖女は地団駄を踏んだ。憤怒にまみれた顔はもはや聖女と呼べるものではなく、嫉妬を隠そうともしていない。自慢のプラチナヘアをかき乱し、歯ぎしりする姿は醜悪だ。
「寄付がなんだってのよ!私のギルバートを取り戻す方が大切でしょ!?ギルバートは私のものなのにっ」
あまりにも身勝手な叫びが、馬車の中にこだました。酷い剣幕に、御者は馬車を走らせながら身を竦ませた。