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彼と彼女(四)

 彼にとって、その年の夏休みは特に長く感じられた。休み明けに彼女が学校に来るかどうかが気になって仕方なかったからだ。

 彼はよく彼女の住む市営住宅の周りを歩いた。駐車場の入口にはゴミ置き場があり、それに浄化槽の匂いが加わり悪臭を漂わせていた。彼はわざとその匂いを肺いっぱいに吸い込み、臭くなんかはないと必死に否定することで、彼女への謝罪に代えた。敷地内に目をやっても彼女の姿はない。彼女が偶然出てきて二人きりになれればきっと謝れるはずなのにと思いながら、彼女の家を探そうとはしなかった。

 暑さが厳しいので、彼は一日の多くの時間をエアコンの効いた自室で過ごした。友達が多いように見える彼だが、自宅を訪問し合うほど親しい友はいなかった。夏休み中の彼はいつも一人ぼっちで宿題をし、テレビなどで暇つぶしをした。

 愛が地球を救う番組が終わり、二学期が始まった。登校中、彼は目で彼女の姿を追ったが、どこにも見当たらなかった。いじめなどされていなくても久しぶりに学校に通う子供たちの顔は暗い。小学生も中学生も夏休みの宿題や課題が詰まった重いかばんを背負い、両手には新学期に使う道具を持っている。太陽も嫌がらせのように朝からぎらぎら輝き、帽子をかぶっている子供たちの頭をくらくらさせる。

 彼は学校に早めに到着し、彼女が来るのを今か今かと待ったが、始業開始のベルが鳴るまで彼女が現れることはなかった。担任は彼女の不在について何も言わず、次の授業に向かっていった。級友も彼女を話題にしようとしなかった。

 彼は当初、彼女の不在に安心していたが、それが長引きついに秋になるとかえって不安になってきた。この不安を解消するためには行動が必要だった。彼は土曜日の午後、市営住宅の一階にある郵便受け箱を見て回り、彼女と同じ名字の家を一つずつ訪問した。この辺りでは見かけない中学生がうろついているのを不審に思った老婆から連絡を受けた自治会長が出てきて、彼に「どちらをお探しですか?」と聞いた。

「その人たちならばもう引っ越しましたよ」

「いつですか」

「詳しくは分かりませんが、八月中のはずです」

「理由は分かりますか」

「さぁ……あなたはお知り合いですか?」

「そこの女の子と同級生なんです」

「だったら学校の先生に聞いてみてはどうでしょうか」

 翌週の放課後、彼は気が向かないが職員室を目指し歩いていた。聞く前から担任がどんな返事をするか予想できていた。引っ越しの理由がいじめであることを否定し、適当に理由をでっち上げ、余計な口を挟む自分を煙に巻こうとするに違いないと。それなのにわざわざ担任に嫌われに行く必要はあるだろうか。彼はあると感じた。中途半端にやさしくするばかりで彼女を救えなかった自分も同罪であるが、今からでも彼女のために何かをすべきであり、それによる不利益を喜んで受け入れることで自分を罰したかったからだ。

 彼は職員室のドアをノックし、開いた。中はがらんどうだった。

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