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弱さとは

 それでも眞奏は一週間の忌引休暇を届け出た。一月下旬のことだった。

 彼女がいないと、会社の悠介の部署は暗くなった。彼女の姿を見るのが楽しみで出社していた男性社員が多かったからだ。二日目は「おや?」となり、三日目は「そうだった」となった。彼女が戻ってきてもしばらく笑顔は見られないだろうと思うと、冬の寒さがいっそう厳しく感じられた。

 彼女と家族の関係があまり良くないことを知っているのは悠介と丈二だけだった。彼らは昼休み中、オフィスの窓際に立ち、晴れた白い冬空を眺めながら話をした。

「きみのお父さんはまだまだ元気そうだね」

「健康そのものだな。酒もタバコもやらないし、肉体労働だからしょっちゅう体を動かすし、おれよりも痩せているぐらいだ」

「お父さんとはうまくいってる?」

「ああ。うちはおやじもおふくろもおれたち兄妹に公平に接してくれた。どっちも特別な仕事をしているわけでもないけど、子供を立派に育て上げることができれば、一人の人生としては成功だと思う。世の中にいいやつを一人送り出せば周囲の何十人何百人をも幸せにするけど、いやなやつを送り出せばその逆だからな」

「あれ? きみってそんないい人だったっけ?」

「こいつ」

 二人は窓辺でしばらくじゃれ合った。それから悠介がこう言った。

「きみの話の通りだとすると、おれの親はあんまりよくしてくれなかったのかな? 記憶を失う前、おれっていやなやつだったんでしょ?」

「なんとも言えんぞ。今のお前と昔のお前、どっちが本来のお前かなんて分からないし。何か嫌なことがあって他人を寄せ付けない人間になったのかもしれない」

「木崎さんは家族との仲が悪いって言ってたけど、普通にいい人だよね?」

「親が反面教師になったのかも。あるいは親からの影響を否定し、自分で乗り越えて強くなったとか。彼女、芯が強いよな」

 午後の仕事が始まった。悠介は時おりパソコンから顔を上げ、斜め向かいの眞奏の席を見る。いつもならば自然に目が合い微笑みを交わすが、今は彼女がいないので、微笑みが凍りつき苦笑いになる。丈二が言ったように一人のいい人は周りを幸せにする。彼はいっそう彼女を尊敬し、憧れた。

 余計なことを考えすぎたのか、悠介は久しぶりに仕事でミスをし、そのせいで残業することになった。花の金曜日。部長でさえ申し訳無さそうに、「じゃあ、お先に」と彼に声をかけた。悠介は遅れを取り戻すべく三十分ほど無心で仕事に没頭し、パソコンの電源を切った。最後に出るので部屋の電気も消す。

「あっ、ちょっと待ってよ!」

 人がいたのかと驚いた彼は慌てて電気をつける。白井香織が音も立てず静かに仕事をしていた。

「まだいるのに失礼じゃない?」

「ご、ごめんなさい。仕事してたんだ?」

「ええ。来週に残すのいやだから。でももう終わった」

 悠介はふと、この女性の私生活が気になり雑談してみたくなった。ところが彼女は、過去、家族、友人などについてまったく話そうとしなかった。

「私のことなんてどうでもいいじゃない。それよりもあなたのことを聞かせて。木崎眞奏さんのこと、好きなの?」

「たぶんそう。おれがいま抱いているのは恋心ってやつなんだと思う。確かなことは分からないけど、このあったかい気持ちだけは覚えている。木崎さんを見ていると自然と、心がじわりと温かくなって、守ってあげたいって思うんだ。不思議だよね、おれは記憶喪失で、彼女のほうがしっかりしているのに」

「告白はしたの?」

「それがまだなんだ。基本的には付き合いやすい人なんだけど、一歩踏み込むと警戒されそうで。それで自分と彼女を傷つけて、今のいい関係を壊すのも怖い。おれって弱虫なのかなぁ?」

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