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業火

 老人は干涸(ひから)びていた。

 病によるものだとしても、年齢によるものだとしても、異常な干涸び方だ。

 まるで……木乃伊(ミイラ)だった。

「たしかに、このような病は見た事が有りませんな……。ですが、原因は突き止めました」

 ここは、占術をもって朝廷に仕える「卜部(うらべ)」の(おさ)の屋敷。

 そう告げたのは、陰陽寮より派遣された陰陽師だった。

 だが、干物にしか見えぬ老人の口は微かに動き……呼吸をしていた。

 いや、呼吸に見えているだけで、何かを告げようとしているのかも知れない。

 しかし、老人には、声を出す力さえ残っていないようだった。

「一体、何が起きているのですか?」

 老人の長男は、陰陽師にそう訊いた。

 そもそも、陰陽師と卜部(うらべ)は、ある意味で商売敵(ライバル)だった。

 共に、占術を得意としている。

 陰陽師の口元が微かに歪む。

 優越感の笑みだ。

「五行の内、強い『木』の『気』を持つ物の怪が取り憑いている様子。『木』を生むは水。それ故、この方の体内の『水』を、その物の怪が食らっているのでしょう」

「なるほど……」

 と言ってはいるが、余り良く理解出来ているようには見えない表情だった。

「しからば、『木』に打ち克つは『金』。この方の体内の『金』の『気』を強める呪法を使えば、『木』の『気』を持つ物の怪は弱る筈」

 そう言うと、陰陽師は手印を組み、(しゅ)を唱える。

 遥か後の時代の者達からすると、神道の祝詞(のりと)に思えるであろう(しゅ)が、屋敷の中に朗々と響き渡り……。

 小半時も過ぎた頃、陰陽師の顔は青冷め、脂汗が浮いていた。

「あの……」

 老人の長男が声をかけるが……。

「し……静かに……まもなく、良くなる筈……」

 だが、そう答えた陰陽師の声には焦りの色が有った。

『どうなっている? まるで……』

 何かがおかしい。

 老人の体内で強められた「金」の「気」は……。

 相生・相克。

 それが陰陽道の基本となる「五行」の考え方の基本の1つ。

 土より金が生まれ、金より水が生まれ、水より木が生まれ、木より火が生まれ、火より土が生まれ……かくして万物は循環する。これが相生。

 金は木に克ち、木は土に克ち、土は水に克ち、水は火に克ち、火は金に克つ……かくの如く、万物は「何か」に打ち克てると同時に、他の「何か」に対しては打ち負ける。この世界には「最強」なる何かも「絶対」なる何かも存在しない。これが相克。

 それ故に、陰陽師は強い「木」の「気」を持つ物の怪を調伏する為に、「木」に打ち克つ「金」の「気」を強める呪法を行なった。

 だが、「金」の「気」は……何故か、瞬く間に「水」の「気」に変り、そして「木」の「気」を強め……。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 ぞわり……。

 陰陽師は、自分の背骨が氷柱に変ったかのような嫌な悪寒を感じた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「おい、何かおかしいぞ。早く、その呪をやめ……」

 老人の長男が、そう叫んだ瞬間……。

 ……「木」より生まれるは「火」……。

 老人に取り憑いていた物の怪を構成していた「気」が、一瞬にして「木」より「火」に変った。

 そして……。

 水分が失なわれていた老人の体は、一瞬にして燃え上がり……やがて、その炎は屋敷そのものを飲み込み……。

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