《★~ 再び屏風の虎の難題 ~》
室町殿の御座所では、義政公が顔面を歪めていた。
今日こそ三休さんを頓智勝負で降参に追いやれると思ったものの、想定外の論法で逆に打ち負かされてしまったのだから、この上なく憤懣やる方ない。
「神座ヱ門!」
「ははあ」
「あの憎らしい瓢箪面坊主を唸らせるような難題を思いつかぬか?」
「そうでござりますねえ。はぁー、ひぃー、ふぅー、へぇー、ほぉー」
「これ、神座ヱ門! 黙って考えられぬか!!」
「ははあ」
神座ヱ門さんは座禅を組み、口と目を閉ざして瞑想する。
しかしながら、過労が続くせいで、うっかり寝落ちしてしまった。
「ぐぅー、すぴぃー」
「これ、神座ヱ門、神座ヱ門!!」
「はっ、ははあぁー」
「考えておるように見せ掛けおって、居眠りとはなにごとか!」
大目玉を食らった神座ヱ門さんは、その場凌ぎの偽りを口に出してしまう。
「た、たった今、よき夢を見てござりまする」
「なに、よき夢じゃと?」
「上さまが頓智で三休さんを打ち負かす夢でござりまする」
「なんじゃと、それは正夢に違いない! して、どんな夢であったか?」
「かくかくしかしか」
「ほほう」
「まるまるうまうま」
「おおそうか、その方便じゃ! 今度という今度は三休を見事に打ち負かすことができよう! でかしたぞ、蛸壺神座ヱ門!」
義政公は、神座ヱ門さんが見たという夢の通りに受け答えをすれば、頓智で勝てるはずだと確信を持った。
次の日、三休さんがまた室町殿に呼び出された。
「ちわっす」
「おお三休、待ち詫びておったぞ!」
「朝っぱらから、こう毎日続くと困りますわ。将軍はんも暇やなあ」
「余が暇であるのは、ジパングが平穏である証じゃ」
「ものは言いようでんなあ。つき合わされる拙僧は大迷惑でっせ」
「まあそう申すな。新しい屏風を用意したのじゃ」
義政公は「新しい屏風」と言っているけれど、目の前にあるのは、昨日の屏風とまったく同じ代物だった。
三休さんが辟易しているような表情と口調で問う。
「これをどうしろと?」
「屏風の中におる虎を捕らえよ」
「またそれっすか……」
「正真正銘、余の虎じゃよ。こやつを捕らえることは飼い主の余が許可する。さあ三休、遠慮せず捕らえてみよ」
義政公は思わず「ふふふ」と笑みを溢すのだった。
一方、三休さんは涼しい表情で尋ねる。
「こいつ、ほんまに将軍はんの虎っすか?」
「もちろんじゃとも。余が偽りを口にするはずなかろう」
「ほんなら意思確認をしまひょか。なあ虎はん、あんさん、ほんまに捕らえられてもよろしいか?」
三休さんが屏風の中の虎に尋ねるけれど、絵に描いた虎が返答する訳ない。
「あれえ、意思表示しゃはりまへんで。もしかすっと、この虎はんは、捕らえられたくないのやおまへんか?」
「余の虎は《三休に捕らえられてもよい》と申しておった」
「ほんなら将軍はんから、そう答えるように命じてくれまっか」
「余から虎に命じろと申すか?」
「そうっす。さあ、早う命じてんか」
「むむぅ」
「どないしました?」
「もうよい! 余の負けじゃ!」
追い詰められた義政公がとうとう降参した。
ひねり過ぎの三休さん。今日もまた、気分よく黒雲寺に帰る。