《☆~ アンゲランが変態になった ~》
船旅の仕度を任されたアンゲランは、ポンチュー伯爵家が所持するありとあらゆる代物を投げ打つ。伯爵という身分ですら、諸手を上げて手放そうと覚悟した。
このことを人伝に聞いたギヨームが、アンゲランのところに駆けつけて、思い留まらせようとする。
「俺の愚妹がキミを狂わせたのだな。妹に代わって俺が謝る、済まなかった。どうかポンチュー伯爵家を潰したりしないでくれ!」
「ギヨーム、いくら親友でも、言ってよいことと悪いことがあるよ」
「なんのことだ?」
「愚妹と言ったでしょ。アデライードを愚かだなんて、お天道さまと他の全員が許しても、この僕だけは許さない」
「あんな悪女に誑かた、た、誑か、されるな。ああ言い辛い言葉だな」
ギヨームは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
一方のアンゲランは、真剣な面持ちを崩さず毅然と反論する。
「アデライードは悪女なんかじゃない! 僕の女神さまなのだよ!」
「まさか、お前も変になったのか? 昨日なにがあった?」
「アデライードも僕も、変になった訳じゃないよ。むしろまともになった。今の彼女は僕の悪口を言うけれど、それは僕に対する愛情表現に他ならない。心根の優しい女性で、決して人を罵ったりしなかった。でもそれは、蝶が羽化する前の蛹でしかないアデライードだったからだよ。彼女は昨日、やっと皮を破って、本当のアデライードになれた!」
「おい、なにを言っているのだ??」
ギヨームには、アンゲランの言葉がまったく理解できない。
対するアンゲランは、一向に気にせず話を続ける。
「僕も同じだよ。本当のアンゲランになれた!」
「どういうことだ?」
「アデライードから罵詈雑言を浴びせられて、確かに最初は辛かった。でも、どういう訳か、次第に気持ちよく感じるようになった。彼女が僕の悪口を吐いて、僕が《酷い》と嘆く。すると彼女がさらに僕のことを罵る。そして僕が《アデライードと密着していたい》と懇願すれば、あの愛らしい顔面で《キモっ!》と侮蔑の言葉を発してくれる。そういう愛情のぶつけ合いこそが、最高の快楽なのだよ」
「……」
ギヨームには返す言葉がない。胸の内で「アンゲランが変態になった」とつぶやくのが精一杯で、説得を諦めるしかなかった。
蝶系統動物がアデライードの体内に吸収させた生化学物質には、「虫の居所」を悪い状態にするだけでなく、体内で別の新たな生化学物質を作る作用もあった。そして、アンゲランが変態になった原因は、アデライードの体内で作られて体外に放出することによってアンゲランの体内に吸収させられた生化学物質なのだけれど、本人たちは知る由もない。そればかりか、今のところ、地球人の中に、蝶系統動物の高い科学技術を理解できる者は一人として存在しない。
アンゲランは、財産も名誉も捨て去り、船旅の仕度に専念した。
必要な準備が整った。アデライードに率いられた若いノルマン人たちの集団が、八つの船に分乗して意気揚々と船出する。