《☆~ ノルマンディー家の騒動 ~》
ノルマンディー公爵家では今宵、あろうことか、十年前に他界した先代当主のロベールが、夕餉の席にひょっこり姿を現した。
アデライードは、亡き父親の亡霊に詰問されている。
「お前、さっき庭園で乱心したのではないか。いくらアンゲランの顔面が、スィルヴァウェアの長い馬面に瓜二つだからといって、そんな理由で婚約を破棄するなどという暴挙、たといお天道さまがお許し下さろうとも、ご先祖のロロさまが決してお許しになるはずはない!」
「ロロさまって誰?」
「まさか、そんなことも知らないのか。そこに座れ!」
「最初から座っております」
「じっくりと腰を据えて、姿勢を正せという意味だ!」
「紛らわしいわねえ」
「やかましい! 親に口答えするな!」
「はあい」
アデライードは、河豚という魚類のような顔面を見せた。
ここへ当代当主のギヨームが涼しい表情で入ってくる。ロベールの息子であると同時に、アデライードの兄でもある。
「ああ遅くなった、ごめんごめん」
「こらギヨーム、儂が生前、いつも夕餉の刻限には帰ってこいと、厳しく申しつけていたであろう! また女のところへ出向いておったのか?」
亡霊となって現れた父親に驚きもせず、ギヨームは平然と答える。
「そうだよ」
「あらお兄さま、どの女ですの?」
「おいアデライード、人聞きの悪いことを申すな。俺の女は、この世界にたった一人しかいないマティルダだけだ。他に俺と逢瀬する女がいるものか!」
「ふん。お兄さまの意地悪!」
「おいおい、ずいぶん荒れ模様だなあ。一体どうした?」
「知らないわ!」
再び河豚面になるアデライードだった。
彼女に代わって、ロベールの亡霊が説明する。
「ギヨーム、聞いてくれ。実は、かくかくしかしか」
「ふんふん」
「まるまるうまうま」
「え、それは厄介なことだなあ。おいアデライード、やってくれたな?」
ギヨームが鋭い視線を浴びせた。
対するアデライードは、険しい表情で答える。
「余計なお世話です」
「いいや違う。莫大な財産を持つポンチュー伯爵家と、どうしても同盟関係を結んでおきたいのだ。それが実現しなければ、今までの苦労が水泡に帰す」
「だからなに?」
「そうなると困るのだ! だから明日、アンゲランに跪いて謝罪しろ!」
「嫌よ」
「俺の言う通りにしろ!!」
「ふん。それならお兄さま、殴り合いだわ」
アデライードが威勢よく立って、両手の拳を胸の位置に構える。
「ええっ!? ちょ、ちょっと待て!」
「いいえ問答無用です! さあ、全力で掛かっていらして」
「ちょ、アデライード、無茶苦茶だろ??」
「やかましいわよ。お兄さまは男でしょ、拳で応じなさい!」
「ひぃえぇー、父上、助けてよ」
「儂は亡霊だから手も足も出せない」
「そんな殺生なあ……」
もう遅い。アデライードの拳骨が顎に打ち込まれる。
立て続けに殴られて、ギヨームは一分でノックアウトされた。これが「ノルマンディー家の騒動」と呼ばれる事件である。