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8、アトランの求婚




 外の世界の女性とは、必ず自分の正体に恐怖と嫌悪を覚えるもの――。実母やバルア王家の娘たちから拒絶され続けてきたアトランは、本気でそう思い込んでいるのだろう。


 マレーテは自分の足に付けられた鎖に触れる。つまりこれはアトランの正体を知り、恐慌状態になったマレーテが館を飛び出すのを防ぐための処置だったのだ。


 確かに再び森に踏み入ったり、ユハシュの追手に見つかったりすれば、今度こそ命がない身だ。なんとも物騒な気遣いに、マレーテは小さく溜息をついた。




「初代ゼト大公はバルア王国に対し忠誠を誓い、《常闇の森》の街道を監視し、旅人を守護することを約束しました。その見返りに、バルアからは領土と地位を安堵され、さらに王家ゆかりの娘を花嫁としてもらい受けるのです」


「つまりゼト家の花嫁というのは、必ずバルア王家の血を引く女性と決まっているんですね?」


「魔王の血を濃く継いだ初代ゼト大公は、強い魔力の持ち主で、バルア王国との誓約にも魔術がかけられています。――早い話が、バルア王族以外から妻を迎えても、私は子供を成すことができないのです」


「ああ……だから()()()()()()でもいいんですね」




 初代の思惑とは逸れるが、条件が『血筋』であるならバルア王族を名乗れる身分でなくても構わないはずだ。例えば愛人との間に生まれた婚外子や、何代も前に枝分かれした遠縁でも。


 それはバルア王国と友好関係にあり、王家同士で幾度も婚姻を結んできたユハシュ王家も同じことだ。先祖にも近親者にも、バルア王家出身者を何人も持つ『マレシカ王女』なら、花嫁たる資格は十分に満たしているということになる。




「ゼト大公家が花嫁の正体を隠し通すのは、当人やその家族を、異形の化け物と縁続きになった汚名から守るためです。この里や住人も、森の監視や旅人の庇護は表向きの仕事で、花嫁を隠し守ることこそが最大の役割なのです」


「じゃあ、ルネたちも?」


「特に屋敷の使用人たちは、《森隠(もりごもり)》として幼い頃より訓練を受けて育った、選りすぐりの者たちです。護衛としての役目を立派に果たすでしょう」


 ルネは仕事をさぼって、しょっちゅうマレーテのそばでおしゃべりをしていたような気がするが、彼女の気さくで適当な言動のせいで違和感はなかった。真意を悟らせず、マレーテを近くで見張り続けていたのだとしたら、なかなか侮れない。アトランが『選りすぐり』と称した意味にも納得ができた。




「なんとか異形の呪いを解く方法はないのですか?」


「遠方から高名な魔術師を呼んで、診てもらったこともありますが、解呪はできませんでした。……真実の愛をもってすれば、呪いから解放されるなどという言い伝えもありますが。少なくとも、当代まで呪いは継続したままです。女性たちに忌避され続けていた、先祖の妄想かもしれませんね」


 魔術による呪いは、魂にまで絡みついたものだと聞いたことがある。魂を、すなわち命を捧げるほどの覚悟がなければ、呪いを解くのは難しいのかもしれない。




「……軽蔑されることは承知の上です」


 アトランも覚悟を決めたのか、一層悲痛な表情でマレーテを見つめてくる。他人の弱みに付け込んだ行為に、性根が善良な彼は罪悪感を抱いているのだ。


「あなたには私の花嫁になっていただきます。残念ですが選択権は――」


「はい、喜んで。ぜひ結婚しましょう」


「え……?」


 ……うっかり被せ気味に返事してしまった。困惑するアトランに、少し対応を間違えたかと反省する。だが、こういうことは互いの熱が冷めないうちの方がいい。




 アトランも今までの経験から泣きわめかれたり、罵倒されたりすることは想定していただろう。マレーテの反応は彼にとって思わぬ展開だったのか、完全に声を失っていた。マレーテは慌てて言葉を重ねる。


「だってこのままユハシュに連れ戻されたら、私は間違いなく王殺しの大罪人として斬首刑……いえ、楽に死なせてもらえれば、まだいい方でしょうね」


 むしろ花嫁になることで、匿ってもらえる上に安住の場所を提供してもらえるのなら、こちらにとっても渡りに船だ。


「大公様こそよろしいのですか? 大罪人を匿うことになるのですよ?」


「それは違います。ユハシュの言い分では、彼らが捜索しているのは不貞の末に逃げた王女です。そんな方はこの里のどこにもない、違いますか?」


 その言い分にマレーテは小さく笑った。生真面目そうな顔をしているが、アトランもさすがに一国を統べる人間だけあって、なかなか抜け目ないことを言う。




「そしてゼトは小国なれど、正義と人道を重んじます。無実の人間を罪人として引き渡すことはありません。マレシカ王女は毒殺事件の犯人などではないのでしょう?」


 確信じみた言葉に、今度はマレーテが驚きの視線を向ける。深い森を思わせる暗緑色の瞳は、ただ真っ直ぐに揺るぐことなくこちらを捉えていた。


「どうして……?」








魔術師は存在するけど、この時代のこの土地ではかなりレア、みたいな世界観です。



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