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5、いつわりの正体




「わ、私は確か魔獣に――」


 アトランが片手を広げ遮る。


「その話は後でいたしましょう。今はあなたの本当の身元について話をさせてください。――座っても?」


「は、はい」


 反射的にうなずくと、アトランはベッドに座るマレーテの正面を陣取るように、椅子を動かした。『本当の身元』という言葉に、マレーテは自身の鼓動が早まるのを感じていた。




「すべてを正直に話していただけますね?」


「……はい」


 先ほどの気遣いの表情から一転、アトランはまるで尋問のように冷徹な視線をマレーテに向けていた。


「ユハシュの使者がやって来ることを――彼らが宮殿から消えた、王女を探しているという話はご存知ですね?」


 マレーテは迷いつつも、おずおずとうなずいた。


「食事の作法、文字が読める点……あなたが高貴な生まれなのは間違いない。ユハシュの捜索について、何か心当たりがあるのではないですか?」


「待ってください! 私は確かに追われる身ではありますが、王女ではありませんっ!」


 アトランは見据えるような表情を動かさぬまま、小さくうなずいてマレーテに先を促す。




「……確かに私は貴族の身分にあります。意に添わぬ結婚を強要されそうになり、家を出ることにしたのです」


 マレーテはベッドを降り、絨毯の上でひざまずいて両手を組む。


「どうか見逃してくださいっ! 嫁ぎ先に送られれば、私はろくな扱いを受けないでしょう」


 潤む瞳で見上げると、アトランは痛まし気に細めた目をそらした。感情が揺さぶられているのだとわかった。


 あともう一押し……そう確信した瞬間、アトランはマレーテから視線を切り立ち上がった。あっさりと背を向けられ茫然としていると、アトランは深々と溜息をついた。


「たいしたものだ……」


 見捨てられる、ユハシュに付き出される……! 絶望に駆られたが、どうもアトランは別なことを考えていたようだ。


「状況を察し、最善を尽くす冷静さも度胸もある……うん、これなら」


「はい?」




 アトランはくるりと振り向くと、おもむろに言った。


「あなたに大切なお話があります、()()()()()()


 アトランが口にしたその名に、マレーテは緊張感をみなぎらせる。やはり彼はただ優しく穏やかなだけの人間ではなかった。


「ですから……大公様は何かきっと勘違いを」


「すべての事情は把握しております。ユハシュも事が事だけに、他国にはまだ表沙汰にしたくないのでしょう。ですが、わがゼト大公国は小国ながら独自の情報網を持っております」


 そういえば、ゼト大公国では《森隠(もりごもり)》の末裔を諜報員として使っていると聞いたことがある。厳しい環境にある森の中で何日も潜伏し、時に魔獣を狩る高い戦闘技術を持つ、《森隠》には確かに打ってつけの役割だ。




「ユハシュのライエス国王が何者かによって毒を盛られ、崩御されたそうです。同じく食事を共にしていた、母君であるゼネヴィア王太后も重篤。そして直後に、犯行の嫌疑を掛けられた王の腹違いの妹君、マレシカ王女が姿を消したとのこと……。さらに事件の半月ほど後に、宮殿に勤めていた侍女らしき娘が王都から離れた場所で死体となって発見されています。――これが我々が手にしている情報です」


 淡々と告げられる内容を聞き終えると、マレーテは軽く唇を噛み、アトランをじっと見つめる。


 その表情には、微塵の動揺も後ろめたさも感じられない。彼の言い分は十分に信憑性がある。ユハシュ国内でも、まだ知る者が少ない宮廷の現状はかなり正確で、単なる当てずっぽやカマかけとは思えなかった。


「私の手元にある情報、そして《常闇の森》に逃げ込んだ高貴な若い女性……考えられることは一つしかない。あなたがマレシカ王女ですね?」




 マレーテは降参、とばかりに軽く両手を掲げた。


「遺体で見つかった侍女というのは、長年宮廷で私のそばにいた子でしょう。うまく逃げられるよう手配を整えたはずだったのに……。気の毒なことをしてしまいました」


 暗い表情から一転、マレーテはあざ笑うかのよう言う。


「もっとも私の逃走劇もここまでのようですね。それで私をどうなさるおつもりでしょう? ユハシュに引き渡すのですか? できることなら、目をつぶってバルア王国に向かうことを見逃していただきたいのですが」


「残念ながらゼト大公の立場として、あなたをバルアに送り出すわけにはいきません」


 自治権を持っているといっても、ゼト大公国はバルア王国の従属国だ。罪人として追われている人間を、通過させるわけにはいかないだろう。




「そしてあなたをユハシュに引き渡すつもりもありません」


「え?」


 想定外の言葉に息を飲む。


「……私はあなたを、この森から二度と出すつもりはないのです」


 低い声で紡がれる不気味な台詞と、まじろぎもせず自分を見つめてくる妖しい暗緑色の瞳。マレーテは再び背筋をこわばらせた。








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