20、君を囚えたもの
実の妹まで手に掛けていた――想像以上に陰惨な真実に、アトランはぐしゃりと髪を乱し頭を抱えた。
「マレーテ、君は私のこともずっとだましていたんだな……」
その呼び名がもはや正しいのかわからなかったが、当の本人は特に気に留める様子はかった。
「よく思い出して。私は本当のことしか言っていないわ。私は王女じゃないって、きちんと否定したはずよ。それに『毒殺犯はマレシカ王女じゃない』って話もウソじゃなかったでしょ?」
アトランが無言のままマレーテをにらむと、彼女はそっけなく肩をすくめた。
「……はいはい。あなたをだましたことは否定しないわ。――王宮を脱出できたのはよかったけど、思ってたよりマレシカ王女やその縁者に対する捜索の手が早くて、私は一か八かで《常闇の森》に逃げ込むしかなかったの。マレシカ王女とよく似た容姿で同じ所有物を持っている以上、捕まれば間違いなく王女として処刑されるてしまうもの。……そしてあなたと出会った。その後は勘違いを利用させてもらったわ」
「トルドー公爵から聞いたよ。領内で行き倒れた若い女性の遺体を見たシトレ女王陛下が、間違いなく妹のマレシカ王女だとおっしゃったと」
「結局あの子は、お姉様を頼りにトルドー領に向かったのね。あの要領の悪い子が、よく追手に捕まることなくたどり着いたものだわ。……いくら侍女に身をやつしていても、さすがにお姉様の目は誤魔化せないわよね」
腕を組んだマレーテは、悔し気に口の端を上げた。
「私からさんざん奪い続けたあの子には、身一つで無名のまま死ぬのがお似合いだと思ったの。だから身分を証明する物は何もかも取り上げて、王宮から出してやったのに……。――ああ、でも宮廷の方はマレシカが死んでることを把握してなかったのよね。愛妻家と噂のトルドー公爵の計らいかしら?」
「トルドー領でマレシカ王女の遺体が見つかれば、弟王を弑逆し、妹に罪を着せたのは女王だと世間は勘繰る。だからマレシカ王女には気の毒ながら、密かに埋葬したと公爵はおっしゃっていたよ」
「シトレお姉様には、つくづく迷惑をおかけすることになるわね……」
真相が明るみになって初めて聞いたマレーテの殊勝な言葉に、アトランは嫌な予感を覚える。
「それで、アトランは私をどうしたいの? ユハシュに引き渡す?」
こうなった以上当然問い返されるだろう質問に、アトランはすでに結論を出していた。
「……言ったはずだ。ゼト大公は花嫁の存在を隠し通すと」
マレーテは目を見張ったあと冷笑した。
「正気とは思えない。だいたい私を花嫁にした理由を忘れたの? 私はユハシュ王家の血も、バルア王家の血も引いていないの。大公家の跡継ぎは産めないのよ」
「いざとなれば私に子ができなくても、ゼト家を存続させる方法がないわけではないよ」
「だったら、それこそ誰でもいいじゃない。私にこだわる理由はないはずよ。王と妹を殺した上に、自分をだまして利用しようとした女を、よくそばに置いておこうと思えるわね」
「事情はわかった。もし王太后たちが健在であれば、君はマレシカ王女と共に異国に送られ、命を落としていた可能性が高い。身を守るために致し方なかったとも解釈できる。何より君の母君を殺したのは王太后や妹君たちだ。……ならばこれは、道義の上では仇討ちだ」
「道義ねえ。赤の他人がずいぶんおこがましい言い方をするのね」
アトランは鋭く目を細めた。
「……さっきから挑発的な物言いをしているのは、私を怒らせて、自分をユハシュに突き出させる算段だからか?」
ゼト大公国から虜囚として送還されれば、マレーテは労せずに王宮に戻ることができる。王太后が生きているとわかった以上、彼女が復讐劇に満足していないことは明らかだった。
「だってあの女はまだ生きてる。私からお母様を奪った女が、まだのうのうと生きてるの! だったらやることは一つじゃない!」
「私はこの目で王太后を見た。もう二度と話すことも、歩くこともままならない。恐らく以前のような自我もないだろう。愛息も失い、満足に動かない肉体に囚われたまま生涯を過ごすことになるんだ。もう十分だろう!?」
「……わかったようなこと言わないでよ」
余裕を見せていたマレーテの表情が崩れた。
「私は貴族のお姫様とは違う。悲劇に泣き暮らしたりなんかしない! 王子様が救いの手を差し伸べるのを待ったりもしない! 自分の恨みは自分で晴らすわ!」
そしてマレーテは、ふっと口の端を歪め笑った。
「そうよね、呪われた運命に屈服して人から蔑まれても怒りもせず、この森に引きこもってる、あなたなんかに私の気持ちはわからないでしょうね」
アトランは手痛い言葉に胸の痛みを感じたが、不思議と怒りは覚えなかった。
「だいたい善人きどりでよく言うわよ。あなただって女性を監禁する異常者じゃない!」
「……そうだ。私は君をこの土地に閉じ込めた。ユハシュ王家や君の事情は、私を正当化する理由にならない。それでも君をユハシュに行かせるわけにはいかない。王太后まで手に掛ければ、君はきっと永遠に囚われることになる」
「あなたが私を捕えたのよ!」
激高するマレーテを前にアトランはかすかな憐みを抱きながら、首を振った。
「違うよ。君が本当に囚われているのは己の中の憎しみだ」
マレーテが虚を突かれたように息を飲む。
「もう解放してあげるべきだ……自分のことを。母君だってこんなことは望まないはずだ」
「ふざけないで! お母様が受けた仕打ちを忘れて、あなたとここでヘラヘラ笑って暮らすのが幸せだとでも言いたいの!?」
「確かに私は君が言う通り異常者だ。だって君が罪人だろうが、王族じゃなかろうがどうでもいいんだ。……そばにいてくれるのなら」




