表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第七話「市ヶ谷さんは、息抜きしたい?」

「……どうして、あなたがいるわけ?」

「私が呼んだんですよ」

「……来るなら来るって、連絡しなさいよ」

「ごめんなさい、急に決まったんですよ」

聖陽(せいよう)っていつもそうね……」

「えー、言うほどじゃないですよー」

「……どうだか」

 書道部の後輩である聖陽に誘われて、二人で出掛ける予定だったんだけど……

「あたしも会話に入れてください」

「あ、ごめん、一羽(いちは)ちゃん」

「いや、別にいいんですけどね」

 鳩ノ巣(はとのす)一羽、書道部の新入部員の一年生。

「どうして、鳩ノ巣さんも誘ったの?」

「一羽ちゃんもいた方が楽しいかなあって」

「……いつの間にやら、仲良くなっているみたいね」

「あ、下の名前で呼んでることですか?」

「……ええ、そうよ」

「まあ、可愛い後輩になるわけですからね」

「そう……」

「一羽ちゃんも連れて行って問題ないですか?」

「まあ……いいんじゃない?」

「良かったです」

 まあ、二人も三人も変わらないわよね。


トコ……トコ……トコ……


「それで、如何ですか?」

「……何が?」

「一晩眠って、多少はマシになりましたか?」

「……一晩程度で、変わるわけないでしょ」

「まあ、それもそうですね」

市ヶ谷(いちがや)さん、落ち込んでいるんですか?」

「はい、昨日の件で」

「本当に、落ち込んでいるんですか?」

 ……何を言っているの?

「一羽ちゃん、どういうこと?」

「だって、ねえ……」

「ごめん、具体的な説明が欲しい」

小村井(おむらい)さん、どうして部室から出て行ったんだと思います?」

 そんなの知らないわよ。

「えーっと……なんでだろう?」

「小村井さんも、やっぱり気があるということじゃないですか?」

「え?」

 いや、そんなわけは……

「そうじゃなきゃ、出ていかないと思いますけど?」

「よく考えれば、そうかもなあ……」

「よく考えなくてもそうですよ、気がないんだったら、別に気にすることでもないんですから……」

 ……一理は、あるのかもしれないわ。

「明らかじゃないですか、きっと市ヶ谷先輩も……」

 ……そうか、そういうことね。

「市ヶ谷先輩は、どう思います?」

 ……何よ、むしろ状況は良いんじゃない。

「市ヶ谷先輩?」

「作戦通りよ、聖陽」

「……作戦通り?」

「小村井の腹を探るために、あえてあなたに乗ってあげたのよ」

「すみません、意味が分かりません」

「結果として、小村井の内心を探ることができたわけよ」

「それ、結果論ですよね?」

「いいえ、一周回って私の作戦通りよ」

「その理論、流石に滅茶苦茶すぎませんか?」

「滅茶苦茶でもなんでも、そうなんだから仕方がないわ」

「はあ……」

 そう、結果的には目的は果たせているわ。

「気落ちするなんて馬鹿みたいだわ」

「気落ちしてるってことは、作戦通りではないですよね?」

「そんな細かいことは良いのよ」

「細かいですかね?」

「市ヶ谷さん、凄いですね」

「一羽ちゃん、どういうこと?」

「まさか、そこまで考えていたとは……」

 そう、私は熟慮に富んでいるのよ。

「いや、あのね……だから」

「市ヶ谷さん」

「鳩ノ巣さん、何?」

「書道部に入部して正解でした」

「そう……」

「はい、市ヶ谷さんから学びを得たいと思います」

「精々、学びを得るといいわ」

「はい」

 ……結果論だけど、褒められるならそれでいいわね。

「いやいや、おかしいって……」

「そう言えば、聖陽さんはどうして書道部に入部されたんですか?」

「……でもまあ、ともあれ計画的には悪くないのか」

「聖陽さん?」

「いや、なんでも……」

「そうですか」

「うん」

 ……計画?

「聖陽さんは、どうして書道部に入ったんですか?」

「それは、えっと……」

「はい」

「修行のためです」

「修行ですか?」

「うん、生徒会長選挙に勝つための修行として、書道部に入部したの」

「よく分からないですね」

「え?」

「生徒会長選挙と、書道部がいまいち結びつきません」

「市ヶ谷先輩、去年の生徒会長選挙に出ていたんだよ」

「ああ、そうなんですね」

「そして、私も出ていたの」

「聖陽さんもですか?」

「うん、市ヶ谷先輩と私含めて、計四人が立候補していたの」

「へえ、四人も出ていたんですね」

「結果的には、市ヶ谷先輩も私も負けたんだけどね」

「他には、どういう方が出ていたんですか?」

「現生徒会長の初台(はつだい)先輩と、新聞部の神楽坂先輩って人」

「ああ、そういうことですか……」

「え?」

「当たり前っちゃ当たり前ですけど、それで勝った初台さんが、生徒会長になったということですね」

「うん、そういうこと」

 そりゃそうでしょ、当たり前すぎるわ。

「初台さん、高校では生徒会長やってるんですね」

「あれ、初台先輩と面識あったの?」

「中学、同じなんですよ」

「へえ、それは知らなかった」

「以前も言いましたが、キリスト教系の女子校です」

 ……へえ、初台さんって女子校だったのね。

「初台先輩、キリスト教系の学校だったんだ」

「はい、そうですよ」

「うわあ、なんだか素敵かも」

「何が素敵なんですか?」

「初台先輩、去年の聖夜祭に彼氏できたんですよ」

「聖夜祭?」

「うん」

「住吉川って、キリスト教関係ないですよね?」

「うん、関係ないけど」

「どうして、聖夜祭があるんですか?」

「それはよく知らないなあ」

「変わった学校ですね」

 ……本題から、ズレているような。

「そんなことは良いんだよ、彼氏できたって方が本題」

「聖夜祭の日に彼氏ができたんですか?」

「うん、そうだよ」

「それは不穏ですね」

「不穏?」

「聖夜祭の日に結ばれたカップルは、半年経たずに別れると聞いたことがあります」

「……そうなの?」

「ネットで見た噂ですけどね」

「そうなんだね……」

 聖夜祭のある学校自体が希少だし、信ぴょう性が怪しい情報ね。

「はい、なので当てにはならないと思います」

「まあ、そうだよね……」

「あれ、ということは……」

「ん?」

「まだ、半年経過していないですよね?」

「そうだね、四か月くらい?」

「お二人は、どうなんですか?」

「どうって?」

「別れていないんですか?」

「そういう話は聞かないなあ……」

「まあ、まだ二か月程度ありますもんね」

「怖いこと言うね、一羽ちゃん」

「実際どうなのかなあって、気になってしまって」

「きっと迷信だよ」

「まあ、そうでしょうね」

「いや、でもなあ……」

「どうかしましたか?」

「様子は、ちょっと変だったんだよなあ……」

「様子って?」

 そう言えば、雰囲気が暗かったわね。

「この前、生徒会室に行ったんだよ」

「また、どうして?」

「新入部員獲得のアイデアを考えるために」

「新入部員と生徒会、関係あるんですか?」

「それはまあ、話せば長くなる」

「なら大丈夫です」

「その時に、初台先輩が具合悪かったみたいで」

「そうなんですね」

「まあ、関係ないとは思うけど……」

「そうですか」

「うん、流石に考えすぎだよね」

「それにしても初台さん、昔のままだなあって思いました」

「昔のまま?」

「はい、昔のままだなあって」

「どういう部分が、昔のままなの?」

「なんだか、暗い感じが」

「暗い?」

「はい」

 初台さんに暗いイメージなんて、全く無いのよね。

「初台先輩が?」

「そうですよ」

「初台先輩って、暗いかなあ?」

「少なくとも、中学の頃はそうでしたし、今も同じ感じです」

「今は、単に具合が悪いだけなんじゃないの?」

「いえ、入学の際に一目見たんですが、やっぱり変わらないなあって」

「そうなんだね……」

「はい」

「中学の時、暗かったの?」

「あえて、中学の時に限定する必要もありませんが、初台さんは暗い印象があります」

「明るいイメージあるけどなあ、初台先輩」

 暗いとは真反対の印象だけどね。

「どうやら、迷信ではないかもしれないですよ?」

「どういうこと?」

「初台さんにも、明るい時期があったということですよね?」

「少なくとも、入学以来そういう印象だよ。先日のがむしろ例外というか」

「へえ、怪しいですねえ……」

「考えすぎじゃないの?」

「いや、少し信ぴょう性が出てきた気がします」

「さっきの迷信?」

「はい、本来の初台さんは、明るい方ではないと思うんですよ」

「そうなんだね……」

「ただ、入学以来は明るく振舞っていたと」

「うん」

「しかし、ここ最近、明るさを失っていると」

「最近と言っても、この前に一回見ただけだしなあ……」

 そうよ、たまたまよ。

「私は、入学のタイミングで『暗さ』を感じたんですよ。中学の頃と同じ感じの」

「そっか……」

「少なくとも、四月以降は暗いってことですよ。初台さんは」

「まあ、そういうことになるか……」

「なので自然と、繋がってくるんじゃないですか?」

「聖夜祭の……呪い……か」

 ……全く、実体の無い話をしてるわね。

「初台さんが暗い感じに戻っているのは、徐々に効いている証左なんじゃないですかね?」

「いやいや……あり得るのかな?」

「そんなの、あり得ないわよ」

「市ヶ谷先輩?」

「そんな非科学的なこと、あり得るわけがないわ」

「でも、状況証拠が……」

「たまたまよ、たまたま」

「……たまたま、かなあ?」

 たまたまに決まっているわよ。

「まあ、吊り橋効果ってありますもんね」

「吊り橋効果?」

「市ヶ谷さん、ご存じありませんか?」

「聞いたことくらいあるけれど……」

「イベントごとを通じて付き合ったカップルは、そもそも別れやすいんですよ」

「それって、どういう原理なの?」

「付き合う前は、互いに対する期待値が高すぎるので、実際に付き合った後に現実が見えてくるって感じです」

「なるほどね……」

 あり得る話だわね。

「例の噂も、そこから派生したものかもしれません」

「筋は通っているわね……」

「はい、なので噂がどうこうとか関係なく、この状況である可能性もあるのだと思います」

「まあでも、私たち部外者だし……」

 そう、部外者の見立てなんて当てにならないわよ。

「部外者だからこそ、見えてくるんじゃないですか?」

「え?」

「部外者の直感って、案外当たっていることあると思いますよ?」

「そうかしらね……」

「ほら、小村井さんの件なんかまさに」

「……小村井?」

「お二人は、小村井さんが市ヶ谷さんに好意を持っている可能性に、気が付かなかったんですよね?」

「……ええ」

「だったら初台さんの件にしろ、あながち的外れではないかもしれないですよ」

「あなたが怖くなってきたわ……」

「怖い、ですか?」

百草園(もぐさえん)に関するそれと、似たようなものを感じるわ……」

(つかさ)と似てるってことですか?」

「なんとなくね……」

「司の思考はトレースしてますし、それはあり得る話ですね」

「……トレース?」

「司を攻略するために、司の思考を真似て考えることがあるんです」

「……そこまでやっているの?」

「そりゃまあ、絶対に落としたいので」

「……それじゃあ、どうして?」

「え?」

「百草園って、恋愛感情自体が無いわけよね?」

「はい、無いですよ」

「あれ、でも昨日は……」

「あれも作戦の範疇です」

「……作戦?」

「本気で私のことを好いてるだなんて、私は思っていませんよ」

「……え?」

「今の司には、恋愛感情自体が無い。私のことも、別に好きではない」

「……それじゃあ、無意味なんじゃ」

「いえ、だからこそです」

「……どういうこと?」

「刷り込み、ってやつですかね」

「……刷り込み?」

「今はどうとも思っていなくても、しつこくアタックすれば、それが本当に思えてくるかなあって?」

「……鳩ノ巣さん、あなた、何者なの?」

「普通の、恋する乙女ですが?」

「いやいや、普通ってね……」

「一羽ちゃん、末恐ろしい……」

「そんなあ、これくらい普通ですよ、聖陽さん」

「……そうなのかな?」

「市ヶ谷さんだって、やってるわけですよね?」

……私?

「昨日のアレ、小村井さんの内心を探る作戦だったわけですよね?」

「いや、それはね……」

 ……いやいや、作戦なわけないでしょう。

「市ヶ谷さんも、普通の恋する乙女ということですよ」

「……そう」

 ……なんでこう、書道部には変な奴しか入部してこないの?

「これは逸材だなあ、まさか百草園さんを超える人材だったとは……」

「司を越えるくらいでないと、落とすことはできませんからね」

「まさに権謀術数、騙しあいって感じ……」

「目的を果たすことが第一ですからね」

 あれ、目的って言えば……

「こんなことをしている場合じゃないわ!」

「市ヶ谷先輩、いきなりどうしたんですか?」

「小村井が私のことを好きである可能性が出てきたんだから、こんなことをしている場合じゃないのよ!」

「いや、お出掛けはお出掛けとして……」

「私の息抜きが目的だった以上は、それが解決した以上、こんなお出掛けに意味なんてないわ」

「それはまあ、そうかもしれませんが……」

「こんなこと、している場合じゃないのよ!」

「いや、でも……」

「流石に、ここまで来たら確定的だわ。素直に気持ちを伝えるわよ」

「えっと……」

「聖陽、止めないで!」

「いや、そうじゃなくて……」

「何よ?」

「ほら、そこに……」

「え?」

 どうして、ここに……

「……市ヶ谷、お前」

「……小村井?」

「……ああ」

「……今の、聞いてたの?」

「……聞いてたな」

「……どうして、いるの?」

「私が、呼んだんですよねえ……」

「……なんで!」

「なんでって……ねえ?」

「ねえ? じゃないわよ!」

「……市ヶ谷、お前さっき」

「あれは……なんでもないのよ……」

「……んなわけねえだろ」

 ……あれ、こんな形で決まっちゃうわけ?

「いや、でも……」

「……素直に、なれよ」

「……ぐっ」

 ……全く、ロマンスの欠片もないわ。

「まさか、ここまでの急展開になるとは思わなかったんですよねえ……」

「聖陽、あんたのせいよ!」

「それはなんというか……面目ない」

 面目ないで済むなら、警察は要らないのよ!

「聖陽さんもやりますねえ、それで私を誘ったんですね」

「うん、そうなんだけど……」

「あれですか、二人きりにしたうえで、私だけを連れて遊びに行くみたいな」

「まあ、そんな感じ……」

「聖陽さんも、権謀術数じゃないですか」

「まあ、うん……そうだね……」

 ……そんな話してる場合じゃないでしょ!

「おい、市ヶ谷」

「……何よ」

「昨日は逃げてすまなかった」

「……いや、いいけど」

「いや、昨日だけじゃないな……」

「……え?」

「ずっと、逃げていたんだ」

「それって……」

「市ヶ谷、好きだ」

「……何よ、こんなところで」

「話の流れだし、仕方がない」

「……最低、最悪」

「で、どうなんだ?」

「……何が」

「ここで、何がはねえだろ」

「全く……ばか……」

「市ヶ谷?」

「……す」

「……す?」

「……す」

「ハッキリ、言えよ」

「……すっ……」


       ※ ※ ※


「好き!」

 ……あれ?

「……夢?」

 ……自宅の寝室。朝のようね。

「……リアルすぎる夢だわ」

 ……夢とは思えないくらい、現実味のある夢だったわ。

「……はぁ」

 ……起きたばかりなのに、疲労感が半端ないわ。

「……着信が入ってる」

 ……聖陽から、五分前に来ているわね。

「……まさかね」

 もし、さっきの夢が正夢だったら……

「……連絡してみましょう」


プルルルル……プルルルル……


「もしもし」

「……もしもし、聖陽」

「おはようございます、市ヶ谷先輩」

「……おはよう」

「今、大丈夫ですか?」

「……どうぞ」

「本日の、お出掛けの件についてなんですが」

「……もしかして」

「え、なんですか?」

「……よからぬ計画を、企んでいるんじゃないでしょうね?」

「よからぬ計画、とは?」

「……いや、その」

「はい」

「……仲直りさせるために、小村井を連れてきたりとか」

「ああ……」

「……正夢なの?」

「正夢?」

「……計画、してるんでしょ?」

「いえ、してないですよ?」

「……そうやって、隠しているんでしょ?」

「まさか、そんなあ」

「……怪しい」

「本当に、そうしておけばよかったくらいですよ」

「ということは……」

「はい、本当にそんな計画は無いですよ」

「……そう」

「迂闊だったなあ、その手があったか……」

 ……流石に、あり得ないわよね。

「でも、正夢ってどういうことですか?」

「……え?」

「さっき、正夢って」

「……夢を、見たのよ」

「どういう夢を見たんですか?」

「流れで、小村井に告白する夢……」

「それはおめでたい夢ですね」

「……おめでたくなんてないわよ」

「どうしてですか?」

「……あんたのせいよ」

「え、私の?」

「……あんたの拙い計画のせいで、そういう流れになったのよ」

「それはなんというか……面目ない」

「面目ないで済むなら、警察は要らないのよ!」

「そう言われましても……」

「……夢の中と、同じ反応する聖陽が悪いのよ」

「夢の中と、同じ反応だったんですか?」

「……一言一句、同じだったわ」

「それ、正夢なんじゃないですか?」

「……え?」

「流れで、小村井先輩に告白することになるんじゃないですか?」

「……小村井、呼んでないんでしょ?」

「はい、全く考えていませんでした」

「……それじゃあ、正夢にならないでしょ」

「今から、誘いますか?」

「……それじゃあ、正夢じゃないわよ」

「そんなの、どうでもいいじゃないですか」

「……いや、どうでも良くはないわよ」

「そうですかね?」

「……そうよ」

「告白できたら、なんでも良くないですか?」

「……呼んだら、承知しないわよ」

「でも……」

「……自分で、どうにかしたいのよ」

「そうですか……」

「……そうよ」

 自分の力でどうにかしないと、意味がないわ。

「それで、今日のお出掛けの件なんですが……」

「……鳩ノ巣さんが来るの?」

「なぜ、知っているんですか?」

「夢の中では、そうだったのよ……」

「へえ、部分的には合っているんですね」

「そうみたいね……」

「一羽ちゃん、連れて行っても大丈夫ですか?」

「……そこも同じなのね」

「え?」

「……名前の呼び方、変わってるでしょ?」

「夢の中でもそうだったんですか?」

「……そうね」

「そこも、一致しているというわけですね」

「……ええ」

「それで、大丈夫ですか?」

「いや……」

「ん?」

「……そもそも、前提が変わったわ」

「前提とは?」

「……小村井は、私のことが好きな可能性があるわ」

「へえ、気付いたんですね」

「……え?」

「そうなんですよ。好きでもないなら、部室から出て行ったりしませんし」

「……そこは、気付いていたのね」

「夢の私は気付いていなかったんですか?」

「……鳩ノ巣さんの指摘によって、私たち二人は気が付いたのよ」

「ああ、それは半分正しいですね」

「……半分?」

「昨日、一羽ちゃんと話をする中で気が付いたんですよ」

「……そうだったのね」

「まあそういうことであれば、今日の息抜きは不要ですかね?」

「……そこなのよね」

「え?」

「……仮に小村井が私を好きだとして、どうすればいいのか分からないわ」

「え、何を言っているんですか?」

「え?」

「両想いの可能性が高いってことですよね、素直に告白したらいいじゃないですか」

「それができたら、苦労しないわよ……」

「夢の中の市ヶ谷先輩は告白したんですよね?」

「……夢の中では、ね」

「だったら現実でも」

「……無理」

「『好き』って言うだけですよね?」

「……その理屈が通るなら、あらゆる恋愛ドラマは一話で完結するわよ」

「まあ、それはそうですが……」

「……そうよ」

「それで、どうされるんですか?」

「……え?」

「告白、しないんですか?」

「……その前に、仲直りでしょ?」

「その勢いで告白したらいいんですよ」

「いや、あのね……」

「四の五の考えずに、行動すべしだと思います」

「……熟慮も必要なのよ」

「市ヶ谷先輩らしくもないですね」

「……これが普通なのよ」

「普通、ねえ……」

「……何よ?」

「いいえ、なーんでも」

 全く、この女ときたら……

「……出先で、考えることにするわよ」

「なるほど、そういう手で来ましたか」

「……最もベターな選択だと思うわ」

「先送り、とも言いますけど……」

「……うるさいわね」

「キャンセルはしないということで了解しました」

「……ええ」

「それで、どこに行きますか?」

「……決めていなかったの?」

「相談して決めた方がいいですよね?」

「……そういうことではなくてね」

「どういうことですか?」

「もう、いいわよ……」

 全く、何から何まで無計画すぎるわ。

「そうですか、じゃあ場所を決めましょう」

「……どこか、当ては無いの?」

「私の希望でいいんですか?」

「……別に私は、行きたい場所なんてないのよ」

「そうですか、じゃあ案を出しますね」

「……ええ」

「よし、決めた」

「……どうぞ」

「西青木とか、如何ですか?」

「……西青木?」

「はい、西青木」

「……そこって、埼玉よね?」

「違いますよー、ギリギリ都内です」

「あれ、そうだったかしら……」

「住民の方に怒られますよ?」

「だって、殆ど埼玉でしょ?」

「それは、否定できませんが……」

「まあ、この辺は殆ど千葉だけどね……」

「それもそうですね」

「ああ、もっと都心に生まれたかったわ……」

「のどかでいいじゃないですか、この辺りも」

「それはまあ、そうなんだけど……」

「下町には下町の良さがありますって」

「……にしても、なんで西青木なの?」

「人が多いと息抜きにならないかなあって」

「……息抜き、そこまで必要無くなったけどね」

「まあ、細かいことは良いじゃないですか」

「……細かくはないと思うけれど」

「別の場所の方がいいですか?」

「……いや、一理はあるわ。都心に行きたい気分ではないし」

「よし、それじゃあ決定ですね」

「……でもあそこって、何があるの?」

「ショッピングモールがあるんですよ」

「確かに、そんなのがあった気もするわ……」

「ショッピングモールあればどうにかなりますって」

「……でも、そこまで大きくないんじゃないの?」

「割と大きいですよ、殆ど埼玉なんで、地価が安いんじゃないですかね?」

「……だから、住民の方に失礼よ」

「モールには映画館もありますし、最悪映画見ましょうよ」

「……それは、悪くないわね」

「都心の映画館よりも空いてますよ、多分」

「……落ち着いて鑑賞できそうね」

「はい、如何ですか?」

「……じゃあ、西青木にしましょう」

「よし、決定ですね」

「……ええ」

「集合場所どうします?」

「……駅前でいいでしょ」

「どこの駅前ですか?」

「……岡田駅」

「まあ、無難なところですね」

 ここから西青木行くんなら、岡田駅よね。

「では、集合場所も決定ですね」

「……そうね」

「では、そんな感じで」

「……いや、違うでしょ」

「何が違うんですか?」

「……時間が決まっていないわ」

「あ、忘れてました」

「……普通、忘れないでしょ」

「今日の市ヶ谷先輩、本当におかしいですよ」

「……何がおかしいって言うのよ」

「びっくりするくらいマトモです」

「……いつもがマトモじゃないみたいな言い方ね」

「え、そうですよね?」

「もう、いいわよ……」

「あ、はい……」

 失礼すぎるわ、本当。

「……お昼前くらいでいい?」

「そうですね、お昼を三人で食べましょうか」

「……ええ」

「では、そんな感じでお願いします」

「……了解」


プー……プー……プー……プー……プー……


「……さて、朝のルーティンがまだだったわ」


       ※ ※ ※


 岡田駅前。

「おはようございます、市ヶ谷先輩」

「……おはよう、聖陽」

 ……夢の中と同じ服装だわ。

「如何しましたか、市ヶ谷先輩?」

「いや、なんでも……」

「もしかして、服装が同じだったりしましたか?」

「……なんでわかるのよ?」

「あり得るとしたら、それくらいかなあと」

「……まあ、合ってるけど」

「やっぱり、正夢なんじゃないですか?」

「いや、まさかね……」

「それにしても市ヶ谷先輩、可愛いですね」

「……え?」

「またイメージ違いますね、髪を下ろしていると」

「……そう」

「はい、可愛いですよ」

「……あなたに言われてもね」

「小村井先輩に、見せたらどうですか?」

「……小村井に?」

「はい、きっと可愛いって思ってくれますよ?」

「……いや、そんな」

「だって、両想いなんですよ?」

「……可能性の話でしょ?」

「いやあ、確定してると思いますけどねえ」

「……急いては、ことを仕損じるのよ」

「兵は神速を尊ぶ、とも言いますけどね」

「……うるさいわね」

「やっぱり、いつもより迫力無いですね」

「……迫力なんて要らないのよ」

「そうですね、しおらしい感じの市ヶ谷先輩の方が可愛いと思います」

「……さっきから、可愛い可愛いってなんなの?」

「だって、可愛いですし」

「……だから、あなたに言われても仕方がないのよ」

「いっそ、私と付き合ってみますか?」

「……何を言っているのか、理解ができないわ」

「ほら、女の子同士で、如何ですか?」

「……なんで私が、同性愛みたいな真似をしないといけないのよ」

「小村井先輩に素直になれない、その妥協案としてですね」

「……だからって、聖陽と付き合う理由にはならないわ」

「結構、上手くいくと思うんだけどなあ……」

「……人の目だって、あるでしょ」

「人の目がなかったら、付き合えるんですか?」

「……ああ言えばこう言う」

「だって、そういうことですよね?」

「……ああもう、うるさいわね」

「そろそろ、良いですか?」

 鳩ノ巣さん、来ていたのね。

「あ、一羽ちゃんおはよー」

「おはようございます、聖陽さん」

「……また、同じ服」

「市ヶ谷さん、おはようございます」

「……おはよう」

「同じ服って、何の話ですか?」

「……二度も同じ話をしたくないわ」

「夢で私たち二人が出てきたんだって、一羽ちゃん」

「そうなんですね」

「その時と同じ服だってことだよ」

「それじゃあ、正夢かもしれないですね」

「うん、その話をしていたんだよ」

「さっき、可愛い可愛い言ってませんでしたか?」

「そう、その話の流れで、市ヶ谷先輩可愛いって話になったの」

「そういうことですね」

「うん、そうなの」

「確かに、制服とはまたイメージが違って、可愛いですね」

「だよねー」

「はい」

「だから、今告白をしていたんだよ」

「告白?」

「そう、私と付き合ってみませんかって」

「聖陽さん、本気で言っているんですか?」

「半分は本気だよ?」

 ……全く、どういうことなの?

「半分は冗談なんですね」

「うん、半分は冗談」

「……半分本気ってのが怖いんだけどね」

「だって、可愛くて可愛くて」

「聖陽さんって、同性愛者だったんですか?」

「ううん、そういうわけじゃないけど」

「まあ、可愛いというのは分かりますが」

「市ヶ谷先輩、小さくて可愛いです」

「……聖陽、あんたの背が一番低いでしょ?」

「細かいことは良いじゃないですか」

「……いや、全く細かくないでしょ」

「市ヶ谷先輩は小さく見えるんですよ」

「……人間として小さいってこと?」

「当たらずも遠からずですね」

「……全く、好き勝手言うわよね」

「とても、人間らしくて可愛いと思いますよ?」

「……だからそれ、やめなさい」

「本気になっちゃいますか?」

「……ああ、もう」

「ふふっ、可愛い」

「……どうして今日に限って、そんなに褒めるわけ?」

「だって今日、デートみたいなものですよね?」

「……鳩ノ巣さんがいるでしょ?」

「そんなのは細かいことです」

「……全く、細かくないけどね」

「では、そろそろデートを始めましょうか」

「……全く、聞いちゃいないわね」

「ほら行こう、一羽ちゃん」

「はい、そうですね」

 どうせデートに行くなら、アイツと……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ