第七話「市ヶ谷さんは、息抜きしたい?」
「……どうして、あなたがいるわけ?」
「私が呼んだんですよ」
「……来るなら来るって、連絡しなさいよ」
「ごめんなさい、急に決まったんですよ」
「聖陽っていつもそうね……」
「えー、言うほどじゃないですよー」
「……どうだか」
書道部の後輩である聖陽に誘われて、二人で出掛ける予定だったんだけど……
「あたしも会話に入れてください」
「あ、ごめん、一羽ちゃん」
「いや、別にいいんですけどね」
鳩ノ巣一羽、書道部の新入部員の一年生。
「どうして、鳩ノ巣さんも誘ったの?」
「一羽ちゃんもいた方が楽しいかなあって」
「……いつの間にやら、仲良くなっているみたいね」
「あ、下の名前で呼んでることですか?」
「……ええ、そうよ」
「まあ、可愛い後輩になるわけですからね」
「そう……」
「一羽ちゃんも連れて行って問題ないですか?」
「まあ……いいんじゃない?」
「良かったです」
まあ、二人も三人も変わらないわよね。
トコ……トコ……トコ……
「それで、如何ですか?」
「……何が?」
「一晩眠って、多少はマシになりましたか?」
「……一晩程度で、変わるわけないでしょ」
「まあ、それもそうですね」
「市ヶ谷さん、落ち込んでいるんですか?」
「はい、昨日の件で」
「本当に、落ち込んでいるんですか?」
……何を言っているの?
「一羽ちゃん、どういうこと?」
「だって、ねえ……」
「ごめん、具体的な説明が欲しい」
「小村井さん、どうして部室から出て行ったんだと思います?」
そんなの知らないわよ。
「えーっと……なんでだろう?」
「小村井さんも、やっぱり気があるということじゃないですか?」
「え?」
いや、そんなわけは……
「そうじゃなきゃ、出ていかないと思いますけど?」
「よく考えれば、そうかもなあ……」
「よく考えなくてもそうですよ、気がないんだったら、別に気にすることでもないんですから……」
……一理は、あるのかもしれないわ。
「明らかじゃないですか、きっと市ヶ谷先輩も……」
……そうか、そういうことね。
「市ヶ谷先輩は、どう思います?」
……何よ、むしろ状況は良いんじゃない。
「市ヶ谷先輩?」
「作戦通りよ、聖陽」
「……作戦通り?」
「小村井の腹を探るために、あえてあなたに乗ってあげたのよ」
「すみません、意味が分かりません」
「結果として、小村井の内心を探ることができたわけよ」
「それ、結果論ですよね?」
「いいえ、一周回って私の作戦通りよ」
「その理論、流石に滅茶苦茶すぎませんか?」
「滅茶苦茶でもなんでも、そうなんだから仕方がないわ」
「はあ……」
そう、結果的には目的は果たせているわ。
「気落ちするなんて馬鹿みたいだわ」
「気落ちしてるってことは、作戦通りではないですよね?」
「そんな細かいことは良いのよ」
「細かいですかね?」
「市ヶ谷さん、凄いですね」
「一羽ちゃん、どういうこと?」
「まさか、そこまで考えていたとは……」
そう、私は熟慮に富んでいるのよ。
「いや、あのね……だから」
「市ヶ谷さん」
「鳩ノ巣さん、何?」
「書道部に入部して正解でした」
「そう……」
「はい、市ヶ谷さんから学びを得たいと思います」
「精々、学びを得るといいわ」
「はい」
……結果論だけど、褒められるならそれでいいわね。
「いやいや、おかしいって……」
「そう言えば、聖陽さんはどうして書道部に入部されたんですか?」
「……でもまあ、ともあれ計画的には悪くないのか」
「聖陽さん?」
「いや、なんでも……」
「そうですか」
「うん」
……計画?
「聖陽さんは、どうして書道部に入ったんですか?」
「それは、えっと……」
「はい」
「修行のためです」
「修行ですか?」
「うん、生徒会長選挙に勝つための修行として、書道部に入部したの」
「よく分からないですね」
「え?」
「生徒会長選挙と、書道部がいまいち結びつきません」
「市ヶ谷先輩、去年の生徒会長選挙に出ていたんだよ」
「ああ、そうなんですね」
「そして、私も出ていたの」
「聖陽さんもですか?」
「うん、市ヶ谷先輩と私含めて、計四人が立候補していたの」
「へえ、四人も出ていたんですね」
「結果的には、市ヶ谷先輩も私も負けたんだけどね」
「他には、どういう方が出ていたんですか?」
「現生徒会長の初台先輩と、新聞部の神楽坂先輩って人」
「ああ、そういうことですか……」
「え?」
「当たり前っちゃ当たり前ですけど、それで勝った初台さんが、生徒会長になったということですね」
「うん、そういうこと」
そりゃそうでしょ、当たり前すぎるわ。
「初台さん、高校では生徒会長やってるんですね」
「あれ、初台先輩と面識あったの?」
「中学、同じなんですよ」
「へえ、それは知らなかった」
「以前も言いましたが、キリスト教系の女子校です」
……へえ、初台さんって女子校だったのね。
「初台先輩、キリスト教系の学校だったんだ」
「はい、そうですよ」
「うわあ、なんだか素敵かも」
「何が素敵なんですか?」
「初台先輩、去年の聖夜祭に彼氏できたんですよ」
「聖夜祭?」
「うん」
「住吉川って、キリスト教関係ないですよね?」
「うん、関係ないけど」
「どうして、聖夜祭があるんですか?」
「それはよく知らないなあ」
「変わった学校ですね」
……本題から、ズレているような。
「そんなことは良いんだよ、彼氏できたって方が本題」
「聖夜祭の日に彼氏ができたんですか?」
「うん、そうだよ」
「それは不穏ですね」
「不穏?」
「聖夜祭の日に結ばれたカップルは、半年経たずに別れると聞いたことがあります」
「……そうなの?」
「ネットで見た噂ですけどね」
「そうなんだね……」
聖夜祭のある学校自体が希少だし、信ぴょう性が怪しい情報ね。
「はい、なので当てにはならないと思います」
「まあ、そうだよね……」
「あれ、ということは……」
「ん?」
「まだ、半年経過していないですよね?」
「そうだね、四か月くらい?」
「お二人は、どうなんですか?」
「どうって?」
「別れていないんですか?」
「そういう話は聞かないなあ……」
「まあ、まだ二か月程度ありますもんね」
「怖いこと言うね、一羽ちゃん」
「実際どうなのかなあって、気になってしまって」
「きっと迷信だよ」
「まあ、そうでしょうね」
「いや、でもなあ……」
「どうかしましたか?」
「様子は、ちょっと変だったんだよなあ……」
「様子って?」
そう言えば、雰囲気が暗かったわね。
「この前、生徒会室に行ったんだよ」
「また、どうして?」
「新入部員獲得のアイデアを考えるために」
「新入部員と生徒会、関係あるんですか?」
「それはまあ、話せば長くなる」
「なら大丈夫です」
「その時に、初台先輩が具合悪かったみたいで」
「そうなんですね」
「まあ、関係ないとは思うけど……」
「そうですか」
「うん、流石に考えすぎだよね」
「それにしても初台さん、昔のままだなあって思いました」
「昔のまま?」
「はい、昔のままだなあって」
「どういう部分が、昔のままなの?」
「なんだか、暗い感じが」
「暗い?」
「はい」
初台さんに暗いイメージなんて、全く無いのよね。
「初台先輩が?」
「そうですよ」
「初台先輩って、暗いかなあ?」
「少なくとも、中学の頃はそうでしたし、今も同じ感じです」
「今は、単に具合が悪いだけなんじゃないの?」
「いえ、入学の際に一目見たんですが、やっぱり変わらないなあって」
「そうなんだね……」
「はい」
「中学の時、暗かったの?」
「あえて、中学の時に限定する必要もありませんが、初台さんは暗い印象があります」
「明るいイメージあるけどなあ、初台先輩」
暗いとは真反対の印象だけどね。
「どうやら、迷信ではないかもしれないですよ?」
「どういうこと?」
「初台さんにも、明るい時期があったということですよね?」
「少なくとも、入学以来そういう印象だよ。先日のがむしろ例外というか」
「へえ、怪しいですねえ……」
「考えすぎじゃないの?」
「いや、少し信ぴょう性が出てきた気がします」
「さっきの迷信?」
「はい、本来の初台さんは、明るい方ではないと思うんですよ」
「そうなんだね……」
「ただ、入学以来は明るく振舞っていたと」
「うん」
「しかし、ここ最近、明るさを失っていると」
「最近と言っても、この前に一回見ただけだしなあ……」
そうよ、たまたまよ。
「私は、入学のタイミングで『暗さ』を感じたんですよ。中学の頃と同じ感じの」
「そっか……」
「少なくとも、四月以降は暗いってことですよ。初台さんは」
「まあ、そういうことになるか……」
「なので自然と、繋がってくるんじゃないですか?」
「聖夜祭の……呪い……か」
……全く、実体の無い話をしてるわね。
「初台さんが暗い感じに戻っているのは、徐々に効いている証左なんじゃないですかね?」
「いやいや……あり得るのかな?」
「そんなの、あり得ないわよ」
「市ヶ谷先輩?」
「そんな非科学的なこと、あり得るわけがないわ」
「でも、状況証拠が……」
「たまたまよ、たまたま」
「……たまたま、かなあ?」
たまたまに決まっているわよ。
「まあ、吊り橋効果ってありますもんね」
「吊り橋効果?」
「市ヶ谷さん、ご存じありませんか?」
「聞いたことくらいあるけれど……」
「イベントごとを通じて付き合ったカップルは、そもそも別れやすいんですよ」
「それって、どういう原理なの?」
「付き合う前は、互いに対する期待値が高すぎるので、実際に付き合った後に現実が見えてくるって感じです」
「なるほどね……」
あり得る話だわね。
「例の噂も、そこから派生したものかもしれません」
「筋は通っているわね……」
「はい、なので噂がどうこうとか関係なく、この状況である可能性もあるのだと思います」
「まあでも、私たち部外者だし……」
そう、部外者の見立てなんて当てにならないわよ。
「部外者だからこそ、見えてくるんじゃないですか?」
「え?」
「部外者の直感って、案外当たっていることあると思いますよ?」
「そうかしらね……」
「ほら、小村井さんの件なんかまさに」
「……小村井?」
「お二人は、小村井さんが市ヶ谷さんに好意を持っている可能性に、気が付かなかったんですよね?」
「……ええ」
「だったら初台さんの件にしろ、あながち的外れではないかもしれないですよ」
「あなたが怖くなってきたわ……」
「怖い、ですか?」
「百草園に関するそれと、似たようなものを感じるわ……」
「司と似てるってことですか?」
「なんとなくね……」
「司の思考はトレースしてますし、それはあり得る話ですね」
「……トレース?」
「司を攻略するために、司の思考を真似て考えることがあるんです」
「……そこまでやっているの?」
「そりゃまあ、絶対に落としたいので」
「……それじゃあ、どうして?」
「え?」
「百草園って、恋愛感情自体が無いわけよね?」
「はい、無いですよ」
「あれ、でも昨日は……」
「あれも作戦の範疇です」
「……作戦?」
「本気で私のことを好いてるだなんて、私は思っていませんよ」
「……え?」
「今の司には、恋愛感情自体が無い。私のことも、別に好きではない」
「……それじゃあ、無意味なんじゃ」
「いえ、だからこそです」
「……どういうこと?」
「刷り込み、ってやつですかね」
「……刷り込み?」
「今はどうとも思っていなくても、しつこくアタックすれば、それが本当に思えてくるかなあって?」
「……鳩ノ巣さん、あなた、何者なの?」
「普通の、恋する乙女ですが?」
「いやいや、普通ってね……」
「一羽ちゃん、末恐ろしい……」
「そんなあ、これくらい普通ですよ、聖陽さん」
「……そうなのかな?」
「市ヶ谷さんだって、やってるわけですよね?」
……私?
「昨日のアレ、小村井さんの内心を探る作戦だったわけですよね?」
「いや、それはね……」
……いやいや、作戦なわけないでしょう。
「市ヶ谷さんも、普通の恋する乙女ということですよ」
「……そう」
……なんでこう、書道部には変な奴しか入部してこないの?
「これは逸材だなあ、まさか百草園さんを超える人材だったとは……」
「司を越えるくらいでないと、落とすことはできませんからね」
「まさに権謀術数、騙しあいって感じ……」
「目的を果たすことが第一ですからね」
あれ、目的って言えば……
「こんなことをしている場合じゃないわ!」
「市ヶ谷先輩、いきなりどうしたんですか?」
「小村井が私のことを好きである可能性が出てきたんだから、こんなことをしている場合じゃないのよ!」
「いや、お出掛けはお出掛けとして……」
「私の息抜きが目的だった以上は、それが解決した以上、こんなお出掛けに意味なんてないわ」
「それはまあ、そうかもしれませんが……」
「こんなこと、している場合じゃないのよ!」
「いや、でも……」
「流石に、ここまで来たら確定的だわ。素直に気持ちを伝えるわよ」
「えっと……」
「聖陽、止めないで!」
「いや、そうじゃなくて……」
「何よ?」
「ほら、そこに……」
「え?」
どうして、ここに……
「……市ヶ谷、お前」
「……小村井?」
「……ああ」
「……今の、聞いてたの?」
「……聞いてたな」
「……どうして、いるの?」
「私が、呼んだんですよねえ……」
「……なんで!」
「なんでって……ねえ?」
「ねえ? じゃないわよ!」
「……市ヶ谷、お前さっき」
「あれは……なんでもないのよ……」
「……んなわけねえだろ」
……あれ、こんな形で決まっちゃうわけ?
「いや、でも……」
「……素直に、なれよ」
「……ぐっ」
……全く、ロマンスの欠片もないわ。
「まさか、ここまでの急展開になるとは思わなかったんですよねえ……」
「聖陽、あんたのせいよ!」
「それはなんというか……面目ない」
面目ないで済むなら、警察は要らないのよ!
「聖陽さんもやりますねえ、それで私を誘ったんですね」
「うん、そうなんだけど……」
「あれですか、二人きりにしたうえで、私だけを連れて遊びに行くみたいな」
「まあ、そんな感じ……」
「聖陽さんも、権謀術数じゃないですか」
「まあ、うん……そうだね……」
……そんな話してる場合じゃないでしょ!
「おい、市ヶ谷」
「……何よ」
「昨日は逃げてすまなかった」
「……いや、いいけど」
「いや、昨日だけじゃないな……」
「……え?」
「ずっと、逃げていたんだ」
「それって……」
「市ヶ谷、好きだ」
「……何よ、こんなところで」
「話の流れだし、仕方がない」
「……最低、最悪」
「で、どうなんだ?」
「……何が」
「ここで、何がはねえだろ」
「全く……ばか……」
「市ヶ谷?」
「……す」
「……す?」
「……す」
「ハッキリ、言えよ」
「……すっ……」
※ ※ ※
「好き!」
……あれ?
「……夢?」
……自宅の寝室。朝のようね。
「……リアルすぎる夢だわ」
……夢とは思えないくらい、現実味のある夢だったわ。
「……はぁ」
……起きたばかりなのに、疲労感が半端ないわ。
「……着信が入ってる」
……聖陽から、五分前に来ているわね。
「……まさかね」
もし、さっきの夢が正夢だったら……
「……連絡してみましょう」
プルルルル……プルルルル……
「もしもし」
「……もしもし、聖陽」
「おはようございます、市ヶ谷先輩」
「……おはよう」
「今、大丈夫ですか?」
「……どうぞ」
「本日の、お出掛けの件についてなんですが」
「……もしかして」
「え、なんですか?」
「……よからぬ計画を、企んでいるんじゃないでしょうね?」
「よからぬ計画、とは?」
「……いや、その」
「はい」
「……仲直りさせるために、小村井を連れてきたりとか」
「ああ……」
「……正夢なの?」
「正夢?」
「……計画、してるんでしょ?」
「いえ、してないですよ?」
「……そうやって、隠しているんでしょ?」
「まさか、そんなあ」
「……怪しい」
「本当に、そうしておけばよかったくらいですよ」
「ということは……」
「はい、本当にそんな計画は無いですよ」
「……そう」
「迂闊だったなあ、その手があったか……」
……流石に、あり得ないわよね。
「でも、正夢ってどういうことですか?」
「……え?」
「さっき、正夢って」
「……夢を、見たのよ」
「どういう夢を見たんですか?」
「流れで、小村井に告白する夢……」
「それはおめでたい夢ですね」
「……おめでたくなんてないわよ」
「どうしてですか?」
「……あんたのせいよ」
「え、私の?」
「……あんたの拙い計画のせいで、そういう流れになったのよ」
「それはなんというか……面目ない」
「面目ないで済むなら、警察は要らないのよ!」
「そう言われましても……」
「……夢の中と、同じ反応する聖陽が悪いのよ」
「夢の中と、同じ反応だったんですか?」
「……一言一句、同じだったわ」
「それ、正夢なんじゃないですか?」
「……え?」
「流れで、小村井先輩に告白することになるんじゃないですか?」
「……小村井、呼んでないんでしょ?」
「はい、全く考えていませんでした」
「……それじゃあ、正夢にならないでしょ」
「今から、誘いますか?」
「……それじゃあ、正夢じゃないわよ」
「そんなの、どうでもいいじゃないですか」
「……いや、どうでも良くはないわよ」
「そうですかね?」
「……そうよ」
「告白できたら、なんでも良くないですか?」
「……呼んだら、承知しないわよ」
「でも……」
「……自分で、どうにかしたいのよ」
「そうですか……」
「……そうよ」
自分の力でどうにかしないと、意味がないわ。
「それで、今日のお出掛けの件なんですが……」
「……鳩ノ巣さんが来るの?」
「なぜ、知っているんですか?」
「夢の中では、そうだったのよ……」
「へえ、部分的には合っているんですね」
「そうみたいね……」
「一羽ちゃん、連れて行っても大丈夫ですか?」
「……そこも同じなのね」
「え?」
「……名前の呼び方、変わってるでしょ?」
「夢の中でもそうだったんですか?」
「……そうね」
「そこも、一致しているというわけですね」
「……ええ」
「それで、大丈夫ですか?」
「いや……」
「ん?」
「……そもそも、前提が変わったわ」
「前提とは?」
「……小村井は、私のことが好きな可能性があるわ」
「へえ、気付いたんですね」
「……え?」
「そうなんですよ。好きでもないなら、部室から出て行ったりしませんし」
「……そこは、気付いていたのね」
「夢の私は気付いていなかったんですか?」
「……鳩ノ巣さんの指摘によって、私たち二人は気が付いたのよ」
「ああ、それは半分正しいですね」
「……半分?」
「昨日、一羽ちゃんと話をする中で気が付いたんですよ」
「……そうだったのね」
「まあそういうことであれば、今日の息抜きは不要ですかね?」
「……そこなのよね」
「え?」
「……仮に小村井が私を好きだとして、どうすればいいのか分からないわ」
「え、何を言っているんですか?」
「え?」
「両想いの可能性が高いってことですよね、素直に告白したらいいじゃないですか」
「それができたら、苦労しないわよ……」
「夢の中の市ヶ谷先輩は告白したんですよね?」
「……夢の中では、ね」
「だったら現実でも」
「……無理」
「『好き』って言うだけですよね?」
「……その理屈が通るなら、あらゆる恋愛ドラマは一話で完結するわよ」
「まあ、それはそうですが……」
「……そうよ」
「それで、どうされるんですか?」
「……え?」
「告白、しないんですか?」
「……その前に、仲直りでしょ?」
「その勢いで告白したらいいんですよ」
「いや、あのね……」
「四の五の考えずに、行動すべしだと思います」
「……熟慮も必要なのよ」
「市ヶ谷先輩らしくもないですね」
「……これが普通なのよ」
「普通、ねえ……」
「……何よ?」
「いいえ、なーんでも」
全く、この女ときたら……
「……出先で、考えることにするわよ」
「なるほど、そういう手で来ましたか」
「……最もベターな選択だと思うわ」
「先送り、とも言いますけど……」
「……うるさいわね」
「キャンセルはしないということで了解しました」
「……ええ」
「それで、どこに行きますか?」
「……決めていなかったの?」
「相談して決めた方がいいですよね?」
「……そういうことではなくてね」
「どういうことですか?」
「もう、いいわよ……」
全く、何から何まで無計画すぎるわ。
「そうですか、じゃあ場所を決めましょう」
「……どこか、当ては無いの?」
「私の希望でいいんですか?」
「……別に私は、行きたい場所なんてないのよ」
「そうですか、じゃあ案を出しますね」
「……ええ」
「よし、決めた」
「……どうぞ」
「西青木とか、如何ですか?」
「……西青木?」
「はい、西青木」
「……そこって、埼玉よね?」
「違いますよー、ギリギリ都内です」
「あれ、そうだったかしら……」
「住民の方に怒られますよ?」
「だって、殆ど埼玉でしょ?」
「それは、否定できませんが……」
「まあ、この辺は殆ど千葉だけどね……」
「それもそうですね」
「ああ、もっと都心に生まれたかったわ……」
「のどかでいいじゃないですか、この辺りも」
「それはまあ、そうなんだけど……」
「下町には下町の良さがありますって」
「……にしても、なんで西青木なの?」
「人が多いと息抜きにならないかなあって」
「……息抜き、そこまで必要無くなったけどね」
「まあ、細かいことは良いじゃないですか」
「……細かくはないと思うけれど」
「別の場所の方がいいですか?」
「……いや、一理はあるわ。都心に行きたい気分ではないし」
「よし、それじゃあ決定ですね」
「……でもあそこって、何があるの?」
「ショッピングモールがあるんですよ」
「確かに、そんなのがあった気もするわ……」
「ショッピングモールあればどうにかなりますって」
「……でも、そこまで大きくないんじゃないの?」
「割と大きいですよ、殆ど埼玉なんで、地価が安いんじゃないですかね?」
「……だから、住民の方に失礼よ」
「モールには映画館もありますし、最悪映画見ましょうよ」
「……それは、悪くないわね」
「都心の映画館よりも空いてますよ、多分」
「……落ち着いて鑑賞できそうね」
「はい、如何ですか?」
「……じゃあ、西青木にしましょう」
「よし、決定ですね」
「……ええ」
「集合場所どうします?」
「……駅前でいいでしょ」
「どこの駅前ですか?」
「……岡田駅」
「まあ、無難なところですね」
ここから西青木行くんなら、岡田駅よね。
「では、集合場所も決定ですね」
「……そうね」
「では、そんな感じで」
「……いや、違うでしょ」
「何が違うんですか?」
「……時間が決まっていないわ」
「あ、忘れてました」
「……普通、忘れないでしょ」
「今日の市ヶ谷先輩、本当におかしいですよ」
「……何がおかしいって言うのよ」
「びっくりするくらいマトモです」
「……いつもがマトモじゃないみたいな言い方ね」
「え、そうですよね?」
「もう、いいわよ……」
「あ、はい……」
失礼すぎるわ、本当。
「……お昼前くらいでいい?」
「そうですね、お昼を三人で食べましょうか」
「……ええ」
「では、そんな感じでお願いします」
「……了解」
プー……プー……プー……プー……プー……
「……さて、朝のルーティンがまだだったわ」
※ ※ ※
岡田駅前。
「おはようございます、市ヶ谷先輩」
「……おはよう、聖陽」
……夢の中と同じ服装だわ。
「如何しましたか、市ヶ谷先輩?」
「いや、なんでも……」
「もしかして、服装が同じだったりしましたか?」
「……なんでわかるのよ?」
「あり得るとしたら、それくらいかなあと」
「……まあ、合ってるけど」
「やっぱり、正夢なんじゃないですか?」
「いや、まさかね……」
「それにしても市ヶ谷先輩、可愛いですね」
「……え?」
「またイメージ違いますね、髪を下ろしていると」
「……そう」
「はい、可愛いですよ」
「……あなたに言われてもね」
「小村井先輩に、見せたらどうですか?」
「……小村井に?」
「はい、きっと可愛いって思ってくれますよ?」
「……いや、そんな」
「だって、両想いなんですよ?」
「……可能性の話でしょ?」
「いやあ、確定してると思いますけどねえ」
「……急いては、ことを仕損じるのよ」
「兵は神速を尊ぶ、とも言いますけどね」
「……うるさいわね」
「やっぱり、いつもより迫力無いですね」
「……迫力なんて要らないのよ」
「そうですね、しおらしい感じの市ヶ谷先輩の方が可愛いと思います」
「……さっきから、可愛い可愛いってなんなの?」
「だって、可愛いですし」
「……だから、あなたに言われても仕方がないのよ」
「いっそ、私と付き合ってみますか?」
「……何を言っているのか、理解ができないわ」
「ほら、女の子同士で、如何ですか?」
「……なんで私が、同性愛みたいな真似をしないといけないのよ」
「小村井先輩に素直になれない、その妥協案としてですね」
「……だからって、聖陽と付き合う理由にはならないわ」
「結構、上手くいくと思うんだけどなあ……」
「……人の目だって、あるでしょ」
「人の目がなかったら、付き合えるんですか?」
「……ああ言えばこう言う」
「だって、そういうことですよね?」
「……ああもう、うるさいわね」
「そろそろ、良いですか?」
鳩ノ巣さん、来ていたのね。
「あ、一羽ちゃんおはよー」
「おはようございます、聖陽さん」
「……また、同じ服」
「市ヶ谷さん、おはようございます」
「……おはよう」
「同じ服って、何の話ですか?」
「……二度も同じ話をしたくないわ」
「夢で私たち二人が出てきたんだって、一羽ちゃん」
「そうなんですね」
「その時と同じ服だってことだよ」
「それじゃあ、正夢かもしれないですね」
「うん、その話をしていたんだよ」
「さっき、可愛い可愛い言ってませんでしたか?」
「そう、その話の流れで、市ヶ谷先輩可愛いって話になったの」
「そういうことですね」
「うん、そうなの」
「確かに、制服とはまたイメージが違って、可愛いですね」
「だよねー」
「はい」
「だから、今告白をしていたんだよ」
「告白?」
「そう、私と付き合ってみませんかって」
「聖陽さん、本気で言っているんですか?」
「半分は本気だよ?」
……全く、どういうことなの?
「半分は冗談なんですね」
「うん、半分は冗談」
「……半分本気ってのが怖いんだけどね」
「だって、可愛くて可愛くて」
「聖陽さんって、同性愛者だったんですか?」
「ううん、そういうわけじゃないけど」
「まあ、可愛いというのは分かりますが」
「市ヶ谷先輩、小さくて可愛いです」
「……聖陽、あんたの背が一番低いでしょ?」
「細かいことは良いじゃないですか」
「……いや、全く細かくないでしょ」
「市ヶ谷先輩は小さく見えるんですよ」
「……人間として小さいってこと?」
「当たらずも遠からずですね」
「……全く、好き勝手言うわよね」
「とても、人間らしくて可愛いと思いますよ?」
「……だからそれ、やめなさい」
「本気になっちゃいますか?」
「……ああ、もう」
「ふふっ、可愛い」
「……どうして今日に限って、そんなに褒めるわけ?」
「だって今日、デートみたいなものですよね?」
「……鳩ノ巣さんがいるでしょ?」
「そんなのは細かいことです」
「……全く、細かくないけどね」
「では、そろそろデートを始めましょうか」
「……全く、聞いちゃいないわね」
「ほら行こう、一羽ちゃん」
「はい、そうですね」
どうせデートに行くなら、アイツと……