第六話「市ヶ谷さんは、面接したい?」
書道部室。
「市ヶ谷先輩、この方はどなたですか?」
聖陽って、本当にいつ見ても聖陽ね。
「鳩ノ巣一羽、入部希望者よ」
「へえ、市ヶ谷先輩が声掛けたんですか?」
「いいえ、この娘から声を掛けたきたのよ」
「また、どうして?」
「今、ちょうど二人が話してる通りよ」
「あ、はい……」
本当に知り合いなのね、この二人。
「……なぜ、ここに?」
「あたしも入部するからよ」
「……なぜ?」
「司のことが好きだからよ」
……どうして、こんな簡単に告白できるわけ?
「自分は好きではありませんよ、一羽のこと」
「そんなことは関係がないわ」
「いや、関係ないわけが……」
……これくらいストレートになるためには、どうすればいいのかしらね。
「市ヶ谷先輩とは、正反対ですね」
「……ここでそれ、言う?」
全く、すぐそこには小村井がいるのに……
「むしろ、良い機会では?」
「……物事には順序というものがあるのよ」
「順序、ねえ……」
「……何よ?」
「いいえ、なんでもありません」
「中延さん、何が良い機会なんだ?」
「小村井先輩、それはですね……」
「……聖陽?」
「大丈夫ですよ、言いませんから」
「……それでいいのよ」
全く、危なっかしいったら。
「女の子同士の、秘密のお話です」
「……女の子、同士?」
「はい、なので小村井先輩には全く関係がありません」
「……そうか」
「ええ、全く、全く関係がありません」
「市ヶ谷、本当に関係ないのか?」
「……聖陽の言う通りよ」
「まあ、それならいいや」
「ええ……」
……本当、聖陽って極端よね。
「ご希望通りの振舞い、ですよね?」
「……私、何も言ってないわよね?」
「何か言いたそうな顔をしていましたので」
「……気のせいよ」
「そうですか」
「ええ……」
全く、心を読むんじゃないわよ。
「市ヶ谷、そろそろ面接始めようぜ?」
「いや、待って……」
「ん?」
「……悦子と任子がいないけど?」
「牛田さんと堀切さんは、遊びに行っちゃいましたよ?」
「また、勝手なことを……」
「連れ戻しますか?」
「……いや、よく考えたら、人が少ない方が面接しやすい気がするわ」
「二人もそう言ってました」
「……そうなの?」
「はい、二人というか、堀切さんがですけど」
「そうなのね……」
「はい、二人なりの配慮だと思いますよ」
「そういうことなら、許そうかしらね……」
「はい、それでは面接官は、私と市ヶ谷先輩の二人ということで」
「そうね……」
……まあ、任子はともかく悦子には、面接官は務まらないものね。これで良かったのかもしれないわ。
「では皆さん、それぞれお掛けください」
「……二人とも、まだ言い争ってるけど?」
「飽きないですね、全く」
「俺が声掛けてくるよ」
「ではお願いします、小村井先輩」
「ああ」
トコ……トコ……トコ……
「ほら二人とも、面接始まるぞ」
「分かってますよ、でも一羽が」
「司が悪いんでしょ、素直にならないから」
「素直に、一羽のことが好きではないんですよ」
「またまた、照れ隠ししなくてもいいのにー」
……この鋼のメンタル、見習えないものかしら。
「……全く、話が通じない」
「一分以内に着席しなかったら、その時点で失格にするわよ」
「ほら、翼さんもそう言ってますし」
……イラッ。
「なんで市ヶ谷さんのことを、下の名前呼んでいるわけ?」
本当、それはまさにそれよ。
「一羽には関係がないですよ」
「もしかして、浮気じゃないわよね?」
「そもそも自分たち、交際していませんよね?」
「え、そうだっけ?」
「……全く」
……この娘、思った以上に強力みたいね。虫除けとして有用みたいだわ。
「ほら、二人も早く座れよ、失格になるぞ?」
「いや、でも……」
「全く、仕方がないですね……」
「……それはこっちの台詞なんですがね」
「司、何か言った?」
「……いいえ、なんでも」
百草園、この娘の前では借りてきた猫のようだわ。最悪百草園が入部することになっても、何とかなりそうね。
「市ヶ谷、全員座ったぞ?」
「……そうね」
「では始めましょうか、市ヶ谷先輩」
「ええ、始めましょう……」
……さて、面接開始ね。
「まずは、面接をするにあたって、入部試験を面接という方式にしたことについて、市ヶ谷先輩からご説明をお願い致します」
「ええ……」
内容は練ってきたし、説明にも支障はないはず。落ち着いて説明しましょう。
「まあ、そこまで難しい理由もありません。これから、共に部活動を行っていくにあたって、そのお考えやその人となりについて、ある程度知ることが大事であると考えました」
まあ、こんなところでしょうね……
「へえ……」
「……聖陽、どうかした?」
「いえ、意外とちゃんとしているなあと……」
「……当たり前でしょ、ちゃんとした場なんだし」
「ええ、そうですね……」
「……続けるわよ?」
「あ、はい……」
全く、変なことを気にするのね、聖陽。
「ひとまずは、お一人お一人に自己pRを行っていただいたうえで、私どもから、気になった点を伺いたいと思います」
とりあえずは、こんな感じかな……
「この時点で、ご質問等ありませんでしょうか?」
……まあ、無いでしょうけどね。
「市ヶ谷、しっかりしてるんだな……」
「……え?」
「いや、しっかり面接官やってるなあと……」
「……小村井まで、それを言うわけ?」
「いや、だって……」
「……本題に関係ないなら、スルーするわよ?」
「あ、ああ……そうだな」
……何がそんなに気になるのかしら、二人とも。普通にやっているだけなのに。
「他の方、質問は大丈夫ですか?」
「翼さん、よろしいですか?」
「……どうぞ」
できれば聞きたくもないけれど、形式的には仕方がないわね。
「素晴らしいですね」
「……はい?」
「ギャップ萌えという感じですかね、凛としていて素晴らしいと思います」
「……それ、質問かしら?」
「いえ、続けてください」
「はい……」
本当、こういうところが気に入らない。
「司、なんで口説いているのよ」
「別に、口説いているわけではないですよ、思ったことを言ったまでです」
「あたしの前で他の女を口説くなんて、度胸あるわね」
「いや、だからですね……他意は全く無いんですよ」
他意がないなら、いちいち絡まないでほしいものだけど。
「……クソ、一年坊主が」
「小村井、何か言った?」
「……なんでもねえよ」
……まあ、多分大したことじゃないわね。
「鳩ノ巣さんは、質問は大丈夫?」
「市ヶ谷さん、気持ち揺らいでませんよね?」
「……どういうこと?」
「口説かれて、気持ち揺らいでいませんよね?」
「……この表情見て、揺らいでいると思う?」
「いいえ、万が一の確認です」
「……無用な確認よ」
「それならば構いません」
……全く、良い迷惑よ、本当に。
「それでは、各自の自己PRと、その内容についての質疑応答を行ってまいりたいと思います」
「市ヶ谷先輩、どなたから始めますか?」
「うーん、そうね……」
嫌なことは、最初に進めるに限るわね。
「百草園さんから、自己PRをお願いします」
「下の名前では、呼んでいただけないんですね」
「……そこまでの信頼関係だとは、考えていませんので」
「そうですか、それは残念です」
キツい言葉を返したつもりなのに、表情一つ変えないわね。
「それでは、自己pRをお願いできますか?」
「はい、承知しました」
……全く、本当に相手しづらいわ。
「百草園司、一年一組です」
「はい……」
「生年月日は、二〇〇一年、十二月十一日です」
「……生年月日、必要?」
「あっても、よいかと思いまして」
「……どうなのかしらね」
まあ、生年月日に限らず、こいつの情報なんて一切欲しくないけど。
「市ヶ谷先輩も、誕生日は言ってましたよね?」
「……聖陽、何を言っているの?」
「ああ、確かに言ってたよな、誕生日」
「……小村井まで、なんなの?」
「ほら、生徒会長選挙の演説会ですよ、市ヶ谷先輩」
「演説会……」
「もしかして、覚えていないんですか?」
「……全く、覚えていないわ」
そんなこと私、言ったかな?
「特に、意味があったわけではないんですね……」
「……え?」
「意味があったら、覚えていますよね?」
「まあ、そうね……」
「あ、続けてください」
「……うん」
なんであの時の私、誕生日なんて言ったのかしら。大して意味もないのに。
「……百草園さん、続きを」
「はい、承知しました」
ああ、早く終わらないかしら?
「座右の銘は、帝国主義です」
「……は?」
「帝国主義です」
「……何を、言っているの?」
「だから、帝国主義です」
「……あのね」
本当に、意味が分からないやつだわ。
「市ヶ谷さん、司は『帝国主義者』なんですよ」
「……鳩ノ巣さん、どういうこと?」
「司は『帝国主義者』なんです」
「いや、そういうことではなくてね……」
「どういうことですか?」
「えっとね……」
ワケわからないのよ、本当に。
「市ヶ谷先輩、私は結束主義の方が好みです」
「聖陽、これ以上話を滅茶苦茶にしないでくれる?」
「そういう流れなんじゃないですか?」
「いや、そんなわけは……」
「小村井先輩は、何が好みですか?」
「え、俺?」
「はい、どういう主義が好きですか?」
「そう言われてもな……」
「ご参考までに、お願いします」
……何がご参考になるのか、全く分からないけれど。
「強いて言えば、民主主義かな……」
「なるほど、よく分かりました」
「……聖陽、今ので何が分かったの?」
「何を大事にしているのか、それが分かったんじゃないですか?」
「いや、そう言われてもね……」
「あ、鳩ノ巣さんはいかがですか?」
「あたしは『友愛主義』です」
「ありがとうございます」
……友愛、ねえ。
「市ヶ谷先輩はどうなんですか?」
「……私に聞く必要、ある?」
「ほら、これから入部する皆さんにも、部長たる市ヶ谷先輩の主義を示すわけですよ」
「……分からないではないけれど」
「どうなんですか?」
「……別に、主義なんてないわよ」
「それだと困ります」
いったいどうして、主義の話になっているのよ。
「……そう言われても、こっちが困るわよ」
「では、こうしましょう」
「……え?」
「みんなが口にした主義の中で、何が一番良いと思いましたか?」
「……答える必要、ある?」
「是非、お願いします」
「……仕方、無いわね」
さて、どれが良いのかしらね。
「翼さん、ここは是非とも『帝国主義』を」
「……言葉からして、なんだか胡散臭いわ」
「そうですかね?」
まあ、言葉関係なく百草園は胡散臭いけど。
「……よく分からないけど、それって侵略を肯定するような考え方でしょ?」
「それくらいの気構えは必要だということですよ」
「……そうかしらね?」
「ええ、それくらいでないと、生き残ることはできません」
「……話が抽象的過ぎて、よく分からないわ」
この一連の話の必要性が、全く分からないわ。
「市ヶ谷先輩、結束主義は如何ですか?」
「……聖陽、結束とか好きなタイプだったっけ?」
「ええ、割と好きですよ」
「そうは見えないけどね……」
「最後には、結束しなきゃですよ」
「あなたもあなたで抽象的ね……」
「まあ、そういうものですよ」
「本当、よく分からないわ……」
なんなのよ、本当に。
「鳩ノ巣さんの考え方は如何ですか?」
「……友愛主義、ねえ」
「市ヶ谷さん、友愛主義良いと思いますよ」
「鳩ノ巣さん、そう言われてもね……」
「中学の先生に、そう教わったんですよ」
「……中学?」
「はい、キリスト教系の女子校だったので、そういう教えを叩き込まれたんですよ」
「……そうなのね」
「はい、そうなんです」
「……うーん」
というか、キリスト教系の女子校の出身だったのね。
「市ヶ谷先輩、決まらないようですね」
「……いきなり主義だとか言われても、答えようが無いわよ」
「主義は大事ですよ、市ヶ谷先輩」
「でもね……」
「民主主義は如何ですか?」
「……小村井の考えね」
「はい、如何ですか?」
「……一番、馴染みのある言葉ではあるわね、挙げられた中では」
「市ヶ谷、それって……」
……しまった。迂闊だったわ。
「小村井、あんたに賛同したわけじゃないわよ?」
「んなこと、分かってるよ……」
いや、迂闊で良かったのかもしれないわ……
「聖陽、そもそも本題からズレてるわ」
「うーん、そうですかねえ?」
「自己PRに戻りましょう」
「今の、割と自己PRになったんじゃないですか?」
「そうかしらね……」
「はい、私としては、各々の考え方の違いはよく見えましたけど」
「分かるような、分からないような……」
「百草園さんは、やっぱり頭がおかしいということですよ」
「そこの人、それは聞き捨てならないわ!」
確かに、流石に今の聖陽の一言は失礼だわ。
「あ、すみません、また本音が……」
「中延さんの言う通りですよ、一羽」
「いや、司、あんたね……」
「自分が問題視していないのに、一羽が問題視するというのも変な話です」
「あんた、頭おかしいって言われてるのよ?」
「先日も言われましたし、まあ……」
「先日も言われたわけ?」
「ええ、その際もその通りであると、中延さんの指摘に肯定しましたよ」
「ぐぬぬ……」
「ほら、続けましょうよ、面接を」
「全く、あんたという人間は……」
百草園、頭おかしいって言われて否定しないってどういうことなの?
「鳩ノ巣さんは、やっぱり友愛の人ですね」
聖陽のこれ、本心なのかな……
「百草園さんが言われたことを、まるで自分事のように……」
「そんなの、当たり前です」
「すみません、頭がおかしいというのは言葉が過ぎました」
「まあ、別に構わないですけど……」
「はい、すみません」
「別に、良いですよ……」
頭、おかしいと思うけどね。
「ほら、結束主義とはまさにこんな感じですよ、市ヶ谷先輩」
「……あんた、全部打算的にやっているわけじゃないわよね?」
「打算? なんのことやら?」
「結果的には、雨降って地固まるというか……」
「やだなあ、そこまで大それた真似は、私にはできませんよ」
「どうかしらね……」
表面的な言葉なんて、信じることができないわ。
「さて、私の考えの違いについても、よく見えたところで……」
「……やっぱり、打算的にやってるわよね?」
「そんなことより次行きましょう」
「……次?」
「小村井先輩の考えが、一番馴染みがあるということですよね?」
「いや、だからね……」
ここでそれを蒸し返すとか、本当に良い性格してるわ……
「よし、こうしましょう」
「……え?」
「志望動機、皆さんに聞いてみましょうか」
「……志望動機?」
「面接と言えば、鉄板ですよね?」
「そうだけど……」
「では、参りましょう」
「……いや、あんた勝手に」
「まあまあ、良いじゃないですか」
……本当、いつもこんな感じだわね。
「もう、それで良いわよ……」
「よし……では、次は各々の志望動機と参りましょう」
「……でも、誰から聞くの?」
「今度は逆の順番にしてみましょう」
「……逆?」
「まずは、小村井先輩からお願いしてみましょうか」
「……小村井から?」
「はい、お願いします」
「じゃあ、小村井から……」
全く、何を企んでいるのやら……
「市ヶ谷、良いのか?」
「……ええ、志望動機を言いなさい」
「じゃあ、言うけどよ……」
あれ……小村井はどうやって答えるのかな?
「えっと……あれ?」
百草園の前、だけれど……
「それは……その……」
「小村井先輩、なぜ書道部に入部したいんですか?」
「それは……あのなあ……」
……ここまで、しっかりと話を詰めておくべきだったわ。
「聖陽、小村井は……」
「ただの志望動機、ですよね?」
「そう……だけれど」
……全く、全部分かってやっているんだわ。
「それは、自分も興味深いですね」
「百草園さんも?」
「はい、小村井さんの本心が聞きたいところです」
……これは、なかなか不味いわ。
「……え?」
「小村井さん、今年三年生ですよね?」
「あ、ああ……」
「三年生のこの時期に、どうして?」
「いや、それはな……」
「今のこの時期に入っても、大して活動できないですよね?」
「それは、そうだが……」
「また、どうして?」
「それはだな……」
本当のことを言うわけにも、いかないわよね。
「どうにも、要領を得ないですね」
「司、それくらいにしておきなさいよ」
「え?」
「別に、あんたがそこまで知る必要ないでしょ?」
「そうですかね?」
……これは、私へのアシストなの?
「司、どうしてそこまで気になるわけ?」
「逆に、一羽はどうしてそこまで気にならないんですか?」
「え?」
「これは面接の場、質問への回答をすることこそが、正しい振舞いであると思いますが?」
「それは、そうだけど……」
「一羽がそこまで食い下がる理由も、分かりかねますが……」
「だったら、構わないけど……」
「はい、それで良いです」
鳩ノ巣さんですら、どうにもできないのね……
「小村井、答えられないなら、それで良いけど……」
「翼さんも翼さんで、おかしいです」
「……え?」
「面接官であれば、多少時間を待ってでも、答えを聞き出そうとするのが自然だと思いますが?」
「それは、そうだけれど……」
……全く、何か良い方法は無いの?
「百草園さんの言う通りです、ここは、少し時間を置いたとしても、小村井先輩にはお答えを頂くべきです」
「聖陽、あんたまで……」
「面接、ですよね?」
「くっ……」
鳩ノ巣さんでさえ、どうにもできない。聖陽も、当てにはならない。
「小村井、良いのよ……」
「何か、言えない理由でもあるんですか?」
「……え?」
「翼さん、何か隠していませんか?」
「それは……」
ダメだわ、これは誤魔化しきれない。
「市ヶ谷、良いんだよ」
「……え?」
「俺が、答える」
「でも……」
「いいんだ」
……仕方、無いわね。
「百草園、お前が入部を志望したからだ」
「自分が関係するんですか?」
「そうだ」
「自分の入部が、なぜあなたの入部に関係するんですか?」
「えっと……それは」
「はい」
……そこまで、言っちゃうわけ?
「お前の距離感の取り方がおかしいからだ」
「距離感、ですか」
「ああ」
「具体的には、どういうことですか?」
「いきなり、下の名前で呼んだんだろ?」
「はい、そうですね」
……表情一つ、変えやしないわね。
「市ヶ谷は、そこに対して恐怖を覚えたんだよ」
「恐怖、ですか……」
……幸人は、全部分かってくれている。
「ああ、だから入部を決めたんだ」
「それは、気が回りませんでした」
「……それ、本気か?」
「はい、全く」
悪意が無いって言うなら、余計に質が悪いわ。
「翼さん……いや……」
「……?」
「翼先輩、いきなり馴れ馴れしい真似をして、申し訳ありませんでした」
「……下の名前には変わらないけれどね」
「先輩って、付けてますよね?」
「……まあ、そうだけど」
ここら辺が、妥協ラインなのかしら。
「問題であれば、改めますが……」
「まあ、それくらいなら許すわ」
ここで強く要求して、逆恨みでもされても困るものね。
「市ヶ谷、それで良いのか?」
「それくらいなら、許容範囲よ……」
「それなら、構わんが……」
……これで解決、なのかしら?
「ただもう一つ、腑に落ちない点があります」
「……え?」
……一難去って、また一難というわけ?
「小村井さんは、どうしてそこまでなさるんですか?」
「いや、それはだな……」
……どうせ、別に深い意味なんてないわよ。
「幼なじみの、誼で……」
「なるほど、幼なじみの誼ですか」
「ああ……」
「それだけ、ですか?」
「……え?」
「幼なじみってだけで、そこまでしますかね?」
「……うーん」
「如何ですか?」
「する……だろ?」
「自分に聞かれても……」
「いや、別に深い意味はねえよ」
「うーん、どうですかねえ……」
「……何が、言いたいんだよ?」
「もしかして、ですが……」
……こいつ、もしかして。
「翼先輩のことが、お好きだったりするんですか?」
「……そんなわけ」
「好きでもないのに、そこまでしているってことですか?」
「……ああ、そうだよ」
そう、こいつは別に、私のことが好きなわけじゃない。
「それで、良いんですね?」
「……どういうことだ?」
「小村井さんは、翼先輩のことがお好きではない。それでよろしいんですね?」
「……それは」
「良いんですね?」
……全く、こいつ本当にしつこいわね。
「構わな……」
……どうして小村井は、きっぱりと言わないわけ? なんとも思っていないなら、言い淀む必要もないでしょう?
「構わないんですね?」
……これ、もしかしてチャンスなんじゃ?
「俺は……構わな……」
でも……でも……でも……
「構わない……」
いや……
「……おかしい、わよ」
「市ヶ谷?」
「……どうしてそこまで、するわけ?」
……逃さ……ないわ……
「だから……幼なじみの誼だって……」
「……普通はそこまで……しない」
「……え?」
「……普通は……しないわよ」
「……どういう……ことだ?」
「……それは」
「……ああ」
ダメ、やっぱり違うかもしれない……
「何でもないわよ、小村井」
「……え?」
「面接を、再開しましょう」
「……」
「再開よ」
……やっぱり、私の気のせいだわ。
「ほら聖陽、再開するわよ」
「ああ、もう……」
「何か?」
「……市ヶ谷先輩、良いんですね?」
……そう、これでいい。
「構わないわ、再開よ」
「……そうですか」
「なんだよ……それ」
「……え?」
「くだらねえ、帰る……」
「……小村井先輩?」
スタ……スタ……スタ……
「市ヶ谷先輩!」
「再開よ、聖陽」
「……小村井先輩、帰っちゃいますよ?」
「良いのよ」
……ダメ、きっと勘違いだわ。
ガラガラガラ……
「ああもう、全く……」
「……何よ」
「あそこまで、行ったのに……」
「……そんなの、知らないわよ」
「本当に、良いんですね?」
「良いのよ」
……こんな心の準備、できていないわよ。
「なるほど、よく分かりました」
「……百草園?」
「書道部の、すべてが分かりましたよ」
「……え?」
「いや、翼先輩の、と言うべきでしょうか」
「百草園さんも、分かったんですね」
何よ、聖陽まで。
「はい、これは筋金入りですね」
「そうですよねえ……」
「これは、どうにかしてもらいたいですね」
……それ、どういうこと?
「百草園さんって、市ヶ谷先輩に気があるんじゃないんですか?」
「聖陽、あんたね……」
「百草園さん、違うんですか?」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「そうなんですか?」
「ええ、翼先輩のことを、異性としてお慕いしているということはありません」
「……だったら、どうして?」
「翼先輩?」
「……どうして、素敵な人だとか、素晴らしいだとか」
「先ほど一羽にも言いましたけど、他意は無いですよ?」
「……いやいや、そんなわけは」
「他意は、無いですよ?」
……表情、全く変わらないわね。
「百草園さん、本当に他意は無いんですね?」
「無いですよ、全く」
「そうですか……」
「自分には、恋愛感情というものがないんですよ」
こいつ、一体何者な訳?
「……それ、本気で言ってます?」
「自分が嘘を言う必要性、ないと思いますが?」
「だったら、そうなんですかね……」
「はい。なので一羽のことも好きではありませんよ」
「司、冗談はよしなさい」
「だから、冗談ではないですよ」
……これは、冗談ではないのかもしれないわね、
「翼先輩、面接はどうされますか?」
「……面接?」
「再開、するんですよね?」
「なんだか、疲れたわ……」
「疲れた?」
「肩の力、抜けちゃったわよ」
「油断は禁物ですよ、翼先輩」
「え?」
「自分、もしかしたら嘘をついているかもしれませんよ」
「……嘘?」
「はい、恋愛感情ないふりをして、翼先輩に近付こうとしている可能性もありますよ?」
「……どうして、他人事みたいな言い方するの?」
「客観的には、警戒した方が良い部分であると思いまして」
「……客観的には、ねえ」
「はい、警戒を解くには、まだ早いと思いますよ」
「……そんな意思を持っている人が、なんでネタ晴らしをするわけ?」
「え?」
「私に気があるなら、そこまでネタ晴らしなんてしないと思うわよ」
「そうとは限りません、まさにそれこそ、スキとなる部分です」
「……スキ?」
「はい、そんなわけないという思い込みが、命取りなのです」
「ふふっ……」
「翼先輩」
「仮にそうなら、それでも構わないわよ」
「市ヶ谷先輩、それって……」
「別に、気を許すというわけじゃないわ。そこまで信じて裏切られるなら、仕方がないということよ」
「そうですか……」
「そうよ、聖陽」
「それで、面接はどうされますか?」
「まあ、もういいんじゃない?」
「え?」
「二人とも合格で、良いんじゃない?」
「よろしいんですか?」
「これ以上、見極める部分もあるとは思えないし、もういいわよ」
「市ヶ谷先輩、流石にそれはノーガード過ぎるのでは?」
「聖陽、二人を入れたくないの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「だったら、どうして?」
「市ヶ谷先輩は、それで良いのかなあって……」
「もはや、拒む理由もないわ。私としてはそれで構わない」
「市ヶ谷先輩がそうであれば、私もそれで構いませんが……」
「じゃあ、決まりね」
「あ、はい……」
とりあえずはひと段落、かな。
「では、百草園、鳩ノ巣さん、二人とも合格よ」
「翼先輩、ありがとうございます」
「いいえ……」
「あたしも合格でいいんですよね?」
「ええ、それが本望なんでしょ?」
「それは、まあ……」
「だったら、もっと喜びなさいよ」
「それはそれで、良いんですが……」
「ん?」
「小村井さんのこと、良いんですか?」
「……まあ、とりあえず良いわよ」
「じゃあ、良いです……」
ガラガラガラ……
「……そろそろ、面接終わりましたか?」
「任子、戻ったのね……」
「はい、ただいま戻りました!」
「悦子も、おかえり……」
「はい!」
「……あれ、オムライス先輩がいませんね」
「だから、小村井よ……」
「……ああ、また間違えました」
これ絶対、わざとよね?
「堀切さん、色々あったんですよ」
「……色々、ですか」
「はい、色々……」
「……なんとなく、想像は付きました」
「まあ、大体想像の通りだと思います」
……想像通りって、どういうこと?
「……それで、このお二人は?」
「お二方とも、合格です」
「……そうですか」
「はい、今日を以て、お二方とも書道部員です」
「……入部届、忘れているわよ?」
「ああ、そうでした」
「……聖陽、後のことは頼める?」
「あ、はい……」
「……私は疲れたから、帰ることにするわ」
「了解です……」
「じゃあね、みんな……」
……全く、本当に疲れたわ。
※ ※ ※
夜。自室。
「……私の……ばか……」
チャンスだったのに……あそこで押せば、行けたかもしれないのに……
「……ばか……ばか……ばか……」
……ここまでの好機を逃すなんて、本当に最低だわ。
「……全く、私は本当に」
どうしようもないわ、この程度のことも、マトモにできないだなんて。
プルルルル……プルルルル……
「……ゆきひと?」
……いや、違う。聖陽だわ。
「……なんの用かしら」
……全く、放っておきなさいよ。
「……でも、無視はいけないわよね」
……何か、急用かもしれないし。
「もし……もし……」
「もしもし市ヶ谷先輩、お時間、大丈夫ですか?」
「……どうぞ」
「お元気、無さそうですね」
「……そんなことは良いのよ、用件を済ませて」
「まさに、その件ですよ」
「……え?」
「気落ちしているじゃないかと思いまして、連絡入れました」
「……なんで、そんなことが分かるのよ」
「だって、そうですよね?」
「……そう、だけど」
……本当、本当、いつもこの調子よ。
「まあ、いつものことですって」
「……いつものことじゃ、ないわよ」
「え?」
「……あれだけの好機を」
そう、あれは明らかにチャンスだった。外してはいけない、選択肢だった。
「好機だと、思ってくださっていたんですね」
「……そうやって、誘導したんでしょ?」
「はい、しましたよ」
「……隠さないのね」
「そりゃまあ、事実ですから」
「……全く……全く……」
「そこまで自分を追い込まないでください」
「……別に、追い込んでなんかいないわよ」
「明らかに、追い込んでますよね?」
「……そんなの、知らないわよ」
……これが、私の当たり前よ。
「明日、お出掛けしませんか?」
「……お出掛け?」
「はい、明日は休日ですよね」
「……そうだった、かしらね」
「ほら、息抜きしましょう」
「……あんたと一緒じゃ、息抜きできないわよ」
「それは確かに、できないかもしれませんね」
「……否定しなさいよ」
「否定できませんよ、事実ですから」
「……あんたね」
「私ではまあ、そこまで息は抜けないですよ」
「……そんなこと、ないわよ」
「あれれ、本当ですか?」
「……半分……くらいは」
「じゃあ、半分でいいじゃないですか」
「……え?」
「半分でいいので、息抜きしましょう」
「……息抜きって言っても、どこに行くわけ?」
「そこは、明日決めましょうよ」
「……無計画ね」
「まあ、いつものことですよ」
「……仕方、ないわね」
「よろしいんですね?」
「……たまには、良いかもしれないわ」
「では、また明日」
「……ええ」
プー……プー……プー……プー……
「……集合時間すら決めないなんて、本当に無計画だわ」