第三話「市ヶ谷さんは、練習したい?」
「なかなかいないわね」
「……それは、そうじゃないですか?」
「聖陽、どういうこと?」
「あんな感じにグイグイいったら、恐がって逃げちゃうと思いますよ?」
「どうして恐がるの? こちらとしては穏便な対話を……」
「ほら……えっと……市ヶ谷先輩のオーラが、強すぎるんですよ」
「ああ、なるほど、そういうことね!」
「ええ、まあ……」
放課後、聖陽と二人で新入部員勧誘運動を実施中!
「でもこれじゃあ、相談自体にこぎつけることができないわよ?」
「確かに、それは問題なんですよねえ」
「アイデアは悪くないわよね?」
「はい、アイデア自体は良いと思いますよ。相談まで行ければ、ですが……」
人生相談にかこつけて、入部に持ち込ませる。完璧な計画だと思うんだけど……
「でも市ヶ谷先輩、これ本当に先輩のアイデアなんですか?」
「……まあね」
「目が泳ぎましたよ?」
「まあ、そんなことは良いじゃない……」
「まあ、良いんですが……」
神楽坂さんのアイデアということは内緒。だって私の威厳に影響してしまうから。
「普通の人生相談の中で、上手く書道部入部に誘導する、ですか。やっぱりアイデア自体は悪くないんですよ」
「どうして、まだ一人も相談に乗ってくれないのかしら?」
「それは、だから……」
「ん?」
「いえ、なんでもないです……」
「考えがあるなら言いなさいよ、聖陽」
「言っても良いんですか?」
「ええ、言いなさい!」
全く、何を遠慮しているのかが分からないわ。
「市ヶ谷先輩は、ストレート過ぎるというか……」
「……どういうこと?」
「相談の中でしれっと、入部に持ち込むのが狙いなのに、声を掛ける時点で入部して欲しい気持ちを前面に出し過ぎというか……」
「だって、これは入部してもらうための運動でしょ?」
「まあ、そうなんですが……」
最終的には入部してもらうんだし、何が問題なのか分からないわ。
「入部どうこうは相談の中で良いんですよ、多分」
「どういうこと?」
「……これ、本当に市ヶ谷先輩の案なんですか?」
「そ……そうに決まっているでしょ!」
「本当ですかあ?」
「ほ、本当よ!」
「誰に教えてもらったんですか?」
「わ、私のアイデアだって言ってるでしょ!」
……全く、勘が鋭いわね。
「まあ、答えたくないなら大丈夫です」
……いや、ここは正直に行くべきね。どうせバレてしまったんだから。
「神楽坂さんの案よ」
「単純だなあ……」
「聖陽、今何か言った?」
「いいえ、お気になさらず」
絶対、私に対して失礼な発言をしていたわ!
「神楽坂先輩から教えてもらったんですか?」
「ええ、まあ、そうね……」
「流石は、神楽坂先輩ですね」
「そうよね! 流石は神楽坂さんよね!」
「はい、市ヶ谷先輩には思い付かないであろう、頭脳派の案ですね」
「私だって頭脳派よ?」
「市ヶ谷先輩は右脳派じゃないですか?」
「それ、どういう意味?」
「素直というか、柔軟というか……」
「そう、私は素直なのよ!」
「あ、はい……」
素直さは大事なのよ!
「でも、合点がいきましたよ」
「何の合点がいったの?」
「市ヶ谷先輩の案である割には、発案者の市ヶ谷先輩自身が使いこなせていないなあって」
「つ、使いこなしているわよ!」
「でも、まだ相談者ゼロですよ?」
「むむう……」
「埒が明かないので、こういうのはどうでしょう」
「どういうのよ?」
「ひとまず、相談の一連の流れを練習しましょう」
「いいわね!」
「はい」
「でも、どうやって練習するわけ?」
「私の友人を使います」
「友人?」
「はい、友人に頼んで、相談の練習相手になって貰います」
「なるほど、それは妙案ね!」
「では早速、呼んでみますね」
「ええ、お願い!」
※ ※ ※
「えっと、こんにちは……」
「こんにちは! ええっと……」
「私の友人の、曳舟典子さんです」
「ああ、どこかで見覚えあったのよ、昨年の選挙で聖陽の推薦人を務めていた娘よね?」
「はい、その娘です」
「どうも……」
随分、気怠そうな雰囲気をしているわね。
「曳舟さん、この人が書道部の先輩の市ヶ谷先輩」
「ああ、うん……よろしくお願いします。市ヶ谷先輩」
「よろしく!」
さて、練習の開始よ。
「では早速、相談を始めましょうか」
「中延、ここで相談をするの?」
「ああ、ここだと問題か、どうしよう」
「書道部室で相談するのよ!」
「では、書道部室で」
「ああ、うん」
「曳舟さん、行くわよ!」
「あ、はい……」
※ ※ ※
書道部室。
「さあ、この市ヶ谷に相談してちょうだい!」
「いえ、別に無いですけどね、悩み……」
「聖陽、どうなってるの?」
「まあ、呼んだから来てもらっただけですからね」
「それだと困るわ!」
「そう言われましても……」
これだと相談ができないわ!
「曳舟さん、何か悩みは無いの?」
「だから、無いですって……」
「困ったわ!」
「市ヶ谷先輩、こういうのはどうですか?」
「説明して、聖陽」
「えっと、曳舟さんの苦手なものとかを質問したら良いんじゃないですか?」
「それよ!」
聖陽、良いアイデアね。
「苦手なもの、ですか……」
「曳舟さん、何かない?」
「そうですねえ、集団行動が苦手です」
「集団行動?」
「はい、部活動入ったりとか、どうしてもできなくて」
「じゃあ、今は帰宅部なのね?」
「ええまあ、そうです」
小村井もずっとそんな感じね。
「帰宅部って楽しいの?」
「それなりに楽しいですよ、趣味にも没頭できますし」
「趣味?」
「はい、私歴史が好きで」
「歴史?」
「はい、中国の歴史を勉強するのが好きなんですよ」
「中国の歴史なら、私も得意よ!」
「市ヶ谷先輩、中国史得意だったんですね」
「ええ、テストでは毎回、正解を書いているわ!」
「意外な長所があったんですね、結構限定的な長所ですけど」
「曳舟さんは、中国史のどういう部分が好きなの?」
「えっと、滅茶苦茶なところが好きです」
「話せば分かるわね!」
「え?」
「まさに中国史って、混沌の歴史だと思うのよ!」
「まあ、確かに……」
「あれこそが人間の本質だと思うのよ、なかなか興味深い分野よね!」
「はい、同感です……」
「凄い、早速共通項を見つけて、打ち解けている」
「中国史好きに悪い人はいないわ!」
「そうですか……」
よし、これはチャンスね。
「ということで、書道部に入りましょう!」
「それはお断りします」
「……どうして?」
「どうしてもなにも……」
「市ヶ谷先輩、曳舟さんは集団行動が苦手なんですよ」
「でも、共通項は見つけたわよ?」
「それはそれ、これはこれですよ」
「そういうものなの?」
「はい、そういうものです」
「それだと、困るわ……」
「ねえ曳舟さん。やっぱり部活動自体がダメなんだよね?」
「そうね中延、書道部が嫌というわけじゃなくて、部活動自体に入る意思が無いわ」
「それじゃあ、仕方がないね」
「うん、他を当たった方が良いと思う」
「ということだそうです、市ヶ谷先輩」
「それは残念だわ」
「まあ、練習にはなりましたよ」
「それもそうね」
「今みたいな感じなら、そのうち行けるかもしれません」
「そうね、手応えは悪くなかったわ!」
「はい、めげずに次行きましょう」
「そうね!」
「中延、私帰っても良い?」
「ありがとう曳舟さん、付き合わせちゃって」
「良いよ別に、必要ならいつでも呼んで」
「ありがとうね」
「はーい……」
ガラガラガラガラ……
「さて、次はどうしましょうか?」
「分からないわ!」
「敵情視察でもしてみましょうか」
「聖陽、説明して」
「生徒会でも、似たような取り組みやってましたよね?」
「そうね、確か相談室やっていたわね」
「生徒会に、ノウハウとか教えて貰いに行ったら良いんじゃないですか?」
「良いわね、そうしましょう!」
「はい」
「じゃあ行くわよ、聖陽!」
「あ、はい……」
※ ※ ※
生徒会室。
「頼もう!」
「ちょっ……市ヶ谷先輩、ノックくらいは……」
「すっかり忘れていたわ」
「もう……」
「……えっと、どなたですか?」
「初台さんね!」
「……その声は、市ヶ谷さん、ですか?」
「そうよ、久しぶり!」
「……お久しぶりです」
なんか、雰囲気が暗いわね。
「いきなりすみません、初台生徒会長」
「……えっと、中延さん?」
「はい、中延です。無作法をお許しください」
「……いえ、それは大丈夫なんですが」
「初台さん、今一人なの?」
「……はい、他の役員は別室で作業をしています」
「そうなのね、ある意味都合が良いかもしれないわ!」
「……どういうことですか?」
「相談のノウハウを、教えて欲しいと思ってね!」
「……ノウハウ、ですか?」
「書道部でも、相談室を始めたのよ!」
「……また、どうしてですか?」
「新入部員を集めたいと思ってね!」
「……それが、どのように関係してくるんですか?」
「相談の流れの中で、上手く書道部に誘導できないかって」
「……それ、市ヶ谷さんが考えたんですか?」
「そうよ!」
「市ヶ谷先輩、違うでしょう?」
「……神楽坂さんの案よ」
「……芽愛ちゃん、ですか」
「ええ、流石は神楽坂さん、常識に囚われない発想よね!」
「……結局、芽愛ちゃんなんだよね」
「初台さん?」
「……いいえ、なんでもありません」
「?」
「……すみません、ちょっと今は立て込んでいまして」
「少しだけで良いんだけど……」
「……本日は、相談窓口も開いていませんし」
「ほんの少しだけ、お願い!」
「……私が相談したいくらいだよ」
「初台さん?」
「……すみません、申し訳ないのですが、今はお時間をご用意できません」
「でも……」
「市ヶ谷先輩、ここは引き下がりましょう」
「そういうわけには……」
「ほら、良いですから」
グイッ……
「引っ張るんじゃないわよ!」
「行きますよ、市ヶ谷先輩」
「私だって流石に怒るわよ!」
「割と、いつも怒ってるじゃないですか」
「なんですって!」
「初台生徒会長、お忙しいところを失礼致しました」
「……いいえ、またいつでもどうぞ」
「それでは……」
ガラガラガラ……
「高明君……」
※ ※ ※
廊下。
「聖陽、どうしてあんな簡単に引き下がったのよ」
「初台生徒会長の様子がおかしかったからですよ」
「様子?」
「……気付かなかったんですか?」
「まあ、少し暗い雰囲気だとは思ったけど」
「今日はきっと、具合が良くないんですよ」
「そうなの?」
「さあ、知りませんが……」
「それにしても八方塞がりだわ、これじゃあ、新入部員が集まらないじゃないの」
「まあ、生徒会に相談しても、たかが知れたでしょうけどね」
「どういうこと?」
「今必要なのは、相談のノウハウというよりは、相談に持ち込むためのノウハウですし」
「説明して」
「ええっと、私たちは今、相談自体に持ち込めなくて困っているんですよね?」
「そうね!」
「相談に漕ぎつけてもいないんですから、相談の中身のノウハウを聞いても仕方ない段階ではあります」
「なるほど」
「だから、生徒会に相談できなかったからといって、目的が遠ざかったわけでもないですよ」
「それはそうかも知れないわね!」
「はい、なので次行ってみましょう」
「分かったわ!」
まずはどうにか、相談に持ち込まないとね。
「ただ、闇雲に行っても上手くいかないのは確かです」
「それはそうね」
「もう一度、神楽坂先輩に聞いてみたら良いんじゃないですか?」
「それも一案ね」
「はい、それが良いと思いますけど」
「でも、なんでも神楽坂さん頼りではいけないと思うのよ!」
神楽坂さんの猿真似では、神楽坂さんを超えることはできないわ。
「まあ、それはそうなんでしょうけど……」
「もうちょっと、私たちだけで模索してみましょう!」
「市ヶ谷先輩がそう仰るのであれば、それで良いですが……」
「ひとまずは休憩よ、自販機に行きましょう!」
「あ、はい……」
※ ※ ※
自販機前のスペース。
「ご馳走様でした、市ヶ谷先輩」
「いいえ、水分補給は大事だからね!」
「カフェイン入ってると、水分補給にならないって聞いたことありますけど、どうなんですかね?」
「さあ、知らないわ」
「利尿作用が関係するとかどうとか、聞いたことがあるんですよね」
「そうなのね!」
「まあ、噂で聞いただけですけどね」
「なるほど、噂ね!」
「ええ……」
さて、何か良い方法は無いかしら……
「市ヶ谷先輩、良い方法、思い付きましたか?」
「いいえ、全く!」
「そうですか……」
「聖陽は?」
「私も思い付きません……」
「それは困ったわね!」
「はい……」
「おっ!」
「どうかしましたか?」
「生徒発見よ!」
「まあ、生徒くらいはどこにでも……」
「声、掛けてみましょう!」
「いや、闇雲に声を掛けても……」
「声を掛けないことには、何も始まらないわよ!」
「まあ、それはそうですけど……」
「行くわよ、聖陽!」
「あ、はい……」
スタ……スタ……スタ……
「こんにちは!」
「……あ、その……私、ですか?」
「他に誰もいないでしょ?」
「……まあ、それはそうですが」
「あれ、どこかで見たことある顔ね……」
「……えっと、市ヶ谷先輩ですか?」
「そう、私は市ヶ谷翼、書道部部長よ!」
「……そうですか」
「名前、なんだったかしら?」
「……え?」
「あなたの名前、なんだったかしら?」
「……吉祥寺、恵蘭です」
「そうそう、吉祥寺さんね」
「……あ、はい」
「新聞部に入っていたわよね?」
「……まあ、そうですね」
「それじゃあ、不発かあ」
「だから言ったんですよ、市ヶ谷先輩」
「……えっと」
「あ、すみません、私は中延聖陽、二年生です」
「……私も二年生です、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
大人しい感じね、この娘。
「……それで、なんのご用なんですか?」
「相談に乗ってあげようと思って!」
「……相談、ですか?」
「そう、書道部として、相談室を始めたのよ」
「……そうなんですね」
「だけど、新聞部に入っているんだものね……」
「……え?」
「ごめんなさい、なんでも……」
「市ヶ谷先輩、ここは押してみましょう」
「でも、吉祥寺さんは新聞部に入っているのよ?」
「練習です、練習、とりあえずは相談に誘うというプロセスをですね」
「なるほど、分かったわ!」
「はい」
「……?」
「吉祥寺さん、悩みは無い?」
「……悩み、ですか?」
「ええ、悩みがあるなら、書道部室で相談に乗るわよ!」
「……無いことは、無いですけど」
「それじゃあ、相談に乗るわ!」
「……よろしいんですか?」
「何が?」
「……別に、何も対価は出せませんけど」
「そんなことは良いのよ、とにかく今は、吉祥寺さんの相談に乗りたいのよ」
「……そういうこと、であれば」
「それじゃあ、行きましょう!」
「……はい」
※ ※ ※
書道部室。
「それで、悩みは何?」
「……ええっと」
「遠慮なくどうぞ!」
さて、相談の始まりよ。
「……どうにもならないことは、分かっているんです」
「何が?」
「……えっと、どう足掻いても手に入らない物がある時、どうしたら良いですか?」
「なぜ、どう足掻いても手に入らないの?」
「……え?」
「どうして、手に入らないと分かるの?」
「……えっと、それは」
よく分からない話をするわね、この娘。
「もしかしたら、手に入るかもしれないじゃない」
「……そんなわけ、ないですよ」
「なぜ?」
「……そういう、ものだからですよ」
「うーん、よく分からないわ」
そうやって決め付ける意味が分からないわ。
「吉祥寺さん、どうして『そういうもの』なんですか?」
「……そういうものは、そういうものです」
「具体的には、なんなんですか?」
「……え?」
「その手に入らない物って、具体的になんなんですか?」
「……さあ、なんなんでしょうね」
「うーん」
「聖陽、全く手応えが無いわね」
「まあ、もうちょっと頑張ってみましょうよ」
「そうね」
でも、どうにかなる気がしないんだけど。
「……やっぱり、良いです」
「え?」
「……話してどうにかなることだとは、思いません」
「よく分からないけど、解決は無理だと吉祥寺さんは思っているのよね?」
「……そうですね」
「それだったら、解決しなくても良いんじゃない?」
「……解決しなくてもいい、ですか」
「そう、どうにもならないと分かっているんだから、どうにもならないのよ」
「……まあ、そうなんですかね」
「そうよ、どうにもならないことをクヨクヨ悩むことほど、無駄なことなんて無いわよ!」
「……それも、そうですね」
「そう、だから考えることをやめたらいいのよ!」
「……考えることをやめる、ですか」
「まあ、考えたいなら考えても良いと思うけどね!」
「……そうですか」
「ええ、そうよ!」
「……分かりました」
「よし、解決!」
「市ヶ谷先輩、解決はしてないと思いますよ?」
「解決できないって言ってるんだから、解決はできないわよ!」
「まあ、それもそうなんですけど……」
「……どうして、このようなことを?」
「え?」
「……なぜ、相談を始めたんですか?」
「新入部員を集める為よ!」
「……新入部員集めと、どういう繋がりが?」
「相談の流れで、書道部に誘導しようって算段よ!」
「……私はさながら、練習台というわけですか」
「まあ、そんな感じよ!」
「もう、市ヶ谷先輩は……」
「……これ、どなたのアイデアなんですか?」
「私が考えたのよ!」
「市ヶ谷先輩……」
「神楽坂さんから、アイデアを貰ったのよ……」
「……そういうことですか」
「ええ、そうよ」
「……ワンパターンですね、あの人も」
「え?」
「……いえ、なんでもありません」
なにかしら、今のゾッとする感覚。いや、気のせいよね!
「あ、そうか、あなたは神楽坂さんの後輩ということになるのね」
「……まあ、そうですね」
「良い先輩を持ったわね!」
「……え?」
「神楽坂さんみたいな先輩を持てるだなんて、幸せ者よ!」
「……そう、思われるんですね」
「ええ、神楽坂さんは素晴らしい人よ!」
「……やっぱり、そうなんでしょうね」
「え?」
「……いえ、お気になさらず」
「あ、うん」
本当、よく分からない娘だわね。
「……それでは、失礼しますね」
「あ、ダメ元で聞いておこうかしら!」
「……?」
「新聞部から移籍する気はある?」
「……無いですよ」
「市ヶ谷先輩、まさか引き抜きをするだなんて思いませんでしたよ」
「だって、ダメ元で確認するくらいの意味はあるでしょ?」
「でも、神楽坂先輩のこと褒めた後に、それやります?」
「ダメ元って言ってるでしょ、本気で言ってるわけじゃないのよ」
「まあ、それなら良いですけど……」
「……私はあくまでも、新聞部ですよ」
「吉祥寺さん?」
「……絶対に、辞める気はありません」
「まあ、それは良いんだけど……」
「……?」
「絶対とまで言う理由、あるのかなあって」
「それは……」
「あ、辞めろって言っているわけじゃないのよ?」
「……もしかしたら、手に入るかもしれないからですよ」
「それ、どういう……」
「……失礼、しますね」
「あ、うん……」
ガラガラガラ……
「吉祥寺さん、不思議な娘だったわね!」
「市ヶ谷先輩も、割と不思議な人だと思いますよ?」
「それ、どういう意味?」
「いや、特に理由があるわけじゃないですけど……」
「棘を感じる言い方に聞こえるけど?」
「まあまあ、考えすぎですって」
「うーん……」
「細かいこと気にしないのが、市ヶ谷先輩の美点でしたよね?」
「まあ、そうかしらね……」
「ほら、次行きましょうよ、次」
「あ、うん……」
またも、聖陽に主導権を握られている感じがするわ……
ガラガラガラ……
「邪魔するぞ!」
「ん、この声は……」
「何やら面白いことをやっているらしいな、市ヶ谷!」
「お疲れ様です、森下先生!」
森下高見、書道部員の女性教師。
「お疲れ、市ヶ谷!」
「えっと……」
聖陽は顔合わせがまだだったわね。
「新しい顧問の森下先生よ!」
「ああ、噂の……」
「確か、中延聖陽だったな、お疲れ様!」
「あれ、初対面でしたよね?」
「生徒会役員選挙に出ていたんだから、よく覚えているよ!」
「それは、光栄です……」
「森下先生、またどうして?」
「初台から聞いたんだ!」
「何をですか?」
「書道部で相談室を始めたやらなんやらをだよ」
「噂が広まるのは早いですね!」
「まあ、生徒会の顧問でもあるからな!」
「なるほど、そうですか!」
「ああ、そうだ!」
「用件はそれだけですか?」
「いや、その噂話を聞いて思い出したんだ!」
「何をですか?」
「そう言えば、私は書道部の顧問でもあったよなって!」
「なるほどです!」
「……大丈夫かな、この人」
「挨拶がまだだったし、今日来たんだ!」
「そうですか!」
「でも、二人しかいないみたいだな!」
「はい、他の二人はどこかに行ってます!」
「どこかってどこだ?」
「どこかは、どこかです!」
「……」
「……流石に怒られるんじゃ」
「うむ、分かった、急に来た私が悪いしな!」
「はい!」
「……凄い、通った」
「どうせ、その相談室とやらの用件で席を外しているんだろう?」
「まさに、その通りです!」
悦子と任子は別行動、役割分担ね。
「うんうん、主体的な活動で結構なことだ!」
「はい、ありがとうございます!」
「……やり取りが成り立ってるの、凄いなあ」
「でも、その相談室とは一体何なんだ?」
「何なんだ、とは?」
「その目的はどこにあるのか聞いている」
「新入部員を集めるためにやっています!」
「ほう、なるほど……」
「まだ成果は出ていませんが、頑張ります!」
「なるほど、そういうことであれば、頑張ってくれ!」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「うむ、頑張れ!」
「じゃあ、今日はこれくらいで……」
「はい!」
「あ、他の二人への挨拶は……」
「中延聖陽!」
「あ、はい……」
「業務が残っているから、待っている時間は無いんだ!」
「ああ、そうですか……」
「そうだ、できれば挨拶したかったところだがな!」
「分かりました……」
「中延は、確か生徒会長を目指しているんだったな!」
「あ、残っているお仕事は……」
「少しくらいならば問題ない!」
「それなら、いいんですが……」
「生徒会長を目指していると、市ヶ谷から聞いたぞ?」
「はい、そうですね。目指しています!」
「素晴らしい!」
「え?」
「学校に活気が出て良いことだ、是非とも頑張って、生徒会長を目指して欲しい!」
「あ、はい……頑張ります」
「まあ、梅島公示は手強いだろうけどな!」
「……梅島さん、ですか?」
「現生徒会の書記を務めている!」
「ああ、お名前は伺ったことがあります……」
「梅島公示も、生徒会長を目指しているんだ!」
「なるほど、そうなんですね」
「生徒会での実務を積んで、堅実に生徒会長の座をうかがっているぞ!」
「それは、手強いですね……」
「まあ、実務ばかりが全てではない!」
「あ、はい……」
「神楽坂・アースキン・芽愛の例もある!」
「ああ、そうですね……」
「彼女は実務経験も無いのに、よく戦っていたと思う!」
そうよね、私と条件は一緒だったはずなのに。
「はい、そう思います……」
「彼女の手法を見習うと、もしかしたら今度は勝てるかもしれないぞ!」
「そう……ですね」
「おっと、仕事が残ってるんだったな……」
「あ、はい」
「それでは、ここらへんで失礼しようと思う!」
「あ、はい……お疲れ様です」
「お疲れ様!」
「お疲れ様です! 森下先生!」
「お疲れ様、あとは頼んだぞ!」
「はい!」
「それじゃあな!」
「お疲れ様です!」
ガラガラガラ……
「凄い先生なんですね、森下先生って……」
「そうよ、素晴らしい先生なのよ!」
「ところどころヒヤヒヤしましたけど、まさか不問だとは」
「ヒヤヒヤって?」
「いえ、こちらの話です……」
ヒヤヒヤする場面なんてあったかな?
「実務経験、ですか……」
「どうかしたの?」
「梅島さんという人が、堅実に実務経験積んでるって……」
「うん、そうね」
「なんだか急に、自信がなくなってきたというか……」
「森下先生が言っていたでしょ!」
「え?」
「実務経験が全てじゃない、って」
「まあ、そうなんですが……」
「大丈夫よ、聖陽」
「何が、大丈夫なんですか?」
「私が、今度は聖陽を勝たせるから!」
「それが逆に不安要素でもあるんですがね……」
「何か言った?」
「いえ、なんでも……」