第二話「市ヶ谷さんは、仲直りしたい?」
「では、改めて話を整理しましょうか」
「そうね! 聖陽お願い!」
「まず、新入部員を集めるということで、前回、話が始まりました」
「前回って?」
「前回は前回ですよ」
「前回も何も、ついさっきのやり取りでしょ?」
「まあ、細かいことは気にしないでください」
「いや、細かくないと思うんだけど……」
「まあなんやかんやあって、女性狙いで行くか、男性狙いで行くのか、という話題になりました」
「聞いちゃいないわね……」
「ここまでがおさらいになります」
「あれ、何かを足りないような気がするんだけど……」
……なんだったかな、思い出せないわ。
「気のせいですよ、気のせい」
「そっか、気のせいなのね!」
「はい、気のせいです」
まあ、きっと大したことではないわね。
「……しれっと、要求を取り下げさせている中延さん、恐ろしいです」
「堀切さん、私がそんなに打算的に見えますか?」
「……はい、超見えます」
「気のせいですよ、気のせい」
「……そうですか、気のせいですか」
「はい、話を続けますよ」
……いけない、まんまと聖陽の策にハマるところだったわ。
「スイーツの話を忘れているのよ!」
「ちっ……」
「舌打ちしてるんじゃないわよ」
「いや、だって……」
「スイーツの話はどうなったの?」
「それはとりあえず、忘れましょう」
「いや、そういうわけにはいかないわよ」
「まずは細かい方法よりも、大きな狙いを決めちゃいましょう」
「大きな狙い?」
「はい、ターゲットによっても、上手くいく方法は変わってくると思うので、まずはターゲットから決めちゃいましょう」
「まあ、そういうことなら構わないわ……」
「では改めて、ターゲットについて議論してみましょう」
「そうね」
「堀切さんは、男性狙いが良いということでしたね」
「……はい、そうです」
「恋愛してみたいから、というお話でしたね」
「……改めて言われると恥ずかしいですね」
「堀切さん、自分で言ったんですよね?」
「……まあ、そうなんですけど」
「そっか、この恋愛の話から、小村井の話に繋がったんだったわね」
「はい、そういうことです」
……そうか、小村井か。
「私は賛成よ」
「市ヶ谷先輩、何がですか?」
「狙いは、男子で行きましょう」
「それって、つまり……」
「要するに、小村井を入部させたら良いのよ!」
「ああ、なるほど……」
「ふふん、完璧な計画ね」
我ながら、惚れ惚れするわ。
「……部長が賛成なことは、ありがたいんですが」
「任子、どうかした?」
「……本来の目的から、ズレていませんか?」
「本来の目的?」
「……はい、来年に後輩がいないと困るから、新入部員を集めようという話でしたよね」
「そうだったわね」
「……そうです」
「あれ、それだと……」
「……はい」
「小村井は三年だから、意味が無いということになるわね……」
「……そうなります」
「それだと困るわ」
「……何がですか?」
「小村井を書道部に加入させるのは、確定事項なのよ!」
「……それだと、本来の目的を果たせないですね」
「そこは仕方ないわね」
「……えぇ」
私の幸せがなによりも大事だもの。
「市ヶ谷先輩、こういうのはどうでしょう」
「聖陽、説明して」
「小村井先輩は小村井先輩として、掛け合ってみることにします」
「うん」
「それとは別に、後輩、つまりは新一年生狙いで、部員を集めます」
「それなら、完璧ね」
「はい、ありがとうございます」
うんうん、私は私でやればいいだけだものね。
「えっと、そうなると……」
「対象は新一年生として、性別は……どうしましょうか?」
「私はどっちでも良いわよ」
「良いんですか?」
「小村井さえどうにかできれば、私は興味が無いわ!」
そう、私の幸せが第一。
「……部長、自分のことばかりですね」
「任子、何か言った?」
「……いえ、何も」
「市ヶ谷先輩、堀切さんとしては、小村井先輩以外の男子部員が欲しいと思うので、男性をターゲットに入れる必要はあるんじゃないですかね?」
「なるほど、任子の都合も考えないとね」
「はい、そうです」
まあ、部長としての責務も大切ね。
「……中延さんが入部してくれて、本当に良かったです」
「堀切さん?」
「……この書道部にも、秩序めいたものが形成されましたので」
「嫌だなあ、そんなこと無いと思いますよ?」
「……以前は本当、混沌そのものでしたからね」
「任子ちゃん、『こんとん』って何?」
「……悦子ちゃん、聞く前に自分で調べてみたらどう?」
「私、スマホの扱い苦手なの!」
「……あ、そう」
「それで、どういう意味?」
「……部長は凄いってことよ」
「そうだね、市ヶ谷部長は凄いよね!」
「……ええ、ある意味ね」
「好き勝手な話してるわね……」
「……部長、悪意はないですよ?」
全く、悪意しか感じないんだけどね。
「まあ、ここは寛大な私だから、聞かなかったことにするわ」
「……流石、それでこそ我らが部長ですね」
「そう、私は細かいことは気にしないのよ」
……気にしてもキリがないものね。
「市ヶ谷先輩、本題に戻りましょうか」
「……流石、書道部の秩序担当大臣、中延聖陽」
「進めますね」
「……流石のスルースキル」
「皆さん、男子をターゲットに入れるということで、ご異議はありませんか?」
「私はそれで良いわよ」
「私も市ヶ谷部長と一緒!」
「……問題ないです」
「では、決定ですね」
「そうね」
「でも、私としては女子も対象に入れた方が良いと思うんですよね」
「私はそれでも良いと思うわよ」
「私も良いと思う!」
「……まあ、良いんじゃないですかね」
「それじゃあ、性別に関係なく、後輩部員を集めるということにしましょうか」
「そうね」
「よし、ではターゲットは決定ですね」
「ええ、決まりね」
……でも結局、男女両方に声掛けるってだけの話よね、これ。
「ではお待ちかね、具体的な方法を考えましょうか」
「よし、スイーツの話ね」
「そこも含めて、改めて議論しましょうか」
「まあ、そうね……」
聖陽がいると好き勝手出来ないわね、本当。
「……中延さんの利害調整能力、本当に半端ないですね」
「これくらい普通ですよ、普通」
「……そうですかねえ」
「はい、特筆すべきことでもないですよ」
「……そうですか」
利害調整能力というか、もはや妨害能力だと思うんだけどね。
「市ヶ谷先輩と牛田さんは、スイーツで勧誘するというお話でしたね」
「そう、スイーツご馳走したら、入ってくれるはずよ」
「うん! 完璧な作戦だよ!」
「なるほど、分かりました。堀切さんは何か、良いアイデアありませんか?」
「……中延さんは、実演会ということでしたね」
「はい、それが一番良いのではないかと」
「……普通に考えれば、それなんですよね」
「ですよね」
「普通にやるなんてつまらないわよ、ここは断然、スイーツに限るわ」
部費でスイーツ食べたいし。
「市ヶ谷先輩、一つ確認しても良いですか?」
「どうぞ、聖陽」
「市ヶ谷先輩がスイーツ食べたいだけだったりしませんか?」
「そうよ」
「即答するんですか……」
「聖陽も食べたいでしょ?」
「まあ、食べたいには食べたいですけど……」
「ほら、それじゃあスイーツが良いわよ」
「でも……」
「部費で食べるスイーツ、最高に美味しいはずよ!」
「うーん、そうかもしれないですが……」
他人の金で食べる食べ物は最高なのよ。
「……部長、それで許可取れるんですか?」
「許可って?」
「……顧問の先生の許可ですよ」
「そこはまあ、なんとかなるわよ」
「……なぜですか?」
「顧問の先生が変わったからよ」
「……ああ、前の先生は確か、別の学校行かれたんですよね」
「そう、四月からは別の先生よ」
「……あれ、今はどなたが顧問やってるんですか?」
「森下高見先生よ!」
「……それって、誰でしたっけ?」
「生徒会の顧問もやっている先生よ!」
「……つまり、掛け持ちってことですか」
「そうよ!」
掛け持ちなんて大変よね。
「森下先生は、素晴らしい先生なのよ!」
「……どう素晴らしいんですか?」
「全て、私に任せるって」
「……それって、放任ということですか?」
「そう、一度もこの部室に顔出してないのが、まさにその証拠」
「……おかしいと思ったんですよ、顧問の先生が変わったはずなのに、顔出さないなあって」
「生徒の自主性に任せる、素晴らしい先生だわ!」
「……それって、単に不真面目なだけなのでは?」
「いいえ、顧問掛け持ちなんだし、その負担軽減くらいは当然の権利だと思うわ」
「……そうですか」
忙しい先生の手を煩わせるわけにはいかないものね!
「私は全て任されているのよ、だから私が何をするのも自由というわけ!」
「それって逆に、部長としての節度を要求されているのでは?」
「節度って?」
「だからその……先生が介入しない分、抑制的に振舞う必要があるというか……」
「だって、自由なのよ?」
「自由には、責任が伴うんですよ?」
「それ、どこかで聞いたセリフね……」
「……生徒会長選挙ですよ、部長」
「そうだったわね……」
……嫌な記憶だから、心の奥底に封印していたわ。
「流石にスイーツまでは、通らないんじゃないですか?」
「……そうなの?」
「さあ、私は分かりませんが……」
「流石にスイーツまで行くと、ストップ掛かるんじゃないですか?」
うーん……そうだ!
「良いことを思い付いたわ」
「……何を思い付いたんですか?」
「森下先生も、一緒にスイーツを食べたらいいのよ!」
「……軽音楽部みたいですね」
「うちの学校に軽音楽部は無いわよ?」
「それは知ってます」
「どういうこと?」
「そういうアニメがあるんですよ」
「アニメね、それじゃあ私は知らないわけだわ」
「はい」
軽音楽部のアニメなんてあるのね。
「市ヶ谷部長の言う通り、先生も一緒にスイーツを食べればいいんだよ!」
「その通りよ、悦子。それで全部解決ね」
「……その森下先生、スイーツはお好きなんですか?」
「知らないわ」
「……そうですか」
「私は甘いもの好きですけど、世の中には甘いものがお嫌いな人もいますよね?」
「え!」
「市ヶ谷先輩、どうかしましたか?」
「そんな人類が存在するの?」
「するんじゃないですか?」
「信じられないわ……」
スイーツ嫌いなんて、意味が分からないわ。
「そう言われましても……」
「……そもそも、スイーツというのがおかしいんじゃないですか?」
「任子、何がおかしいの?」
「……中延さんが言う通り、皆がスイーツ好きだとは限らないわけですし」
「そもそも私は、スイーツ嫌いの人類の存在を信じていないわ!」
「……そうですか」
そんな人、存在するわけがないわ。
「市ヶ谷先輩はそう思われるかもしれないですが、結構いると思いますよ?」
「そんなの信じられないわ!」
「そもそも、私たちが食べたいという判断基準の時点でおかしいんじゃないですか?」
「それの何がおかしいのよ?」
「えっと……全部?」
「全部ってどういうこと?」
「言葉通りですよ、これは部員集めのためのイベントであって、私たちが楽しむためのイベントでは無いんですよ」
「……中延さんの正論が火を噴きましたね」
「それじゃあつまらないわ!」
「つまらないと言われましても……」
「……あくまでも部員集めの催しですからね、中延さんに理があるんじゃないですか?」
「面白くないわ……」
部費でスイーツすらも許されないわけ?
「……それだと、私たちの後輩が空席になっちゃいますよ?」
「むむう……」
「……私たちの代で、書道部が無くなっちゃうかもしれないですよ?」
……流石に、部長としては無責任な気もするわ。
「そういうわけにはいかないわね……」
「……はい」
「私が間違っていたわ!」
「……変わり身の早さも、部長の美徳ですね」
「だって、あなたたちの代で書道部を終わらせるわけにはいかないもの!」
「……賢明なご配慮、ありがたいです」
「流石は市ヶ谷部長!」
「……悦子ちゃん、本当に全肯定なんだね」
「任子ちゃん、何か言った?」
「……悦子ちゃんは、いつまでもそのままでいて欲しいって言ったのよ」
「うん、分かった!」
「……ええ」
「市ヶ谷先輩、スイーツは取り下げということでよろしいですか?」
「一旦は……白紙でいいわ」
「賢明なご判断だと思います」
……でも、このまま終わるのは癪だわ。
「今日はとりあえず、案を持ち帰りましょう」
「持ち帰る、ですか?」
「一晩考えた方が、良いアイデアが湧いてくる気がするわ!」
「まあ、それはそうかも知れないですね……」
よし、通った!
「というわけで、解散!」
「え、今日これだけで終わりですか?」
「各自、家での作業ということよ、だから今日は早めに終わりましょう!」
「ああ、なるほど……」
「早く終わった分で、考える時間を確保してちょうだい!」
「了解です……皆さんは?」
「市ヶ谷部長の言う通りにするよ!」
「……異議、ありません」
「それでは改めて、解散!」
「はい……」
「みんな、お疲れ様!」
「「「お疲れ様でした!」」」
最終的には聖陽から主導権奪えたし、御の字ね。
※ ※ ※
「よし、到着!」
高橋神社にお参りに来たわ!
「神楽坂さん、いないかな?」
お参りと言うのは口実、なんとなく同級生の神楽坂さんに会えないかなあと、たまに訪れている。
「でも、なかなか遭遇できないのよね」
月一くらいの頻度で訪れているものの、まだ一度もここで会ったことは無い。
「家、ここのはずなんだけど……」
未だに会えないのは、運が悪すぎるわね。
「あれは……」
あの金の髪、神楽坂さんに違いないわ!
「今日は、ツイてるみたいね」
早速、声を掛けてみましょう!
「こんにちは、神楽坂さん!」
「……え、あ、市ヶ谷さん?」
「こんにちは!」
「あ、うん……こんにちは……」
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ……」
「そう、変な神楽坂さん」
時折、神楽坂さんは、よく分からない反応をする。
「市ヶ谷さん、お参り?」
「そう、お参りに来たわ!」
「そっか、ごゆっくり……」
あ、そうだ。新入部員集めについて、アイデアが無いか聞いてみようかしら。
「ちょっと話さない?」
「……お参りに来たんでしょ?」
「まあ、クラスも変わっちゃったわけだし、ちょっと話しましょうよ」
「でもちょっと……」
「あれ、何か用事でもあるの?」
「いや、その、そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあ、ちょっと相談に乗ってくれない?」
「……相談?」
「ダメかしら?」
「ダメ……じゃないんだけど」
「……?」
「……分かった、何?」
「えっとね……」
「うん……」
※ ※ ※
「新入部員集め、か……」
「そう、書道部を無くすわけにもいかないし、今の内から集めようって思って」
「真面目なんだね、市ヶ谷さんは……」
「どういうこと?」
「新聞部ではそういうの、やってないから」
「あら、そうなのね」
「うん、やってない」
「どうしてやらないの?」
「まあ、部長判断ってやつかな」
「部長判断?」
「そう、高明にそういう意向も無いからね」
「なるほど、そういうことね」
「うん……」
「ねえ、どうして西ヶ原君が新聞部の部長になったの?」
「それはまあ、色々あって……」
「色々って?」
「新聞部内の選挙で決めたんだよ」
「変わったことをしているのね、新聞部は」
「朱……王子先輩がやろうって言ったんだよ」
「なるほど、そういうことね」
「うん……」
王子先輩が考えそうなアイデアね。
「それ、神楽坂さんも出たの?」
「え?」
「神楽坂さんは、部長選挙に立候補したの?」
「ううん、私はしてない」
「どうして?」
「いや、特にこれといった理由もないけど……」
「神楽坂さんの方が適任だと思うんだけど」
「部長なんて、私には荷が重いよ」
「そうかなあ?」
「うん、そうだよ」
私なんかよりよっぽど、部長に向いていると思うんだけど……
「まあ、神楽坂さんがそう言うなら、そうなのかもしれないわね」
「うん……」
「あれ、なんの話をしていたんだっけ?」
「新入部員集めの話でしょ?」
「ああ、そうだったわ」
「それで、私に何の相談を?」
「えっとね、具体的に新入部員を集めるアイデア無いかなあって」
「アイデアかあ……」
「そう、何が良いかなって」
「市ヶ谷さんは、どういうアイデア考えているの?」
「今は白紙かな、それで考え中なのよ」
「なるほど、そうなんだね」
「うん、そうよ」
「まあでも、一択なんじゃない?」
「一択?」
「そう、書道部なんだし、書道の実演が一番なんじゃないかな?」
「神楽坂さんまでそう言うのね……」
「え?」
「後輩部員からの意見も同じだったのよ」
「ああ、そうだったんだね」
「それじゃつまらないから、考えているところなの」
「でもさ、常識的に考えたらそれくらいしか無いんじゃないかな?」
「神楽坂さんなら、もっと凄いアイデアが思い付くんじゃない?」
「どういうこと?」
「去年の生徒会長選挙の時も、奇抜なアイデアで戦っていたじゃない」
「あれは別に、私一人で考えたわけじゃないよ」
「王子先輩との合作ということ?」
「そういうこと、私一人のアイデアじゃないよ」
「それでも、関わっていたことは事実でしょ?」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「何か、思い付かない?」
「そう言われてもなあ……」
「何でも良いのよ、何でも」
「……五分くれないかな?」
「考えてくれるの?」
「まあ、うん……」
「ありがとう!」
「いいえ……」
「でも、五分で良いの?」
「うん、五分あれば思い付くと思う」
「流石は神楽坂さんね!」
「どういうこと?」
「うちの後輩部員よりも、仕事が速いと思って」
「あ、そうなんだ……」
「うん、そうよ」
「そっか」
「私、お参りしてくるから、その間に考えておいて」
「あ、うん……」
「じゃあ、よろしくお願いね!」
「……分かった」
※ ※ ※
「こんなのは、どう?」
「流石は、神楽坂さん!」
「そんなに奇抜でもないと思うけど?」
「いいえ、神楽坂さんにしか思いつかないような、素晴らしいアイデアよ!」
「そっか、ありがとう」
「あ、でもさ……」
「ん?」
「この方法だと、書道部に入ってくれるとは限らないわよね?」
「まあ、そうだね」
「だったら……」
「そこは、市ヶ谷さんの腕次第じゃない?」
「どういうこと?」
「市ヶ谷さんの話術というか、説得力というかで、どうにかできる範囲じゃないかな?」
「まあ、それもそうね……」
「うん、あとは市ヶ谷さん次第だよ」
「そうね、分かったわ!」
「うん」
「あ、そうだ!」
「……ん?」
「これ、お礼よ!」
「え?」
「謝礼金代わりのジュース代よ、少なくて悪いけど」
「いや、悪いって……」
「いいえ、素晴らしいアイデアを私は買ったんだから、これは正当な対価よ」
「そうかなあ?」
「うん、そうよ」
「……じゃあ、頂こうかな」
「ええ、受け取って」
「うん……」
「私、神楽坂さんみたいになりたいのよねえ」
「……いきなり、どうしたの?」
「前々から思っていたのよ」
「そうなんだね……」
「でも、私は私、私は私にしかなれない」
「あ、うん……そうだね」
「だから私は、私になりに頑張ることにするわ!」
「そっか……頑張ってね」
「ありがとう、頑張るわ!」
「うん……」
「それじゃあ、私は帰るわ!」
「あ、うん……気を付けて帰ってね」
「ありがとう、それじゃあね」
スタ……スタ……スタ……
「やっぱり私、市ヶ谷さんとは相性が悪いなあ……」
※ ※ ※
帰路。
「流石は神楽坂さんね、素晴らしいアイデアだわ」
流石は幼なじみを持つ者同士、考え方の相性がピッタリみたいね。
「話せば、分かるわね!」
人間、やっぱり膝を突き合わせて話し合うことが大事なのよ!
「アイデアは明日、みんなに披露するとして……」
とりあえず、幸人と仲直りと行きたいわね。
「今の私には勢いがあるし、きっと簡単に行けるはずよ」
もはや謝ることに抵抗は無いわ。私は、初台さんや神楽坂さんを越えるんだから!
「じゃあ早速、電話入れてみましょう」
プルルルル……プルルルルル……
「……もしもし」
「もしもし、小村井!」
「……なんだよ」
「話があるの!」
「……いや、おかしいだろ」
「何がおかしいのよ?」
「……何か月も口聞いてないのに、いきなり電話してくるなんてよ」
「まさに、そのことについて話があるのよ!」
「……今じゃないとダメなのか?」
「ええ、大至急も大至急よ!」
「……手短に終わらせてくれ」
「言われなくてもそうするわよ!」
全く、こんなこと思ってもないのに……
「……切っても良いか?」
「切るんじゃないわよ!」
ああもう、どうしていつもこうなってしまうの?
「……うるさいな、だったら早く済ませてくれよ」
「うるさいとは何よ!」
「うるさいから、うるさいって言ったんだよ!」
「そこまで言わなくても良いでしょ……」
「ああ、もう……用件はなんだよ」
……いつもそう、こうやって余計な気を使わせてしまう。
「えっと……その……」
「ああ……」
「だから……その……」
「うん……」
「……ごめんなさい」
「え?」
「……だから、ごめんなさいって言ったのよ」
「……具合でも悪いのか?」
「……そんなわけないでしょ」
「お前が謝るなんて、それくらいしか有り得ないだろ」
「……全く、私をなんだと思っているのよ」
「理不尽な幼なじみだよ」
「……そこまで言わなくても良いでしょ」
「ああもう、これはなんの謝罪なんだよ?」
「……この数か月、口聞かなかったこと」
「……そうか」
「……ええ」
「……別に、気にしちゃいねえよ」
「……本当?」
「……ああ、いつものことだ」
「……その言い方、生意気」
私のバカ、バカ、バカ……
「生意気なのは、お前だよ」
「なんですって?」
「……用件、これだけか?」
「ええ、これだけよ……」
「……そうか、分かった」
「……明日からは、話しかけるからね」
「それはそれでダルいんだよなあ」
「なんですって?」
「正直、この数か月の方が楽だったよ」
「……そんなこと、言わないでよ」
「ああもう、俺が悪かったよ」
「……そうよ、小村井が悪いのよ」
……いつもそう、いつもこんな感じになるのよ。
「程々にしてくれよ?」
「……そんなの、知らないわよ」
「おいおい……」
「……電話、切るわね」
「え? ああ……」
「……それじゃあね」
「ああ、また明日な」
こういうの、本当にズルい。
プー……プー……プー……プー……
「……ゆきひと……すき」
どう足掻いても、この気持ちは揺るがない。幸人への想いが、消えてくれること無い。
「……私なりに、戦ったわよ」
今は、全部素直になんて無理。それでも少しだけ、幸人に対して素直になれた。
「……私は、私を褒めるわ」
私は私なりに、私の戦いをした。初台さんや神楽坂さんを越えるために。
「……でも、忘れてしまったわ」
部員になってもらうお願い、すっかり頭から消えていたわ。
「……今度にしましょう」
今日はもう無理……今日はこれ以上、素直になれる自信が無い。
「……もう、無理」
いきなり強くなるなんて無理。今日の私は、ここまでが限界。
「……そう、私は頑張った」
数か月にも渡る停滞状態を崩せたことは、十分の成果のはず。
「でも、これだけでもいけない……」
明日以降も、頑張って強くならないといけない。
「……毎日、こなすだけよ」
先のことばかり考えていたって、一気にこなせるわけでもない。
「そう、これでいいの……」
私は、私なりの戦いを進めるのみだわ。
「はぁ……早く、つよくなりたいわ……」