第一話「市ヶ谷さんは、新入部員を集めたい?」
放課後、書道部室。
「今必要なのは、新入部員募集なのよ!」
「市ヶ谷部長、流石です!」
「悦子たちに後輩がいないのは可哀そうだものね!」
「下々のことを考えられる市ヶ谷部長、やっぱり凄いです!」
私の名前は市ヶ谷翼、住吉川高校の三年生!
「ふふん、それでこそ私なのよ!」
「流石です!」
彼女の名前は牛田悦子、二年生。私が部長を務める、書道部の後輩ね。
「……でも、どうやって新入部員を集めるんですか?」
「任子」
「……はい」
「それは、今から考えるのよ!」
「……それって、無計画じゃないですか?」
彼女は堀切任子。悦子と同じ二年生。
「無計画も何も、方針を決めないと行動は始まらないでしょ?」
「……まあ、そうなんですけど」
「あれこれ考えている暇があるなら、動くべきなのよ!」
「……それで大丈夫なんですか?」
「任子は心配し過ぎなのよ」
「……そうですかねえ」
「ええ、絶対にそう」
あれこれ考え込んで、上手くいった試しがないのよね。
「……そうですか」
「あんまり考えすぎてると、禿げるわよ?」
「……それは女の子として致命的ですね」
「長い黒髪なんだから、勿体ないでしょ?」
「……まあ、そうですね」
「ええ、可愛くありたいなら、くよくよ考えたらダメなのよ」
「……それは、一理ありますね」
「そう、だからね、もっと積極的で良いのよ」
「……頭には、入れておきます」
「ええ、そうしなさい!」
ガラガラガラ……
「お疲れ様です、皆さん」
「お疲れ、聖陽!」
「ふふっ、今日も賑やかですね、市ヶ谷先輩」
「暗い顔してたら、良い部活動はできないからね!」
「なるほど、勉強になります」
この娘は中延聖陽。去年の生徒会長選挙後に、修行の為に入部してくれた女の子。二年生。
「生徒会長になるためにも、きっと笑顔が大切だと思うわよ!」
「確かに、そうかも知れないですね」
サイドテール、私もやってみようかな。結構可愛いのよね。
「それで、何をお話しされていたんですか?」
「部員勢ぞろいしたし、改めて話すわ!」
「お願いします!」
えっと……
「新入部員を、集めることにしたのよ!」
「なるほど、新入部員ですか」
「ええ、四月になってしばらく経ったのに、入部希望者がいないんだもの」
「確かに、後輩がいないと困りますね」
「そうなのよ、だから今のうちに、部員を確保しておこうって訳」
「なるほどです、それで、どうやって集めるんですか?」
「それを、今から決めるのよ」
「……なるほど、分かりました」
「では早速、作戦会議に入りましょう!」
「はい、分かりました」
「とりあえずみんなに、五分くらい考え時間を与えるわ!」
「市ヶ谷先輩、それだと短いのではないですか?」
「え?」
「せめて十分間は欲しいです」
「じゃあ……十分間にしましょう」
「はい」
……五分って、そんなに短いかしら?
※ ※ ※
「よし、時間ね。考えを披露しあいましょう!」
「市ヶ谷先輩、誰からにしますか?」
「私から行くわ!」
「では、お願いします」
「ええ、任せて」
私の素晴らしい考え、きっとみんなも驚くに違いないわ!
「美味しいスイーツをご馳走するのよ!」
「スイーツ、ですか?」
「ええ、スイーツよ!」
スイーツが嫌いな人類なんて存在しないものね!
「部費から出すんですか?」
「そう、スイーツをみんなに振舞って、入部してもらうのよ!」
「それって、可能なんですか?」
「私に不可能は無いわよ!」
そう、大事なのは気構えなのよ。
「えっと、そうかもしれないんですが……」
「聖陽、説明して」
「ええっとですね……」
問題なんて、全く無いと思うんだけど。
「スイーツを食べるだけで帰っちゃう人とか、いるんじゃないかなあって」
「ご馳走してもらったのに、断る人がいるの?」
「ええ、全員が全員、入ってくれるわけではないんじゃないかなあと」
「そんな恩知らずがいるかな?」
「ええ、中にはいると思います」
「そうかなあ」
そんな人間、本当にいるのかしら?
「……私も、同じこと思いました」
「任子も?」
「……はい、食い逃げされて終わるような気がします」
「そんな人がいたら、絞めてやるわよ」
そう、食い逃げなんて許されないわ!
「……そんなことしたら、誰も入ってくれないと……思います」
「え、どうして?」
「……それが悪評になって、書道部の悪い噂が流れるかもしれません」
「どうして悪評になるの?」
「……えっと、それは」
食い逃げする方が悪いと思うんだけど……
「市ヶ谷先輩、穏便な形で入ってもらう方が、良い評判が広がって、部員も増えると思いますよ」
「よく分からないわ、聖陽」
「えっと……そうですねえ」
食い逃げする方が穏便じゃないと思うんだけど……
「二人とも、心配し過ぎだよ!」
「牛田さん?」
「市ヶ谷部長の言う通り、スイーツ食べたら入ってくれると思うよ!」
うんうん、悦子はよく分かっているわ。
「そういうものですかね?」
「そうだよ、中延さん!」
「じゃあ、良いのかなあ?」
「うん、大丈夫だよ!」
そう、全く問題ないわ!
「そう……だね」
「うんうん、これで部員増加だね!」
「……でも」
「任子ちゃんも、考えすぎだよー」
全く、聖陽も任子も考えすぎなのよ。
「……悦子ちゃん……でも……」
「でももバットもないよ、任子ちゃん!」
「……それ、どっちも『でも』なんだけど」
「まあまあ、細かいことは良いんだよ」
「……細かいかなあ?」
「細かいよー、考えすぎだと思う」
うんうん、考えすぎよね。
「……うーん」
「とりあえず、みんなの考えを聞いてからの最終決定にしませんか、市ヶ谷先輩」
「ええ、私としてはそれで良いわよ!」
まあ、最終的にはスイーツに決まるでしょうけどね!
「二人もそれで良いですか?」
「市ヶ谷部長の思し召しのままに!」
「……まあ、そういう話であれば」
よし、なんとか話は進みそうね。
「では、次はどなたにしましょうか?」
「私!」
「では牛田さん、どうぞ」
「市ヶ谷部長の考えが良いと思います!」
「えっと……牛田さんの考えは?」
「それが私の考えだよ?」
「まあ、それでも良いか……」
悦子、賛同してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと違和感もあるわね。まあ、大した違和感じゃないけど。
「うん! 私は市ヶ谷部長の考えが良いと思う!」
「分かりました。じゃあ、次は私で良いかな?」
「どうぞ、中延さん!」
聖陽はどんな考えなのかな?
「堀切さんも、私からで大丈夫ですか?」
「……はい、私は最後の方が向いてますので」
「向いているってどういうことですか?」
「……私はそういう人間なんですよ、中延さん」
任子って、なんだか卑屈な感じするわよね。
「えっと……それじゃあ私から話しますね」
「……お願いします」
さて、聖陽の意見を聞きましょうか。まあ、最終的にはスイーツだけど。
「書道部ということを生かして、実演会というのが良いのではないかと思います」
うーん……
「聖陽、それじゃあ地味じゃない?」
「それが一番良いなあって思ったんですが、ダメですかね?」
「ダメって訳じゃないけど、普通過ぎない?」
「まあ、そうですかね……」
そうよ、そんなの面白くもなんともないわ。
「とりあえず、任子の考えも聞いてみましょう!」
「あ、はい……そうですね」
「じゃあ、任子、言ってちょうだい!」
さて、任子はどうかな。
「……えっと、まずは対象を絞りませんか?」
「対象って?」
「……女性を狙うとか、男性を狙うとか、ですかね」
いわゆる、ターゲティングというやつね。
「なるほど、一理あるわね!」
「……ありがとうございます」
「みんなは、女子と男子どっちがいい?」
「私は、市ヶ谷部長の言う方が良いです!」
「なるほど! 悦子の考えは分かったわ!」
「ありがとうございます!」
先輩として、賛同ばかりじゃいけないっていうべきなのかしら?
「聖陽はどう?」
「私は、どちらでも良いと思います」
「なるほど、分かったわ!」
まあ、別に拘る理由もないものね。
「……私は」
「任子?」
「……男子の方が、良いかなあって」
男子に拘る意味なんて、あるのかな?
「理由を聞かせて」
「……バランス、ですかね」
「バランスって?」
「……ほら、今って女子しかいないじゃないですか」
「まあ、そうね」
「……だからその、男性を入れた方が良いかなあと」
バランス取ったからって、一体何が変わるのかしら?
「男子がいなくても、何とかなってるわよ?」
「……でも、その」
「どうして、男子が必要なの?」
「……それは……その……」
「うん」
私には、いまいち分からないわ。
「恋愛、してみたいからです!」
……そういう発想はなかったわ。
「任子、いきなりぶっこんできたわね……」
「……だって、このまま青春が終わったら、嫌です」
「任子、意外とミーハーなのね」
「……そんな、ミーハーだなんて」
「見た目や素振りからは想像ができないわ」
どちらかと言うと、内向的に見えるものね。
「……人は、見た目じゃないんですよ」
「まあともあれ、任子の考えは分かったわ!」
「……あ、はい」
「でも私、恋愛には興味ないのよね」
「……部長は、お相手がいるから余裕なんでしょうけど」
「お相手って?」
「……あの人ですよ」
「あの人って?」
「……オムライスみたいな名前の人です」
……全く、オムライスって何よ。
「……部長?」
「……もしかして、小村井のこと?」
「……はい、違うんですか?」
「その名前は出さないで」
……耳に入れたくないわ、本当。
「……だって、昨年の聖夜祭の時に仲良くしていたじゃないですか?」
「仲良くなんてしてないわよ……」
本当、仲良くとかそういうのじゃないから。
「そうですか……」
「まあ、あの聖夜祭が全ての始まりだったのは確かだけど……」
「……どういうことですか?」
「あの日以来、あいつとは口聞いていないわ」
「……そうなんですか?」
「ええ……」
口なんて、もう絶対に聞いてやらないわ。
「あれ、でも同じクラスなんですよね?」
「聖陽、あいつとはただのクラスメイトでしかないのよ」
「そうなんですか?」
「確かに三年でも同じクラスになっちゃったけど、それだけのことよ」
……そう、あんな奴のことなんて、もう知らないのよ。
「市ヶ谷先輩、小村井先輩と何があったんですか?」
「話したくないわ……」
「まあ、それなら仕方ないですね……」
いや、仕方なくないし……
「……話の始まりは、聖夜祭の最中のことよ」
「あれ、話したくないんじゃ……」
「気が変わったわ」
だって、仕方なくないもの。
「あ……それでは、聞かせてください」
「あいつ、期待させるだけ期待させて……」
「期待、ですか?」
「そう、クリスマスイブだってことで、話があるって言って来たのよ」
「話、ですか」
思い出したら、本当にイライラしてきたわ。
「それなのに、あいつは……」
「どんなお話をされたんですか?」
「……プレゼントを渡されたわ」
「わあ、素敵ですね、クリスマスプレゼント」
「……素敵なんかじゃないわよ」
「どうしてですか?」
「……まず、プレゼントの内容が問題だったのよ」
「何を貰ったんですか?」
「……ボールペンよ」
「ボールペン?」
「そう、ボールペンよ……」
本当、最悪なクリスマスプレゼントだわ。
「ボールペン、嫌だったんですか?」
「……あいつが使っていたボールペンだったのよ」
「それってどういうことですか?」
「……何をとち狂ったのか、アイツの使い古しのボールペンを渡されたのよ」
「何か、思い入れでもあったボールペンなんですかね?」
「いや、特にそういうわけでもなく……」
「適当に見繕ったものだったということですね」
「そういうことね……」
「それは確かに嫌ですね」
……本当、私に対しての扱いが酷すぎるわ。
「更に問題なのは……」
「問題なのは?」
「……それだけ、だったのよ」
「それだけ?」
「あの日、クリスマスイブだったのよ?」
「そうですね」
「だったら、普通……その……」
「はい……」
全く、もう……
「市ヶ谷先輩?」
「……やっぱり話さない」
みんなの前で話すことではなかったわ……
「もしかして、告白を期待していたんですか?」
……聖陽、読心術でも使えるわけ?
「市ヶ谷先輩?」
「なんで、言っちゃうのよ……」
「図星なんですか?」
「いや、その……」
「え?」
「だから、その……」
「はい」
「なんでもないわ!」
「いや、でも……」
「なんでもないって言ったら、なんでもないのよ!」
全く、こんなこと気にするんじゃないわよ!
「市ヶ谷先輩、告白を期待していたわけじゃないんですか?」
「……ノーコメントよ」
絶対、話してやらないわ。
「……部長、それって自白しているようなものですよ?」
全く、任子まで……
「だから……ノー……」
「二人とも、市ヶ谷部長が言ってるんだから、そういうことなんだよ」
やっぱり、頼れるのは悦子だけだわ!
「……悦子ちゃん、どういうこと?」
「え、図星ってことでしょ?」
……頼りになる人なんて、いなかったわ。
「……悦子ちゃんってそういうところあるよね」
「え、どういうこと?」
「……良くも悪くも、文面しか追ってないってことだね」
「よく分かんないよ、任子ちゃん」
……やっぱり、よく分からず肯定してるだけなのね。
「……まあ、そういうところ、嫌いじゃないけどね」
「そっか、よく分からないけど、ありがとう!」
「……いいえ」
まあ、私も別に嫌いじゃないけどね……
「それで、市ヶ谷先輩……」
「聖陽、この話はここまでで良いでしょ……」
「この話をきっちり終わらせないと、部員集めの話に戻れませんよ」
「……別に、関係が無いでしょ」
「あれ、そうですかね?」
「……そう、関係が無いのよ」
いや、関係あるだろうけど……
「じゃあ、仕方が……」
……ここは、ちゃんと話すべきね。
「……三人の言う通り、図星よ」
「あれ、関係が無いんじゃ……」
「……気が変わったのよ」
「あ、そうですか……」
……だって、変に隠すのは不誠実だもの。
「クリスマスイブの夜って言ったら、告白しかないでしょ?」
「そうなんですかね?」
「高校二年のクリスマスイブと言ったら、告白でしょ?」
「私は、聞いたことないですが……」
……私だって、聞いたことないわよ。
「私が言うから、そうなのよ」
「あ、そうですか……」
「……なんであそこで、告白しないのよ」
「市ヶ谷先輩、一つ伺っても大丈夫ですか?」
「……何よ」
「そもそも市ヶ谷先輩って、小村井先輩のことが好きなんですか?」
……いちいち聞くんじゃないわよ!
「市ヶ谷先輩?」
「……好きなわけ、ないでしょ」
「だったら、どうして告白を期待しているんですか?」
「……だから、その」
「はい」
本当……逃がす気が無いのね。
「……中延さんって、そういうところありますよね」
「堀切さん、どういうことですか?」
「……押しが弱いように見えて、図太いというか」
「私、図太くないと思いますけど?」
「……まあそれなら良いです」
……聖陽、自身のことを客観視できていないんじゃないかしら。
「……部長、私も聞いて良いですか?」
「……何よ」
「……そのオムライス先輩はそもそも、部長のことがお好きなんですか?」
「……だから、オムライスじゃないわよ」
「……あれ、違いましたか?」
「堀切さん、オムライス先輩じゃなくて小村井先輩ですよ」
「……ああ、そうでしたね」
……いや、それも違うわ。
「……ゆきひとよ」
「ゆきひと?」
「……なっ……なんでもないわよ!」
しまった、つい……
「……部長、それって誰のことですか?」
「確か、小村井先輩の下の名前が、幸人だったような」
「……よく知ってましたね、中延さん」
「去年の生徒会長選挙の時に、名簿に記載してあったんですよ」
「……よく覚えてますね、そんなの」
「まあ、たまたまですよ」
聖陽が言うと、たまたまには思えなくなってくるわ……
「それで市ヶ谷先輩、その幸人さんは先輩のことがお好きなんですか?」
「……その名前で、呼ぶんじゃないわよ」
「だって、幸人さんですよね?」
「……それは、私だけのものよ」
「え?」
「……他の人が下の名前で呼ぶなんて、許さないわ」
「なるほど、分かりました」
「……それで良いのよ」
他の誰にも、その呼び方は渡さないわ。
「市ヶ谷先輩が、心底小村井先輩のことが好きなんだって、よく分かりました」
「……だから、好きじゃないって言ってるでしょ」
「市ヶ谷部長が言うんだから、きっと好きじゃないんだよ!」
「……悦子ちゃん、やっぱり文面しか追ってないんだね」
「どういうこと?」
「……いいえ、なんでもないわ」
「そっか、分かんないけど分かったよ!」
「……あ、うん」
「市ヶ谷先輩、そもそも小村井先輩は、先輩のことがお好きなんですか?」
「……そんなの、関係が無いわよ」
「関係が無い、とは?」
「そもそも、私があいつを好きじゃないわよ……」
「市ヶ谷先輩が小村井先輩のことを大好きなのは分かってます」
全く、話聞いちゃいないわね。
「市ヶ谷先輩?」
「……もう、それで良いわよ」
「……中延さん、やはり末恐ろしい子」
本当、聖陽を入部させたのは失敗だったかもしれないわ。
「私、別に恐ろしくないですよ?」
「……そうですかね?」
「はい、私なんかはほら、何の取柄もない、ごく普通の女子高校生ですよ」
「……そうですか」
「はい、私が恐ろしいなら、今頃は生徒会長にもなれてますって」
……聖陽の恐ろしさと、生徒会長になれるかどうかは関係ないと思うけどね。
「……中延さん、部長の得票数を上回っていましたよね?」
「あれはたまたまですよ、たまたま」
「……たまたま、ですか」
「はい、市ヶ谷先輩が私より得票しないだなんて、何かの間違いです」
いや、あれは必然だったと思うけどね……
「……さっきのやり取りを見る限り、中延さんの方が格上だと思うんですけど」
「そんなわけないですよ」
「……どうですかね」
「市ヶ谷先輩、体の調子でも悪かったんですよね?」
「……まあ、そんなところね」
体というよりは、精神面だったけどね。
「ほら、やっぱりそうなんですよ。私の実力で市ヶ谷先輩に敵うわけがないんです」
「そうだよ! 市ヶ谷部長は体調が悪かったんだよ!」
「ですよね。でなきゃ私、修行の為に入部なんてしませんよ」
……本当、なんで最下位の私に師事したのか謎なのよね。
「そっか! 中延さんが入部したのって、あの頃だったね!」
「はい、今思えば懐かしいですね」
「あ、前から中延さんに聞きたいことがあったんだよ!」
「私にですか?」
「そう、なんで中延さんは、生徒会長選挙の討論会に参加しなかったの?」
「ああ、それはですね……」
「うんうん!」
「特に……理由はないですね」
「へえ、そうなんだあ」
「……恐いから、じゃなかったかな?」
「恐いって?」
……あんなの、表向きの理由に決まっているわ。
「……司会の人が、中延さんは議論が恐いからという理由で、断られたって言っていた気が」
「よくそんなこと覚えてるね、任子ちゃん」
「……まあ、たまたまだよ」
「中延さん、議論恐かったんじゃないの?」
「……あれはまあ、方便と言うか」
……ほら、そうに違いないのよ。
「方便って?」
「他に断る理由もなかったので……そう言っておいたんですよ」
「なるほどね、そうなんだあ」
「……部長が恐がられていたわけではないんですね」
「まあ、恐いってことは無かったですよ、別に」
……本当、食えない女だわ。
「……あの場に中延さんがいたら、どうなっていたんですかね」
「私一人がいたところで、大勢は変わらなかったんじゃないですか?」
「……いや、どうなんでしょう」
「どういうことですか?」
「……部長の負けっぷりが、より酷くなっていたんじゃないかって」
「あれ、市ヶ谷先輩って討論に負けたんですか?」
「……それはもう、負けに負けていましたよ」
「任子ちゃん、市ヶ谷部長は負けてなんかないよ!」
……悦子、その肯定は慰めにはならないのよ。
「いや……あれは確かに敗北だったわ」
「市ヶ谷部長……」
「……初台さんにしろ、神楽坂さんにしろ、私は二人の言っている内容がよく理解できなかったもの」
「そうなんですか……」
「……ええ、負けは負けよ、そこを捻じ曲げる気は無いわ」
「市ヶ谷部長! 流石です!」
「……え?」
「負けを認めるなんて、常人にはできないですよ!」
「……そんなことは、ないわよ」
負けは負けだもの、脚色なんてできないわ。
「いえ、市ヶ谷部長は素晴らしいです!」
「……そう」
「私は負けは負けだと思いますけどね、見たわけじゃないですけど」
「中延さん、酷いよ!」
「……いや、聖陽の言う通りよ」
「まさか、同意されるとは……」
「……負けは負けとして認めるわ」
「そうですか……」
「……初台さんにも勝てないし、神楽坂さんにも勝てないのよ」
「まあ、選挙結果的にはそうでしたね」
「……初台さんは、聖夜祭の日に西ヶ原君に告白をされたし」
「それ、選挙に関係ありますか?」
「……直接の関係はないけど、私は結局初台さん以下ということよ」
「まあ、言わんとすることは分かりますけど……」
「……私は、告白されなかった」
「それは、小村井先輩が市ヶ谷先輩をお好きじゃなかったからでは……」
「……まあ、そうなんだけど」
そう、私はあいつから女性としてみなされていないのよ。
「あ、やっぱりそうなんですね」
「……もう、それで良いわよ」
「はい、分かりました」
結局、聖陽のなすがままだわ……
「……見事なまでの誘導尋問ですね、これ」
「堀切さん、何か言いましたか?」
「……いえ、別に」
「そうですか」
本当、情けなくなってくるわ……
「……初台さんは、あの聖夜祭で西ヶ原君と結ばれた」
「あ、はい……そうですね」
「……私はあれ以来、あいつとは口も聞いてない」
「そうですか……」
「……その差は歴然でしょ、私は選挙以外でも、初台さんには敵わなかったのよ」
「まあ、そうかもしれないですが……」
「……少しは否定しなさいよ」
「だって、そうなんですよね?」
「……そうだけど」
「でも、神楽坂先輩には選挙以外で負けてないですよね?」
「……負けているようなものよ」
「どういうことですか?」
「……私は、神楽坂さんのようにはなれない」
「と、言いますと?」
「……神楽坂さんと西ヶ原君は、ちゃんと幼なじみをしているもの」
「幼なじみ……ですか」
「……そう、昔のことなんて知らないけど、昔もああだったのかあって、そんなやり取りを西ヶ原君と交わしている気がするわ」
「それって、見て分かるものなんですか?」
「……分かるわよ」
異性としてもダメ、幼なじみとしてもダメ。本当にどうしようもないわ。
「具体的に、どういう部分ですか?」
「……二人は、名前で呼び合っているもの」
「ああ、なるほど」
「……私は昔のように、名前では呼べない」
「そうですか……」
「……あいつだって、私を名前では呼ばない」
「今は、名字ですら呼び合うことができていないですね」
「……いちいち、本当のことを言うんじゃないわよ」
「あ、すみません……」
「……私は所詮、初台さんにも神楽坂さんにも及ばない、そんな存在なのよ」
「まさか、そんなことを思われていたとは……」
「……どうせ私に中身なんて無いのよ、だから虚勢を張るしか能が無いの」
「まあ、それはそうなんでしょうけど」
「……否定しなさいよ」
「でも、神楽坂先輩くらいには勝てるんじゃないですか?」
「……どういうこと?」
「名前くらい、呼んだらいいじゃないですか」
「……それができたら、苦労は無いわよ」
「まあ、確かに市ヶ谷先輩の気質では無理かもしれないですね」
「……相変わらず本音を隠さないわね、聖陽」
「隠したってどうせバレますよ、だったら最初から正直に話します」
「……まあ、その件は良いのよ」
「あ、はい……」
「……私には無理なのよ、どうしても、下の名前で呼ぶことはできない」
「名字ですら呼べてないですもんね」
「……本当に容赦ないですね、中延さん」
「これが誠意かなって思って」
「……まあ、考えようによってはそうですね」
誠意なのか悪意なのか、分かったものではないけれど……
「まずはとりあえず、仲直りからじゃないですか?」
「……私から謝るなんて、プライドが許さないわ」
「まあ、そうでしょうね」
「……そうよ」
「ではこのまま、卒業までいきましょうか」
「……え?」
「このまま口を聞かずに、卒業して、そのまま疎遠になったら良いんですよ」
「……そんなの」
「だって、そういうことですよね?」
本当、極端な人間よね、聖陽って。
「なんか知らないけど、私も恐くなってきたよ、中延さんのこと」
「……悦子ちゃんがそう思うだなんて、余程のことなんだね」
「え、どういうこと?」
「……悦子ちゃんの長所は素直なところってことだよ」
「そっかあ、任子ちゃんありがとう!」
「……どういたしまして」
聖陽はちょっと異質なのよ、絶対に普通じゃない。
「……このまま卒業までだなんて、ごめんよ」
「市ヶ谷先輩は、このままでは嫌だってことですか?」
「……嫌に、決まっているでしょ」
「じゃあ、仲直りするしかないですね」
「……だから、それは」
「市ヶ谷先輩、多分これって二択だと思うんですよね」
「……二択?」
「小村井先輩と仲直りするためにプライドを捨てるか、プライドを選んでこのまま疎遠になるのか」
「……他に選択肢があるかもしれないでしょ」
「無いですって、そんな選択肢」
「……そうとは限らないでしょ」
「限りますよ、結局はそこに行き着くんですよ」
「……そんなわけ」
……なんでも二元論で考えるのはどうかと思うわ。
「だったら、プライドを選んだらいいんですよ」
「……え?」
「プライドを選んで、疎遠になる道を歩んだら良いだけです」
「……嫌よ、そんなの」
「じゃあ、仲直りです」
「……無理」
「勝ちたくは、ないんですか?」
「……勝つ?」
「初台生徒会長や神楽坂先輩に、勝ちたいとは思いませんか?」
「……そんなの、無理」
私があの二人に勝てるわけがない。
「私は、勝ちたいですよ?」
「……え?」
「私はもう一度、生徒会長選挙に立候補して、二人を越えたいなあって思います」
「……二人はもう、選挙に出ないでしょ?」
「それはそうですけど、例えば得票数で勝つことができれば、二人を越えたことにはなると思います」
「……そんなこと」
「私では、無理だと思いますか?」
「……そうは言ってないでしょ」
「でも、できるとは思ってないんじゃないですか?」
「……神楽坂さんはまだしも、初台さんの得票数は、全生徒の半分くらいあったでしょ?」
「それを、越えてみせますよ」
「……そんなに、簡単じゃないと思うけど」
「そのために、書道部に入ったんです」
「……え?」
「二人を越えるために、市ヶ谷先輩に修行を付けてもらうことにしたんですよ」
「……私の得票数は、聖陽にすら及ばなかった」
「だからそれは、体調が……」
「……体調なんて、嘘なのよ」
「え?」
「……次元が違うって思ったのよ、二人とは」
「市ヶ谷先輩……」
「……討論会の後だって、頑張ろうと思った。でも、無理だって分かったのよ」
「どうして、無理だって思ったんですか?」
「……体感的に、越えられない壁を感じたのよ」
「そんなの、気のせいじゃないですか?」
「……気のせいなんかじゃない、無理なものは無理なのよ」
「なるほど、そうですか」
「……そう、私はそんなに、強い人間じゃないの」
「そう思われるんですね、市ヶ谷先輩は」
「……強い人間は、虚勢を張る必要なんて無いのよ。虚勢を張るということは、弱い証拠」
「そうは思いませんね、私は」
「……え?」
「牛田さんじゃないですけど、素晴らしいと思いますよ。市ヶ谷先輩のそういうところ」
「……どういうことよ」
「素直に自分の弱さを認められるのは、紛れもない強さだと思います」
「……単に、諦めているだけよ」
開き直るしか、能がないだけ。
「市ヶ谷部長は、強いですよ!」
「……悦子」
「なんだかよく分からないけど、中延さんが言う通り、市ヶ谷部長は強いと思います!」
「……そんなわけないわ」
……私は本当、弱い人間なのよ。
「……私も、同感です」
「……任子?」
「……部長のそういう部分は、美徳だと思いますよ」
「……お世辞は要らないわよ」
「……そうできゃ、私がこの部活に入ることは無かったですよ」
「……え?」
「……ここにいる全員、部長が弱い人間に過ぎないことなんて、とっくに知っています」
「任子ちゃん、市ヶ谷部長は弱くなんか……」
「……悦子ちゃん、あとでお菓子あげるから今は黙ってて」
「わー、お菓子くれるの?」
「……ええ、だから黙ってて」
「分かったー、黙ってるよ」
「……ありがとう」
「変な任子ちゃん、お菓子貰えるのは私なのに」
本当、悦子って単純よね……
「市ヶ谷先輩、堀切さんの言う通りですよ」
「……聖陽?」
「市ヶ谷先輩が弱い人間だと分かったうえで、私たちは今この場にいるんですよ」
「……弱い弱い言うんじゃないわよ」
「だって、弱いですよね?」
「……まあ、そうだけど」
「初台生徒会長にも勝てないし、神楽坂先輩にも勝てないし、小村井先輩に対しても素直になれない」
「……矢次早に言うんじゃないわよ」
「弱くたって、良いじゃないですか」
「……え?」
「市ヶ谷先輩は、弱くたっていいんですよ」
「……それじゃあ、勝てないでしょ」
「弱いなら弱いなりに、戦ったら良いんですよ」
「……よく分からないわ」
「私も正直、よく分かりません」
「……聖陽、滅茶苦茶言うわね」
「でも仕方ないじゃないですか、それでも」
「……どういうこと?」
「どれだけ虚勢張っても、どれだけ背伸びしても、市ヶ谷先輩は、市ヶ谷先輩なんですよ」
「……そんなの、当たり前でしょ」
「そう、当たり前なんですよ。市ヶ谷先輩は、市ヶ谷先輩以外の存在にはなれないんだと思います」
「……そうね」
「はい、だから市ヶ谷先輩は、市ヶ谷先輩なりに、戦ったら良いんだと思います」
「……うん」
「すぐに虚勢張ったりする部分を含めて、戦いましょうよ」
「……うん」
……まあ、ダメもとでやるしかなさそうね。
「私も、私なりに戦いますので」
「……勝つ……わよ」
「……え?」
「私たちは、二人に勝つのよ?」
「はい、やれるだけのことは、やりましょう」
「選挙でも、恋愛でも、二人に勝つのよ……」
「そうですね、頑張りましょう」
「ふふっ……」
「ん?」
「やっぱり、私は最強なのよ!」
そう、私に不可能なんてないはずよ。
「……市ヶ谷先輩?」
「素直に自分の弱さを認められる私、最強だと思うわ!」
「まあ、立ち直れたならば、なによりです……」
「では、早速!」
「早速、とは?」
「……あれ、何を話していたんだっけ?」
「新入部員を集めるという話です」
「……あれ、それが今の話と、どう関係が?」
「なんだかんだで本題からズレていきましたね」
「なんだか、頭が混乱してきたわ……」
「一旦、お茶にでもしましょうか」
「……この部室にお茶なんて無いわよ?」
「自販機ですよ、自販機」
「……まあ、いつもそうだけど」
「ほら、一回休憩して頭を切り替えましょう、市ヶ谷先輩」
「あ、うん……」
「二人も一緒に買いに行きましょうよ、飲み物」
「……そうですね。行こうか、悦子ちゃん」
「なんだかよく分からないけど、行こう!」
「……よく分かってないんだね」
「うん、全く!」
「ほら三人とも、置いていきますよ!」
……またいつの間にやら、聖陽に仕切られてしまっているわ。