高校生vsクラスメイト 〜ワケの分からない映画の誘いを潜り抜けろ!〜
俺の名前は売木で、特技が何かあると聞かれてしまえば解答に困る程に何もない、まぁいわゆるごくごく普通の男子高校生だ。
高校生ということで真面目な俺は今日もしっかりと学校に来ている。こんな寒い中毎日10分もかけて徒歩で登校している俺は偉いと思わないか?
願わくばはよ帰って、家ゴロしたいところであるが、願いに反し残念ながら今さっきようやく午前の授業が終わったところである。
そして、待ちに待ったランチタイムに突入したため、クラスメイトの皆が浮かれていると同様にお腹を空かせていた俺も心躍るかのような気分に浸っている状態だ。
いやぁ、先の数学はガチでしんどかった。そもそも俺は勉強が苦手な上、数学という科目は大の苦手なのだ。本当、今日の矢印の問題は難しすぎて気分萎え萎え、お腹ペコペコだ。そしてこれがまたテストに出てくるというのだから恐ろしい。
あ〜あ、だるいだるい、気持ちを切り替えてお昼ご飯でも食べますかっ!
俺は机に置いてある教材を全部薙ぎ払うようにしまい、代わりにお弁当として持ってきた米国ゲロッグ社が誇る史上最高のシリアル食品『コーンフロマイティ』のパッケージとプラスチックの入れものをカバンから取り出した。
俺のお昼ご飯といえばやはりフロマイティだ。容器に入れればシリアルと粉雪のようなシュガーが出てきてこれまた眩しい!! やはりお昼ご飯は柄にもなくテンション上がるなあ〜
「おーい、売木。一緒にお昼食べようよ!」
俺が美しいフロマイティにうっとりしている所を割り込むように呼ぶ声が聞こえ俺は渋々と顔を上げた。
目の前には俺のクラスメイトである高山 悠が立っており、俺の席の前でゆっくりと腰を下ろした。
ぱっちりした目、すらっとした鼻筋と、どっからどう見てもショートカットの可愛い女の子のような見た目だが…… こいつは男だ。うーん、これが可愛い女の子だったらよかったんだけどなぁ…… と過去何度思ったことか……
「相変わらずシリアル食品だね…… お昼ご飯毎日それだよね。 食べ飽きたりしないの?」
高めの声と小柄な体型も相まって、本当に女の子ではないかと何度錯覚したことか…… 流石にもう慣れたけど。
「食べ飽きたりしないぞ! 食い続けて16年、これからも一生こいつと付き合っていく予定だ」
毎日昼飯としてシリアル食品を食べていると度々尋ねられるがそれだけは絶対にないと断言できる。なんなら小学校からずっと弁当がフロマイティだ。ゲロッグ社の珠玉を舐めてはいけない。
言い張る俺に対して訝しげな表情で見つめながら彼も自身の弁当を広げ始めた。彼はどうも料理が好きで今日も手作りのお弁当のようだ。よく作り込んでいる弁当でとても美味しそうだけれど俺のフロマイティには味も栄養も絶対に敵わないだろうな。こればかりは相手が悪すぎる、悠の弁当が不味いと言っているワケじゃないぞ!
「ねえ、売木。今日の帰り、一緒に映画見に行かない?」
開口早々に彼から映画のお誘いが来た。見た目可愛い女の子だからこんな美少女から映画のお誘いがあったらさぞかし俺の学園生活も充実していたんだろうなぁ…… とかよぎってしまった。性格もいい奴だし男であるのが残念…… なのか? いや、そうじゃねえか? わかんなくなってきたぞ。
「映画ァ? 俺ひっさしぶりだな、映画見に行くのなんて」
「でしょ〜、見にいこうよ!」
最後に見に行ったのはいつ頃だったっけかな? 最近は話題作も多くて俺も2つばかりか目に留めていた作品がある。
ひとつは『君の花と僕の花』、通称『キミハナ』と呼ばれる作品だ。高校生である主人公とヒロインが一輪の花を通して愛を深め合うといった、今高校生話題沸騰の大人気の映画であり、映画に疎い俺でも知っている。人気急上昇中のイケメン俳優とアイドル女優が織り成すラブストーリーのようで鑑賞したらおセンチな展開のあまり感動の涙を流してしまうかもしれない。
対してもう一作は『ザ・ダイナマイトマン』と呼ばれる作品でこれは先のものとは対称的にハリウッドが制作した超弩級火薬アクションものの映画だ。米軍のはみ出しもの通称『ダイナマイト』小隊が効率無視で大量の爆薬を用いながら任務をこなすという話で、超人気マッスル体型ハリウッドスターがこれでもかと言うほど勢揃いしておりPVを見るだけでもお腹いっぱいになってくる濃さだ。これが面白くないわけがない。
今、俺の中でもこの2強であり、これは俺だけでなく他のクラスメイトも皆口を揃えるだろう。一方は泣ける恋愛ストーリー、片方は滾れるアクション映画と中々贅沢な選択をとらされているものだ。
「んで、悠は何か見に行きたいものとかあるのか?」
とりあえず悠の意見も聞いてみる。彼なりに目ぼしいと思われる作品があるのだろう、どちらにせよ「キミハナ」か「ザ・ダイナマイトマン」のどちらかになるだろうけど……
「僕ね、『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』見に行きたいんだ!」
「は?」
元気よく答える悠の姿に俺は固まってしまった。
『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』??? あ、あの『1兆1匹のわんちゃん』に新作があったのか!?
マジかよ!? 知らなかったぞそんな情報。
「ずっと公開される今日まで楽しみにしていたんだよ〜、一緒に見にいこうよ『1兆1匹のわんちゃん』」
戸惑う俺に構わず彼は更に続ける。方やの俺は額に妙な汗が出てきたのを感じた。
冗談じゃねえ。
『1兆1匹のわんちゃん』…… タイトル通り1兆1匹の犬をテーマにした『アクロモニースタヂオ』が手がけるクセモノCGアニメ映画のことである。本当に1兆1匹の犬達が登場してシリーズ開始当時は大きな話題を呼んだ謎の作品であった。
俺も過去話題性に惹かれて試しに家で視聴したことがあったがあれは本当に酷かった。あれだぞ、画面一杯に大量のドーベルマンがわんさかいるんだぞ。
犬好きにとっては天国だと思ったバカがいるかも知れねえが、実際見てみろ。所狭しと詰められたドーベルマン達の画面が2時間半以上も続くんだぞ、アレを見た時は気が狂うかと思った。
(↑イマイチドーベルマンを思い出せない方のために書いた絵)
あ、あかん…… 想像するだけで寒気がしてきたぞ……
あの時はパソコンの24インチ程の画面でかつ、一旦停止が可能な状態だったから辛うじて耐えることができたものの、あんなもの大画面でぶっ通し2時間半見ることなんて考えたらそれだけでもう…… 頭がオカシクなりそうだ。
俺だって犬はどちらかというと好きだけど、1回見ただけでお腹いっぱいを通り越してゲロ吐きそうになったし、閲覧後10日はドーベルマンの悪夢に魘された。
そんな経緯もあって俺の中でもう二度と見ないと誓ったシリーズなのだ。
「ちょ、ちょ、ちょおっとまってくれ悠! なんだ? 『1兆1匹のわんちゃん』シリーズに最新作なんて出ていたのか??」
気持ちよく喋り続ける悠を遮り一旦確認する。あんなバカみたいな作品に続編が出ていること自体意味不明だ。あんなもの好きな人は好きなのか……??
犬好きの俺ですら拒絶反応を発作させた作品なのに……
「そうだよ! 今日、『ゐをんシネマ』で公開されるんだ〜」
「えっ…… な、なんでだよ。今『キミハナ』とかやってるじゃねえか。なんでよりにもよって『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』なんて見ようとするんだよ!?」
多分悠は何も知らないんだな。前作がどんな有様だったのかを。どんなに酷かったのかを。きっと彼も犬好きで犬がいっぱい出てくるというただそれだけの理由で選んで俺を誘ったのだろう。そんな甘い作品ではないというのになぁ……
ここは俺が一つ説得して『キミハナ』や『ザ・ダイナマイトマン』へシフトチェンジさせるように仕向けてやらねば、彼が犬嫌いになってしまうかもしれない。それ以前に俺が映画館で泡吹いて死んでしまう可能性がある。
「僕ね、『1兆1匹のわんちゃん』のファンなんだ〜」
俺の野望は一瞬にして打ち砕かれた。
はあ? あの『1兆1匹のわんちゃん』のファンなんていたのか? ということは、凄惨だった前作を知っての今日の意向なのか??
だとしたら話は180°変わってくるぞ。
「前作見てもう大ファンになっちゃったの! 元々犬好きだったということもあったかもしれないけどね」
「いや嘘だろ…… 流石に犬好きにしても限度あるだろォ……」
この理論には全く俺は賛同できなかった。ものには何事にも限度がある。カレー好きな奴に琵琶湖並みのカレーを用意して喜ぶ奴がいるのか? そんな規模の話である。犬好きだからといってあの量の犬を受け止め切れる許量をヒトが持ち備えているハズがない。
「うっげぇ、マジで言ってるのかよ…… あの大量の犬しかいない作品見る奴いたんか……」
「あれ? 売木って犬好きじゃなかったっけ?」
「嫌いじゃないけど、いくらなんでも犬多すぎるだろあの作品。あのバカみたいな量の犬で面白いストーリーが作られるとは到底思えんのだけど。別の作品にしようぜ」
俺の言葉を聞くや否や悠は「え〜〜」と大きく眉を顰めた。
「どうしてだよ、絶対面白いって! あ、あれだ。売木ってもしかして食わず嫌いするタイプ? ダメだよ、そういう意見ちゃんと見た後に言わないと〜」
「ちゃんと前作見ての意見だぞ。凄まじい犬の大群見せつけられて俺の心は犬だらけになったぞ。俺にとっちゃトラウマだ」
「大丈夫だって、今回は前作と違ってエイリアンが登場してバトルものに仕上がっているみたいだから売木もきっと気にいると思うよ」
まぁ、聞いた当初から気になってたけど『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』ってどんな話だよ。タイトルからにしてエイリアンと戦うのか? 絶対数犬サイドの方が有利だろ、1兆1匹もいるんだから…… エイリアンサイドがかわいそうだ。
「勘弁してくれ。それこそ今色んな作品やってるじゃねえか…… 例えば『キミハナ』とかさぁ」
またも悠は苦虫を噛み潰したような顔をしながら「キミハナぁ〜?」と首を傾げた。
「いやぁ、男二人で『キミハナ』って…… なんか違うような気がするんだよね……」
いいじゃねえか、男二人で『キミハナ』。そんなこと気にするタイプだったのか、コイツ。確かに野郎二人で『キミハナ』はなかなか滑稽かもしれねえが、面白ければなんでもいいじゃねえか…… 少なくとも彼の提案する謎映画よりかは何倍かマシな筈だ。
「確かに売木のいう通り『キミハナ』が面白そうなのは否定しないよ。けれど所詮は恋愛映画でしょ? 絶対『キミハナ』よりアクション性の高い『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』の方が面白いって!」
ここまで主張してくるあたり彼はなかなか曲がった感性を備えているのではないかと思考してしまう。
「いーや、絶対『キミハナ』の方が面白いって! クラスメイトの皆見に行っているじゃねえか、俺達も流行に乗り遅れない意味で抑えていた方がいいと思うぞ」
「ええ!? 売木ってあんな恋愛映画好きだったの!? 意外なんだけど……」
目を丸くしながら驚愕されてしまう。失礼な、俺も恋愛映画はそれなりに興味あるぞ。ただ、それよりもヘンテコな映画に連れて行かれることは嫌なので『キミハナ』を出汁にしているだけなのだが……
「そうだぞ! 俺は恋愛映画大好きだから『キミハナ』見に行くぞ!!」
「『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』の方が絶対いいって!! 売木も目を覚ましてよ! 恋愛映画なんて見たところで売木のためにならないから止した方がいいって!!」
人を勝手に恋愛無縁男だと断定しやがって。悠に限った話じゃない、ここのクラスメイトは皆そんなことを言ってくる。失敬な野郎共だ。
「じゃあ、アクション性求めてるなら『ザ・ダイナマイトマン』にしようぜ。あれこそハリウッドの傑作だろ」
「あんな筋肉モリモリの映画見るだけで疲れて来そうだよぉ。今日はそんな気分じゃないなあ」
断言するわ。『1兆1匹のわんちゃん』見た方が果てしなく疲れる。あの映画をぶっ続けで見るほどの体力を俺は備えちゃいない。
「それにさぁ、あれはアクション偏りすぎだって。『1兆1匹のわんちゃん』みたいにロマンス要素なさそうだしさぁ……」
あの動物しか出ねえ映画にロマンス要素とかあったのか…… 雌犬と雄犬の繁殖模様ってか? お盛んなこった。
「待て待て、ロマンス求めているならそれこそ『キミハナ』だろ?」
「あれは逆にアクション要素皆無じゃん。やはりロマンスとアクション、両方を兼ね備えた『1兆1匹のわんちゃん』が最高なんだって。売木も分かったでしょ、これで」
いやぁ〜 彼は論破した気になってるかも知れねえが、こんなこと言われちゃたまったもんじゃねえぞ。
あのクソ映画にロマンスもアクションもあるか。あるのは犬だけだ。犬しかいねえよあの映画。最新作はそれに加えてエイリアンってか? 改めて思うけどバカだろ製作陣。せめて犬の数を101匹程度に落ち着かせとけや。
「納得いかねえよ悠〜〜! なんでこのラインナップの中で『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』なんだよぉ〜! 悠こそ目を覚ましてくれよ、前作はたまたまお前のカタにハマったのかも知れねえが、今回は絶対そうもいかねえって! 俺には分かるんだ、あれは見ちゃいけねえ映画だって!!」
「大丈夫だよ売木! エイリアンが出てくるけど怖い展開とかグロテスクな要素とか無いみたいだしさ!」
そういう問題じゃねえって!! エイリアンの方じゃなくて犬の方が問題なんだって!! 1兆1匹もいる犬の方が大問題なんだってあの作品は!!
「うっへえ〜 それガチで言ってるの!? 悠、本当にあのクソ映画見に行くの!?」
ファンの前でクソ映画って言って申し訳ねえが、あれは映画レビューサイトで10点満点の評価の中で過去最低評価「0に限りなく近い」と表現され今までの作品は10を限度とした正の絶対値で評価されていたのにも関わらず前作『1兆1匹のわんちゃん』の評価だけは何故か謎の公式で表現されていたのを俺は覚えている。
簡単に言えば前代未聞の「クソ映画」他ならないのだ。見えている地雷は踏まない。この俺のスタンスは揺るぎないぞ。
「一応前作の課題は解決したって製作陣言ってたよ。それに前作以上のパワーアップも見せてるってこの前映画雑誌に載ってたし、クソ映画の心配もないよ!」
あ〜、絶対犬に対する拘りがパワーアップしているに違いない。
ていうか、そんな制作会社の言葉全く信用ならん。課題の解決ってどの業種業界が息を吐くように口に出す社交辞令みたいなもんじゃねえか。
俺からしてみればあの映画は課題どころか本質が間違っているので救いようのない存在だと思ってる。
しいて言ってもそのものを根本的に覆すしか解決策は見出せないと思うぞ。例えば「次作の製作中止」とかな! 損切り上等、性懲りもなく『1兆1匹のわんちゃん』をテーマにしている時点で色々終わりだ。
「特に前作より犬の迫力や鳴き声がパワーアップしているって言ってたし大満足間違いなしだよ!!」
ニッコニコ笑顔の悠。守ってあげたい気分になるが、俺はついに頭を抱えてしまう事態になってしまった。
やっぱりか、そんなところパワーアップすんなや…… それでも犬の数が10倍にならなかっただけマシだと考えてしまう自分が悲しくなってくる。
しかしそれが確定的になって来たのなら尚更行きたくないぞ…… 2時間半も迫力ある犬の鳴き声なんて聞いていたら見終わった以降数週間は幻聴不可避だ。己の健康体を傷つけることが分かっている場所に行くほど愚かしいものはない。
断ればすぐ済む話なのだが、彼の厚意を無駄にすることもできないというのがクラスメイトである仲の難しいところだ。ここがヒジョーに悩む。
だけどあんなクソ映画を見ることだけは絶対に避けたい。ともすれば、なんとしてでも『キミハナ』か、『ザ・ダイナマイトマン』を当て馬にして禍を回避せねば……
「んなこと言ってもよぉ。やっぱり高校生同士のキュンとした恋愛ストーリーが一番だろ。俺たちも高校生だし恋しようぜ」
「えぇ!? どうしたの急に、具合でも悪くなったの!?」
大袈裟なんだよ、なんで俺が恋愛を語っただけでこんなに心配されるんだよ!
まぁ、これは当然『キミハナ』を誘導する布石である。恋しようぜって自分でも何言ってるか分かんねえが手段を選ぶ程余裕はない。
「可愛い女の子とイケメンの男の子、お互いの距離感、圧倒的な心理描写を綿密に描いた映画といえば──」
「それだったら『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』が一番だよ売木! 犬だけど犬とも思えない恋愛要素もあるし、前作の身分の差を乗り越えた二匹の恋愛描写には圧巻だったよ。 きっと売木も涙がちょちょ切れに違いないよ!!」
俺が『キミハナ』! っと高らかに声を上げようとしたら悠の言葉に遮られてしまった。
んな馬鹿な。『キミハナ』以上のラブロマンスをあの作品が描けるわけがない! なんだよ二匹の犬の恋愛模様って。前作にあったのか? 俺は全く気付けなかったがとにかく人の恋愛見せろや。
俺は『学園祭』や『夏祭り』『部活動』などで育まれる恋愛が見てえんだよ。犬の恋愛とかイベントも手段も限られていて見どころ少ねえだろ…… 『散歩』、『動物病院へ予防接種』程度しか思い浮かばん。
「とは言ってもよ、可愛いヒロインやかっこいい主人公だけじゃなくて、個性的な登場人物に囲まれたヒューマンドラマもしっかりと描かれている──」
「それこそ『1兆1匹のわんちゃん』だって。1兆1匹もいるけどちゃんと一匹一匹裏設定があるんだよ。それぞれ名前もついてるし皆キャラが個性的だから売木も好きになるはずだよ!」
嘘だろおい。1兆1匹も存在するキャラに個性とかあったんか? ファンなら熟知して当然なのか知らねえがあの犬の塊に個性など俺は微塵も感じられなかったぞ。
だとしても、そこまでキャラ個性を作り込んでいるならエイリアンを混ぜるなや。犬だけのストーリーに仕上げねえとキャラ個性霞むだろうが。
それで出来上がる作品は決してヒューマンドラマにはならない。なぜなら犬だから、犬なので『ドッグドラマ』にしかならないはずだ。これは絶対に反論できない事実であろう。
次いでに付け加えるとあの作品は登場人物は出ない。これも理由は上記と同様だ。登場犬物、もうこの時点で某犬だらけの映画は俺の求める作品として土台に乗らないはずだ。除外だ除外。
「うーん、でもさ。見るだけで腹が減りそうなグルメ要素も外しがた──」
「『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』で決まりだよ! 大丈夫大丈夫、あそこのスタジオは犬以外にも食べ物のグラフィックも物凄い力を入れているんだ。 前作の食事のシーンとか見てるだけでお腹すいてきちゃったし。売木も見たら涎が出ちゃうかもよ」
食事のシーンとかお上品に表現しているけど、俺の記憶の片隅にあるのは1つの缶詰を5000匹くらいの犬たちが喧嘩しながら食べているシーンだけだ。俺にとってあれは食事のシーンとは言わない。
悠は知らねえが、俺はドッグフードなんて食わねえから犬の餌を見たところで絶対に涎なんて垂らさない、絶対にだ。
「ドキッとするようなお色気要素が──」
「『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』だったら魅力的な雌犬が多くて売木もきっと釘付け間違いなしだよ!!」
おい! これに関してはしれっと聞き流せねえぞ! 彼の発言に悪気はないかも知れねえが、悠のやつ俺を雄犬と勘違いしてるのか!?
そもそも俺は外見だけで雄犬と雌犬の区別すらできねえぞ……
「キリッとした頭脳戦が──」
「あ〜、それなら絶対『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』──」
「お腹を抱える程爆笑する──」
「『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』がぴったり──」
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ダメだ、何しても『1兆1匹のわんちゃん』に回帰しやがる。どんだけ万能な映画なんだよ。ファンは盲目というものを体現しているな。
ラブロマンス、アクション、グルメ、頭脳バトル、ドッグドラマ、コメディ、お色気、SF、サイエンス、異能バトル…… 何を尋ねたって彼の口からは『1兆1匹のわんちゃん』に勝るものはないとの回答しか返ってこない。あの映画はそんな神映画じゃねえぞ…… 犬がウロウロするだけの映画だぞ……
登場犬物多ければ色んな要素が含むことができるって言うのか!? あれだけ犬が居ればそりゃ、色んな話が展開可能かも知れねえが流石に無理がある。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ついに俺のフロマイティを食す手が止まってしまった。どうしよう…… 俺の逃げ道が全部塞がれてしまったんだけど……
「もしかして売木さあ…… さっきからどことなく一緒に映画行くことに対してためらってるけど……」
彼も食べる箸を休め俺を見つめてきた。その顔つきは少しばかり寂しそうだった。
あ、違う。そういうわけじゃないぞ。悠と一緒に映画を見に行くことが悪いんじゃない。見にいく映画が問題なだけなんだ。勘違いしないでくれ、悠!
「もしかして、最近犬に噛まれたとか?」
「あえ?」
「噛まれて犬に対して恐怖心ができちゃったとか? 売木…… わんちゃん恐怖症になっちゃったの?」
「ちげーよ!!」
犬多すぎるんだよ、あの作品!!!
数日後……
「ういっす、どうも。あ、席? ここでいいの? ったく、俺の話を聞きてえだなんて珍しい奴がいるもんだな。
よいしょっと…… あ、ジュース? オレンジジュースでたのんます。
は〜あ、お前も中々物好きだな、あの時の話を聞きたいだなんて。思い出したくねえな……
あぁ、分かってる分かってるって、ジュースとフロマイティを奢ってくれたんだから話すよ。えーっと、あの日のことだよな。
確か、あの日の帰りとりあえず俺は悠と一緒に近所にあるショッピングモール『ゐをん』に行ったんだ。あそこの中になる『ゐをんシネマ』で映画を見るためにな。
バカ、俺も激しく抵抗したぞ。なんで『キミハナ』や『ザ・ダイナマイトマン』が上映されている中で『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』というゲテモノ映画を見なあかんのかってな。まぁ、ご存じそれは無駄に終わっちまったがなあ……
入る前は平和なもんだったぜ、悠の奴が『1兆1匹のわんちゃん』のグッズを見たいからと言ってショッピングに付き合ったりと悪くなかったぜ。あぁ…… 映画館に入る前まではな。
え、ポップコーン? 悠が食いたいって言うから合わせて買ったぞ。『1兆1匹のわんちゃん』上映期間限定「ドーベルマン味」だったかな? 意味不明の味で滅茶苦茶買うのに戸惑ったたけどな……
は? 知らねえぞ、「ドーベルマン味」だなんて、一口食ったけど何の味か正直分からなかったぞ。あんまし美味しいとは思えなかったな……
って、んなことはどうでもいいだろ…… えーっと映画の話だよな……
まぁ、俺もチケット買うのに立ち会っていなかったから気づいていなかったんだけどさ、中に入って席に着いたらびっくり。まさかの最前列。やべえ映画見ると分かっていての最前列にもう絶望しか無かったぞ。
そうだぞ、めっちゃ首痛かったぞ。だけど悠の奴がどうしても「一番前で見たい」って言うからその意向に沿ったけどよお…… 意味わかんねえだろ。
そうだよお、この首の湿布、その時の名残。当日は良かったんだけど、1日寝たら激痛が走ってさ、慣れないことをやるもんじゃねえよな、全く……
あー そこからの話ね。まぁ、映画が上映されたんだけどいきなりハードなロックミュージックが流れたと思ったら凄まじい量の犬が音楽のノリに合わせて首を上下に振ってるの。そーそー、ヘドバンってやつ? ロックライブで興奮したファンがやるあんな感じ。
凄え量の犬…… もう、地平線を覆い尽くすかのようなドーベルマンが音楽に合わせて首振ってるんだから不気味そのものだぞ。
いやさ、一匹二匹がやってるならそれこそ可愛い動物動画で済む話だけど、1兆1匹の犬が同時にやったらホラーだろ。
まぁ、一応CGなんだけど、結構犬リアルに作り込まれていたぞ。現実のドーベルマンと相違ないくらいにな。これがトゥーンチックに描いてくれれば多少救いようがあったのかも知れねえけど。
いや、マジで言葉にするの難しいぞ。最前列で凄まじい臨場感、音もデケえんだまた! 大画面で所狭しと存在するドーベルマンの量に圧巻しかねえぞ、悪い意味でな。
もう一回言うけど地平線を覆い尽くす犬だぞ。とにかく犬、犬、犬、びっっっしりで、一匹でもいいから猫入れろやと思ったけど、そんな戯言もかき消すほどの犬の量。とにかく犬! 犬のオンパレード!
はぁ? さっきから犬しか言ってねえって!? んだったらお前も見に行けよ、対岸の火事が如く人の話をニタニタしながら聞いてるけど、あんなもの見ねえと分かんねえぞ。犬しかいねえんだもん!! あんなバカでかい画面でバカみたいな量の犬出しやがって、マジでおかしいぞ…… 視聴者殺す気か。
しかも犬種が全部一緒なんだぞ、1兆1匹も犬用意するなら犬種ぐらいバラつかせろと思いたくもなるぞ。よりにもよってドーベルマン一種とか本当にセンスがないと思ったな。他にあっただろ、シーズーとか、チワワとかコーギーとか……
悠? 隣で大興奮。相当犬が好きなのか知らねえが、目を輝かせながら画面に齧りっつきだぞ。あいつ、一見ナヨってしていて女みたいな容姿してるけどどうやら精神は俺よりも遥かにタフらしい。あの犬の量に一切怖じけていなかったからな。
はぁ、そのシーンだけでお腹いっぱい、嘔吐まもなしという気分だというのにまだそれがオープニングシーンだったから本当にきつい。
本編始まってこっから先が本当の犬地獄だって勢いで犬がドワアアって動くんだよ! 大量の、物凄い量の犬が! うじゃうじゃ、わんさか、もんのすげえ数の犬の大群が一斉に移動するの!
こっからこうで、こうやってこう!! これがこーんな感じでぐわあああって波のように押し寄せて……
は? 分かりにくい? あんな映像口頭で詳細に表現できる奴この世界にいるわけねえだろ、己の目で確かめろや。
……前作もそうだったけど、やっぱ1,000,000,000,001という数字は果てしないわ。とんでもない数字。現実世界であまり見ることのない数字だってことがようやく理解した時があの時だったぞ。
目の前は犬の雪崩、犬の海! 何をするにもとりあえず犬! 犬、犬、犬、戌!!
……おい、もう聞き飽きたとか思ってねえか? まだ全然足りねえからな。1兆1匹の分量を舐めすぎだ、お前は。
俺が1秒に2回犬と言ったって1兆1回言い終える頃には1万5千年以上経ってるレベルだぞ。縄文時代の野郎がぶっ通しで犬と唱えてようやく現代まで辿り着くんだからな、そんな気が遠くなる話なんだぞ、1兆1という数は!! 呼吸? 食事? 知らねえよ、そもそもヒトはそこまで長く生きれねえんだ、変なこと訊くなよ、全く……
加えて映画館だから備え付けのでけえスピーカーから繰り出される犬の鳴き声がエグいんだ。身体にビリビリと突き刺さるようでさぁ、これがごっそり俺の体力を持っていくんだよ……
え? 犬共が人の言葉を喋るわけねえだろ! ……まぁ、この手のCG映画は動物キャラでも人の言葉を話してストーリーを進めるのが主かも知れねえが、考えが甘すぎる! 『キミハナ』の恋愛展開並みに甘いな。
そうだぞ、人の言葉を話さないからただ吠えているだけの犬の声と、犬の顔や尻尾でストーリーを読み取るんだぞ。無理に決まってるだろ! 俺は犬の世界で長らく暮らしたことがないから何言ってるか全く分からなかったぞ。
それでも俺は雰囲気とか声のトーンで一生懸命読み取ろうと頑張っていたんだからな。でも負担が高すぎて20分ぐらいでそれは諦めたけど……
上級者向けにも程がある、どんだけ視聴者に負荷を掛けさせてるんだよって話だぞ、せめて吹き替え版を用意しろ。
さぁ? でも悠の奴は『あの伏線が凄かった』とか言っていたからわかる人には分かるんじゃねえか?
そうなんだよ、とにかくひっきりなしに犬の鳴き声が2時間半も鳴り続けるのはマジできつかった。
そりゃ『1兆1匹のわんちゃんvsエイリアン』というタイトルだから映像とか視覚的な影響はある程度覚悟していたけど、音だけはどうにもならないから本当に苦しかった。お陰様で1週間は犬の鳴き声の幻聴が聞こえたぞ。道に歩いて犬の鳴き声が聞こえればそれが幻聴なのか実際に近くで犬が吠えたのか分からなったぐらいにひどくやられたもんだ。流石に今は治ったけど……
エイリアン? もう知らねえよ、犬のエイリアンが来た時点でアホかと思ったわ! 映画のチラシやポスターで『謎のエイリアン襲来』とか言って伏せられていたけど、蓋開けて出てきたエイリアンがそれかよって、しかも1兆1もいる犬のエイリアンでうるささ2倍!! 2兆2匹の犬がすっちゃかめっちゃかやるもんだから後半のバトルシーンなんて壮大すぎて言葉失ったぞ。なんか色々無茶苦茶すぎて何してるのか全然分からなかったけど、とにかく犬に犬加えた犬しか居ねえ犬だらけの作品だということはよく分かった。
どんな頭脳してたらあんな展開思いつくのか、逆に製作陣は天才しかいねえのかって色んな意味で恐ろしさを感じたぞ。
はぁ〜 お前、絶対軽く見ているだろあの映画。ホラーとかショッキングなシーンは大丈夫ですよとかイキってる奴でもあれは耐えることができるか怪しいシロモノだと俺は言い切れる。
2時間半も犬だらけの映像と犬の鳴き声を全身で浴びつづけてみろ! 新手の拷問か何かだぞ、あれは。
俺はそれを凌げなくてガチで体調崩したからな! 生活に支障をきたしからな! 数日は犬の悪夢を見続けたぞ。日中犬の幻覚すら見た時もあったかな……
悠? あぁ、終始大喜び。大好きな犬がいっぱい出てきて幸せだとよ。凄えよ、マジで……
よくもまぁ、あんな映画で涙を流したり腹を抱えて笑ったりできるもんだと心底感じたぞ。
で、映画終わって満身創痍の俺に向かって悠の奴、なんて言ったと思う?
『楽しかったね! また一緒に見に行こうよ!』 だとよ!
はあ…… 俺を殺す気か……」