ヒガンバナ
むかしむかし あるところに それはそれは美しい姫君が居たという
姫君の名前は今ではもう誰も覚えておらず
ただ美しい姫君がいたという事だけが伝えられている
倭国のとある地方のその姫君は一人娘であった
國を収める父親には御子は他にも居たが女は1人だけ
身内も家臣も姫君を宝物のように大切にしました
姫君は13歳になると菩薩様に知恵参りをしに父の家臣を連れ旅立ちます
護衛として家臣が付くのは旅の途中は物の怪や破落戸達が出るからです
何度目かの襲撃の時、姫君を乗せた輿は谷に落ちていきました
前日まで雨が降っており足元はぬかるんでいたのです
輿に乗ったまま落ちた姫君は大きな怪我はしなくとも気を失っておりました
たまたま獣狩りをしていた若者が近くを通りお助けしたのです
「ここは?」
目が覚めた姫君は自分が見知らぬ場所に居ることに気付きました
周りを見渡すと民の家のようですが薄暗く湿っぽく壁は木材ではなく岩でした
きっと洞穴か何かに住んでいる者だったのでしょう
周りを見渡しても家財道具はあるものの人の姿はなく、家主は家を空けているようです
部屋の隅には弓矢や鉈が置いてあり、座敷らしい場所には刀掛けもありました
でもそこには刀がありません
家主が腰に挿しているのだと思いました
刀があるのなら士です
狩人でも農民でも無いのにこのような洞穴に住んでるのは不思議に思いましたが、戻ってこられたら助けていただいた礼をせねばならぬと姫君は考えました
数刻もせずに家主が帰ってきた音がします
戸が開いた時に平伏し礼を述べます
「谷を落ちたところを助けていただき有難う存じます。もし宜しければ礼の品を届けるように父に伝えます故、お名前を伺えませぬでしょうか」
そう言うて面を上げて家主を見れば美丈夫な若者が目の前におりました
しかし若者の頭髪は黒くなく老人のように灰色でした
もしやこれは俗に言う「鬼」なのではないだろうか
自分はこの鬼に喰われてしまうのではないのか
姫君は恐れから視線を逸らすことも出来ずに震えておりました
「恐れずとも喰うたりせぬ。生まれつきこの髪ゆえ親に捨てられたのだ。普通の人と変わりはせぬ。そして礼は要らぬ。」
腰から外した刀を刀掛けに置き水屋より茶器を出しお茶を煎れてくれたのです
姫君が自力で歩けるほどになるまで甲斐甲斐しく世話をしてくれる若者に姫君も心を許し
いつしか2人は恋仲になっておりました
若者と姫君が仲睦まじい姿を麓の村人が猪を追いかけて偶然見てしまいます
村人は慌てて領主様にお伝えしに走ります
「姫君が鬼に術を掛けられ虜にされております!」
父である領主は激怒しました
姫君の兄弟達や家臣も集まり鬼の討伐です
村人に鬼の住処まで案内させました
そこには仲睦まじく微笑みながら会話している2人が見えます
「おのれ鬼め!姫の心を奪うとはどのような術かは知らぬが貴様が死ねばその術は解けるであろう。殺してくれる!」
茂みより飛び出した大勢の士に追いかけられます
2人は山中を必死に逃げます
どれだけ逃げようとも数には負けます
とうとう追い詰められた鬼は自らの背に姫君を隠します
「お退きくださいませ。わたくしが父の下に帰れば良いのです。貴方様が危のう御座います!」
「私はそなたを手放したくは無いのです!」
「おのれ鬼め!今ここで息絶えるが良い!!!」
姫君を取り戻そうと父である領主が刀を振る
若者が切られそうになった時、姫君の着物が翻り鮮やかな紅が散ります
「嗚呼……姫よ。私を庇って切られてしまうなどとなんと言う事だ」
若者は姫君を抱きしめ嘆きました
その隙を見て若者の背に刀が刺さります
「鬼め!貴様のせいで我が娘が死んだ!貴様は許せぬ死ぬがよい!」
その後、姫君の亡骸を弔う為に若者の亡骸から引き離そうとしても離れません
何しても離れず、弔いに来た僧も手伝いに来た家臣達も困り果てました
「死してなお離れぬ程に愛し合っておられたのでしょう」
僧がそう言うと、よく見れば若者の髪は老人のように灰色ですが、額には角などはありません
生まれついての髪の色以外は人なのでした
「嗚呼なんて事だ。領主様は愛し合うお二人を引き裂いてしまおうとしていたのだ」
家臣たちは2人を一緒に弔う事にしました
数日後にそれを知った領主はまたも怒ります
「死してなお姫を離さぬというのか!烏滸がましいにも程がある!」
父である領主の心は呪いとなり2人の亡骸に及ぼします
姫の亡骸は花になりました
赤く紅く鮮やかな花は姫が亡くなった秋になると咲き誇ります
若者の亡骸は葉になりました
刀のように若者の心のようにまっすぐと天を目指します
ですが領主の呪いのせいで2人はお互いの姿を見ることは出来ません
花が枯れてから葉が出るのです
花は葉を見ず
葉は花をを見ず
その名はヒガンバというそうです