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第八話 狭間[現実と、現実]

自宅のマンションに着いた真嗣は着ていた黒のスーツを投げ捨てるとシャワールームに直行する。

「ふぅ」

わざと熱くしたシャワーを頭から被りながら、壁にもたれかかりぼんやりと立ち尽くす。

暗殺後に必要な諸々の処理は真嗣の仕事では無い。

それについてはまた別の機関が存在する。

自分はただ、「暗殺」を果たせば良いだけだ。

室内の湯気に虚ろな視線を彷徨わせ、そう思う。

何を思い返す事も無く。

今日の標的は、確かに結構名の売れた相手だったと言えるだろう。

しかし、全くと言っていいほど相手になる訳もなく。

最も、この裏側の世界で「名の売れた」などと言っている時点で一流では有り得ても、超一流では有り得ない。

ん…?

水飛沫の音に紛れて、音が聞こえた。

呼び鈴の音。

その音が何であるか判断した真嗣はシャワーを止めると、手早く浴室を後にする。

浴室入口のドアノブに引っかけていたタオルを手に取り、適当に水滴をふき取り、ラフな部屋着を身につける。

呼び鈴が鳴って、5分とせずに玄関へと向かい、この深夜の来客を出迎えた。

現在時刻は午前2時。

誰が訪ねてきたのかは大体予想がつく。

明日は土曜日だ。

開けたドア向こうに立っている人物は彼の予想通りの人物で、僅かばかり苦笑してしまう。

「出てくるの、おっそーい!」

その台詞も正直、想定の範囲内だ。

やはり、半袖に半ズボンと言う、色気のないこれまたラフな恰好で、お隣さんの宮野飛鳥が立っていた。

最も服装が色気が無くても彼女のスタイルの良さは余計に引き立つのだが。

今更、そんな飛鳥の姿に鼓動を高鳴らせる事もなく、文句を口にする。

「しゃあねぇだろ。シャワー浴びてたんだから」

「知らないわよ、そんな事」

おいおい。

人の家に、唯でさえこんなに遅い時間にやってくるのにその言い草は無いだろう。

「で、用件は?」

しかし、それを言及したところでより一層の文句と非難が返ってくる事は想像に難くないので、そんな無駄な事はしない。

「お腹がすいたのよ」

「は?」

彼は、常日頃から彼女に振り回されている。

よって、彼女の行動・言動に対して、「はぁ?」と完全な疑問形で反応を返さざる負えない時が多々ある。

だが、今回はその中でも中々に、意味不明だ。

「だから…何?」

まさか、このアマは自分に夜食でも作れとか言いにきたのだろうか。

「で、夜食を作ったんだけど、作り過ぎちゃった。だから、あんたに残りを処理してもらおうかと思って…」

え、何?自分は残飯処理班ですか?

「え?」

突きつけられたのは皿に乗ったおにぎり。

「これまた、定番な…」

素直な感想は飛鳥の睨みに封殺される。

「何よ、折角私が作ってあげたんだから、あんたに文句を言う権利は無いわよ」

意外にも正論だ。

…多分。

それに、彼女は滅多に料理などしないのだが、これは下手だからと言う訳では無い。

むしろ彼女の料理の腕は母親である宮野京子譲りの抜群の腕前である。

ただのおにぎりですら、センスが感じられて形の良さが食欲を誘う。

そういえば、今日は夕食を食ってなかったな。

今の今までそんな事は全く忘れていた上に、空腹など感じていなかったのだが、改めて思い返すと、急に食欲が湧いてきた。

珍しいな。

内心の苦笑を無意識の彼方に放り投げ、笑った。

「サンキュ。上がっていくか?」

特別な意味は無い。

「あんた、こんな時間にか弱い女の子を家に誘うなんて」

いや、本当に無いんだってば。

「いや、おにぎりだけもらって、はいサヨナラってのは何か冷たいだろ?」

「冗談よ、冗談。なーに、慌ててんの」

既に玄関の中まで上がってきている飛鳥が、にやにやと意地の悪い笑みで真嗣の反応を楽しんでいた。

「ぐ、うるさい」

また、からかわれている。

けれど、そんな偽りの温かさが心地よかった。








「くく…」

くぐもった笑い声が空洞に響く。

秩序が無いように、ごちゃごちゃと機械が並ぶ部屋の一角。

「そうか、そうか、彼らは死んでしまったか」

ニヤニヤと質の悪い笑みで男の表情が満たされていく。

機械から洩れるランプの仄かな灯りがより一層、彼の表情を陰鬱な物へと変えていく。

「残念だ、彼らのお陰で貴重な情報が手に入ったと言うのにね」

目の前にある円柱形の筒の中には人型の何かが一つ、居る。

果たしてそれを「居る」と形容するのは正解なのか。

ごぽ…と吐き出される呼気が泡となり、浮いて、消えていく。

「大丈夫、君に心配される謂われは無いよ」

満足そうに、そして大袈裟に頷いた後に続ける。

「既に研究の完成は間近。僕の意のままに動く忠実な僕だ」

愛しそうな眼差しを目の前の水槽に向ける。自分の研究成果への陶酔に他ならないそれに加えてその表面のガラスを優しく撫で上げる。

「くく、これに勝てる人間は居ないさ。何故ならこれはヒトでは無いからだ。そうだ、良い事を思いついた。奴を捕え、解剖しよう。良いぞ、彼らの中でも飛びっきりの異常者だ。それに本体その物が丸ごと手に入れば、もっともっと研究のやり甲斐があると言う物だ」

上機嫌故なのか、普段にも増して白衣の男は饒舌だった。

「くくく、キャリアー、この世に生まれ出でた、突然変異種。発揮する異能の力の多様さ。く、異質のさらに上を往く異常者。あは、くく、そして、彼らを基に、完成する。私の研究は最高だ。」

理性などと言う言葉はこの男には存在しない。野心すら無いのかもしれない。存在するは知的好奇心を満たすための自己陶酔のみ。

「何、キャリアーを直接見た事があるのかだって?」

笑みを崩さずに振り返る。

「………じゃ…か。それが…したって言うのかな?」

計器類の唸る音が瞬間、大きくなり声を削り取った。

「ふ、くくく。そんな心配無用だよ。まずは力を見させてもらう。そして、確実に詰める。まぁ、残念ではあるけど、君の言う通り捕獲は諦めよう」

男にしては珍しく、言葉と噛みあった表情を、残念そうな顔を表し、そしてすぐにそれは崩れる。

「その次はこの世界を混沌の渦にでも巻き込もうか。それも楽しそうだなぁ」

薄暗い狂気は未だ本物を、知らない


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