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第二十九話 再び[死闘]

殺した。

そう思ったのは嘘ではない。幸利には現状で真嗣がこの渾身の一撃をかわす姿は想像出来ない。

ならば、それがそのまま答えになるはずだった。

戦いにおいて思い込みと言う物は望ましくない。感覚は大事だが、あまり頼りにしすぎれば痛い目を見る事を彼は経験から知っている。

そう言う事だ。

今、この背筋を走った悪寒が全て。

手に残る刺し貫いた感触の向こう。

必殺と成った一撃は幾多の短刀のアタックを受けて軌道が僅かばかりずれている。

結果、体のど真ん中、心臓を一突きするはずだった銀線は右胸を貫く結果となった。

「よく…間に合ったなぁ」

確かに必殺ではあるが、即死ではない。致命傷なのは間違いないが、猶予は残った。

「くっ」

嫌な予感に逆らえず槍を手元に戻そうと意思を込め、腕を振り戻す。

その時、幸利は信じられない光景を目にした。

笑っ…た、だと。っマズイ!





ただ一つの隙。それを今、自分で作った。

真嗣は見逃さなかった。奴の判断ミスを。

体から抜けようとする銀槍を逃しはしない。左腕でがっちりと掴む。

しっかりと足に力を込め、縮もうとした銀槍と共に前方へ向けて跳ぶ。

右手に短刀を握り、その勢いのままに斬り上げる。

ざくりと確かな手応え、更に後ろによろめいた幸利のその血飛沫と己の胸から噴き出す血液とで視界は朱に染まった。

鉄パイプは元の長さと太さに戻り、音をたてて幸利の足もとに転がった。

「は、あ、真っ二つの、つもり、だったんだけど、な…」

一刀両断とはいかない、致命傷ではなかったのだ。それを真嗣は正直なところ、悔んだ。

口から血が零れる。唯の人間では無い故に、即死でなかったとは言え、とうに動ける訳も無いし、最早息絶えていても可笑しくはない。

だが、真嗣は辛うじてまだ立てていた。何時、倒れても不思議ではなかったが。

「やって、くれるじゃねええかああああ」

腰の辺りから右肩口へと斜めに切られた幸利は、血を流しながら一歩、二歩と前へ出る。鉄パイプを拾い、振るおうとした。

「させるか!」

頭上より降り注ぐ無数の刃は一つ、二つ、三つ、彼の手に斬撃を与える。

血が、飛び散る。

鉄パイプは伸びる前に再び地へと落とされた。

一気に止めを刺そうと左手に刃を顕現させ逆に幸利へ付き立てようとした。が、視界が歪む。

風が下から。

それが何なのか理解する前に歪んだ視界が反転しかける。蹴り上げられた顎。

その隙に幸利の手の内に戻った銀線が真嗣を襲う。痛みを認識する前に左の二の腕辺りを貫かれたと理解する。その貫かれた状態が彼の体の自由落下を妨げる。

ならば。

右腕の刃で、己が左腕を切断した。

体が軽くなったような感覚。

どうせ、もう長くは保たないと分かり切っている。幾らキャリアーであろうと体に穴を開けて長時間生きていられる訳がない。

痛みで動きが鈍ると言う事は無い。既に目に見えている死の前では痛覚など意味がないのかもしれない。

距離を置こうとはしなかった。

地に足をつけた瞬間に力の限り前へと踏み出す。

「はっ、腕を自分で捨てるたぁ、いい根性じゃねえかあ」

幸利の凶器は今度は縮みもしない。切り捨てられた真嗣の腕を放り捨てるとそのまま食らいつこうと蠢いた。

肩から先がほぼ無い左腕からは血が噴き出ている。

目の前が暗くなりつつある。が、その眼はただ獲物を捉えて離さない。

振り向く事もない。慣れ親しんできたその世界に巣食う、その殺意だけで判断は事足りる。

体を回転させ、右腕で銀線を跳ね上げる。

右足を軸に。

体は駒の如く。

一撃しかない。それ以上は、もうダメだ。

分かっている。本能なのか、それとも理解なのか、理性の残り滓なのか、何でもいい。

跳ね上げた筈の銀線は一瞬だけ上を向いたが、すぐさま反転。重力に従う以上のスピードで落下、否、獲物を貫き止めを刺す為に舞い戻り始めた。

奴はそこにいる。

今度は確実にこの体を貫くために。

ならば、そこにいろっ!

「ああああああああああああああ!」

声にならない絶叫と幸利の狂乱が木霊す場所で、銀翼と穿藍は最初で最後、交わる。

まだ体に繋がっている右肩から体内へと風が吹き込む。

回った真嗣の肩の位置と、体の位置はほぼ変わらずにそこにある。

「あ、が、あぁ…」

口から可笑しな音が漏れるのを真嗣は未だ手放さない意識の中で聞いた。

肩から体の中へと、正確には肩から入り左の脇腹へと貫通した銀色に輝く一筋の凶器。

彼が持つ銀色の短刀は逆手のまま横薙ぎに払っている。

幸利の体を断ち斬る事はなく。

「は、はは、ギリギリだったぜええ」

何時の間に持ち替えたのか、本来右手に握っていた筈の銀槍は左手へ。

右手は肘から僅か先の部分に短刀をめり込ませたまま、だが、そこで真嗣の一撃は止まっている。体の側部の延長線上で刃は止まり、幸利の体に届く事はない。

真嗣にその腕毎体を両断する力は残っていなかった。

反応し切れらたって、こ、と、か…。

真嗣は思う。

はは、俺の負けか。

「強かった、てめぇは強かったぜぇ。今まで殺してきた奴らの中でも、最上位だろぉ」

袈裟掛けに切られた場所からは未だに血が流れ出ている。

あと一歩分深ければ結果はまるで逆だったのは明白。

そして、真嗣の最後の一撃を防いだ右腕は以後、使い物にならないだろう。

「けど、けど、俺の勝ちだ。俺の方が強い、てめぇよりなあああ!」

高々と勝ち名乗りを上げる幸利。

こいつにとって、飛鳥は最早どうでもいい者のはずだ。

だが、この男は彼女を殺すだろう。

何故なら、それが幸利の勝ちの条件であったし、こいつはそういう男だと否が応無しに分かっているから。

体から力が抜け、彼の力の証明である刃が消えていく。

既に手に感触はないが、きっとそこにももう刃は残っていないのだろう。

脳裏にはフラッシュバックしていく思い出。銀翼として生きた日々も、偽りの日常として装った日々も、そして、全てを奪われた幼いあの日ですらも。

全てが少しずつ色褪せて消えていく。

走馬灯ってこんなに簡単なもんかよ。

思考を止めたいと訴えるのすら億劫になっていく中で、真嗣は痛みも苦しみもない事に今更気付いた。

と言うよりも、寧ろ気持ちの良い気楽さ。

死ぬのだから、ようやく終わる。そうか、解放されるってこんなに楽になる事なのか。

だから、生きるのってあんなに辛いのか。

死と言う場所に足を踏み入れて初めて、死ぬ事の本質を知るなんて、いや、それも当然か。

嗤い、本当に意識が白く染め上げられていく。

っと、どうやら本当に終わりそうだ。ここまでだな。

駆け去り往く景色、だが、その終わりに一人の少女を見た気がした。

名前ももう思い出せない、混沌とした微睡みの中。

あんた、本当に馬鹿ね。

うるせえよ。

何時のやり取りだったのか。

そして、遠い、遠い、あまりにも遠い日の優しい微笑みと。

大丈夫だから。

びりっと、何も無くなった筈の自分と言う存在に電撃が奔る。

過去、その日とは全く違う想いの衝撃が、無くした筈の感覚を呼び戻す。

そう、この世へと。


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