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第二十五話 決着[敗者]

刃はあと数センチのところで届かない。目の前に佇む影を貫く事はなく、突き出した手諸共止まっている。

真嗣はただ、勘だけで身を捩った。

それでも、容赦なく背中から奔る鋭い痛みと衝撃。

鮮血が口から溢れて、体と幸利に降り注ぐ。

それほど、幸利と真嗣の距離は近かった。

「ぐ、あ…」

右手を貫く、細い細い銀線と、左肩の内側を穿つ銀色の槍。前と後ろから二つの線が、幸利と真嗣を繋げている。

体はまだ動かせない、動かない。

手綱を握るように幸利の手からは銀色の両線が曲がり、伸びている。

そう、最初に伸びた方の逆側からも鉄パイプは牙を伸ばしていたのだ。

「くく、誰が片方しか伸びないなんて言ったよぉ。俺の力はなぁあ」

血に濡れた笑みが心底輝く。喜びと言う名の、純粋な殺意。

真嗣の凄惨なそれとはまた違う物を、それでいて勝るとも劣らない強烈な感情を解き放つ。

「握った棒状の金属を鋭く、そして自由自在に延ばし曲げる事だよぉ」

ずるり。幸利が槍と化した鉄パイプを回収したのだろう。

空気が体の中に流れ込んでくるような感覚が真嗣を襲う。

釣られるように、伏せ気味だった視線をゆっくりと上げる。決して、素早く顔を上げた訳ではない。実にゆっくりと、顔が上を向いた。

右腕を振り切る。やはり、ゆっくりとだ。

「うお!」

幸利の短めの前髪が一本だけ宙を舞った。

距離をとったのは幸利。

「流石だなぁ、今のが今日一番ヤバかったぜ」

まだ、動けた。普通ではない人間だからこそ、まだ立てるし、闘える。

血が流れ出ていく。血が流れる。化け物でも、俺の血は、やっぱり赤いんだな。

「行くぞ」

血を零し、真嗣は走った。

獲物に一刻も早く辿り着くために。

「馬鹿正直に正面からくるなんてなぁ」

腹を抱えて笑いださんばかりの幸利は再び只の鉄パイプを無双の銀槍へと伸ばす。

手にする刃とは別に、走りゆく真嗣の傍らからも短刀は顕現して、幸利へと放たれる。

幸利は横へと走る。縦横無尽に伸びる槍の横薙ぎで刃群を弾き飛ばす。

真嗣は決して目を逸らさなかった。

如何様に自由に槍の穂先が軌道を変えようとも、ただその部分だけを、そして同時に視界には幸利が映るように走り続ける。

息が異常に上がる。

当たり前だ、肩から撒き散る血液は屋上の床へ次々と染み込んでいっているのだから。

それでも、止まらない。どうにかして近付くしかない。

遠距離からの投擲ではどうしても威力が限られる。どうやら奴の力には鉄パイプの硬度を上げる作用でもあるらしい。

本来鉄パイプ如きが真嗣の凶器を弾き飛ばすなど無理な話だ。

近付いて、この手で奴の体を叩き切る。

どの道この射程の違いでは懐に入らなければ真嗣の勝機は薄氷のようなものだろう。

体も長くは保たない。

自然と顔の筋肉が引き攣る。

笑みの形で止まり、声を上げる。

さぁ。

声にはならない。だけど、奴には伝わるのだろう。

瞬間、全ての刃が消えた。否、真嗣の手中に一つだけ。

三十センチ程の小ぶりな刃渡りのそれが手の中で鼓動を打つ。

踊ろう。

迫りくる銀から目を離さない。最後まで、最後まで。この一瞬まで。

顔面すれすれに過ぎ去る色、小さな跳躍から一回転して思い切り体重をかけて右手の刃を振り下ろす。

穂先から数メートル過ぎた部分を強打され、切断される事は無くとも軌道と、幸利の手元に狂いが生じた。

両手で地面をさらに押し返し、バランスを崩しかけた体を宙返りしながら整え、前方へ。

距離が詰まる。

足下に確かな感触を感じるのと共に蹴る。

もう一つ。眼前に銀線が迫ってくる。

「お前こそ、同じ手をっ」

跳ぶ。勢いがある以上、奴の武器よりもこちらのスピードの方が上だ。

太腿に痛みが走る。だが、予想通り。

銀線は真っ直ぐに右足を貫き、そのまま後方へ過ぎ去っていく。

違う。真嗣が勢いそのままに前へ進んでいるだけだ。

既に左腕を持ち上げる事は出来なくなっていた。

くれてやる、足の一本や腕の一本ぐらい。

今頃、後方ではターンしてきた銀槍と銀線が行き違いになっている頃か。

俺の、方が、早い。

視界がコンマ一秒だけ暗転する。

血を流しすぎた。

目を見開く。大丈夫、しっかりと…。

違う。距離感が、幸利との距離がおかしい。何故、こうも。

「悪ぃな、やっぱり俺の方が上だわ」

近いんだ!

太腿から何かが抜ける。すれ違いざま。

既に奴の手を離れたそれは丁度、伸びきった中間点へと互いに端から戻りつつあるのだろう。

腹に膝蹴りがめり込む。真嗣の体が、これまでとは違う方向へ推進力を叩きこまれ、空中へ浮き上がる。

後、放物線を描いて落下し始めた真嗣を地へと、光が縫い付けた。








仰向けに倒れる。それは紛れも無い敗北の証。

完璧な敗北だった。

「流石に手は抜けなかったぜぇ。けど、今のお前じゃあ所詮はこの程度だなあ」

体中から血が流れ出ていく。意識は既に朦朧としており、はっきりとしない。常人ならとうの昔に失血死しているであろう。

「何故だか、分かるか」

直上より声は聞こえる。だが、奴の顔は見えない。視界は暗かった。

「ころ、せよ。負けたんだ、から」

負けると言う事は即ち死、そういう世界で生きてきたのだから、当然の結末を迎えるだけ。そう思った。

「そうだ。お前の負けだ。だから、この女は殺すぜ」

っ。

自分がこの男に勝ったところで飛鳥を救うのは難しかっただろう。

奴は彼女を真嗣を釣る為の「餌」だと言った。それは何よりも組織に彼女が利用されていた事を示し、そんな人間を組織が生かしたままにしておく訳が無い。

この世界に巻き込んだのはやはり、自分。彼女は何も知らないまま巻き込まれたのだ。

そんな事を遠ざかる意識の中で思い浮かべる真嗣の心を見透かしたように彼は言った。

「こいつの存在を知っているのは、最早俺だけだ。俺を殺せれば、彼女を救えたのになあ」

「なに…」

「俺達、鬼籍院を統括していたお偉いさんは不慮の事故で死んじまったって事だ」

手離しかけた意識を必死に繋ぎとめる。真嗣は声を絞り出した。

「おい…どういう…」

濡れた手を地に付けて、籠らない筈の力を込める。

「ははっ、まだ立てるのかぁあ?」

何も出来ないと分かっていたけれど、それでも思わず立っていた。

自分も所詮は弱い人間だったと痛感させられる。目の前に一筋の光明を見せつけられただけで、まだ足掻こうとするのだから。

「一週間」

「なん、だと」

「俺が一週間後にこの女を殺す。助けたければ、俺達の世界から切り離したけりゃ、それまでに俺を殺すんだな」

背を向けて、屋上から去ろうとする幸利の背に叫ぶ。

「待てっ!何の為に、お前は何の為に、そんな事を…」

「強さが欲しいんだよ、俺は。強い、強い、敵を殺して、俺は更なる強さを証明する。その為ならぁよ、何だってするさ」

待て。

声は出なかった。

「次は、きっちりと覚悟を決めてこいよ。俺は、てめぇに期待してるんだから、よっ」

体が前のめりになる。

腕を伸ばしても何も掴めない。俺は。

それ以上、何も考えられなくなった。


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