第二十四話 死闘
地を蹴り、間合いを詰めて剣閃を振るう。
それこそ、呼吸を許す暇を与えない程の猛攻。
だが、バックステップ、上に飛び退き、そして、挙句真嗣の肩に手をつき宙返りで背中をとる。
幸利はあり得ないスピードを更に上回る速度でかわしつづける。
速い。
真嗣はこのままでは埒が明かない事を察した。
それでも、追い続ける。
一瞬だけわざと動きのギアを、落とす。
間合いが変わる。
幸利は意識してある一定の間合いを保っていた。
自分の一番動きやすい距離。
そして、真嗣を相手にしても、当然のようにそれを可能にする技量を持っていた。
それをほんの僅かだけ崩す。
距離が、空く。
手にした短刀を前方へ放る。
近すぎて投げる事の出来なかったそれを。
反応するだろう事は分かっている。
次の瞬間にかわす筈の横手に踏み込む。
投げ終えた手、再び顕現させた刃もろとも、返す。
「ちっ」
幸利の舌打ちがはっきりと聞こえる。
それだけの接近戦。この超近接距離は真嗣の領域だ。奴のキャリアーとしての力がどのような物かは不明だが、この距離に真嗣は絶対の自信をもっていた。
力を使う暇など与えない。自信があるからこその速攻。
今の一撃で殺れたとは思っていなかったが、確かな一撃になり得る筈だった。
そう、ハズだった。
手応えはある。だが、その手応えはあまりにも大きすぎた。
声が漏れる。力と力のぶつかり合い。
真嗣の刃は、何の変哲も無い約五十センチ程の鉄パイプに止められている。
火花が散った。
それを合図に一旦距離を取る。否、結果的には距離を取らされたのだ。
「何だそれは」
鋭く射抜く眼光で睨みつける真嗣の視線の先には彼の持つ刃よりも鈍く銀色を放つ細長い円筒状の物があった。
「さぁすがにやるじゃねぇか。力はもっと温存しておくつもりだったんだけどよぉ、それじゃあマジで殺されかねないみたいだしなぁ」
にやりと笑う。
それは紛れも無く称賛の言葉。
だが、それが真嗣には酷く気に入らなかった。
「お前、殺す」
平凡な人間ならば、傍にいるだけで気を失いそうな殺気の奔流。
先程よりも速く、そして、次々と顕現させては刃を放つ。
かわし、そして弾く幸利の表情は一向に曇らない。
「はは、更に上のギアがあるってのか。おもしれぇえ、てめぇこそ出し惜しみするんじゃねえよっ!」
放り続けられる刃、その最後の一本、下手から投げ、上に跳躍する。
空中に湧いて出る刃を更に上方よりも撃ち降ろす。
これなら、そう簡単に捌けない。
自分の手で放らない分一本一本の威力は多少落ちるが、それでも手数は圧倒的に増える。
案の定、奴は捌きはしているものの、態勢は崩れつつあった。
その隙を逃さない。
空中より勢いをつけて飛びかかる。
当然手には街の明りに、銀光を照り返す凶器が。
もらった。
真嗣は思った。
視界の端に動く何かを捉えるのと、幸利の顔に今までと違った残忍な笑みを見たのは同時だろうか。
咄嗟に右手で剣閃を振るう。
音が響き、弾かれた何かは、鋭く尖った切っ先を鋭角に曲げて真嗣の右腕に喰らい付いた。
本来ならば掠めた、と言う表現が正しいのだろうが、まさしく弾かれたそれは生き物の様ににうねり、戻ってきたのだ。
態勢を完全に崩したのは真嗣。
服の切れ端が風にそよいでいる。
そうか。これが、奴の力か。
真嗣が無数の凶器を自在に中空に生み出せるのと同じく、三国幸利のキャリアーとしての特別な力。
それが、今の一撃だった。
「よぉく、反応した。流石だぜぇえ」
しゅっとゴム風船から空気の抜けるよう音と共に鈍い銀色が幸利の手に巻き戻っていく。
細く、尖っていた先端も元の形を取り戻す。
「伸びた…だと」
真嗣は呟いた。
肩のあたりから右腕へと血が滑り落ちる。
「今の奇襲で腕の一本も貰えないとはなぁ」
言葉とともに無造作に腕を軽く振るった。
蛇のように滑らかではなく、遠赤外線の反射のように極端に鋭角でもない。
だが、その切っ先は曲がりくねり、真嗣へと吸い寄せられる。
飛び退く。更に、距離を置くために後ろに跳ねる。
だが、その真嗣のスピードを超える速さで迫るそれは真嗣の軌跡を辿りコンクリートの床を、貯水槽の壁を削り追ってくる。
と、不意に、その伸びた穂先が追撃の速度を緩めた。
次の瞬間、幸利が動いた。
走り、迫ってくる。
そして、再び銀槍が牙を剥く。
真嗣の目前でそれまでの動きから一転、直角に曲がる。
体の中心を貫かんとするそれを防ごうと振るった刃は、しかし、空を切っていた。
穂先がくるりと踵を返す。
その時気付いた。囮だ。
不規則な銀槍の動きの向こう、真嗣の眼前にはその男の姿が。
「今度は、遅せええぇ」
鉄パイプをひょいっと宙に放り上げ、回し蹴りを真嗣の腹部に放つ。
完全にノーガードの真嗣は蹴りにしては重すぎる衝撃に踏ん張りきれずに、またもや吹っ飛ばされた。
宙をくるくると回り幸利の手に収まった鉄パイプは何時の間にか元の形に戻っている。
だが、彼の手中に戻るなり、今度は先程より鋭く横殴りに振り切られる。
無駄な動きは一切無い。
鉄パイプは飴細工の様にくにゃりと、細く、そして、切っ先は鋭く尖る。
ただ、一直線に獲物のみに向かい、駆ける。
「くっ、あぁ!」
真嗣は咆えた。
その咆哮に応じるように、上空から刃が降り注ぐ。
そして、それらは鋭利に尖った鉄パイプの穂先を地に縫い付けていた。
今だ。
痛みを訴える体に鞭を打ち、低い姿勢から一気に走り出す。
奴の武器が手元に巻き戻るにしても、時間のロスからして俺の刃が届く方が早い。
「殺った」
咆え、銀刃を心臓へと突き刺すまであと僅か。
伸びきっていた銀槍は幸利の手元に戻りつつある。
だが、やはり間に合わない。
勝利を確信した。
そして、真嗣は凶器を握る己の右手が細い銀線に貫かれるのを確かに見た。