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第十八話 侵食[溺血]

彼はビルの屋上に立っていた。

「お前が北条、甲か?」

追い詰めたのは白衣の男と、真嗣のどちらなのか。

姓と名を確認する。答えようが答えまいが関係は無かった。

ただ、今はこいつを殺す事が肝心なのだ。

士月の張った罠にかかり、誘き出された男をビルの屋上に追い詰めていた。

「逃げ足の速い奴だな、お前」

やはり唇の端に微笑を浮かべ、いつもと同じように言葉を少しだけ小さく零す。

そんな、暗殺者へと既に切り替わった真嗣を北条はここにきて初めて真正面から見据えた。

無表情が色を失う。

時間と呼べる表現が無いほどの、瞬間。

笑っていた。凄惨な笑みが闇夜に、新月故に、漆黒だけが降り注ぐこの場所に生まれる。

「やはり、この情報はトラップだったか」

余裕の声で片腕だけを軽く上げる。

「何…だと」

それに対して真嗣から余裕が消えた訳ではない。

だが、奴の言っている事が負け惜しみでも何でもなく、事実なのだとしたら。

士月が詰めを誤った。気付かれていたのか、俺と士月の動きを。それとも…。

そんな事を僅かばかり反芻して切り替える。

ギアを切り替える必要があった。

「あは、僕が気づいてないとでも?」

不敵な笑みを浮かべ、研究員とでも呼べる白衣を風に靡かせた男は真嗣に問いかける。

「聞くのは俺だ。『闇』の情報を外部に流していた首謀者はお前か。それとも外部の者の思惑か?」

必要な事だった。

本来、殺す前にこんな味気ない会話を交わすのは主義じゃない。

それでも、聞かなければいけない事を心中、歯噛みする。

「く、君、自分の立場が分かっていないのかい?質問出来る立場にあるのは君ではないんだよ」

愉快さに目を細め、自分の優位に酔う。

暗殺集団「鬼籍院」筆頭ともあろう男に追われながら、自分が危険な崖の淵に立っていないと言う確信。

もう一段上げなければ。

繰り返し、思う。

「お前は誰と組んでいるんだ。外の誰か、なのか、それとも…」

「『闇』そのものなのか、かい?」

予想通りの言葉だと言えば、それまでだ。

本当は既に悟っていた事を、改めて思い返す。

全て、グル、なのか…?

だとすれば、この「情報の外部へのリーク」と言う事実自体が作られた、俺達を嵌める為の罠だったって可能性も十分に…。

感情が何か湧いてくるものかと思ったが、予想外に冷静。

ならば、そう。現状ではこの男と自分の立場は逆転していてもおかしくはない。狩る者と、狩られる者。

「で、実際はどうなんだ?」

「君が知る必要は無い、と思うね」

上げたまま、宙でぶらぶらさせていた手を僅かに握り、指を鳴らす。

「へぇ、気配を感じさせないなんて、やるもんだな」

闇より浮き出てきた者、否、物達と表現した方が正しいだろうか。

射抜くように一瞥して、笑う。

「どこかで見たような。そうか、こいつらはあれのクローンか何かか?」

「答える必要は無い、が、折角自信作のお披露目なんだ。その手の質問には答えてあげよう」

北条は愉しそうに笑い、言った。子供が満点のテストを密かに自慢するように、誇らしげに。

「そう、あの河原で君が壊したのがプロトタイプだよ。あの最後の一瞬まで収拾したデータに改良を加えて出来た実用モデルが、このプロダクトタイプ達さ」

一つ、二つと、次々湧き出てくる人型。

全身を黒いボディスーツのような物で覆い、顔は暗視スコープと思しき物で隠している。

だが、どうせその下にある形は想像できる。

あの、作り物じみた綺麗な顔なんだろ。

「く、くく、君が強いのは既に知った。君を見た物は生きられないとまで噂される、そう、誰も知る筈が無いのに、何故か有名な『銀翼』」

こちらの情報は既に完全に筒抜けか。

「何も心配しなくても良い。君は今日死ぬのだから。今まで君が葬ってきた多くの者達のように、誰からも認知される事のない死の世界へ、君は…」 

「待てよ、好き勝手言うな」

饒舌になり始めているその言葉を断つ。

「何が、かな」

面白そうに唇を歪めて北条は真嗣に問う。

「誰にも認知されないだと」

「その通りだろう、間違いでは無いと思うが」

唇を歪めたのは、今度は真嗣だった。

「間違いさ。誰にもなんてのはな」

あぁ、こいつとこんな会話を交わしている場合ではないのに。

聞かなければいけないことがあるのに。やらなければいけない事があるのに。

吐くつもりが無いのなら、拷問してでも聞きださなければいけないのに。

こいつと組織自体が繋がっているのなら、俺も、士月も危ないと言うのに。

だから。

まだ殺してはいけないの、に。

嗚呼、もう駄目かもしんない。

右手の親指で額を抑える。

頭痛、か。

頭が痛いや。

目を開く。

そして、右手に短刀を。

「俺が、認識している」

小さな呟きだが、その声は不思議と北条まで届いたらしい。

「かはっ、これは、可笑しい。自分の為でもなく、組織の代行として邪魔者を殺してきた君が、その者たちを認識しているだと」

「そう、だ。名も知らない、誰なのかも知らない、この手で殺してきた者達。俺の知るべき場所へと導く為の屍となったその全てを俺が覚えている」

「何を言っているのだ、君は」

「分からないさ、誰にもな」

まだ、殺せないの、に。こいつも俺をそこへ連れていってくれる道に、しなければいけないのに。

殺せないのに。殺せないのに。殺せない。まだ。殺せない。まだ。まだ。殺してはいけない。まだ。まだ。まだまだまだ。殺しては、いけな、いのに。

「そうだな。時間も押してきた事だし、無駄話はここまでにしておこうか」

声が耳に障る。

「そろそろ開幕だよ。僕の造り上げた素晴らしい戦力が、殺しにやってきた暗殺者を逆に葬り去るショーの」

愉快な、声は、不快に、耳に、響く。

「最後に一つだけ、いいか」

あ、最後なんて言っちまった。

「ほう、その発言を許そう。何かね?」

既に見下して喋るそいつに一つだけ問いを。

「こいつらは強いんだろ。俺一人に対して、こんなに多く必要なのか」

真嗣の表情は未だ、動かない。

「多勢に無勢は気に食わないかい。まぁ、そう言ってくれるな。僕なりの君への敬意の表れだと取ってくれて構わない」

周りに浮き出る数は最早何体なのかも不明。

それでも、そいつらの気配はろくに感じ取れもしない。

「一対一で面白い勝負を繰り広げるのも有りかもしれないが、やはり、君には為すすべもなく、ぼろぼろにされていく死に様が相応しいと思ってね」

高らかに勝利宣言をする。間違いなく、今の言葉はその類のものだ。

「そうか。ありがとう」

ぽつりと。でも、はっきりと。

「ふ、感謝される覚えはないから止してくれよ」

日常生活でお互いの会話が噛み合わない事は偶に、ある。

だが、この食い違いはあまりにも、相互の思考がずれ過ぎていて、滑稽だった。

本当にありがとう。

愉しく、楽しく、なりそうだよ。

もう、殺せない、なんて我慢出来る筈は無かった。


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