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第十七話 欺瞞[漆喰]

「まさか、直接来るとは…」

影が呟く。

薄暗い空間の中、普段から重い空気が支配するこの場において、今は更に淀んでいた。

「ふん、どうせ『閃影』の考えだろう」

「奴は陰でこそこそと我々の事を嗅ぎまわっているみたいですからね」

吐き捨てられた言葉に別の影が小馬鹿にした様子で付け加える。

「無駄な事だ。あの男一人が足掻いたところで何も支障は無い」

今度は明らかにイライラとした声が響く。

「だが…『閃影』はまだ使える。『銀翼』と共に葬り去るのは少々勿体ない」

影達の最奥。いつもその場所に鎮座する影が重々しく言葉を発する。

「…引き続き私にお任せを」

一つの影が最奥の影の言葉に間髪入れずに答える。

「何か考えがあるのだろうな」

「見縊らないで頂きたい。私は最初からその方向で話を進めていたのですよ」

自分に任された事の焦りからか、それとも軽く見られた事への怒りからか。やや饒舌な影は続ける。

「「鬼籍院」を使います。そして、その段取りは既に出来ています」

「形振り構わずか。ふっ、良かろう」

他の影の若干の嘲笑染みた響きが気に食わなかったのか、影は何も言い返さず黙った。

そして沈黙が訪れる。

それ、がここに向かって来ているのは、既に把握済み。

間もなく、いや、もうすぐそこまで来ているはずだった。

薄暗いだけの空間と思われたこの場所だったが、当然影ではない者が入室する入口が存在している。仕

その入り口の外にわざとらしく気配が現れた。

「『銀翼』、委員会の方々に謁見致したく、参上仕りました」

大袈裟な口上をブチ上げ、真嗣にとって崖っぷちのやり取りは幕を開ける。







「入室を許可しよう」

長い長い、そして無機質の光が満ちる、生き物気配など皆無の廊下。

その端に位置する扉、廊下の終着点。その部屋の前で跪いた真嗣に男の声で入室許可が与えられる。

扉の中から聞こえたようで、どこか遠いところから響いたようでもある奇妙に響いた声を何一つ不審がる事無く真嗣は立ち上がり一礼する。

やはりその扉は音も無く開く。

薄暗い空間に廊下の光が差し込む。

部屋に入り、そして背後で音も無く扉の閉まる気配を感じる。

すっと再び跪き、顔を伏せる。

「わざわざ御苦労。では早速用件を聞こうか」

影の一つが口を開く。『仕事』を担当すると言う例の者だ。

他の者は一先ずは静観と言う事だろう。

真嗣は顔を上げ、一つ一つの影を見る。並ぶ数は七。

長方形状に並び、左右にそれぞれ三人ずつ。そして、真嗣の丁度正面に当たる最奥に一つ。

「委員会の方でも存じているとは思いますが、先日、私が謎の襲撃を受けた件についてです」

言葉を切り、反応を窺う。

無言。先を言えと無言で促される。

「『閃影』の調査により裏で糸を引いていた者の見当が付きました」

真嗣は見逃さなかった。

何人かの影がほんの一瞬、本当に僅かだが真嗣の放った爆弾に感情を揺らした事を。

更に畳みかけるように言葉を続ける。

「『闇』内部のキャリアーに関係する研究機関の内の一つ。その第三研究所の所長、北条甲。奴が組織の情報を不正に収集し外部に流していたと思われます」

それは士月が必死に調べ上げた結果だった。決して委員会に揺さぶりをかけるために用意した嘘では無い。確固たる真実。そして、それを持ってして委員会に揺さぶりをかける。

嘘では無く真実であるが故に与える衝撃は大きい。委員会に後ろ暗いことがあるのなら尚更だ。

此処までは証拠まで掴んだ確かな真実。

「…内部の者が内部の者に情報を漏らしていたと言うのかね?」

表向きは委員会も全力を挙げて調査中、と言う事にはなっていた。それが本当なのかどうか真嗣達には分からないが。

「『闇』の人間だからと言って、他の内部の情報を自由に知れる訳ではありません。外部の人間が『闇』の内部情報を欲し、『闇』内部に協力者を得たとして、危険を冒して情報を外部に運び出したところで一人から得られる情報はたかが知れています」

そして、今言った事は得られた事実から士月と二人で推論した結果に過ぎない。

だが、間違いだとは思わない。これなら辻褄が合う。

それでも、未だにどれが、いや、何処に黒幕が居るのかはハッキリとしなかった。

「ならば、内部の人間に時間をかけて内部の情報を集めさせる。そこで一旦纏め上げた情報を一気に外部に運ばせる。この方がリスクも最小限で最大の成果を得られます」

言い切り、ぐっと瞳に力を込める。

一番警戒すべきはこの委員会の議長である最奥の男。

この場の淀んだ空気に飲み込まれてしまわないように真っ直ぐに見据える。

だが、答えたのはその影では無かった。

今まで真嗣と問答をしていた者が継続して答える。

「その外部より我々の情報を欲している者の検討は付いているのか?」

先ほどよりも遠慮の無い声が何よりも若干の焦りを映し出す。

「…いえ、まだです」

「ならば、先にその黒幕を発見して、始末せねば…」

真嗣や士月からすればそれは手緩い対処以外の何物でもない。

「現状は!」

叫び、続く言葉を遮る。

「一刻も早く、これ以上の情報の流出を防ぐべきでしょう」

「しかし、その外部の何物かに逃げられる訳にはいかない。そいつは既にある程度のこちらの機密を握っているはずだ」

「逃がしはしません。内部で情報をまとめていた奴を速やかに確保して、吐かせます」

「ならん!敵の全貌が分かるまで君達はまだ動かさない」

はっきりと行動を封じられた真嗣はそれでも食い下がろうとする。

これは、やはり俺たちに動かれては都合が悪いと言う事じゃないのか…?

「いや」

っ!

自分の発する声よりも先に、重々しい声が不意に聞こえた。

「『銀翼』の言う事にも一理ある。これ以上の機密の漏洩は防がねばならん」

「なっ、し、しかし」

「ここは『銀翼』に任せよう」

その影にそう言われれば、他の影に反論の余地は無い。

「だが、君の負担を考えた上で、外部の者に関しては我々に任せたまえ」

そして、当然の事ながら真嗣もその決定には従う他ない。

改めて鬼籍院『銀翼』への命令として影は最奥の影の決定を繰り返す。

「…分かりました。ならば、『銀翼』よ、君はその内部の裏切り者を速やかに確保するように」

「確保、ですね」

真嗣は最奥の影では無く、あくまで自分に指令を出す影に向かって確認する。

そう。言うなればその影こそが真嗣達「鬼籍院」を直接統括し、動かす存在だからだ。

だが、最大の決定権等、権力を握るのはその影ではない事は今のやり取りが示している。

「当然だ。黒幕が分からない現状では、その者から吐かせる選択肢も視野に入れる」

問答無用で排除の命令が多い鬼籍院に対する命令としては特異と言わざるを得ないが、現状ではそれも致し方の無い命令に思える。

「分かりました。確保するように動きます」

「それだけかね、ここに来た要件は?」

今まで一言も喋らずに居た、真嗣から見て一番右側手前の影が言葉を発する。

「はい」

「そうか。ならば、直ちに仕事を遂行してくれ。この件は一刻を争う」

再び、先ほどまでの影が言う。

「はっ」

立ち上がり、一礼の後、退室する真嗣。

廊下に出て、来た道を戻る。

意外にも冷静さを保っていられた事をまるで他人のように見つめる自分に僅か、驚きながら。






「危険…ですかな」

排除すべき鬼籍院筆頭の姿を改めて直接見た後の、疑問の声。

それに答えるは鬼籍院を統括する影だった。

「危険でしょう。我々が仕込んだ事も含めてですが、あの男は根本的に壊れているのです」

後悔と言うには軽く、何気なくと言うには苦々しい響きが含まれる台詞を零す。

「奴の行動原理は家族を失った日。そして、その出来事に我らが関わっていると知った時、『銀翼』がどういう行動を取るかは明白」

「キャリアーだったので使えると思っていましたけどねぇ」

滅多に喋らない影も思わず口を挟む。

「奴を拾った時の仕込みで完全に服従させられると踏んだのですが、我々が甘かったと認めなければいけない」

今度ははっきりと吐き捨てるように悔いを露わにする。

「ふん、我々?鬼籍院を統括するべき君の判断が甘かった、の間違いじゃないのか?」

「…当時、奴を鬼籍院に所属させる事には貴方も賛成した筈ですが?」

「何だと…」

不穏な空気が漂い始めたその場には彼がいた。

「あれが、鬼籍院筆頭『銀翼』」

暗がりより、その姿を現す。

真嗣にも全く気取られることなく、様子を窺っていたのは他の誰でもない『穿藍』三国幸利。

「まだ、君の出番では無いぞ『穿藍』」

鬼籍院統括者の影がイライラを声に滲ませながら言う。

「あぁ、分かってるよ、そんな事は」

だが、幸利はその影の機嫌など欠片も意に介せず、口の端で笑う。

「ここに同席させたのも今回だけ、特別中の特別だ。分かっているだろうな」

更に窘める響きを含ませて告げる。

「ふん。とっととその女をダシにして出番を作ってくれよぉ、期待して待ってるぜ」

片手を挙げその場を去る幸利。口の端には喜びの笑みを張り付けたまま。

彼の去った場所は一瞬だけ静けさを取り戻したが、詰問がそれを破る。

「女…とは?」

「言う必要はありませんな」

吐き捨てるように言う。この事は出来るだけ伏せておきたかった事だ。

自分の切り札とも言える策。

これを知られれば、ここに同席している者の何人かは何をしてくるか分かったものではない。

肝心の内容が知られなかったので、まだ許容範囲だが。

同じこの組織の為に動いているとは言え、とても仲間とは言い難い者達だと各々が自覚している。

それを知った『穿藍』はこちらの焦りを誘うこと自体が計算済みで、獲物に食らいつく時間を少しでも短縮するためにわざとちらつかせたか。

その男をこの街に招いた事を後悔しかかったが、思い直した。

『銀翼』の危うさに比べれば、まだマシなのは目に見えている。

「貴様…!」

「やり方は私に一任させてもらっているはずです。『銀翼』を今度こそ従順な人形にと思っていたのは確かですが、それが無理なら消えてもらうまでです」

丁寧な口調は未だに崩していなかったが、今度のそれには明らかに自信のある響きが含まれている。

本人以外にはそう聞こえた筈だ。

内心の動揺を悟られないためにも、今手元にある優位を揺るがせないためにも。

奥の影に言葉を促し、確証を得る。

「…うむ。銀翼を問題無く処分出来るならば方法をここでわざわざ報告する必要はなかろう」

一番の権力者にそう言われれば、他の影に言葉を挟む余地は無かった。

「御心配には及びません。北条も所詮は追い詰めていく過程の一つの駒に過ぎない。とっておきは私の手中にあります」

「期待しているぞ、イグザクトリー」

「はっ」

短く切れの良い返事と共に闇の中に消えた影。

それにわざとらしく、そして同じく短く舌打ちをした後、イグザクトリーと呼ばれた影に突っかかっていた影も消える。

それらを合図にしたかのように周囲の者達も次々と闇に溶けてゆく。

「良い、これで組織の障害が一つ減る」

そして、そこは再び、元の暗闇に満たされた。

幾重もの思惑と欺瞞に絡まれた歯車は軋み音を立てて、外れだす。



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