第十五話 友人[光]
水面は煌めく。
あまり良い気分ではない時も、良い気分の時も。
「あんまり気は進まないよな」
八幡川の川縁、堤防に腰掛け大きくため息を吐く。
まるで悪かったテストを親に見せる前、とか、友人に借りたCDの歌詞カードを汚してしまった、などと言った風情にも見える。
鬱々とした気持ちは晴れない。
「あれ、榎本君じゃない?」
不意に声をかけられ振り向く。
その先にクラスメイトであり、飛鳥の親友でもある進藤光の姿があった。
ちりんちりんと自転車のベルを鳴らしながら、笑っている。
部活帰りなのだろう。夏休みと言うのに制服を着ているし、何よりショートカットより少し長めの髪が後ろ頭で一括りにされているのが彼女の部活動時の特徴なのだ。
「よ、部活帰りみたいだな、お疲れさん」
「本当、夏休みに入ってから一日も休み無しなの。勘弁してほしいよ」
たははと苦笑いをする彼女だったが、同時に満足感も漂わせていた。
時刻は未だ正午を回って幾許も経っていない。彼女の所属するテニス部は朝練がスタンダードである。
「そりゃあ、強いとこの練習なんてそんなもんだろ?」
「強いって言っても全国狙えるかどうかは微妙なとこだし、上の下ってとこなんだけどね」
「飛鳥が助っ人に行けば…」
「上の中になるかな。あのスーパー完璧超人はね」
「は、そんなにすげーの、あいつ?」
鼻で笑って、呆れたように感嘆する。
そして、それを見た光も思わず呆れたように笑う。
「…ま、問題はちょうどテニス部の大会の時に飛鳥が空いてるかってとこなんだけど、まぁ…」
「そりゃあ、難しいな。あいつ、本当にどの部からも引っ張りだこだからな」
「…それ、本気で言ってるの?」
次はただ呆れ笑いだけでは気が済まなかったらしい。溜息混じりので純粋に真嗣に問う。
「え…」
「飛鳥ってああ見えて結構外面は良いのよね」
今までの話の流れと合っているとは思えない話題。
それでも、光は苦笑いしながら生真面目に続ける。
「私は中学の時に飛鳥と出会ったけど、榎本君も時期は同じ頃でしょ、確か」
「あ、あぁ。そうだったかな」
光は中学入学時に、真嗣はその僅か前、彼がこの街に住むようになった中学一年の春、進級寸前に中学校入学を控えた宮野飛鳥と出会った。
「私より近い所に居る癖に…」
曖昧な答えにイラッとした光の口を思わず吐いて出た言葉。
「は?」
「い、いや、何でもないよ。それより本当に分かんないの?」
「…何が」
「飛鳥は外面が良いって言ってるの」
「それは、まぁ、知ってるって」
この場に飛鳥が居れば二人とも即刻でぶっ飛ばれそうなやり取りを交わす。
「飛鳥は必ず来るわ」
何処に、とはあえて言わない。
「そんなの分からねーよ」
「飛鳥は…そういうとこは大事にするもの」
はっきりと「何を」大事にする、とは示さなかった光。それは彼ならば理解する、いや、既に理解していると、ある種の確信があったからに他ならない。
「はぁ?」
良く分からないと表情で訝しがる真嗣。
「はぁ、まあ、良いか。じゃ、私は帰るわ」
「お、おう。またな」
いつも鋭いようで、肝心なところで妙に鈍い友達に光は笑って手を振る。
「飛鳥も大変ね」
他人事感がたっぷり詰まった捨て台詞は、親愛なる響きをもって聞こえない二人に贈られた。