第十三話 意味[士月]
「ふぅ、疲れたな」
高校生にしては遅い帰宅時間。時計の針は既に日付の向こうへと回っている。
昨日は終わり、新たな今日を迎える。
お隣さんでもある飛鳥は帰ってきていない。
それも当然だろう。家族のいる身だ。こんな時間に帰宅など出来る訳もない。
友人の家に、具体的に言えば、親友である進藤光の家に泊まっている。
「ただいま…か」
何を想って挨拶を口にしたのか。
暗闇の部屋から返ってくるもの物など沈黙だけ。
普段も、そして今日も。
親など居なかった。この部屋にただ一人で住んでいた。
天涯孤独の身、と周りに言ってなどいない。
そんな高校生など普通はいないだろう。学校にも、そして、周りの人間にもそれ相応の説明は為されている。何も詳しく説明する必要など無いのだ。怪しまなければ、疑わなければそれで良い。
訳有りで、所謂家庭の事情で生まれの東日本から親戚の居るこの希市に引っ越してきたと説明をしている。
その設定だけ知っていれば、あとはその通り振る舞うだけで真嗣の心配する問題ではない。残りの面倒事は他の『闇』の人間が処理する事柄に過ぎない。
真嗣は与えられた仕事を全うするだけだ。心を砕く事があるとすれば、如何にして使命を果たすかと言う事。
最も、そんな事を考える人間など、鬼籍院には居ないだろうが。皆、『闇』の為に仕事をしている訳ではないのだ。
真嗣もある意味では例外ではない。
「おい、居るのなら出て来い」
当然だが、真嗣にはそこに彼が居る事がはっきりと分かった上での「居るなら」と言う言葉だった。
やれやれと言った感じで首を振り、彼は、両莽士月は、暗がりより出でる。
蛍光灯は点けなかった。
瞳も髪も見えず、輪郭だけが幽鬼のように動く。
窓より差し込む夜の光のみが部屋を照らしていた。
「おい、どういう事なんだ、俺は何も聞いていない」
いつもよりも遥かにぶっきらぼうな鋭さだった。
だが、冷たさだけは微塵も失われていない。
そして、やはり彼も普段と何も変わらない声で返す。
ただ、そこにいつもと同じ真嗣の満足のいく返答は無かったが。
「僕も何も知らない」
「何も…知らない?」
士月を睨む。
溢れ出そうになった感情を辛うじて留める。
襲撃を受けた、それも表側で。
その事実が何よりも事の重大さを示している。
人に恨まれるような事はそれこそ吐き捨てる程やってきた。だが、恨まれるとしても、その真嗣を恨むべき者達は既に生きてなどいないか、恨むべき対象を知らない。
「はっきりと俺だと言う事を分かっての攻撃だった」
先に述べたように、榎本真嗣が『銀翼』であると言う事はそう簡単に知られる筈が無い。
『銀翼』の情報が、引いては鬼籍院自体の情報が、真嗣を狙う、又は鬼籍院そのものを狙う何者かに洩れているとしか言えない状況だと真嗣は判断していた。
「一応、状況自体は事後処理に当たった者達から聞き出してはいるけど、君から直接聞いておきたくてね」
「当然だ」
あの戦いの後、その遺体を処理するように手配したのは真嗣。本来、そういう役目は士月の物だった。
現状、士月は鬼籍院の五位、五分の一でありながら、暗殺よりも真嗣へのサポートを主な仕事としている。
それは、より迅速に、一分の隙も無く彼らの仕事を遂行させる為に『闇』の上部からも認められていた。
それは、この街での面倒事は避けたいと言う意思の表れ。
そう。即ち一つの事実に行き着くのである。
「気をつけて、真嗣。どうにもきな臭いような気がするんだ」
「分かってる。上は今回の件については?」
「調査機関を総動員して目下全力で調査中、と言う事みたいだね」
「流れた情報が俺の物だけとは限らないからな、上も必死って事だろ」
鼻で笑い、皮肉る。
実際のところが組織上層部がどう動いているのか真嗣に知る術はない。出来る事と言えば精々、推測をする事ぐらいだ。
頼みの綱は、士月だけ。
だが、暗殺機関と言う、裏の世界にあっても血生臭い鬼籍院の情報は、『闇』の中でもトップシークレット扱いだった。それが漏洩するという事は、他の機密も安泰ではない事を示唆しているのは紛れもない事実ではある。
「僕も調査を進める。今後も何かしらの襲撃があるかもしれないから、用心はしておいてくれよ」
思わず肩をすくめる真嗣。
「俺の前に立つのなら殺すさ、仕事で仕留めるのも、自己防衛も変わらないって…ね」
若干の笑み、形は変わらなかったが、次の瞬間に凄惨な色に歪む。
「狙われるのは、嫌いだけどな」
士月は柔らかく微笑んだだけだった。




