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カンタとさつき  作者: しろつめくさ
1/2

ある雨の日

さつきとカンタのカンタ視点になります。

よろしくお願いします。

 俺には幼馴染がいる。

 名前は川原さつき。

 小さい頃は、何をするにも一緒にいた。さつきは、男子の遊びにも気にせずついてきた。自分の考えていることは、何も言わなくてもさつきには伝わった。サッカーなんて、どこの少年マンガか!?というような、キラーパスのやりとりもした。

「1番の親友は?」と聞かれたら、「さつき」と答えるくらいに、俺には大事な存在だ。


 そんなさつきとの関係が変わったのは、12歳の夏だった。

 何故か、さつきが一緒に遊ばなくなったのだ。

 俺が誘っても、サッカーも裏山探検も虫捕りもしなくなった。女子と一緒に過ごすことが多くなったさつきと、学校で話す機会が減っていく。元々、話すのが得意ではない自分は、さつきに声をかけられなかった。

 それでも、家が隣同士、家族ぐるみでのイベントもあるし、接点がゼロになることはなかった。夏休みには恒例のBBQパーティもした。その時のさつきは、いつものように俺と話していた。自分は基本聞き役なので、主にさつきがしゃべる。そして、ふたりでいると、さつきの母、(あおい)さんがじーっと、こちらを見てくる。「生のさつきとカンタ…眼福、眼福。」と呟きながら。いやむしろ、両手を合わせ拝んでいる。何故だ?


 中学に上がると、更にさつきと別行動することが多くなった。俺はサッカー部、さつきは吹奏楽部に入部すると、それぞれ部活で忙しくなり、一緒に帰ることもなくなった。廊下で会うと、さつきは「おはよ」と挨拶くらいはするが、それ以外まともに口も利かなくなっていた。別に仲が悪い訳ではなく、ただ話すことがないのだ。あれだけあったふたりの共通項が、今はもう片手で足りる。


 高校に入学する頃には、ただの同級生になっていた。周りの友達は、俺がさつきと幼馴染だなんて知らないだろう。



 *************************



『昼休み、中庭に来てください。』

 差出人の名前が書いていない手紙が、下駄箱に入っていた。…字が女子だ。

 はぁ。

 ため息が漏れる。

 中学の頃から、時々女子から呼び出しがあった。俺は社交的なタイプではない。口数少なく、ほとんど表情も変わらない。が、何故かクールなところがいい、と一部の女子にウケているらしい。(らしい、というのは、友達から聞いたからだ。)

 しかも、女子と接点を持たないが為に、SNSで繋がることもなく、こういう時は古典的な方法で呼び出されるのだ。

 面倒臭い。

 何故、自分の名前を書かない?

 何故、用件を知らせない?

 効率が悪いだろ。

 仮にも、(おそらく)女子に呼び出されて、こう思う自分は冷めてると思う。

 他人の好きとか、嫌いとか正直面倒臭い。興味のないことには、とことん無関心な自分は、同性の友達からは『嘘をつかないヤツ』『潔いヤツ』という評価を受けているようだ。

 はぁ。

 面倒臭い。

 が、一方的な約束とはいえ、守らなかったら、更に面倒臭いことになるのはわかっている。

 中学の頃、手紙が机に入っていたことがあった。俺は気づかず、部活で汗を流していたら、5,6人の女子が徒党を組んでやってきたのだ。

「どうして約束を守らないの⁉︎」「相手の気持ち、考えたことあるの⁉︎」と、延々責められるが、状況がわからない上、口下手な自分はただそれを聞いているだけだった。

 挙句、「そんな人だとは思わなかった!」と、おそらく手紙の差出人だろう女子に涙目で睨まれ、何故か自分が振られたような体になっていた。あの後、手紙に気づいていなかったことを、サッカー部のチームメイト、小田桐が相手の女子に伝えてくれたが、向こうから何か言ってくることも、こちらから関わりに行くこともなかった。

 そんな出来事もあって、俺にとって恋愛は、面倒臭くて、理不尽で、理解不能な厄介なモノになっていた。


 はぁ。

 昼休み。弁当を食べ終わると、重い足取りで中庭に向かった。校舎と体育館を結ぶ渡り廊下を歩く。夏の風が木々の緑を揺らし、さわさわと涼しげな音を立てる。

 上履きのまま汚れるのも気にせず、渡り廊下から中庭に向かって歩き出す。中庭には所々に植栽があり、少し入ると、周りを緑に囲まれた場所に出る。ここは渡り廊下から死角になっていて、告白スポットになっているのだ。

 早く終わらせよう。

 そう思っていると、誰かがこちらにやってくる気配がした。渡り廊下の方に目をやり、思わず固まってしまった。


 そこには、さつきがいたのだ。


 さつきが、俺を呼び出したのか。

 どくん、と鼓動が跳ねる。


 今までどんなかわいい子に呼び出されても、こんな気持ちになったことはなかった。


 どうして、俺はうれしいんだろう。


 さぁっと、風が吹き抜ける。さつきの背中まで伸びた黒髪が、風に遊ばれて、ふわりと柔らかそうに(なび)いた。白い(うなじ)がちらりと覗き、その細さにごくりと喉が鳴る。

 目の前にいる幼馴染は、知らない人みたいだった。

 自分の中には、一緒に遊び、バカをやっていた頃のさつきがいて、共に過ごすことが少なくなってからもそれは上書きされることはなかった。ほとんど話す機会もないのだから、上書きするイメージもなかったのだ。

 確かに短かった髪は伸びたし、以前より格段に女の子らしくなったと思う。

 けど。

 だから、なんだ。

 なんだというんだ。

 乱れた髪を直す幼馴染を見て、胸がどきどきするなんて。


「あの…」

 震える声に呼び止められて、我に返る。ふと、声のした方を見ると、小柄な女子が立っている。手紙の差出人のようだ。

 さつきじゃ、ないのか。

「にゅ…、入学式で見た時から、好きです。よかったら、付き合ってください……」

 その子は緊張しているのか、俯いたまま早口で言った。見覚えがあるような、ないような…。ただでさえ、興味のないことに無関心で人の顔を覚えていないのだ。下を向いて顔も見えない女子が誰なのか、見当も付かない。


 こういう時、さつきなら相手の顔を見て話すだろうな。

 そう、思った。

 思ってから、自分に驚く。

 何を考えているんだ。

 さつきは幼馴染だ。


 でも、さっき。


 さつきが呼び出したと思ったとき、自分はうれしかったのだ。

 自分の勘違いに気づいたとき、落胆したのだ。


 それは。

 もう。


「…ごめん」








 恋だ。





「好きな人がいる…」


 そう言うと、相手の女子はそっとこちらを見上げた。泣きそうな顔をしているが、ぺこりとお辞儀をすると、その子は校舎に戻っていった。

 俺は黙って、その後ろ姿を見送った。


 ざぁっと、風が吹き抜ける。

 見上げると、夏の雲が空を覆い始めていた。


 *************************

 雨でも基本、部活はある。

 が、今日は雷注意報が出ている為、練習が無くなり、いつもより早い時間に帰宅することになった。土砂降りになる前になんとか帰り着いた俺は、自分の部屋にいた。窓を叩く雨を、何をするでもなくぼんやりと見ていた。

 頭の中は、今日気付いた自分の気持ちでいっぱいだった。

 それは、突然自分の中に湧いたようにも感じるし、ずっとずっと前から自分の中にあったような気もする。

 さつきとは、ずっと一緒に大きくなってきた。多少の距離は出来たとしても、幼馴染なのは変わらない。

 今日みたいに、遠く感じることなどなかった。

 気付いたら、幼馴染は大人へと一歩足を踏み入れ、成長していたのだ。


 いや。


 幼馴染、という家族の延長線上にいたふたりのカタチが自分の中で変わったのだ。


 物思いに耽っていると、階下で母親の呼ぶ声がした。リビングに下りると、徐ろに野菜の入ったビニール袋を渡される。

「これ、川原さん家に持って行ってきて。」

 袋の中は、夏野菜が入っている。母は数年前から家庭菜園にハマり、始めはプランターでいくつか野菜を育てるくらいだったが、今では庭の一角が小さな畑になっている。なんでも、外国のお洒落な家庭菜園を目指しているらしく、野菜の植え方にこだわっていたり、野菜だけでなく間に花を植えたりしている。最近、ついにブログまで始めたらしい。収穫した野菜は、たまにご近所にもお裾分けしている。

「雨で傷む前にって、採り過ぎちゃったのよ。」

「ん。さつきん家、持ってくわ。」

 自然とさつきと話すきっかけができて、うれしい。そう思ってると、母親がじっと見てくる。

「何?うれしそうね?」

「…別に。」

 そそくさと、玄関に向かう。母、美笑子(みえこ)は妙に勘が鋭い。そして、俺を揶揄うのが生き甲斐だ。わざわざ玄関までやってきた母は意味深な笑みを浮かべている。

「ははぁ〜ん?」

 …嫌な予感がする。

「ははぁ〜〜〜ん?」

「アンタ、もしか「いってきます。」

 言わせるか!

 俺は勢いよく、玄関のドアを開けた。



 さつきの部屋の前で、俺は立ち尽くしていた。ドアを開けようと思うのに、体が動かない。


 川原家に来たものの、チャイムを鳴らしても誰も出ず、勝手知ったるなんとやらで、中に入った。さつきの靴はあるものの、呼んでも返事がない。そこで、二階に、さつきの部屋へ向かったのだ。


 そして。

 部屋の中から、泣いている声が聞こえたのだ。

 しゃくりあげ、洟を啜る音もした。

 小さい頃は、わぁーっと声を上げて泣いていた。こんな、声を押し殺すような、何かに耐えるような泣き方ではなかった。


 なんで、泣いているのか。

 理由も知らない。

 わからない。

 前は、知らないことなんてなかったのに。

 もしかして、自分は、今のさつきのことをほとんど知らないのではないだろうか。

 そう思ってしまった。



 だから、そのドアが開いた時、その涙の理由を聞いたのだ。

「…なんで、泣いてる?」

 幼馴染は、応えなかった。

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