475話 暗唱
翌朝。
と言っても、まだ陽が昇り始め。地平線と空との境界線が僅かに白み始めた様な早朝。
俺とジョーさんはユーダリルダンジョンからアスガードの街へと続く街道を歩いていた。
「んで、今日はどっち先にやるんだ?」
「先にビリーさんの荷物お願いします」
「おう」
「まず今日1番大事な用事を済ませてから。スイート・エモーションに行きましょう」
「だな・・・忘れでもしたら殺されかねねぇ・・・」
「それは流石に言い過ぎ・・・でも無いか・・・」
「だろ?」
「昨夜の必死の形相を見たら、その可能性は否定出来無いですね」
「着替えとかごときで何であんな必死なのか意味分かんねぇよな?」
昨夜、夕食後に必死の形相をしたビリーさんがジョーさんに絶対に必要な物を伝えていたが・・・。
「まさか暗唱までさせられるとはな・・・」
「ですねぇ」
「だが、あん時は助かった」
「ん?あぁ、どういたしまして」
時間に間に合わなかったビリーさんに責任があるから。
多少、物が足りなくてもジョーさんを責めるべきじゃない。と、擁護したんだった。
「ナギトは相変わらずあーゆーのに頭が回るよな」
「誉めてます?」
「誉めてる誉めてる。1回で全部やろうとすると足りない物が出て来るから、必要な物から順に足していけば良い。とか、俺は浮かばねぇ」
「別に、帰ろうと思えば毎日帰れますからね」
「だなぁ」
「究極・・・全員、日帰りで毎日通っても良いぐらいですからね」
「ダンジョン内での移動時間が0だからな」
「はい」
「流石にそれをやってっと怪しまれるから無理だがな」
「それと、毎朝ブラッドさんを起こせる自信が無いです」
「ホームだと完全に気が抜けてっからな」
「はい」
「んで、その後はどうすんだ?」
「ビリーさんの荷造りした後ですか?」
「おう」
「その後はスイート・エモーションに行って、ジョーさんの装備の相談ですね」
「ナギトはその間どうすんだ?」
「俺も一緒に行こうかと思ってます」
「あぁ、俺が向こうで馬車の用意して貰ってか」
「いや、俺もジョーさんと一緒に行きます」
「良いのか?」
「ホームからスイート・エモーションまで気配を消して行けば問題無いですね」
「そういや、そんな意味分からんスキル持ってるんだったな・・・」
「いきなり行くとビックリさせちゃうんで、ジョーさんが横に居るって言ってくれれば怒られないと思います。たぶん」
「たぶんかよ。つーか、前にやって怒られたっぽいな」
「そこそこ怒られましたね」
「おいおい、俺まで巻き添えにすんじゃねぇぞ?」
「大丈夫ですよ。たぶん」
「ナギトのたぶんはアテになんねぇからな・・・」
「だったら、今から怒られる心の準備をしといて下さい」
「そこは、お前が怒られねぇように何とかしろよ」
「たしかにっ」
そんなこんなでロックスのホームに帰って来た。
「それじゃあ、俺は下で待ってますんでお願いします」
「ん?手伝ってくれねぇのか?」
「女性の部屋ですからね。勝手に入るのはマズいでしょ」
「旦那が良いっつってんだから問題無ぇだろ」
「いやぁ・・・見られてマズい物とか出てきたら嫌じゃないですか」
「んなモン無ぇと思うが・・・俺も気を付けるか・・・」
「量が多ければ部屋の前まで受け取りに行くんで。その時は呼んで下さい」
「おう」
荷造りはジョーさんに任せ。
俺は、軽く一眠り・・・したい所だけど・・・。
昨日、ラウエルの森で薬草の採集の合間にやろうと思っていたスキルの練習をする事にした。
「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」
能力を底上げ出来るのも大事だけど、やっぱりいざって時の為にヒールは出来るだけ上げておいた方が良いよね。
「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」
でも、毎回毎回声に出すのってこっ恥ずかしいんだよなぁ。
ごっこ遊びみたいで・・・。
よし、無詠唱ってのを練習してみるか。
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
まぁ、最初から出来たりはしないか。
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
イメージがきっと大事。
集中して、声に出す時と同じ感覚で頭の中で唱える。
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
難しい・・・。
よし・・・。
「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」「ヒール」
よし、この感覚のまま。
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
ダメだ。
う~ん・・・。
全く出来る気がしないな。
でも。
「おい、アイツ今詠唱してなかったよな?」
「んな訳無ぇだろ」
「ほら見ろよ。今も詠唱してなかったぞ」
「アイツ何者なんだ・・・」
みたいのを言われたい人生だった。
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