第97話 地球での活動について考えてみる
バチカン市国から空港に帰還した竜郎たち。
青年にはお礼にと解魔法で体を調べながら、生魔法で癒していく。
全体的に健康体ではあったが、何かスポーツをしているのか右肩の軟骨が常態よりすり減っていた。なので、その部分を特に重点的に癒しておいた。
あとは特別気になる個所もないので、全体的に癒して肉体年齢を若返らせるだけで済む。
治療が終わると、出会ったときと同じ椅子に同じポーズで座ってもらい、この数分間の記憶を思い出せないようにしてから催眠を解き離れていく。
幸いなことに、彼の友人はまだ来ていない様子。
「ん? なんか気分がいいし、体がすっきりしているような……気のせいか?」
スマホをぼんやり見ていた彼は、唐突に感じた体の変化に気が付き立ち上がる。
それから屈伸したり肩を回したりと体を動かし、その調子の良さを実感して顔には笑みが浮かんでいた。
特に大きな問題を体に抱えていたわけでもない若者が、すぐに気が付くレベルでの癒しをほどこされたというのに、彼は竜郎の魔法によってそのこと自体に疑問を感じてはいなかった。
今すぐにでも体を思い切り動かしてみたいと、空港内のロビーを走り出しそうな彼を尻目に、竜郎たちは次のターゲットを探しはじめるのだった。
海外への転移場所探しをはじめて2日目。今日も誰かよさそうな人はいないかと、初日と同じメンバーで空港内のロビーをうろついていると、やたらと裕福そうな身なりをした中肉中背中年。
茶髪に近い黒の短髪をきちっと整えた白人男性が、のんびりとやってくるのが見えた。
「お金持ちって感じの人だねぇ。行ってみる?」
「転移場所は度外視しても、ちょっと話を聞いてみたいな。行ってみよう」
時間を気にしているでもなく、のんびり歩いているので急いではいないだろう。
そう判断して彼にだけ認識できるように魔法を操作しながら、薄らと催眠をかけながら話しかけていく。
「こんには。少しだけ、今お時間よろしいでしょうか?」
「やあ、こんにちは。今日はこの後、家族が泊まっているホテルに向かうだけだから問題ないよ。それで、なんのようだい?」
「どちらから、日本へ?」
「カリフォルニアからだよ」
「カリフォルニアかぁ。被っちゃったね」
カリフォルニア州は別の黒人女性の協力のもと、すでに転移できるようになっていた。
なら他に行ったことのある日本以外の国はないかと聞いてみれば、まだかすってもいないシンガポールに行ったことがあるとのこと。
さっそく彼の記憶を頼りにシンガポールへと飛び、マーライオン公園で大きなマーライオンを背景に写真を撮ることに成功。
空港へと戻ってくると、彼を癒す前に少し気になっていたことを竜郎は聞いてみることにした。
「あの、ご職業はなにを?」
「IT系の企業を経営しているよ」
「おぉ~社長さんかぁ。凄いね」
「そんなことはないさ。私の会社なんて、他のところと比べたらまだまだだ」
謙遜ではなく、本心でそう思っているようだ。愛衣の純粋な称賛も軽く受け流された。
「それでも十分お金を稼いでいそうですが。……あの、宝飾品とか興味あります?」
「宝飾品? 私はそれほど興味はないが、妻はそれなりにといったところか。
人前に出て恥ずかしくない程度に、身の丈に合ったものを身につけるようにしているね」
「じゃあ知り合いの方とか、人づてに聞いたとかでもいいんですが、そういった物に目がない方など御存じないですか?」
「私の身近にはいないなぁ。ああ、けどいつだったかのチャリティーパーティで、そんな人の話をしているのを聞いたな」
「そうなんですか? どこのなんて人か分かりますか?」
「とある大企業の社長夫人で、娘ともども宝石なんかに目がないとか。
どこの誰かまでは話に出なかったから分からないが、いるんだとしても相当大きな企業の社長夫人だとは思うよ。私なんか足元にも及ばないくらいのね。
少し聞いただけでも、かなりの額を宝飾品だけに費やせるらしいから」
「なるほど。貴重な情報、感謝します。それじゃあ宝石とかではなくとも、なにか凄く困っている富豪の方って──」
地球での資金稼ぎになりそうな情報を、ここぞとばかりに集めていく竜郎。
私の会社なんて──と言っておきながら、この人物はなかなかに顔が広いようだ。
竜郎たちですら聞いたことのある有名な企業の社長やら映画スター、歌手などの有名人とも会ったことがあるらしく、期待していた以上に面白い……と言っていいかどうか分からない暗い話もふくめて、こちらにとって有益な情報を得ることができた。
そんなことをしていたせいで、だいたい5分程度で終わっていたやり取りが、この人だけ20分以上も拘束していたことに気がついた。
「少しと言っておきながら、長いことお付き合いさせてしまい、すいませんでした」
「君の役に立てたようなら何よりだ。気にしないでくれ」
嫌な顔一つせず、本心から爽やかに笑って許してくれた。
顔がいいというわけではないのだが、かっこいい大人というのはこういう人のことなのだろうと竜郎たちは思った。
「余裕のある大人って感じだね」
「ああ、俺も大人になったらこうありたいもんだ」
もう一度ちゃんとお礼を言ってから、竜郎は彼の体を気合を入れて癒していく。
重篤な病は持っていないものの、細かく体のあちこちで気になる部分があったので一気に治して肉体年齢を若返らせていった。
しかし彼には他の人以上に協力してもらったので、もう一つオマケで何かしてあげたい気持ちになる。
そこで竜郎は《無限アイテムフィールド》から、なんの変哲もない鉄のインゴットを取り出した。
足元にいた楓と菖蒲が、くれるの? とばかりに手を伸ばしてくるが、違うよと言って頭を撫でる。
「それで何するの? たつろー。このおじさんに、それあげるの?」
「まあ、ある意味正解かな」
「この人は鉄の塊なんて、もらっても嬉しくないと思うよ? パパ」
「まあ、見ててくれ。2人とも」
そう言うと竜郎は土魔法で鉄を操作し、縦横5センチ、厚さ0.3センチの鉄片を作り上げる。
そこへ竜郎は呪魔法を使って、解魔法と生魔法をその鉄片に付与していく。
効果は所有者が怪我、または病気になった際に、自動で発動し怪我や体力を癒すというもの。
「これまで協力してくれた人にはここまでだったんですが、いろいろと情報も聞かせてもらいましたので、これを差し上げます」
「これは何かな?」
「お守りみたいなものです。事故なんかで大怪我を負っても、それを持っていればすぐ死ぬことはないですし、大病を患っても生命力を増幅してくれるので治る可能性も上がります。
あなた個人に限定したわけでもないので、大切な人に持たせてもいいかもしれません。
時間が経つほどに効果は薄れていきますが、10年くらいは持つと思います」
「ははっ、まるで魔法だな」
「ですね。ただ効果が切れたら、ただの鉄の塊なので、あとは好きにして大丈夫です」
「そうか。それはいい物をもらったな」
竜郎の言葉は全て真実だと思うようにしているので、彼は疑うことなく二つ折りの高級そうな革でできた財布の中に鉄片をしまった。
今後彼はこれまでの竜郎とのやり取りを思い出すことはないが、この鉄片を何の疑問も持たずに、誰にも話さずに、効果が切れるまで持ち歩くようお願いしておいた。
お願いなので強制力はない。邪魔だと本人が思えば捨てるだけ。けれど深層心理では効果を信じているので、そうする可能性は少ないだろう。
それからも竜郎たちは初日の火曜日を含め金曜日までの4日間、学校帰りに空港へ通っては、行ける地域を増やしていった。
その途中、断られたり被りなども複数あったので、ある程度こちらで行きたい場所を指定する方向にシフトチェンジもした。
具体的には急いで行けるようにする必要がない、別の国からすぐに寄れてしまうと判断した場所は、他に行ったことのある国を選択肢にあげてもらうなどだ。
そうしたおかげか、竜郎たちの行動範囲は随分と増えた。
内訳を大雑把に記すと以下のようになる。
北米:カナダ。アメリカ──ワシントン、カリフォルニア、ニューヨーク、コロラド、フロリダ、ネバダ。
南米:コロンビア、チリ。
中東:サウジアラビア。アラブ。エジプト。
ヨーロッパ:イタリア──ローマ内のバチカン市国。イギリス。ドイツ。フランス。スイス。ブルガリア。フィンランド。
西アフリカ:ガーナ。
南アジア:インド。ブータン。
ロシア:ノヴォシビルスク、モスクワ。
オーストラリア:シドニー、パース、タスマニア。
東南アジア:シンガポール、フィリピン。
東アジア:中国──広州、深セン、香港、上海、北京。台湾──台北。
「あとは近くの国から飛んで行けばいいだろうし、空港通いはこのくらいでいいか」
「だね。たつろーも、お疲れ様」
「ああ、愛衣もニーナも楓も菖蒲も、付き添ってくれてありがとな。おかげで楽しくできたよ」
「「うん」」「「あう!」」
元気よく返事をする4人に目を細めながら、空港の自販機で買ったジュースを開けて皆で椅子に座って休憩した。
「ふぅ。それじゃあ、これで一区切りついたってことなんだけどさ。あのシンガポールおじさんに、いろいろ聞いたことはどんなことに使うの?」
愛衣のいうシンガポールおじさんとは、もちろん竜郎が鉄片を渡した身なりのいい中年男性のことだ。
「あーそれな。その話を聞いて余計に強く思ったんだが、実は俺、宇宙人になってみようと思ってるんだ」
「は? 宇宙人?」
「ニーナ知ってるよ! 頭がツルンてして、おっきくて、体がひょろひょろしてるやつなんだよ、ママ。
──って、パパ。アレかっこ悪いから、やめたほうがいいよ? 今のパパが一番いいよ?」
愛衣は何言ってんの? という意味で疑問符を浮かべていたのだが、ニーナは宇宙人を知らないと思ったらしい。最近テレビでやっていた宇宙人、グレイを説明してくれた。
ただその姿を思い出したことで、竜郎があんなのになるのは嫌だと直ぐに反対した。
「なにも体の構造を変えて、宇宙人になるわけじゃないって。呪魔法で相手側に、そう思ってもらえればいいだけだ」
「そっかぁ。なら安心だね!」
「いやいや。あのさ、たつろー。なんで、わざわざ宇宙人に?」
「そっちの方がありえないことを、ありえないものを、こちらの人間でも受け入れてもらえそうだと思ったからだ」
楓と菖蒲は興味がないのか、竜郎と愛衣の膝の上にごろんと寝そべりゴロゴロしはじめる。
けれど愛衣とニーナは、今一真意が分からず首を傾げるばかり。
そこで竜郎はもう少し詳しく、今考えていることを説明していくことにした。
「ちょっとネットで調べてみたんだが、あの奇妙な地震のおかげで宇宙人という存在が今まで以上に、いるのかもしれないと世界中の人が心のどこかで思うようになっているみたいなんだ。
そういった下地があるのなら、宇宙人という存在を受け入れやすい土壌はあるんじゃないかと思ってる。
そこで俺は世界中の一部の富豪たちに宇宙人として接触し、異世界食材を宇宙食材として売れないかと考えている」
「あー……たしかに異世界人よりかは、宇宙人のほうが信じてもらえそうな気はするね。
それに地球じゃありえない美味しい食材も、他の星ならありえるかも? って思ってくれるかも?」
「まあ、そのへんは最悪呪魔法とかで疑問を解かしてしまってもいいわけだが、そうするにしても受け入れやすい土壌があったほうが簡単だし、相手側の精神的負担も少ない。
それに宝飾品は宝飾品で金水晶や虹水晶みたいな、地球にはない綺麗な宝石や金属も向こうにはある。
ララネストやチキーモなんかの暴力的な美味しさなら、価値が下がることもないだろうし、それをこっちでも扱うことができれば、安定して地球のお金を稼げるようになるはずだ」
「なるほど……」
地球では存在しない異世界素材を使った物や食材の販売。これらは『ありえないもの』に分類されるだろう。
けれど竜郎はもう1つ、事象のほうも言及していたことを愛衣は思い出した。
「じゃあ、それが"ありえないもの"だとして、"ありえないこと"っていうのは?」
「あっちの世界の魔法って本当に便利だろ? そんでもって、行き過ぎた技術は魔法と変わらないとかよく言うよな?」
「そうだね。──って、まさか、オーバーテクノロジーを持った宇宙人だぜ! 的な?」
「その通り。どうせなら暇なときにバイト感覚で、魔法を使って世の役にでもってな」
「具体的には?」
「たとえば、この国の総理大臣に宇宙人として会うだろ?」
「ニーナ知ってるよ! 高部呉蔵って人だよね!」
最近、スマホでテレビや動画を見ている影響か、随分とこちらの世界に詳しくなったニーナ。さきほどの宇宙人と同様に、よく知ってるでしょと得意げに教えてくれる。
竜郎と愛衣がよく知ってたねと頭を撫でてあげれば、鼻の穴を大きく膨らませ、より得意顔になっていた。
「そう、その高部さん。それで政治的なことではない日本が困ってること、ぱっと思いつくのだとゴミ問題とかか?
そういうのを解決してあげまっせと、営業しにいくわけだ。宇宙人としてな」
「今の技術で処理の難しいものでも、魔法という名の超技術を使えばあっという間に解決できちゃうことも多いだろね。確かに問題の解決は、それでできそうかも」
「だろ。それに《無限アイテムフィールド》の機能には成分の抽出なんてのもあるし、収納した物を消し去ることもできる。復元魔法だってあるから、リサイクルもし放題だ。
そういうお仕事を、お偉いさんに流してもらって国から適正な額のお金をもらう。そんなwin-winな関係を、こっちの世界で築ければ最高だな」
他にも日本は地震大国だ。地震の予知をリアと協力してできるようになれば、いち早く災害を国に伝えたり──なんてこともできるかもしれない。
「ただまあ、もし実現したとしても、こっちの都合が優先だけどな。あんまり介入しすぎて、技術の進歩が遅れても嫌だし」
「問題を解決しようとするから、技術が進歩していくわけだしね。そんで、それはすぐにやるの?」
「やるにしても、早くて次に異世界に行って地球に帰ってきてからかなぁ。べつに今すぐやらなきゃ、って訳でもないし。
あっちに行く前に用意しておきたい物もあるしな。のんびりいこう」
「だぁねぇ~」
竜郎と愛衣は揃って椅子に背をもたれ掛けると、ニーナたちを膝に乗せ甘やかしながら、しばらく空港でのんびりと寛いだのであった。
次話は水曜更新です。