第93話 友の助言
2限3限と、異世界に行く前まではそれほど好きではなかった授業も、今は懐かしさも相まって新鮮な気持ちで楽しむことができた。
そして4限も同じように過ごせるはずだったのだが、担当科目の教師が実家からまだ帰省できていないということで、その時間は用意された課題+自習とだけ言われ、知らせに来た教師は去っていった。
竜郎や愛衣が1年の終わりに選択したクラスは、一学年に理系と文系それぞれ1クラスずつしか存在しない、他クラスよりもより受験に向けたカリキュラムを組んだ進学クラス。
なので、たとえ生徒だけになっても大声でしゃべりだす者もおらず、真剣に課題を進めていく。
パッと見、軽そうに見える目の前の席の洋平も、いい大学に行けば女子にモテる! という動機のもと日々頑張っている。
けれど課題も終わり、完全に自習の時間ともなれば、雑談を交わす生徒たちも増えてくる。
そんな中、《多重思考》というスキルをいかんなく発揮し、誰よりも先に課題を終わらせていた竜郎はノートを広げあることについて考えていた。
ノートにはお椀型の図形の中に、弧を描くように等間隔に並べられた10個の○印。
それ以外には何も書かれておらず、書いては消したような跡が残されている。
つまりは、いい案が思い浮かばず行き詰まった状態。
そこで竜郎は背後に設置されていた小さな机の上で、お絵かきをして静かに過ごしている楓と菖蒲の方へと振り返り、ニーナ、ウリエル、アーサーに相談してみることに。
自分自身の存在は隠さず、ウリエルたちとの会話という行動だけを認識阻害しながら。
「ダンジョンの町を守ってもらう魔物ですか」
「ああ、そうなんだウリエル。おおよその目安としては地下、陸上、上空を想定したメインの魔物3体を決めておきたい。
だがいろいろ考えてみても、どれもこれだっていうのが思い浮かばなくてな。
ウリエルだけじゃなくて、アーサーやニーナも何かいい案はないか?」
振り返ったことで手を伸ばしてきた楓と菖蒲と、右手と左手でそれぞれ握手を交わしながらあやしつつ、竜郎はそんな質問を改めて3人に向けて投げかけた。
するとニーナが真っ先に小さな手を挙げる。
「あのね、パパ。ニーナみたいな竜を3体とかどーかな? インスタ映えすると思うよ!」
「インスタ映えて。確かに、そんなもんが撮れた日には映えるどころじゃないだろうが……、どこでそんな言葉を覚えたんだ? ニーナ」
「テレビでママくらいの女の子たちが、いろんなのパシャパシャするのが流行ってるって言ってたよ?
他の人より変わったものが撮れたら勝ちなんだよね?」
「勝ち負けの決まるようなものじゃないんだが……微妙に知識がちぐはぐだな」
「そういえば、ジャンヌ様も興味を示していましたね。
リア様に聞きながら、自分のスマホでアカウントを作ろうとしていましたよ、主様」
「ジャンヌがインスタ!? 初耳なんだが……。でもちょっと見てみたい。
というか、あの子たちも順調にこっちの世界に馴染んできてるな」
むしろ《幼体化》──子サイ状態の自分自身を取ってアップするだけで、可愛いし映えそうだなとアホなことを竜郎は夢想する。
「まあ流行ってはいるんだろうが、異世界の話だし、あっちの写真をネットに流すのは不味いだろう。
ああでも、今のご時世ならCGっていえば納得されるのか?
……まあなんにしてもだ。竜が3体ってのは、戦力的には申し分ない気はするな」
「ですね。けれど、マスター。町一つを守るのには、いささか過剰戦力な気もします」
「えーそーかなぁ? カッコいいのにー」
「そうは言うけれど、守られる側の町人まで萎縮してしまいそうよ、ニーナ」
「じゃあ、可愛い竜なら──」
「可愛くたって、竜は竜よ」
「えーー」
ウリエルとニーナのやり取りを聞きながら、竜郎は確かに竜を置くのはやりすぎかもしれないなと考える。
本当は1体くらいはいいかもしれないと思っていたのだが、ここは多少自重した方がいいのかもしれないとも。
だがそうなると余計にどんな魔物をと皆で頭を悩ませていると、自分の課題が終わった洋平が竜郎の方に振り返り話しかけてきた。
「なあ、竜郎。お前、英語の──って、これ何の図形だ?」
「え? あー……」
ウリエルたちとの会話は認識されていなかったが、ノートに書かれていたダンジョンの町の図は阻害されていなかった。
お椀型の中に、弧を描くように等間隔に描かれた10個の小さな○。
おおよそ勉強には関係なさそうなものを前に、なんと言えばいいか竜郎は迷い口ごもる。
すると後ろにいるアーサーから竜郎へ念話が入った。
『マスター。ここはいっそのこと架空の話として、ご学友に相談されてみてはいかがでしょうか?
下手な先入観がない分、柔軟ないい案が生まれるかもしれません』
『なるほど。それはいいかもしれない』
目の前の洋平はパリピ一歩手前なチャラ男モドキではあるが、オタク属性も混じっている。
つまり三次元も二次元も、彼はいける性質である。
アニメやゲーム、ラノベの話も彼から振られることがあるので、架空の異世界話にも十分ついていける素養はあるはずだ。
そこで竜郎はダンジョンを沢山保有する、危険地帯にある町の防衛戦力として、どんな魔物を守護者として配置すべきかと聞いてみることにした。
そして簡単な説明を受けた彼の第一声はというと──。
「なんだ? 竜郎は、なろう小説でも書いてんのか?
いいねぇ、俺は読専だが評価は厳しいぜ。なんてタイトルだよ。とりあえずブクマくらいはしてやんよ」
「いや、書いてないが……」
「なるほど、これから書くのか。だったら俺にアドバイスを求めるのは正解だ。
自慢じゃないが有名どころから、まだ無名の作品までいろいろと読み漁ってきたからな。
もうアカウントは取ったのか? 他の作品も読んだりしてるか?」
「い、いや、アカウントもとってないし、アニメやゲームならまだしも、そっちについてはそこまで詳しくは──」
「そうか。なら、いろいろ読んでみてからのほうがいい。
そうだな……初心者にお勧めなのは、本好きのクマーとか、無職って言ったよね! とかから入るのが──」
「いや、お勧めを教えてくれるのは嬉しいしんだが、まずは俺の質問について考えてみてくれないか。
お勧めのやつも、今度アカウントとって読んでみるからさ」
「そうか。今度、一緒になろう小説について熱く語ろうな。
んでなんだっけか。そう、町を守る魔物を決めたいって話だったな」
「そうそう、それだ。なにか、これだっていう案はないか?」
洋平はすっかり竜郎がこれから書くであろう、なろう小説の話だと思い込み、真剣に考えはじめる。
「そうだな。やっぱり守護獣と言えば、ドラゴンは鉄板だろ」
「そ、そうか? でもドラゴンはやりすぎじゃないか? 町の人たちだって恐がったりとか、しそうじゃないか」
「甘い、甘いぞ、竜郎。その小説の主人公くんは、町の人たちの命を預かるんだぞ?
そこで中途半端にひよってどうすんだ。──ここは全力でいこう」
「──っ!? たしかに、洋平の言うとおりだ」
いくらダンジョンの町であり、冒険者という戦う術を持つものたちが大勢いる町であったとしても、町の営みには非戦闘員も当然ながら必要だ。
ここで竜郎が中途半端な魔物を守りにおいて、万が一危険にさらしてしまっては信頼して一任してくれたカサピスティの王子──リオンにも申し訳が立たない。
かくして竜郎から自重という文字が消えた。
「多少恐がられてたって、人間ってのは案外図太いもんだ。
危険がないって分かれば直ぐになれるさ」
強制的に異世界で生活させられる羽目になった竜郎と愛衣ではあるが、たしかに意外とはやく順応できたことを改めて思い返す。
「目から鱗が落ちた気分だ。あとでジュースを奢らせてくれ」
「いいってことよ。あっ、炭酸は苦手だからスポドリとかで頼む」
ガシッと握手を交わす竜郎と洋平。
隣の席で真面目に自習していた男子が、何だこいつら? という目で見てくるが気にしない。
「じゃあメインの3体は、全部ドラゴンってことで」
「ちょい待ち。んー……、全部ドラゴンっていうのも面白みに欠けるんじゃないか?」
「いや、中途半端はよくないって、お前が言ったんだろうが。なんで面白さを急に求めるんだよ」
「それはそれ、これはこれだ。ユーモアってのも大事にした方がいい。
ここで設定するモンスターは、主人公くんに絶対に逆らえないってことでいいんだよな?」
「まあ、そうだな」
町を守ってもらうのなら眷属化は必須。であるのなら竜郎の意に沿わないことは、絶対にしないといっていい。
「そこでだ。地上戦力としてドラゴンをメインに据えて、対飛行モンスターには大きな木のモンスターを推したい」
「対空戦力で木のモンスター? トレント的な?」
「ああ、町のシンボル的な感じで中心にドーンといてもらってだな、空からくるモンスターを枝とかでビシバシしばくんだよ。
ドラゴンにも匹敵する巨大トレントとか、なんか強そーじゃね?
そんで落ち葉からはなんかポーション的なアレが作れる素材になったりとかして、町の人からもありがたがられるんだ。
ダンジョンに挑むってことは、怪我人も多いだろ?」
「個人の実力にもよるだろうが、普通に考えれば怪我は絶えないだろうな」
どこまで竜郎たちが関わるかはまだ分からないので、詳しいことはカサピスティ側──リオンたちと話して決めたいと思っているが、救護院的な施設はしっかりとしたものが間違いなく作られるはず。
しかし洋平は、ダンジョン内に持っていける回復アイテムが作れる魔物がいたらいいよねという。
(そんな魔物いるか? でもいたら便利そうだな。落ち葉拾いのバイトとかで、雇用が生まれそうだし。帰ったら調べてみるか)
これも案として仮採用することにした。
仮にいたとしても今自分が保有している魔卵や素材から造れるのかは、まだ分からないからだ。
「あとは地中からの侵略者対策か。そうなると………………なんだろうな」
「さすがの洋平もアイディアが打ち止めか」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。なんとなくの案はあるんだ。こう……地面自体がモンスター的な?」
「地面のモンスター……? ゴーレムとか?」
「そういう無機物っぽいのじゃなくて、地面から来るモンスターを静かに捕食してしまう待ち伏せ型のサイレントキラー的なさ。
だって自分の住んでる町の下で、ドンパチうるさかったら嫌だろ?」
「それはそうだな。分かった。何かその方向で考えてみるか。
だがそうだな、町の下もそうだが、外にいるドラゴンも静かな方がいい気がしてきた」
「それな。昼夜問わずドッシンドッシン走られたら、気になってしょーがねーかんな。
めっちゃ強いけど、戦闘は静かなドラゴン。なんか、かっけーな」
洋平のアイディアを聞いたことによって、竜郎の中でむくむくと構想が広がっていく。
目の前のノートにここまでの話をまとめていき、それをもとに帰ったら《魔物大事典》で調べることに決めた。
こうして洋平は、知らぬ間に遠く離れた異世界の王族が腰を抜かす要因を作ることになってしまったのだが、そんなこととは知る由もない。
竜郎の目の前で、のほほんと満足げな表情を浮かべている。
「しかし異世界かぁ」
「ん? どうした洋平」
「いやな。実はネット上のオカルト界隈で、あの地震は異世界からの攻撃説ってのもあったなと思ってな」
「へ、へぇ~……」
別に攻撃というわけではないのだが、あながち間違っていないと微妙な笑みで誤魔化す竜郎。
「けど俺から言わせてもらえば、ナンセンスなわけよ」
「はあ、それまたどうして」
「だって異世界なんてあるわけねーだろ。だから俺は思ったんだ。あれは絶対──、宇宙人の仕業なんだってな」
ドヤ顔で語る洋平に竜郎はガクッとなりながら、なんと声をかければいいのか一瞬迷う。
「………………異世界はナンセンスなのに、宇宙人はオーケーなのか?」
「ったりめーだろ。異世界なんてもんは、あったら面白そうではあるが、しょせん娯楽小説の中だけの空想だ。
小さい頃は本気で信じていたが、俺も大人になったもんよ」
今、俺たちの後ろに異世界のドラゴンだとか、異世界で産まれた天使とかいるんだぜ。隣のクラスにはエルフもいるぞ──などと言った日には一体どんな顔をするのだろうかと、ちらりと後ろを振り返れば目があったウリエルやアーサーが思い切り苦笑していた。
この広い宇宙のどこかには、宇宙人というものがいる可能性は十分にあるのだろうが、それらが遠く離れた地球に来られるほどの技術力を持って、わざわざ地球までやってきたあげく、いきなり攻撃まで仕掛けてくる。
はたしてその確率は、いったいどれだけのものだろうか。
今の竜郎からしたら、宇宙人説のほうがよっぽどありえないように思えてならない。
異世界という存在を認知しているから──というのも、もちろんあるのだろうが。
けれどそんな竜郎の気持ちも余所に、洋平の語りはまだ続く。
「そこで宇宙人の登場だ。奴らは未知の技術で地球人に脅しをかけてきてんだよ。だって地殻変動とかでもなく、世界中で一斉に地震が起きてたなんておかしーだろ。
今や宇宙人説と異世界説で、ネット上では面白おかしくヒートアップしてる人たちもいるんだぜ? 竜郎はどっちだと思うよ?」
「じゃ、じゃあ、宇宙人説で……」
「だよなー。さすが俺の親友」
真相をこと細かく知っている側、少なからず当事者でもある竜郎としては、何とも言えず、お茶を濁す形で友の説を推した。
まさか異世界の事情でこちらの世界が丸ごと崩壊しかけた──などとは言えるわけもないのだから。
「ちなみになんだが、どれくらいその宇宙人説とやらを信じている人がいるんだ? オカルトに興味がある一部の人だけか?
世界終末の予兆だなんて信じちゃってる人もいるとか、ニュースとかで言ってた気もするが」
なにやら洋平は今回の地震について興味を持って、ネットをさまよっていたらしい。
なので改めて、その件について彼から情報を収集してみることにした。
「まー宇宙で何かあったんじゃないかってのは、よく言われてる気がするな。
少なくとも異世界云々よりは、説得力があるだろうし」
「なるほど、宇宙でね──」
「あとはそうだなぁ──」
しばらく話しこんでいると、4限終了のチャイムが全校舎に響き渡る。
竜郎と洋平はそこで話を切り上げると、最初にもらっていた課題を本日の日直へと渡すべく、揃って席を立つのであった。