第91話 地球での指針
《偽身偽魂》と《適解水調整》を調べ終わった翌日の朝。
竜郎、愛衣、カルディナ、ジャンヌ、奈々、リア、アテナ、天照、月読、レーラ、ニーナ、仁、美波、正和、美鈴──と以前地球で過ごしていたメンバーに加え、豆太を抱えた彩、ウリエル、アーサー、楓、菖蒲という大所帯で地球へと帰還した。
竜郎は地震の影響でまだ学校がはじまっていないということもあり、数日かけてこちらでの生活基盤を整えるべく準備や金策に励んだ。
まず戸籍など、日本に住むために必要なものを用意。
それにより戸籍上、奈々、リア、楓、菖蒲は竜郎の妹に。
アテナやレーラ、彩の場合は同一人物ながら普段から分化しているので彩人と彩花を双子として2人分、ウリエル、アーサー、彼ら彼女らはまとめて竜郎や愛衣の親戚扱いになった。
カルディナたちやニーナは人型にはなれないので、特に何もしていない。
レーラの住居を入手。
これは近所にあった借家を借りうけ、地上2階建ての一般家屋を魔改造し地下3階まで拡張。
システムを地球で使う上で必要な、異世界のエネルギー──世界力の補給ポイントも設置。
基本的に親戚扱いとなった者たちは、こちらの地下で寝泊まりしている。
そのついでに波佐見家、八敷家、レーラ家それぞれの最下層の部屋に、転移魔道具まで設置して各家々を気軽に行き来できるようにした。
さらに奈々とリアは普通の女の子の生活も望んでいたので、竜郎が以前通っていた小学校へ転校生扱いで入学。クラスも関係者を洗脳して同じにしてもらった。
彩も見た目的には小学校に行っていてもおかしくないのだが、こちらは別に行きたくないらしいので入学させていない。
残りの時間で全員分のスマホを購入しつつ、金策によっていくらか懐を潤わせたところで、ちょうど学校再開の連絡が届いた。
そして本日、月曜日。今日から竜郎と愛衣の高校、奈々とリアの小学校が再開する。
最近、少し遅くなりがちだった起床時間を早め、竜郎は家族たちと朝食をとっていた。
そのときのこと。園児用のスモックからこちらの世界で購入した、胸に白いリボンが付いたピンクのワンピースをお揃いで着ている楓と菖蒲を見た母──美波が竜郎に声をかけた。
「ほんとに楓ちゃんたちも連れて行って大丈夫なの? 竜郎」
「この子たちの認識阻害とシステムを使うためのエネルギー一体型のペンダントもリアに作ってもらったし、基本的に俺にべったりだからそんなに離れた所にもいかないし大丈夫だろ。
楓も菖蒲もいい子にしてられるもんなー?」
「「あう!」」
うん! とでも言うように、卵焼きにかけたケチャップを口元に付けた2人が元気に返事をする。
その反応に美波は基本的に素直な子たちだし大丈夫かと、口元を拭いてあげた。
「それに私どももついていきますので、ご安心くださいませ」
「そうです。任せてください」
今日はこちらで朝食をとっているウリエルとアーサーが口を開く。
こちらは席が足りないので、別個でだしたテーブルで食事をしていた。
ウリエルはオレンジ色の薄手の長袖ニットに、カーキ色のサロペットスカート。アーサーは白いシャツに黒のスキニーパンツをはき、両者とも背中にはいっているスリットから飛び出した翼さえなければ、こちらの世界の住民と言ってもいい格好に着替えている。
これなら翼や目、髪の色を認識阻害の魔道具で誤魔化せば、ハーフ系の美男美女として町中も普通に行動できるだろう。
今回2人は、竜郎の学び舎を是非見てみたいと申し出てきたので、授業中に楓と菖蒲のお世話をついでにしてもらう手はずになっている。
こちらはレーラも見学希望しているので、あとから合流する予定。
ちなみに彩人と彩花、豆太は、日中ジャンヌや天照、月読と《強化改造牧場》内の草原で遊ぶだけなので、普段通りの格好で彼女たちと食事中。
またカルディナとアテナは、家でのんびり自宅警備を希望しているので同じ。
「ウリエルさんたちもいるなら、安心だな」
「ニーナも見ててあげるよ!」
小さな竜の状態で、竜郎の膝の上で丸くなっていたニーナがお姉さんぶって声をあげる。
「そうね、期待してるわニーナちゃん。それじゃあ奈々やリアの方はどう? 初日は私もついていくけど、何か不安なことはない?」
「問題ないのですの」「大丈夫ですよ、母さん」
「知能は小学生のレベルを超えてるし、そっちも問題ないだろ。
いざとなったら隠蔽できるように催眠系だけに特化したパチローもつかせるし、念話で俺もすぐに駆けつけられるしな」
頭の出来からすればすでに大学に行ってもいいレベルだが、勉強というよりも当たり前の子供の生活をしたいということで、奈々もリアも小学校からスタートする。
何事も初めてのことは不安があるだろうと美波は心配するが、向こうで命がけで戦ってきた2人はその程度のことで今更不安がったりはしない。
普段通り冷静に返事をし、美波を安心させてあげた。
そんな2人もいつもと恰好が違い、奈々は上は長袖で黒地に胸元にシンプルなロゴがワンポイントだけ、下は赤と黒のチェックのドッキングワンピース。
リアはボーダーの長そでTシャツに紺のストレッチパンツと、しっかりこちらの世界仕様になっている。
「それじゃあ竜郎たちは、これからしばらくはこっちで学生生活を謳歌するって感じなのか?」
「んーまあ、学校生活もいいんだが、こっちでやっておきたいこともあるんだ」
「「やっておきたいこと?」」
息子の言葉に、初耳だとばかりに両親は目を丸くする。
「ああ、新しい町をあっちで作るにあたって、3つのコンセプトの内の1つ、娯楽の可能性を広げていきたい。
具体的には中古でもいいからアーケードゲームの筐体を購入して、向こうで遊べるようにしたりとかさ」
「いきなりそんなの向こうに持っていって大丈夫なの?」
「最初の内は向こうの世界の人たちでも、取っつきやすいのを選べば大丈夫だろ。あとは空港にも行っておきたいかな」
「空港? なんでまた?」
「観光に来た外国人さんたちの時間をちょっともらって、いろんな国に転移できるようにしておきたい」
竜郎の転移魔法は一度行ったことがあり、ハッキリと情景を思い浮かべる必要がある。
そのため向こうから来てくれた外国人たちを巻き込んで一度その人たちの故郷などに一緒に転移させてもらい、竜郎の転移できる領域を増やしたほうが手っ取り早いのだ。
「そのほうが直接海外に行くより楽そうだが、迷惑にならないか?」
「ちょっと催眠状態にはさせてもらうが、ちゃんと時間があるかどうか聞くし、迷惑料として協力してもらえたら体を最高の状態まで生魔法で癒すつもりだ。
今の俺なら今にもお亡くなりになりそうな末期がん患者でも、翌日からフルマラソン目指せるくらいまで回復させられるからな」
「ほんとあっちの世界の魔法って、あきれちゃうほど医者いらずよねぇ」
冗談にしか聞こえないが、本当にそれだけの癒しの力を持っているだけに、美波も笑うしかない。
その上、竜郎以外にも回復系の魔法が得意なウサ子や仁の従魔でもある金水晶鱗ヘビの偽竜──弁天でも、それくらいできてしまう。
今や超回復魔法の安売り状態である。
「でもそんなに海外に行けるようにして、なにをするつもりなの?
飛行機も使わず海外に一瞬で行けるってのは素敵だと思うけど」
「単純に色んなところに行けるようにしておいた方が便利かなってのもあるが、こっちで地球のお金持ちたちに、金銀宝石を異世界の職人に加工してもらった宝飾品を売り捌けないかなと思ってる」
「直売りするつもりなのか?」
「まだ本決まりじゃないが、いろいろどうするかその辺りも探ってみるつもりだ。姿形なんていくらでも偽れるしな。
もちろん、日本で稼いでる人たちもターゲットに入ってる」
「今でも十分、遊んで暮らせる額を稼いでると思うけど、そんなにお金が欲しいの? 竜郎は」
「どうせなら無人島とかも購入したいんだよ。そこでなら、コソコソ魔道具に頼らなくても皆で寛げそうだろ?
数百年後でも、誰にも気にされずに住める場所も用意しておきたいしな。
それでいて異世界間の転移は無理だが、同世界内ならリアの魔道具で転移もできるから、こっちの世界でも買い物や遊びにもことかかないだろうし」
「なんだかうちの息子の頭の中の構想が、どんどん大きくなっていっている気がするなぁ……。
ってことは高校卒業したら、竜郎は大学へは行かないのか? 別にもう自立しちゃってるし、行かなくていいっていえばいいんだろうが」
「キャンパスライフってやつを、愛衣と楽しみたいから大学は行くつもりだ。
向こうの世界にいけば、無限に勉強時間が取れるし問題ないだろ。
もちろん、入学費用も自分で出すから安心してくれ」
「そのくらいは私たちも稼ぎがあるから、別に甘えてくれたっていいのに。
にしても異世界で時間を気にせず勉強って、受験生からしたら羨ましい限りの受験勉強ね」
異世界と地球での時間がイコールではないというのは、そういうところでも利用できる。
なんなら受験の前日まで遊びほうけて、そこから異世界でのんびり1年でも2年でも勉強してから受験に臨む──なんてこともできてしまうのだ。
「それに一回くらいは経験として、就職活動もしてみたい。
企業側からしたら迷惑だろうけど、どうしても嫌になったらすぐにやめても生活できるし、将来子供が生まれて『パパ無職なの?』って言われたら俺は泣く自信がある」
「いやな自信ねぇ……。でもそうね。私たちの孫が生まれても、小さいうちは異世界云々については言わないほうがいいだろうし。
異世界のことをつい話しちゃって、変な目で他の子たちから見られたら可哀そう」
「ある程度、自分で考えられるようになってから、カミングアウトしたほうがいいだろうな。
それにどうせ連れていくにしても、高校行くくらいまで成長してからだろ?」
「ああ、心も体もちゃんと育った状態で行った方が、スキルもいいものがもらえるだろうしな」
そんな未来の展望について軽く話し合いながら朝食を済ませ歯を磨き終えると、竜郎は朝から全校集会があると制服であるブレザーのネクタイを締めていく。
竜郎たちの高校は普段男子はネクタイ、女子はリボンを付けなくてもいいのだが、なにかしら行事や集会があるときには付けるように言われているのだ。
身支度もそれぞれすっかり整え終ると、仁は職場へと向かっていく。
美波は奈々とリアの親として、学校に一緒についていくので今日は午後から仕事に行く予定。なので竜郎たちよりも少し後に出ることになる。
奈々とリアは自分のランドセルを開けて、改めて荷物確認をしていた。
愛衣から念話が入ったので波佐見家のエレベーターのほうへ向かうと、チン──という音と共に開いた扉の向こう側から、制服のブレザーを着た愛衣が「やっほー」とやってきた。
地下3階、リアの作業場の隅に転移装置が付いているので、愛衣の家の地下2階からいつでも来られるようになっている。
それからすぐにレーラも同じように合流したところで、竜郎、愛衣は普通に。レーラ、ニーナ、楓、菖蒲、ウリエル、アーサーは、完全に認識阻害を発動させ一緒に家を出た。
通学路をぞろぞろと歩いていく。
転移で行ってもいいが、こちらのほうが竜郎たちがどこの高校にいっているのか認識しやすいだろう。
ある程度こちらの常識もこれまでの間に教えてあったので、ウリエルやアーサーも物珍しげに周囲を見渡すこともなく普通に付いてきてくれる。
そんな道中、竜郎は頭にニーナを乗せた状態で愛衣と楓と、愛衣は竜郎と菖蒲と手を繋ぎながら、朝食時に話していたことを話し合っていた。
「空港かぁ。確かにそのほうが、海外に行けるようにするには楽かもだね。
あっ、それならさ。アーケードゲームの筐体以外にも、ドイツにいってボードゲームとか買って、向こうの人たちに流行らせられないかな」
「あー、そういえばドイツって、ボードゲーム大国とまで呼ばれるような国だったっけか。種類とかもいろいろあって、面白いらしいな」
トランプやオセロ、将棋やチェスに近いゲームは異世界にもあったので、ただそのままそれらを持っていったところで目新しさはない。
けれど多種多様なボードゲームの中には、必ず向こうでもヒットする作品もあるだろう。
ああいうゲームはルールさえ分かれば国籍も言語も問わず皆で楽しめるので、娯楽の一つとして持っていくのはいいのかもしれない。
「ボードゲームっていうのは、トランプやテレビゲームとは別のものなの?」
「そーだよ、レーラさん。皆で椅子に座って机の上でわいわい遊ぶ系のゲームって所はトランプなんかと同じだけど、ほんとに色んな種類があって面白いんだから。
買ってきたら今度みんなで遊ぼうよ」
「面白そうですね。私も興味が出てきましたわ」
ウリエルも興味を持ったようだ。アーサーは机の上で遊ぶよりも体を動かす方が好きなので、本当に面白いのだろうかと思っているようだが、一度は彼にも経験してもらうのもいいだろうなと竜郎は思う。
「日本にも専門ショップとかあるみたいだけど、どうせなら総本山にいって色んなの買ってみよ。
今の私たちならドイツ語の説明書とかも平気で読めるしさ」
「日本よりも選べる種類は圧倒的に上だろうしな。
にしても言葉の壁が一切ないってのは、改めて思うがほんと便利だなぁ」
「今日にでも空港に行く?」
「いや、早くても明日からにしよう。奈々やリアたちの初登校の様子も確認したいし、先にネットの動画とかで色んな言語を習得しておいた方がコミュニケーションも取りやすいはずだ」
「それもそっか。なら私もやっておこうかな。明日から私はマルチリンガルだ」
「異世界言語も合わせれば、とっくに四か国語以上話せてるけどな。──と、そろそろ見えてきたな」
「あのマスターたちと同じ格好をした者たちが入っていく先が、学び舎ですか?
想像していたより規模が大きそうですね」
アーサーが指差す坂の上には、何人もの生徒たちが吸い込まれるように入っていく校門があった。
「普通の高校よりはちょっと大きいかもしれないが、だいたいこの位だと思うぞ」
「そうなのですね」
そう口にしたアーサー含め、レーラたちもまた感心したように竜郎や愛衣と同じ格好をした生徒たちを見つめていた。
坂を上り校門を抜ける。その道の先には手前に2つ、その後ろに1つと大きな校舎が3つ。
校門から右手に真っすぐ行った所には体育館。運動場は少し離れた車道の向こう側に存在するので、ここから見ることはできない。
手前に並ぶようにしてある2つの校舎の内、左側の新校舎の方へ竜郎も愛衣も入っていく。
校舎内は全面土足でよく、下駄箱もないのでそのまま小さなコンビニのような売店の前を通って階段を上っていく。
竜郎は理系、愛衣は文系のクラスなので教室は別ながら、お隣なのでほとんど道中は同じ。
「それじゃあ、私はこっちだから」
「じゃあ、私もそっちね」
愛衣のクラスの方へはレーラが付いていく。彼女は今日は一日、愛衣のクラスを見学する予定なのだ。
「じゃあ、またな」
「うん。またね」
別れ際に手を離すのを惜しみながらギュッギュと握り合うと、パッと離して竜郎側のクラスにはニーナ、楓、菖蒲、ウリエル、アーサーが、愛衣側のクラスにはレーラとそれぞれ別れ、自分たちの教室へと入っていくのであった。
次回は水曜更新です。