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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第86話 ジョン

 《無貌他姿》。

 それがロジャーに、ジョンが目をつけられるきっかけとなった特殊なスキル。


 これは一定時間、同じ空間で過ごしたことのある人間や動物に姿形を一時的に変換できるというもの。

 その前提条件を満たすために、ジョンは要人などを招く際には必ずと言っていいほど扉の前に立たされることになっている。



「だから、わざわざ大胆にもわたくしたちに姿を見せていたんですのね。

 正直、ちょっと馬鹿なのかなと思ってましたの」

「まあ、普通そういったことをさせるような人間を表には立たせないからな」



 そして、このスキルの凄さは変"身"ではなく変"換"であるというところ。


 ただその身を他人の姿に変えるだけでなく、そのモノが持つレベル、気力や魔力の質やスキルまでも、そっくりそのまま他人になる。

 他人同士では魔力の質の違いによって魔法を混ぜて発動できないが、このスキルで変換されれば変換元となった対象者と混合魔法が可能になるほどだ。


 さらに記憶まではさすがに同じにはならないが、本人が無意識的にやってしまうような体に染み込んだ癖だとか、そういった人生の中で蓄積された所作までも勝手に出てしまうほど再現できる。

 この能力を使えば『筆跡をまねる』ことだって朝飯前であろう。


 だが強力が故にデメリットも存在する。

 まず1つは他人になれる変わりに、自分でいるときは存在が認識され辛くなるということ。

 これは自分の意志でどうにかできるようなものではなく、死ぬまで発動し続ける常時発動型。

 服や鎧を着ていればそこに誰かいるくらいは認識してもらえるが、全裸でいればちょっとした透明人間扱いされるほど。

 もちろん話しかければいちおう反応してくれるし、誰もいないはずの部屋にポツンと立っていれば誰かいるということくらいは認識される程度だが、複数人の内の1人になってしまえばほぼ無視される。


 ジョンはこれが原因で親からも認識されづらくなり、それも相まって育児放棄につながったともいえる。



「あれ? でもニーナは普通に認識できてるよ?」

「俺もジョンとかいうソイツの顔はハッキリ見えてるぜ」

「たぶん格上過ぎると、その認識阻害に似た効果が薄くなっていくんでしょうね。

 そこのところ、本人的にはどうなんですか? ジョンさん」

「……俺には分からない」



 ミネルヴァの問いにジョンは無機質な目のまま、首を横に振った。

 だがその推察はその通りで、この《無貌他姿》の"無貌"の効果はかなり格上でも通用する。

 しかしさすがに数百単位でレベルが離れているような、圧倒的上位者たちには効果はない。

 今までそんな存在は周りにいなかったために、本人も知らなかったのだ。

 そのため、フレイヤにその顔を覚えられてしまったというわけである。


 まあ、見えていたとしても十把ひとからげの内の1人であったはずのジョンの顔など、覚えていないのが普通なのだが……。



「少なくともフレイヤ嬢ちゃんがいなけりゃ、すぐにはそこのジョンくんにはたどり着かなかっただろうからねぇ」



 2つ目のデメリットはレベルやスキルレベルが、常人よりも上がりにくくなる。

 それはSPの消費コストが全体的に上がるだけにとどまらず、魔物を倒しても、そのとき得られる経験値エネルギーが自分を無視して霧散してしまう。


 スキルレベルを鍛えるべく倒れるほど訓練しても、その行為の何割かは無駄に終わる。完全にランダムなので、運が悪ければ九割以上努力が無駄になる可能性もゼロではない。


 などという、本来ならあり得ない事象が起きてしまう。


 またこれは使用制限もある。

 スキル使用ごとに消費するコストがあり、全部で5。消費しても5日経つと最大値に回復する。


 それは種族的に上位者だったり、自分よりレベルが高かったり、スキル数が多かったり、スキルレベルが高かったり、レア度が高いスキルを所持していたりと、格上ほどコストは大きくなる。

 またコストが大きいほど、他人でいられる時間は短くなる。


 例えば小動物。ジョンのほうが圧倒的に格上なので、コストは0.5にまで抑えられる。それでいられる時間も本当に長い。

 ただ能力もそれに準じるので、移動中に他の動物や魔物に捕食される可能性が高い。そういった事情から、まず小動物にはならないという。


 ロピュイの王──ベイジルは一般人の範囲に余裕で収まる人間なので、コストは1で済む。べイジルでいられる時間もかなり長い。


 ジョンよりレベルが高く、スキル数やそのスキルレベルの高さにも差があるワウテドの王──セブリアン。この人物はコスト3かかる。

 セブリアンでいられる時間は、べイジルの3分の1ほど。


 そしてレベル80程度の人間だと、その対象者が一般水準よりもスキル数やそれらのレベルが少なければ、最大の5のコストを消費することでなんとかなれる。しかし、その人物でいられる時間は1分もないだろう。

 そしてそれ以上となるとコスト5では無理なため、発動すらされない。



「それでいくとカサピスティのハウルさんとか、カルラルブのチャックくんとかくらいになっちゃうと、もう変換できなくなるってことでいいの? たつろー」

「そう考えていいだろうな。俺たちになることは到底無理だったらしいし。そうだよな、ジョンくん」

「……ああ、誰でもいいからなることができれば、……どこかで使えることもあるだろうと、……陛下があの部屋に俺がいられるよういつものように手配した。

 ……だが誰にもなることができなかった。……そこの子供や猫ですら」

「「あう?」」「にゃははっ」



 ジョンにうつろな目で指差された楓と菖蒲は「なにか御用?」とばかりに可愛らしく首を傾げ、ノワールは「そりゃそうだろう」と笑う。


 それもそのはず。ジョンでは、子供とはいえ竜王種に連なる存在たちになれるわけがない。

 たとえこの2人が生まれたばかりのレベル1だったとしても、存在が格上過ぎてできなかっただろう。


 そしてノワール。実力的にはコスト2もあればジョンでもなることはできただろうが、これは本体ではなく仮の体。

 同じ空間にいたとは認識されていないのだから、そもそも発動条件すら満たせていない。



「だが既にそっから、トネットのあのジジイは俺たちを利用できるなら利用しようと思ってたって訳か。むかつくぜっ」



 ガウェインは八つ当たりするように、右足で地面をバンッと踏みつけた。

 それだけで大きなクレーターができるが、竜郎はそんなことよりも土ぼこりが舞ったことの方が気になり風魔法で払った。



「腹が立つ気持ちはわかりますが、とりあえずここまでの説明を踏まえて話を聞いていきましょう」



 ミネルヴァに諭されたガウェインは、むすっとしながらも聞く姿勢を取った。



「じゃあ、ジョンくん。今回の事件で、君の知っている全てを話してもらおうか」

「……分かった」



 まずジョンはロジャーの命によりロピュイの町、軍部、内務に薄く広く根差しているトネットのスパイたちの協力のもと王城へ潜入。

 そこでロピュイ王が寝静まったことを教えてもらい、ジョンはベイジルになり変わる。

 そして軍部に紛れているスパイたちに根回しし用意させていた指令書に、べイジルの筆跡でサインをし、登録された魔力の持ち主──つまり現王でなければインクが付けられないはずのロピュイの国璽こくじを使って印を押す。


 こうして完璧な偽造指令書をいくつか用意し終わると、純然たるロピュイの軍人も挟み、どこの誰が指令書を持ってきたのか曖昧にする偽装工作も行い、スパイたちの存在に行き着き難いようにしてから計画を遂行。

 この任務は危険なため、べイジルから話題を振られない限り、知らないふりをしろと口止めも忘れずに。


 もともと杜撰な警備に管理。そして内部に潜む協力者たちの力も借りれば、ジョンにとってはそう難しいことではなかったという。


 そして今度はジョンの姿に戻って、スラム街の住人を誘いに行く。

 本当はロピュイやワウテドに不利になるような人間にでもなっておきたいところだったが、時間とコスト的に諦めた。

 だがスキル効果で自分は認識されにくいのだから大丈夫だろうと、念のためローブも準備して接触。


 こちらも上手く誘導できたので、あとは内部の協力者たちに丸投げし、コスト1を使って自分を飛行スキルを持つ、とある鳥獣人に変換してワウテドへ急ぎ飛ぶ。

 王命の指令書があれば、たいていの兵は何も言えないのだから。


 ワウテドの場合は、ロピュイよりも楽だった。

 王の姿をしてあの側近の猫獣人に言われたからと言えば、大抵命令が通ってしまうほど内部が適当だったからだ。



「セブリアンさん……。てきとー過ぎるよ……」

「よくそんなんで国が回ってるよな……あの国」



 それはセブリアンを慕うものは骨の髄まで慕っており、そういう人物が上層部には特に多いからというのが答えだが、セブリアンに自分を完璧に変換できるロジャーからしたらカモでしかない。

 とはいえ、さすがにここまで大胆にやったのは初めてだったというが。



「そりゃあ、こんな作戦一度しか使えませんの。

 今回の一件で強引にでも、反論前に二国を潰す気だったとしか思えませんわ」



 こちらでも特殊な国璽と完璧な筆跡でのサインで指令書を何枚か偽造し、あとはロピュイと同様に行動する。

 そうして二国が王の名のもとに、竜郎たちに探りを入れようとしていたという状況と、トネットが「前からその二国は怪しかったから探りを入れていた」という名目の元、商会ギルドや冒険者ギルドにロジャーが提出するために偽造した証拠を手に、彼は自国へと帰還した。

 ──というのが、今回の事件の全貌らしい。



「ってことは、やっぱりロピュイとワウテドは敵じゃなかったってことだよね。

 よかったー。あの面白いお爺ちゃんが、また見られそうだよ、カエデ、アヤメ」

「「あう!」」



 あの宰相が何故かお気に入りのニーナ、楓、菖蒲は嬉しそうだ。



「それで偽造した、トネット側が持っている二国が契約を破ったことを示す証拠とやらはどこにあるんだ?」

「……陛下が所有しています」

「それでは何でこんなことをしたのか──というのは、さきほどフレイヤさんがおっしゃっていたように、二国を潰すのが目的と思っていいのでしょうか?」

「……そうだ。……陛下が三国を統一なさるのが、……一番三国にとって幸せなことなのだから」

「催眠状態でこれって、けっこうやばめな崇拝者っぽいね」

「だからこそ、重要な場面で動かしやすかったんだろうな」



 それからもジョンが知っている情報を根こそぎ聞いていき、それをもとに作戦会議がはじまる。



「もうよ。ここまでしっかりと証言がとれてんだから、ブッ飛ばしに行ってもいいんじゃねーか? 俺が脅しつければ一発で自供すっだろ」



 竜郎がスキルを得るためという目的もないわけではなかったが、それ以上にこの大陸全体の人間のためにと善意であれこれ忙しなく動いていたのだ。

 だというのに、こちらにとってはどうでもいい夢のために面倒事に巻き込まれたのは業腹だ。

 ガウェインのように怒るのは致し方がないことだろう。



「別にそれでもいいんだが……、そんな乱暴なことをしないで、理性的に潰したほうがいいだろう。

 これからいろんな国と関わってくるだろうし、恐れられたくはない」



 以前どこぞの領主の城を綺麗な花火にしたことがあった気もするが、それはそれである。



「いや、たつろー。そっちのほうが逆に恐いんだけど」



 ニヤリと笑う竜郎への愛衣のツッコミに、他の皆も苦笑してしている。



「でも潰すのは決定事項でいいの? パパ」

「これを機に、トネットには終焉を迎えてもらったほうがいいだろう。俺たち以外の人たちにとってもな」

「でもさっきの話しぶりからして、タツロウたちがドカンと一発かまして叩き潰すわけじゃないんだろ? どうするつもりなんだい?」



 ノワールが興味深げにキラキラした目を竜郎にぶつけてくる。

 それに底意地の悪い顔をして、竜郎は口を開くのであった。



「それはな──」

次回は日曜更新です。

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