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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第81話 ロジャーという男

 竜郎たちが敷地外へ出るのを、窓からニコニコと笑顔で見送りながらじっと見下ろしていたトネットの王──ロジャー。

 しかしその姿が完全に見えなくなると、能面のように表情が消え、冷めた目で後を振り返った。



「水神の御使い……ねぇ。そんなものがいると思うか? リアム」



 その部屋にいるのはロジャー、そして宰相の位についているリアムと呼ばれた、40代ほどで中肉中背の掘りの深い顔の男性1人のみ。

 残りの者たちは、あれからすぐに人払いされた。



「完全に嘘だとは思えませんでしたが、完全に本当のことを話していたかと言われれば、そうでないようにも感じました」

「奇遇だな。私もだ。だからこそ、その嘘が気になる」



 円卓の席にゆっくりと座り直すと、顎に手を当てながら思案するロジャーに、リアムは少し不安そうな顔をする。



「まさか、その嘘を暴き立てようなどとは思っていらっしゃいませんよね? 陛下」

「うん……? ああ、そんな心配はしないでいい。アレらがどれほど強いのか私には分からないが、少なくとも、この大陸に勝てるような国はいないだろう。敵には回したくない」

「で、ですよね」



 リアムは緊張に身を固めていた体の力を抜き、ほっと背中を丸めた。



「だが……それだけになぜ、あれだけの好条件をだしてまで我々と交渉する必要があった?」

「なにかそれ以上の価値あるものを件の土地で見つけたはいいものの、ただそれを奪うだけでは良心の呵責にさいなまれたから……などとは考えられませんでしょうか?」

「ああ、案外とその可能性もあるのか。冒険者ギルドのランクは、品行方正さも求められると言うからな。それもそのランクが高いほど。

 自分を基準に考えていたから思いつかなった」



 冒険者ギルドにとって、ランク持ちの冒険者は看板。もしくは自社のコマーシャルに出演する、タレントのようなもの。

 問題を起こしそうな人材には、どれだけ強かろうとランクは与えない。与えられたとしても、せいぜいが1か2くらいだろう。

 そしてそれは、ランクが上がれば上がるほど顕著になってくる。


 となれば世界最高ランクともなれば、そのいい子ちゃんぶりは相当なものだろうとロジャーは思う。

 実際に話してみて、大国すら容易く潰せるであろう人間たちが、トネットをはじめとする三国合わせても小国の域から出ないような国の王にすら、ある程度へりくだって対応し、見下すようなことは一切なかった。


 これがもしロジャーであったのなら場合にもよるが、その上下関係をいかんなく発揮して、相手から取れるものは搾り取っていたはずだ。



「となれば、何かしらあそこに価値あるものがあると思っていいかもしれないな」

「しかしだからといって、もう契約を結んでしまったのですから考えるだけ無駄ではないですか?

 ここはもう気持ちをきりかえて、今後について考えていったほうがよいかと」

「今後についてねぇ……。お前も分かっているだろう? このままでは、我が一族の悲願達成が難しくなると」

「で、ですが……こうなったらもう……」

「諦めろと?」



 ギロリと年齢を感じさせない凄味のある瞳に、リアムは「いえっ」とすぐに否定の言葉を投げかける。



「このまま、あの二国に発展されては困るのだよ。今の弱小国家だからこそ、付け入る隙があったというのに、余裕ができてしまえばそれも難しくなってくる。

 それに、それでは今までの、私の祖先の皆様がたの苦労も水の泡だ。それだけは避けたい」

「であるなら今、打って出ますか? 私も契約書を確認しましたが、三国外の国が三国のどれかでも落とした場合、あの食材は売らないとはありました。

 しかし三国内の、すでに食材の権利を持っている我々が落とした場合については記載されておりませんでした。

 いい印象は持たれないでしょうが、文句を言われても契約書を盾に履行させることは可能でしょう。

 契約に違反してもいないのに、双方の同意なく不履行にしようとすれば、それは今の冒険者の地位も危ぶまれるでしょうし」

「勝率は?」

「……正直、今の段階では低いかと。計画としても、もう数世代先を見据えてのものですので。準備は完全に整っていません」

「であろうな」



 トネット一族の悲願。それはトネット国が三国を統一し、一つの国にすること。

 それは初代トネット王から、連綿と受け継がれてきた願い。


 そもそもトネットは、三国に別れることに反対だった。

 自分がこの国の王になってやると意気込んで、当時の王家を滅ぼすべくクーデターを起こしたのだから。


 しかし死の危険を何度も掻い潜って手に入れたのは、三分割された小さな小さな国土。

 最初に発起したのはトネットの初代王が纏め上げた勢力であり、その機に乗じて後からロピュイとワウテドの初代王たちの勢力が、もう後一歩で落とせるというところで横槍を入れるような形で加わっただけというのに。


 けれどその不満をぶつければ、当時のロピュイ、ワウテドの勢力に潰されていたことは間違いない。

 だからこそ心の中では罵詈雑言を浴びせながらも、ニコリと笑ってそれを受けいれた。


 ……とはいえ、それはトネットの王族に伝わっている伝聞であり、他の二国もそれなりに誇張して自分の歴史を子孫たちに伝えているが、トネットのそれはあまりにも盛りすぎな話。


 実際にはほぼ同時期に発起し、三つの勢力で当時の王の勢力を囲い込むことができたからこそ成せたこと。トネットの勢力だけでは、最初の方で押し負けていただろう。

 なので労力は三勢力ともほぼ同じ。ロピュイもワウテドも、文句を言われる筋合いはない。


 ──が、そんな真実など、とうに歴史の闇に消えている。

 信じるのは自分の祖先たちが残した歴史となるのは、不思議なことではないだろう。



「我が一族こそ、正当なる王家。あのような簒奪者どもに王の座は相応しくない。

 我が一族が全て統治していれば、この国はもっと豊かで大きくなっていたはずなのだ」



 ロピュイ、ワウテドの初代王は、完全なる庶民の出。しかし公にこそされていないが、トネットだけは滅ぼされた王家の血を受け継いでいた。

 愚物な王が、とっかえひっかえ女性をもてあそんだ結果である。


 そのことを知っているのは、ほんの一部。けれど心の中ではいつだって、王家の血を持つ自分こそが相応しいと、ロピュイとワウテドを見下してきた。


 友和派などと言われているのは、ポーズにすぎない。

 三国間での通行緩和は、こちらの間者や手勢を行き来しやすくさせるため。

 合同訓練はできるだけトネットの被害を少なく、他二国に押し付け他国から防衛できるように、または二国と戦争になったときのために手の内を知っておくため。

 三カ国会議も内情に探りを入れたり、友好的なアピールをして警戒心を抱かせないようにするためだ。


 その全ては三国統一のため。初代から少しずつ少しずつ慎重に、水面下で二国を内側から侵食し続けていた。

 それもあとロジャーの曽孫ひまご玄孫やしゃごの代になれば、完全に食いつくせるだろうと見通しも立ってきたところだった。

 治世に力を注いで開拓が一番遅れていたのも、いずれはロピュイとワウテドが開拓した土地ごと奪う自信があったから。


 けれどその計算も、水神の御使いなどというわけのわからない情報を持ちこんできた少年たちのせいで大幅な狂いが生じてきた。

 このままでは余程の無能でもない限り、ロピュイもワウテドも大きくなるだろう。これまで侵食してきたものごと埋めつくす勢いで。


 そうなれば、また一からというのも難しい。何年かかってでも成就する気概はあったが、国が豊かになれば優秀な人材も集まってくる。

 それはトネットとて同じ条件だが、敵側もより隙がなくなり、今までは小さなミスくらいなら誤魔化せてきたが、それも難しくなり、ふとした瞬間にこちらの思惑を看破されかねない。



「どうしたものか……。理想は私の国だけが利益を得て、他二国は何も得ないということだが……」

「そんなことができるでしょうか?」

「それを一緒に考えるのも、お前の仕事だろう。私にばかり頭を働かさせるな」

「す、すみませんっ」



 不機嫌そうに鼻息を鳴らし目を閉じれば、浮かんでくるのは竜郎たちの顔。



「しかし、あの小僧たちも余計なことを。統一し終わってから来てくれれば、諸手を挙げて歓迎したものを」

「もういっそ三国統一は保留にして、ひとまず国を豊かに。それから他の国を侵略して大きくなったところで、ロピュイとワウテドを飲み込むというのはどうでしょう?」

「ロピュイとワウテドとてアホではないのだ。こちらが勝てるようになるまで、大人しく待っていてくれるわけがないだろう。

 その前に何らかの手を打たれるに決まっている」

「ですね……」



 他国を侵略しどんどん大きくなる隣国を見て、その火の粉が自分たちの国に降りかからないと呑気に傍観していられるわけがない。

 ロジャーは苛立たしげに、八つ当たりでもするかのように右手の親指の爪をかじる。



「手を打つなら今しかないのだ。隙だらけの弱小国家である今しか──……………………っ、そうか。これならばあるいは……。あの小僧どもにも働いてもらおうか」

「陛下っ! まさか、あの者たちに何かするつもりなのですか!? 危険です!!」

「おぉ……リアムよ。お前はなんと恐ろしいことを言うのだ」



 檀上に立つ舞台役者のように、大仰に自分を自分で抱きしめ、寒がるような素振りを見せるロジャー。

 そしてニヤニヤと笑みを浮かべながら、両腕を広げた。



「ただ三国中、我が国だけが、あの小僧たちの友になるだけのことよ」

「え? それはいったい……」

「くくくっ、あの地になにがあるのかは知らないが、上手く取り入ればそちらにも噛ませてもらえるかもしれない。ならば、お友達になれるように私も頑張ろうではないか──」



 心配そうな顔をする宰相に計画を話すと、ロジャーはそれに必要な人材を呼び出すのであった。




 トネット国のギルド長2人と別れると、そのままの足で出国しネロアのいた地底湖まで転移で飛んでいく。

 ネロアは地底湖の上で座禅でも組むように、といっても下半身はスライムのようなものなのだが、そこで静かに座っていた。



「ネロア。確約させたから、もうこの地に他者が踏み入ってくることはないと思う。

 その国も発展できる手を用意しておいたから、そう簡単に今後滅ぼされることも、潰れることもないだろうし、うまく防波堤になってくれるはずだ」

「その国の奴らはまるで信用におけん。だが兄弟がそう言うのなら、兄弟の言葉を、我は信じよう」

「「じっじー」」

「おぉおぉ、カエデとアヤメもよく来たな。どれ、ネロアじっじが遊んでやろう」

「「うっうー!」」



 ネロアは相好を崩して、また水で色んな動物の形を作って動かし、楓と菖蒲を喜ばせてくれた。



「おじさんっていうより孫をあやす、お祖父ちゃんみたいだね」

「年齢的には、お祖父ちゃんどころじゃないけどな。──あ、そうだ。

 なぁ、ネロア。一応、他の人間たちが入ってこれないように、この辺の山岳部一帯に壁を作っちゃおうと思っているんだが、いいか?」

「兄弟がそれが最善だと思うなら、我はかまわないぞ」



 本当に竜郎たちには心から気を許してくれているようで、あっさりと許可が下りた。


 どうやってその壁を作るのか見たいと言うので、竜郎は一度月読を連れにカルディナ城へ戻ってから、また転移で山岳部の裾野辺りまでネロアも連れて転移した。


 そこで《完全探索マップ機能》より周辺の地図を表示しながら、説明していく。



「ざっとこの辺りを囲むように、ぐるっと壁を作るつもりだ。透明度もある程度調整が利くがどうする?」

「他の人間たちの姿など見たくもない。できることなら、完全に不透明にしてほしい」

「了解。んじゃあ、月読──」

「────」



 魔力頭脳を核のように内包したスライムのような姿をしている月読が、ベチャっと竜郎に張り付くと、彼が身につけているコートに染み込んでいく。

 そこで竜郎はスキル《分霊神器:ツナグモノ》を発動し、彼女のコアと魂レベルで直接繋がった。


 その状態で一緒に《竜水晶創造》と《闇魔法》を混合して発動し、同時に《土魔法》も発動。


 土魔法で想定した範囲内に、ドミノ倒しのように深い溝がザーっと引かれていく。

 その溝から生え出すように、透明ではない濃紺の竜水晶が天へと向かって伸びていく。

 時間にして3分もかからず、立派なつるつるとした光沢をもつ巨壁で山岳部一帯が囲まれた。

 その光景には長い時を生きてきたネロアも目を丸くして、思わず感嘆の声を漏らす。



「うぬぅ……凄まじいな。さすが兄弟だ。それにこの壁、おそらく我が全力でやっても壊せぬぞ。どんな硬度をしているのだ、まったく」



 ペシペシと己の水でできた拳で軽く叩き、その硬さに感心を通り越してあきれすら抱いている。



「しかも壁面は恐ろしくツルツルにしてるから、爪なんかをひっかけたり、梯子を立て掛けることもできないようになってる。

 魔法で大規模な階段なんかを作られれば別だが、大抵は空でも飛べなきゃそうそう乗り越えられないはずだ」

「うむ。それなら、ただの人間ごときでは入ってこれなさそうだ。感謝する、兄弟──」



 それから一行は、ネロアの一番のお気に入りだという、地底湖への洞窟の入り口が近くにある、大きな山と山の間にある、森の中の湖へとやってきていた。

 そこでネロアが空を見上げ、眩しそうに目を細める。それから竜郎に視線を戻し、思い出したかのように質問してきた。



「あの水晶は、どれくらい透明にできるのだ?」

「ん? やろうと思えば、目の前にあっても分からないくらい透明にもできるぞ」

「硬さも同じくらいでか?」

「ああ、透明度を変えるだけで、硬さは変わらない」



 そこで何かしら考え込むように、ネロアはまた空を見上げる。そして決心したかのように、口を開いた。



「ここまでやってもらっておいて、非常に厚かましいことを言うようなのだが、一つ頼みがある。聞いてくれないか? 兄弟」

「できるかどうかはともかく、とりあえず聞くだけならかまわない……が、どうした?」

「うむ。実はそれで、ここに我の友たちの亡骸を入れる墓石を作ってほしい」

「亡骸って確か、ネロアさんがいた、あの地底湖に沈めて守ってきたんだよね? それがまたなんで急に?」

「それはだな、アイ。生まれて死ぬまで暗い洞窟から出ることなく一生を過ごしていた友たちは、いつか空や星を見てみたいと、自由に地上をその身で感じてみたいと、まるで夢物語のように語っていたことがあったのを思い出したのだ。

 だからせめて、安全にここに安置しておける手段があるというのなら、死んだあとくらいは暗い洞窟の湖の底ではなく、この自然に囲まれた美しい空を見られるようにしてやりたいと思ったのだ。……だめだろうか?」



 そんなことを言われてしまったら、断るわけにはいかない。愛衣たちもその気持ちを察して、やってあげてと声をかけてくる。



「そのくらいなら、お安い御用だ。俺と月読に任せてくれ」

「おぉっ! ありがとう兄弟!!」

「いいってことよ、兄弟」



 竜郎が冗談交じりに兄弟と言ってサムズアップすると、ネロアも嬉しそうに破顔しながら同じように親指を立て2人は笑いあう。

 そんなやり取りを、愛衣たちは微笑ましげに見守るのであった。



「あ、それなら少しこちらからも頼みたいことが……」

「ん? なんだ兄弟?」

次回、第82話は7月17日(水)更新です。

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