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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第80話 二カ国の王たち

 元は同じ国であっても、分かたれ指導者が変われば少しずつ変わってくるというもの。

 現にロピュイ、ワウテド、トネットの三国も、それぞれ国の性格が違うと言われている。


 竜郎たちと既に約定を交わしたロピュイ。

 この国は治世に右往左往しながら開拓もやっていこうとしている、できているかどうかはさておき両立型の国。

 可もなく不可もなく、良くも悪くも普通であろうとしている事なかれ主義の穏健派。


 ワウテド。

 この国は治世よりも軍備に力を入れ、安定よりも開拓をとっているので、三国の中で最も広い国土を有している。

 その代わりに内政は火の車でスラム街も多く、治安がかなり悪い場所も複数存在する。

 そのせいで犯罪率は、三国中ぶっちぎりでトップという不名誉な状態でもある。


 トネット。

 この国は開拓もそこそこおこなっているが、治世に重きを置いている。そのため、三国の中でもっとも国土が狭い。

 だがその反面、職にあぶれたり飢える国民も一番少なく、スラム街も一番少ないので治安はそれなり。犯罪率も三国の中では一番低い。


 さらに友和派とも呼ばれており、三国間での通行の緩和を何世代にも渡って働きかけたり、三国外の国からの防衛のためにと他二国とできるだけ協力体制をとれるように軍の合同訓練や三カ国会議などを開くべく、その調整なども積極的に行っている。


 さてそんな三国の内の一国、ワウテドに竜郎たちはやってきていた。

 例によってこの国の冒険者ギルド長と商会ギルド長を連れて、王城へと向かっていく。


 ワウテドの王城は円柱型の塔だった。こちらもロピュイのものと同様に古めかしく、補修の跡が処々にみられる。

 また大きさも小さくまとまっており、規模はそれほどでもない。


 そんな王城に入っていき、案内の兵士に連れられてやってきたのは応接室ではなく、謁見の間らしき場所。


 らしき場所というのは学校の教室程度の広さしかなく、豪華な装飾も何もなく、剥き出しの壁と照明に照らされた部屋。見ようによっては牢獄かと思ってしまうほど飾り気がない。

 ペラペラの繕った跡がいくつかみられる絨毯が敷かれ、玉座といっていいのかも微妙な木で作られたちょっと大きく、細かな彫り物がされた椅子が置かれているだけだったからだ。


 そしてその椅子に座っているのは、見た目50代前半。2メートル半はあろう巨大な体躯に、ガチガチに鍛えられた肉体を持つボサボサ褐色髪のクマ獣人。

 頭の上に可愛らしい丸い耳がぴょこんと生えているが、モッサリとヒゲを生やし人相の悪い山賊──もとい山男のよう。

 格好は頭以外は全身武装状態で、硬質の片をうろこ状に編んで付けたラメラー・アーマーのようなものを着込み、右手には穂先にカバーはついているが、しっかりと巨大な槍が、座ったまま杖のように握られていた。


 王の横に立つのは神経質そうな顔付きをした、深緑色の髪の猫系の獣人らしき、これまた同じような鎧を着こんだ男性。

 その2人の脇を固めるように近衛兵らしき者たちが計6人。まるでこれから戦いでも始まるかのような、ピリピリとした雰囲気だ。


 そんな中、竜郎たちは遠慮せずにペラペラのあるんだか、ないんだか分からない感触の絨毯を踏みしめ目の前まで歩いていけば、ギロリとした三白眼で睨み付けらた。

 そして野太く少し聞き取りづらい、しゃがれた声で話しかけきた。



「俺がこの国の王──セブリアン・ライ・ワウテドだ。

 まずは俺から聞きたいことがある。お前たちが現在の冒険者の頂点というのは本当か?」

「ランクが一番高い者が冒険者の頂点ということで仰っているのなら、その通りですね」

「────」

「…………」



 殺気のようなものを放たれている気がするが、だからなんだろうと竜郎たちは柳のように受け流し平然と立ち続ける。


 相手のレベルはおおよそ60程度なので、ノワールは瞬殺できるくらいには強い。けれど所詮仮初の体であり、人よりもずっと高次元の存在であるノワールにとっては、恐れるものではない。なので彼もガウェインの肩の上で、退屈そうにくつろいでいた。


 だが楓と菖蒲に関しては喧嘩を売られているとでも思ったのか、はたまたその殺気に闘争心が刺激されたのか、竜の威圧が漏れそうになる。

 実際にニーナとフレイヤが横から頭を撫でて落ち着かせなければ、思い切り威圧しながらワウテドの王──セブリアンを睨み返していただろう。


 しかしそうなる前に──ふっとセブリアンから放たれていた殺気が止んだ。



「確かに、これだけ威圧しても何とも思われていないあたり、相当な実力者たちとお見受けした。

 ぶしつけな態度を取って申し訳ない。そこのギルド長から聞いてはいたが、実際にこの目で見て肌で感じた事以外は信じないようにしているのだ」

「お眼鏡にかなったようで、なによりです。それじゃあ、お話をしてもよろしいですか?」

「ああ。聞かせてもらおう」



 竜郎たちは事前に見た目も恐いし態度も悪く見えるが、中身はそう悪くない王だと聞いていたので気にしていない。

 許可ももらえたところで、水神の御使い物語を語って聞かせた。



「むう……そのような御人が我が国の近くに? むむむ……」

「ええ、なにぶん証拠を見せろと言われても難しく、胡散臭い話に──」



 聞こえるでしょうが──と、竜郎が装備品と食の利権の話に移行しようと頭の中でプランを立てていた矢先。



あい分かった! 我が国は今後一切、あの地に踏み入ることはないと誓おう!」

「「……えぇっ!?」」



 奇しくも竜郎と王の隣にいた猫系獣人の男が、同時に驚きの声をあげた。

 その反応に、セブリアンは「はて?」と首を傾げるばかり。この瞬間、ここの王が凄まじく脳筋なのだと悟った。



「……む? それではダメなのか?」

「えーと……別に悪くはないですし、それでいいならいいんですけど…………」

「────っ!! ──っ!!」



 ちらりと自分の横に視線を向ければ、中年太りした40代前半の狐獣人の商会ギルド長が涙目で「うちにも利権を!! お願いしますっ!!」と言った感情を切に訴えかけてくる。このままでは土下座してしまいそうな勢いだ。


 その間に、隣にいた王の側近らしき猫系獣人の男は、セブリアンを慌てて小さな声で諌めていた。



「陛下っ、さすがにそう簡単に信じてしまうのはどうかと──」

「なにを言う。実力で占領することすらできるのに、タツロウ殿たちは、わざわざこうして話をしに来てくれたのだぞ? その誠意に応えずしてなんとする」

「そうかもしれませんが──」



 これはさすがに側近の男性や泣きそうな商会ギルド長が可哀そうというのと、ロピュイには利権を渡したのに、こちらには何もないというのはよくないと、竜郎は自分たちから水を向けることにした。


 3種類の装備品を出し──。



「なんと素晴らしい武器だ! 欲しい!」



 と子供のような目で喜ばれたり。

 料理を出し──。



「美味すぎる! 今まで食事など腹が膨れればいいと思っていたが、世界が変わったぞ!!」



 と子供のように感動を身振り手振り表情で、分かりやすく伝えられる。

 担保の話をしたあたりで──。



「……う、うむ?」



 なんのこっちゃと、首を傾げられたりもした。

 この国が国として回っていけているのは、ちゃんと話を理解してくれているあの猫系獣人さんのおかげなんだろうなあと、ほぼ全員が理解した瞬間である。



「──ということで、あの地の開発権を渡して頂けるのなら、こちらもお礼として、これだけのものと権利をさしあげます」

「…………この大陸に住まう人間たちを救ってもらったばかりか、これほどのものを俺の国に……?」



 目をウルウルとさせ、なんと清らかな心の持ち主なんだと視線を向けられ、竜郎は非常に居心地が悪い気分になる。



「え、ええ。ロピュイの王様も受け取られたので、どうぞ、この国の発展に役立ててください」

「──感動した! 感動したぞ! 俺は君たちを尊敬する! なんとできた者たちなのだ」

「あ、ありがとうございます……」



 セブリアンには無関係な人間たちのために私財をなげうち、損をしないようにと三国にまで気を使い、水神の御使いが心安らかな場所を得られるように苦労を買って出た聖人君子の団体──ということになってしまったらしい。


 別にそう思いたいなら好きにしてくださいと言いたいところだが正直、食の利権に関しては竜郎たちにも利益は十分ある。

 装備品だってリアが暇つぶしや実験のために作り過ぎたものの在庫処分にすぎず、その元となった素材とて《無限アイテムフィールド》の機能で複製したものなので懐も痛んでいない。

 ネロアの件に限っては親切心もあるが、それでもそれほど絶賛されるようなことではないと竜郎は思っている。


 なのでどう反応すればいいのか分からず、竜郎がお茶を濁すような返事をすると、それはそれで「奥ゆかしいのだな」と菩薩のように優しい笑顔を向けられ、勝手に聖人像を悪化させていくしまつ。


 竜郎はその段階で、もう好きにしてくれと開き直ることにした。



「えっと、それじゃあ、そういうことで、契約書にサイン、お願いできますか?」

「もちろんだとも!」



 そうしてある意味面倒な気分を味わいながらも、その実、かなりあっさりと話がまとまった。

 セブリアンは剣、槍、盾の中から迷わず槍を選択すると、竜郎たちに断ってから謁見の間の隅の方で、はしゃぎながら槍を振り回した。

 それからジッとその槍を見つめ……、本当にこれを担保に渡さなければダメなのかと少しごねるも、側近の男性とギルド長2人による説得によってしぶしぶ承諾してもらった。



「いつか、きっといつか……、お前を持てるほどの大国にして見せよう。それまで待っていてくれ、レイランケア……」

「もう名前付けちゃってるよ、セブリアンさん。そうとう気に入ったんだね」

「まあ、喜んでくれるならいいんじゃないか? それに今後の目標みたいなのもできたみたいだしな」



 もらった槍──セブリアン命名『レイランケア』を、まるで我が子を差し出す親のような悲しげな瞳で、商会ギルド長が《アイテムボックス》にしまうのを最後まで見つめていた。

 そしていつかきっとお前を持てる男になって迎えにいくと、涙まで流した。


 竜郎たちはようやくワウテドの一件が落ち着いたと安堵のため息を吐くと、そのままその場を後にする。

 その背中に──。



「いつでも来てくれ。俺はいつだって、君たちを歓迎しよう」



 そんな純粋で力強い言葉をかけられながら──。




 ワウテドのギルド長2人と別れ、本日は一時帰宅。そして翌日、最後の一国トネットの王が住まう城へと、トネットの冒険者ギルド、商会ギルドの長を連れてやってきた。


 その城は城と言うよりも、豪邸と言った方がいいだろう。といっても一般人が住むにしては広大な土地と建物なのだが。


 外見的には一番美しく、これまで見てきた二か国の城のような補修の跡は一切見られず、新築物件のように壁も隅々までちゃんと磨かれている。


 特に問題もなく城の中に入ると、内部も城と言うよりは、やはり家の中のようなつくりになっていた。

 ごちゃごちゃと高そうなものが飾ってあるわけでも、装飾がされているわけでもなく、いたってシンプル。

 そうでありながらも全体的に清潔感に溢れ、窓枠など、ちょっとしたところにワンポイントに装飾があしらわれていたりと、デザイナーのセンスが感じられる。


 こんな家を日本に作って皆で暮らしても楽しいかもねーなどと和気あいあいと話しながら、案内してくれたメイドに促されるように大きな部屋へと通された。


 入り口にはドアを開けてくれた兵士が2人いて、その内の1人が音が鳴らないように静かにしめた。


 そこは一般的な学校の教室で換算すれば3つ分ほどの広さで、中央には石材を切り出して作られたような円卓。下品すぎない趣味のいい軽いなにかの金属製の椅子。

 部屋全体には赤を基調にした、それなりに凝った刺繍のほどこされたカーペットが敷かれている。


 そしてその円卓の席に腰かけていた、60も後半だろうといった白髪の割合の多い黄土色の髪をした、やや痩せ型の男性と目があった。

 その男性の後ろには2人の男性騎士と2人の女性魔法使い。横の席には40代ほどの、中肉中背で彫りの深い顔の男性──宰相がいる。


 その宰相とほぼ同時に王であろう男が立ち上がると、好々爺然とした笑みを浮かべ歓迎してくれた。



「ようこそ、いらっしゃいました。私がトネットの王──ロジャー・セン・トネットでございます」

「竜郎・波佐見です。お会いできて光栄です。陛下」



 軽く握手をしつつ、メンバーの自己紹介も簡単に済ませると、さっそく円卓の席についていく。

 メイドたちがお茶を入れてくれたところで、さっそく本題へと入っていった。



「──ほう、水神の御使い様が、あのようなところにいらっしゃると?」

「はい。だからこそ、この国があの地への開拓するのを、今後一切やめていただきたいのです」

「しかし──」



 そこで優しそうな笑みがはじめて曇ったので、そのまま装備品について話していく。

 ロピュイのときと同じように、紛争の種になりそうだからと断られそうになったところで、料理を畳みかける。


 その美味しさにロジャーが腰を抜かし、側に控えていた女性魔法使いの内の1人が生魔法で治療するといったアクシデントはありつつも、そこから装備品を担保にした融資を得て国を発展させ、美味しい魔物事業でも儲けるという話になったところで、なるほどと頷いてくれた。



「ロピュイとワウテドはどのように?」

「二カ国とも、その条件で開発権を全て譲っていただきました」

「ならば、うちだけ拒否したところで損しかないでしょう。それに十分な利益もご用意していただけるとのこと。

 こちらに断る理由はございません。その条件で、お受けさせていただきます」

「ありがとうございます」



 順序立てて説明すれば、利害を考慮した上でロジャーも納得してくれた。

 それには商会ギルド長の妙齢なエルフの女性も、ほっと一安心。


 そのままの流れで両ギルド長が用意した契約書に、竜郎とロジャーがサインし、これにてトネットとも約定を結ぶことに成功。

 晴れて無事、これで三国ともに事を荒立てることなく、認可をもらうことができたということでもある。

 成果としては、大成功と言ってもいいだろう。



『これで誰にも文句を言わせず、あそこを保護できるな。マスター』

『なんだ? 実は、あの場所を気に入ってたのか? ガウェイン』

『俺にとっちゃ、あそこはもうメディクという酒の命が眠ってた聖地だ。

 足を向けて眠れねー特別な場所になっちまったよ』

『んな大げさな』

『あの酒を飲んだら、マスターもそんなこと言えなくなるぜ。なんせマスターは、ジンの息子だからな』

『父さんもそうなのかよっ!?』



 そんなことを竜郎とガウェインが念話で話していると、剣、槍、盾の3種を前にして悩んでいたロジャーが槍を選択した。



(へぇ)



 槍を選んだ際、竜郎が意外そうな顔を微かにしているのに愛衣だけ気が付き念話を送る。



『どったの、たつろー?』

『いや、盾じゃないんだなぁって、少し意外に思っただけだよ』



 竜郎は事前に三国の王についてギルド長たちから情報を集めていた。

 そこからなんとなく、事なかれ主義のロピュイは武器として王道の剣を。武闘派なワウテドは敵を穿つ槍を。そして友和派であり、三国間の協調を重視し他国からの侵攻に一番熱心に心を割いているトネットは盾を選ぶと思っていた。

 だからこそ竜郎の個人的なお遊びもかねて、毎回この剣、槍、盾を用意し続けたのだ。


 しかし最後だけ予想が外れ、竜郎のなんちゃって性格診断が外れたことで、少しだけ残念に思ったというだけのこと。



『なーんだ。別に装飾が気に入ったから~とか、一番高そうに見えたから~とか、なんとなくいいと思ったから~とか、選ぶ理由なんていっぱいあるじゃん。気にするだけ無駄だって』

『そうみたいだな。だけど、どうせなら3つとも当てたかったなぁ』

『あはは。その気持ちはちょっと分かるかも』



 ロジャーはセブリアンのように未練なく、すぐにその槍を商会ギルド長に渡した。

 商会ギルド長もしっかりとそれを《アイテムボックス》に入れたところで、少しだけ雑談をしてその場を後にした。


 ロジャーの城から出たところで、ふと視線を感じて竜郎は後ろを振り返りながら見上げる。

 すると先ほどいた円卓の部屋の窓から、こちらが見える構造になっていたようで、そこから手を振る好々爺然としたロジャーの姿が目に入る。


 竜郎たちはそれに気が付き小さく頭を下げると、城の敷地外へと出ていったのであった。

 いつまでも笑顔を絶やさず、手を振るロジャーに見送られながら。

次回、第81話は7月14日(日)更新です。

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