第78話 交渉開始
ネロアと別れ、既に10日ほどもの時が流れた。
「思ったより時間かかっちゃったね」
「だな。3、4日くらいで下準備は済ますつもりだったわけだし」
ここまで時間がかかったのは、なにもだらだらと過ごしていたからではない。
酒竜こと吟一郎が、なかなか納得してくれなかったからである。
「まー、あいつらの気持ちも分かるぜ。俺はよ」
「まだかまだかと待たされる側は、気が気じゃなかったけどねぇ」
そう答えるのはガウェインとノワール。
帰還してから吟一郎には、メディクの水を使った酒を新たに作ってもらうことにしたのだが、その水を味見するや否や、これなら自分史上最高の酒が作れるかもしれないと大いに張り切りはじめた──と、そこまでは別によかった。
この世界でも嗜好品として酒は需要が高く、王侯貴族も社交やら何やらで身近なもの。
ならば今回の計画の一助になるだろう。美味しいお酒を用意してくれる分には大歓迎だ。
けれど3日ほどして酒として形ができたと吟一郎も認めたので、さっそく分けてくれと竜郎は頼んだ。
しかし、吟一郎は「ここで熟成を止めるなんてとんでもない!!」といった感情を竜郎にビシバシ伝え、せめて10日は熟成させなければ納得ができないとかたくなに拒まれてしまった。
もちろん眷属として命令すれば無理やり出させることもできたが、そうするほどのことでもなく、これからも気持ちよくお酒を作ってもらうためにも、できるだけ要望は聞きたいところ。
なので穏便に渡してもらうことにしたら、これだけ時間がかかってしまったというわけだ。
「けれどその甲斐あって、なかなかの美酒が手に入ったのは僥倖ですわ」
「ニーナもちょっと飲んでみたけど、とっても美味しかったー!」
水が違うだけでこうも変わるかとは、ガウェインやノワールと飲み友達になりつつある竜郎の父──仁の言葉。
今までの吟一郎たちのお酒を美味しい美味しいと飲んできたが、水をメディクに変えただけで至上の美酒と化した。
それだけでも今回、プティシオル大陸に来たかいがあったというものだろう。
「それに時間があったおかげで、いろいろと余裕をもって仕込みもできたんだから、結果オーライか」
そんな竜郎たちが今、向かっているのは三国の内の一国──ロピュイの冒険者ギルド。
竜郎、愛衣、ガウェイン、フレイヤ、ニーナ、楓、菖蒲、ノワールとネロアと会ったときのメンバーで注目を集めながら。
「ママー。あのお兄ちゃんの頭に乗ってるトカゲさん。羽が生えてるよー?」
「こら! 指差しちゃいけません」
なんて町の子供に指をさされることもしばしば。
竜郎たちとしては別にそれくらいで怒ったりはしないのだが、やはりガウェインの迫力と、どういう団体なのか全くわからない組み合わせに警戒され、大人たちは遠巻きに警戒しながら見ているだけだ。
そんなことももはや慣れてきたのもあって、堂々と目的地にたどり着けば、そこには既に2人の男性が立っていた。
1人はやや中年太りした40代後半の、スキンヘッドの人種。
もう1人は色白でひょろ長い体型をした、50代半ばほどの白髪交じりの黒髪の人種。
「お待たせしてしまいましたか?」
「「いえいえ」」
2人揃ってにこやかに、後から来た竜郎たちを迎え入れた。
スキンヘッドの男性はロピュイ王都の冒険者ギルド長。ひょろ長い男性は、ロピュイ王都の商会ギルド長である。
この2人を経由して、既に今日この国の王と面会する約束は取り付けてある。
ついでに今回の作戦のために協力してもらえるよう話が付いているので、この2人も一緒に行くことになっている。
挨拶もそこそこに2人に案内され、補修の跡が処々にみられる古めかしい国会議事堂のような外見をした建物にたどり着く。
竜郎たちはこれまでいくつか王や領主の住む城を見てきたが、その中で一番小さい。以前出会った一領主でさえ、もっと大きな城に住んでいただろう。
けれどこの建物こそが、ロピュイ王が住まう居城である。
事前に話を通してもらっていたので、軽く身分証を見せるだけですぐに中へと通された。
そうして案内されたのは謁見の間ではなく、古めかしいアンティーク調の家具で統一された応接室。
メイドの女性に扉を開けられ、中へ入れば薄茶色の髪をした50代そこそこで、朴訥な顔をした人種の男性が、優しげな笑顔で椅子から立ち上がり歓迎してくれた。
この男が現ロピュイ国の王である。
「はじめまして。私がロピュイの王──ベイジル・レフ・ロピュイです。以後お見知りおきを」
「竜郎・波佐見です。お会いできて嬉しいです」
自己紹介を軽くしながら社交辞令を述べ終ると、木製の椅子を勧められたのでそれぞれ着席した。事前に人数も伝えていたので、数もぴったりだ。
竜郎が王の正面に座り、愛衣はその左横へ。商会ギルド長と冒険者ギルド長は、竜郎の右横に並んで座る。
今回はかなり真面目な話もするので、楓と菖蒲はニーナとフレイヤに任せて後ろの方に座っている。
王の後ろには獣人と人種の護衛が2人。魔法使いらしき人種の男が1人。
さらに王の横には、線の細い老人と言ってもいい年齢の男が座っている。聞くところによれば、彼がこの国の宰相とのこと
「それでタツロウ殿。いったいどのような用件で、私のもとへ参られたのでしょう?」
「ええ、実は──」
ギルド長の2人は用向きを知っているが、この段階で王は竜郎から話があるということしか知らなかった。
なので竜郎は融鉱人の部分だけは話さず、ネロアのことは水神の御使いとして説明していった。
それを短く纏めると、ここプティシオル大陸には、ずっと昔から水神の御使いが住んでいた。
しかし三国の元となった国ができるよりも前にいた人間たちが、その御使いの住み家を荒らしたことで人間嫌いに。
それから籠るように、三国に囲まれた未開拓地にある山岳部の湖で暮らすようになる。
そうして静かに暮らしていたところへ、つい数日前、たまたま珍しい魔物はいないかと散策していた竜郎たちが踏み入ってしまう。
最初、人間嫌いの御使いは襲いかかってきたが、そこは世界最高ランクの冒険者。身を守りつつも何とか説得し、交友を深めることに成功した。
けれど竜郎たちと話している内に、いずれここを開拓しようとしている国があることを知る。これに御使いは、また私の場所を荒らす気かと大激怒。
あわやこの大陸を丸ごと飲み込まんというところだったが、竜郎たちがその国の王と話をつけ、こちらでその地を保護できるようにしてくるから──ということで、今はひとまず落ち着いてくれている。
「──と、今現在。この大陸はかなりの危機に瀕しているというわけです」
「そ、それは真の話なのですか?」
「はい。真実です。なので僕らは、三国にあの地への開拓および接近の一切を止めるように話をつけるべく、今日この場を用意してもらったしだいです」
「「………………」」
王たちの顔に浮かんでいるのは困惑。冒険者ギルド長や商会ギルド長とは面識があり、その2人が間違いなく竜郎や愛衣のことを世界最高ランクの冒険者なのだと保証してくれている。
なので、そこに関しては全く疑っていない。
けれどどうしても疑念が尽きない様子──。
「正直におっしゃってかまいません。胡散臭い話だなと思いましたか?」
「……………………はい。正直に申しますと、あまりにも突飛すぎる話だなと。
ともすれば……その……」
「大丈夫です。なにを言われても怒ることはないですから」
王が不安げに宰相の方へ視線を向けると、宰相は小さく頷き返した。
「……では言わせていただきます。その地を我々から奪うために、架空の水神の御使い様を騙っているのではないかと……少しだけですが考えてしまったのです。
できればその水神の御使い様とお会いし、直接お互いの妥協点を話し合う場を設けてもらうことはできないのでしょうか?」
「それはできません」
「なぜでしょう?」
「先にも言った通り、御使い殿は人間を殊の外嫌っております。
会った瞬間に、御使い殿はあなたがたを殺してしまうでしょう。
そして僕らは、彼の信用を失うわけにもいきませんので、あなた方の味方もできません。つまり護衛にも付けないということです」
「ならば身を守れれば話を聞いてもらえるでしょうか?」
「そうですね。侮れない相手だと判断してもらえれば、話くらいは聞いてくれるかもしれません。
ただし御使い殿は単騎で魔王種と渡り合える程度の力を持っていますが、それだけの戦力を用意できますか?」
「まおっ──」
その種の頂点に位置する、レベル300を超えた魔物が魔王種だ。一度暴れまわれば、1体だけで大陸に住まう人間丸ごと全滅しかねない強大な存在。
それと一対一で渡り合えるなど、なんの冗談かと言いたくもなる。
「タツロウ殿たちは、そんな相手から身を守れたと?」
「ええ。あそこにいる楓と菖蒲ではまだ難しいでしょうが、他のメンバーなら僕を含め単騎で魔王種と戦えますから。
ああ、そこにいる猫は別ですよ」
冗談交じりにノワールを指差す竜郎に、ほんとうか? と自分と比べて随分と年下に見えたこともあって、とくに護衛たちが疑問の視線を向けてくる。
それを見かねてか、冒険者ギルド長が助け舟を出してくれた。
「横から失礼します。ここにいるタツロウ殿とアイ殿は、実際にイルファン大陸に出現した魔王種と思われる魔物の討伐に成功しております。
しかもその時のパーティーメンバー9人全員が汚れ一つなく無傷で、さらに短時間でです。
それを一番の理由として、我々のギルドは世界最高ランクを与えるに至りました。ですので、その発言に誇張はないと私が保証いたします」
「──────」
冒険者ギルド長の言葉に、ロピュイ側の面々は絶句していた。
それはどんな化物かと、自然と王と宰相の椅子が後に下がり距離を取られてしまい、思わず竜郎と愛衣は苦笑してしまう。
「別に争う気はないのでご安心を。ただ話し合えないということは、ご理解いただけましたか?」
「ははは、はい。りりりり理解いたしました」
「なので直接話し合うことも、御使い殿の存在を見せることもできません。なにせ目に入っただけで殺しに来るでしょうからね。
……ですが、そう言って確固たる証拠も見せられないのに、あの地をよこせと言われても気持ちよく頷くことができないのも分かります。
いくら公的には、あの地は誰のものでもないと言っても、今まであそこが平和だったのは三国の元となった国と、ベイジル陛下の統治するロピュイや他二国が他国より守ってきたからこそとも言えるわけですからね」
コクコクと王や宰相たちが頷く。
「そこで、ご提案です。タダであの地を明け渡せというのに納得しづらいというのなら、あの山岳部一帯の開拓権を我々に売るというのはどうでしょうか?」
「売る……ですか?」
「ええ、その通りです。ここは分かりやすく、互いに気持ちよく解決いたしましょう」
竜郎は話の流れを区切るべく、パチンと手を叩く。
「そこで1つ目にまずご紹介したいのが、こちら!」
《無限アイテムフィールド》から突然ごそごそと凶器を出しはじめる竜郎に、おもわず護衛たちが動き出そうとする。
だが先の話を聞いて竜郎たちが危害を加えようと思えば、いくらでもできると理解していたので王は手で制した。
その間に机に並べられたのは剣、槍、盾の3つ。
「僕らがとあるダンジョンで手に入れた装備品です。この3つの内、1つを差し上げます」
「おぉ……一目見ただけで超級の品だと分かりますね」
王はもとより、後ろの護衛たちが特に目を輝かせてその装備品に見入っている。
そこで、この場にいた商会ギルド長が話に加わる。
「陛下。それは超級などという言葉では言い表せるような代物ではございません。
まさに世界の至宝と言っても過言ではない品々でございます。
値段など付けることはできませんが、仮に我がギルドで買い取るとしたらこれくらいになるでしょう」
「──ぎょげっ!?」
商会ギルド長にサッと出された紙に書かれた額を目にした王は、奇声を上げて椅子から転げ落ちた。隣の宰相など白目をむいて失神寸前だ。
護衛たちは額が大きすぎて現実感がなく、ポカンとしてしまっている。
なんとか護衛たちに起こされて、王が椅子に座り直したところで宰相がようやく正気を取り戻し、しわがれた声で慌てて叫びだす。
「お待ち下され! 我が国にこれは危険すぎます!」
「危険? ヒューよ、それはどういうことか?」
「お気づきになりませぬか、陛下! これほどのものとなると、他国に知られた場合、紛争の種になりかねませんぞ!!」
「──!? ……そういうことか。確かにそうだ」
深刻そうな顔で、一瞬でもどの装備品にしようかなど考え浮かれていた気持ちを冷ます王。これは、どうみても受け取ってもらえるような雰囲気ではない。
売っぱらうにしても、大きな財布を持っているであろう商会ギルドとて、はい買い取りますと気軽に言えるようなものではないので、それも難しいからだ。
だがしかし、そこも織り込み済みでセールスに来ているのだ。
竜郎は余裕をもって、にこやかに口を開く。
「宰相閣下の言いたいことはよく分かります。今もこの大陸では、某国同士で鉱山を取り合い、血で血を洗う戦いが繰り広げられていると僕自身、聞き及んでいます。
それを考えると、世界の至宝とも呼べるほどのものもまた、いらぬ紛争を呼び寄せてしまうかもしれません」
「その通りです。なのでこれを我が国のような小国が受け取るわけには──」
いきませんと、明確に断られる前に竜郎が遮った。
「その心配がなくなるとすれば、どうでしょうか?」
「なん……ですと?」
「先ほど僕は"1つ目にまずご紹介したいのが"と言ったのを、覚えているでしょうか?」
そんなことを言っていただろうかと王が首を傾げる中、宰相は覚えていたのかコクリと頷いてくれた。
「そこで2つ目のご紹介です。それを使って、皆で仲良く安全に、利益を共有しようじゃありませんか」
「は、はあ……」
キツネに包まれたような顔でポカンとしている王たちにむけ、竜郎はニヤリと笑い、その"2つ目"を取り出していくのであった。
次回、第79話は7月10日(水)更新です。