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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第77話 メディク

 どんな人間でも虜にしてしまうほど美味しいのが、美味しい魔物シリーズの魅力だ。

 それは一国の王だろうと抗うことは難しい、人によっては国を傾けてでも食べたいと思ってしまう、ある意味では毒とも言えるほどの効果を持つ。


 そんなカードを現在──ララネスト、チキーモの2枚揃えている。

 とくれば、ここは3枚目も手早く揃えて、強力な切り札を増やしたいところ。

 それらの誘惑をもってすれば、三国の王とて否を唱えるのは難しいはずだ。



「ってことでさっそくなんだが、ネロア。ここにはメディクっていう水の魔物を捕まえに来たんだ。ちょっと、そこの湖を調べさせてもらってもいいか?

 というか、そこにいる魔物に手を出していいか?」

「ん? 魔物なら好きにしてかまわない。我にとって大事なのは、底にある友たちの亡骸と、この場所自体だからな」

「なら遠慮なくやらせてもらうな」



 竜郎はさっそく湖の縁に立ち、右手をいれて水中探査の魔法を行使していき、この深く広大な地底湖の内部にいる魔物たちを隅から隅まで調べ上げはじめた。



「じっじ!」

「じっじ!」

「じっじ? もしやそれは、我のことをさしているのか? 小さき子らよ」

「「じっじー!」」



 竜郎が調べている間にその後方では、なにやら楓と菖蒲がネロアを指差し「じっじ」と連呼しはじめた。



「いや、我はだな。ネロアといういと尊き名前が──」

「「じっじ~~」」

「むぅ……」



 これが大嫌いな人間であったのなら「無礼な!」とブチ切れるところだが、彼女たちは竜郎の家族だ。

 となればネロアにとっても身内同然。怒ることはなかったが、困ったようにその厳めしい顔の眉間に皺が寄る。



「ごめんね、ネロアさん。この子たち、最初にネロアさんがたつろーのこと兄弟なんて呼ぶから、おじさんだと思っちゃってるみたいなの」

「おじ……さん? この我がか?」

「うん。まだ赤ちゃんみたいなもんだし、大目に見てあげてよ」



 ネロアは自分の名前をことさら大事にしていたので、気を悪くしただろうと愛衣が母親役として謝罪の意味もかねて話しかけたのだが、おじさんと言って以降、なんだか相手側は上の空になってしまう。



「我がおじさん……おじさん……おじさん……………………いいな。

 名前ではなく、関係性のことを言っていたのだな! 委細承知いたした! 我はカエデ、アヤメ、そなたらのおじさんとして接しよう!」

「「じっじー!!」」

「おぉ……そう思うと、なんと愛らしい子たちだろうか。心が洗われるようだ」



 普通の表情をしていても怒っているように見えるほど強面なネロアだが、姪という存在ができたのが嬉しくて堪らなかったのか、でれっでれにとろけた好々爺の顔で楓と菖蒲に接しはじめる。

 愛衣はそれに、「ああ、それでいいのね」と安心した。


 竜郎が作業をしている間に、ネロアは水を操り空中に魚や動物の形をしたものを浮かべ、楓と菖蒲を喜ばせた。


 そうこうしている間に、竜郎のほうにも進展が。



「見つけた!」

「やったな! マスター!」「いいねぇー!」



 自分たちの大好きな酒にも重要な要素となりえるだろう水の魔物の発見に、ガウェインとノワールは喜色満面に溢れた。


 そんな男2人の声を背中に受けながら、竜郎は水魔法で強引に水流を動かし湖面へと引きずり出していく。


 水柱をあげながら、それは湖面から飛び出した。その瞬間に氷の箱を作りだし、その中にいれて閉じ込め水の上に浮かべる。

 それはあたかも水槽に囚われた水棲生物のよう。


 捕まえたことで全員の視線が、そちらへと集まった。



「これはもしかしなくてもクラゲちゃん?」

「形状的にはそれが一番近いかもな」



 水の魔物──メディク。それは透明な5メートルほどの大福型の水風船に、糸のように細く、身の丈よりも少しだけ長い触手をすだれのように垂れ下げたような魔物だった。

 湖からサンプルとして、ひとまず合計3体ほど氷の水槽に入れて捕獲して陸にあげる。



「プルプルしてますし、ベッドや枕にすれば、さぞ快眠できそうな魔物ですの」

「フレイヤはぶれないなぁ……。だがまあ、ウォーターベッドみたいで気持ちよさそうってのは分かる。あの触手には毒があるみたいだが」

「そのへんもクラゲっぽいね」



 とまあ外見について語り合いながらも、全員気になっているのはそのお味。

 ガウェインやノワールなどは見た目の話はいいから、早く飲んでみようとせっついてくるしまつ。


 分かった分かったとあしらいながら、竜郎はコップを出して左手に持ち、氷の水槽の前に立つと右手でそれに触れる。

 触れた部分の形状が変化していき、細い注射針のようなものはメディク側へ伸びて内部まで深く突き刺さり、手前側へは逆L型の管が伸びる。

 氷の注射針を通して管からメディクの内部にある水が落ちてくるので、持っていたコップへと注いでいく。


 だいたいコップの半分くらいまで注がれたところで、なぜか水が出てこなくなった。

 なんでだろうと原因を調べて見れば、どうやら注射針の先端にゼリー質な物を詰められてしまったらしい。



「これなら生かしたまま永久に採取できると思ったんだがなぁ。自衛くらいはしてくるか」

「なあ、もうそれでいいからよ。ちょっと飲んでみよーぜ、マスター」

「全員で飲むと一口分しかないんだが、それでもいいのか?」

「とりあえず味をみると思えばいいんじゃないかねぇ」

「ニーナも気になるし、ちょっと飲んでみよーよ。パパー」



 他の面々も待ちきれないのか同じ意見だったので、人数分のコップを用意し、解魔法で確かめながら等分して手渡していった。


 ネロアも皆と同じことがしたかったのか、体を小さくして竜郎たちと同じサイズになってからコップを受け取った。



「それじゃあ、御一緒に。いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」「「あうぁぅあ」」「ぬ?」



 ネロアだけはついていけていなかったようだが、楓や菖蒲も赤ちゃん語でいただきますをすると、一斉に一口分の水を口にした。



「「「「「「「「「──!?」」」」」」」」」



 一口飲んだだけで走る衝撃に、全員がその目を見開いた。



「なにこれ! 水の味とかよく分かんないけど、なんか美味しい!」

「甘みも辛味も何もないが、体が勝手に呑みこめと訴えかけてくる……」

「この舌触りも最高ですわ!」



 一口分の水が舌の上に乗れば、まるで上質なシルクを舐めているかのような得も言われぬ心地よい舌触り。


 少ししかないからと口の中に含んでテイスティングしようとしていたのに、思わず飲み込んでしまうほど体がその水を求めてくる。


 喉を通り水が胃に収まれば、体の内側から洗い流されたかのような清涼感が全身を包み込み、なんだか全身が活性化されたような錯覚すら覚えてしまう。



「これは水だが、水じゃねぇ……。すげーな……」

「あぁ……、この世に酒以上の飲み物があるなんて、やっぱり人間たちの世界は面白いねぇ…………」

「あの魔物はこれほど甘美な水だったのか……。長年生きてきて初めて気がついた……、感謝するぞ兄弟」

「もっと飲みたーい!」「「うーー!」」



 水分補給はまめにしていたし、誰も喉なんて大して乾いてなかったというのに、あの水を思うがままに飲み干せたならどれだけ幸せだろうかと、ギラつく視線がメディクに突き刺さる。



「このままじゃ収まらないだろうし、とりあえず1体は倒しておくか。──ふっ!」

「────」



 竜郎ももっと飲みたいからと最初の一体を雷魔法で感電死させ、外身の30センチほどもあった分厚いプニプニした皮をはいで中の水を大量に別で用意した氷の水槽に移していく。


 即席で氷の蛇口をその水槽に取り付け、さっそく捻って各自なみなみと自分のコップにメディクの水を注いでいった。


 そして全員分注ぎ終ったところで、いただきますの合図もなしに、待ちきれないと一気に飲み込んだ──のだが。



「「「「「「「「「──!?」」」」」」」」」



 先ほどとはまた違った衝撃が、竜郎たちに襲い掛かってくる。



「なんでぇ!? これ炭酸水じゃん! これはこれで美味しーけどさぁ! ──ゴクゴク」



 先ほどは水だったのに、今度は炭酸水に変化していた。

 普通なら水だと思って炭酸水を飲めば吹き出してしまいそうなものだが、それを許さないほど美味しく遠慮なく飲み込んでいく。


 舌触りはピリピリするが、滑らかさも損なわれていない。炭酸水になろうとも、その美味しさには一点の曇りもない。



「パパが雷魔法で倒したから、パチパチがうつったのかも!」

「いや、炭酸って二酸化炭素だろ? 雷魔法で殺したら炭酸水になるとか、意味が分からない……。まあ、美味しいからいいけど ──ゴクゴク」

「──ゴクゴク 気にしたら負けですの、ご主人様。これはそういう魔物と思えばいいんですわ」

「ってぇーことはだ。他にも殺し方で味が変わったりするんじゃねーのか? マスター」

「あり得るな! いろいろ試してみよう」



 とはいっても実験でほいほい殺してしまっては、養殖用の個体がいなくなってしまう。

 この魔物には脳や心臓と言った部分が見られないので、魔卵錬成に必要な素材を集められない。なので自然繁殖で魔卵を生んでもらう必要がある。


 だがこの魔物は雌雄という概念もない。単体で自分のコピーとも呼べる魔卵を生んで数を増やすことで数を増やす性質なので、生きていれば最悪1匹だけでも個体を増やすことは可能。


 ということで生きた個体を5匹テイムして、《強化改造牧場》に送っておいた。

 これでここのメディクを全滅させても、あとから手に入れることができるようになった。


 それからここに生息するメディクを色んな方法で絞めていったことで、ガウェインが言っていた仮説が証明されることになる。



「7種類の味が楽しめるのか。調べてみれば、とんでも食材だったな」

「ある意味では、一番汎用性が高そうだね。全部魔法で倒したときだけ、みたいだけど」



 1種類目は、甘い水。下品なほどの甘みではないが、甘いシロップのような味。

 これは火魔法を使い、高温の水で煮詰めて倒すことで得られる。


 2種類目は、すっぱい水。顔を強くすぼめてしまうほどの酸味ではないが、レモンのような柑橘系にも似た爽やかな味。

 これは風魔法で竜巻のようなものを起こし、体をグチャグチャに撹拌して倒すことで得られる。


 3種類目は、苦い水。一見まずそうに聞こえるが、逆にその苦味が癖になるような絶妙な苦みを感じさせる味。

 これは土魔法で作った棘で突き刺し、一気に全身の水を抜いて倒すことで得られる。


 4種類目は、塩辛い水。生理食塩水のような優しさを持ちながらも、しっかりと塩気や出汁のようなうま味を感じる味。

 これは氷魔法で、一気に氷結させて倒すことで得られる。


 5種類目は、辛い水。唐辛子のようなピリピリとした辛味を感じさせるが、我慢できないほどでもないという程よい辛さをもつ味。

 これは呪魔法で、衰弱死させて倒すことで得られる。


 6種類目は、炭酸水。

 これは雷魔法で一瞬で感電死させることで得られる。


 そして最後、7種目。これは上記以外の方法で倒せば得られる、味付けなどはされていない本来もっている純粋な水。

 こちらは最初に竜郎たちが飲んだもの。



「おぉ……兄弟。その性質が分かったのはいいが、ここにいたメディクとやらは、ほとんどいなくなってしまったぞ。我は悲しい……」

「あ゛……。す、すまん、ネロア。今度養殖したのを持ってきて放流するから、許してくれ」



 調べたところによれば、全て最初の1体から複製した魔卵で生まれた個体ばかりだったので、個体差というものもないので安心だ。



「それならば問題ない! ぜひお願いする!」

「了解した。じゃあとりあえず俺たちはこれをお土産に一旦帰って、いろいろ準備してくることにするよ」

「む? ということはもう帰ってしまうのか? まだ来たばかりだというのに……」



 顔に似合わず、竜郎たちが帰ってしまうというだけで、しょんぼりしてしまうネロア。

 かれこれ千年近くも1人だったところに、いきなり大勢と話す機会が訪れたことで余計に寂しく感じてしまうようだ。



「そんなに残念がらなくても大丈夫だよ、ネロアさん。またちょくちょく遊びに来るからさ!」

「ニーナも遊びにきてあげる! カエデとアヤメもね!」

「「うー! じっじ、じっじ!」」

「ほ、本当か?」

「本当だ。だからここで待っていてくれ。その間に、ぱぱっと他の誰もここらに手出しできないようにしてくるから。

 我慢できなくなって、俺たちが戻ってきたときには暴れてた──なんてのはなしにしてくれよ?」

「──もちろんだ。兄弟との約束は守る。任せると言ったのだから、どうにもならないと分かるまでは大人しくここで座して待つ」



 これまで接した感じでは、ネロアが嘘をつくとは到底思えない。

 竜郎たちはその言葉を信じ、三国の王を説得する準備をすべく、一時カルディナ城へと転移で帰還するのであった。

次回、第78話は7月7日(日)更新です。

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