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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第五章 プティシオル大陸編
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第74話 最後の湖を探して

 湖面に広がる無残なヘビクラーケンの死骸を丁寧に回収する竜郎。血の一滴にいたるまで、わざわざ水から分離させて集めるという徹底ぶりだ。

 おかげで地底湖は、もとの穏やかな姿を取り戻す。



「これで湖も綺麗になったな」

「わりと酷かったもんね」



 その酷かったを成した子供たちは体を動かし、おねむになったらしい。竜郎が出したベッドの上で、可愛らしく寝息を立ててお昼寝中だ。



「フレイヤちゃんも寝ちゃったね、ママ」

「ほんとに寝るの好きみたいだね」



 子守りをしていたフレイヤも、竜郎が魔物の残骸を回収している間にいつの間にか楓と菖蒲の間に潜りこみ、ぐーすかぴーすか眠っていた。

 楓と菖蒲は、そんなフレイヤの腕を枕にしている状態。



「ここいらで一休みってとこかねぇ」

「ま、しゃーねーな」



 3人が完全にお休みモードに入ってしまっているのを起こすのも忍びないと、竜郎たちもシートを敷いて腰を落ち着かせた。



「うーん……暇だし、さっきのヘビクラーケン、食べてみないか?」

「頭から下は普通にでっかいイカだけど、頭はヘビだよ?」

「それでも砂漠で見つけた触手よりかは見た目ましだろ。案外、美味しいかもしれないぞ。調べたところ、食べて有害な物もないみたいだったし」



 さっそくヘビの頭部と大きな足の一部を取り出した。



「え"、頭も食べる気なの?」

「地球でもヘビを食べてる地域はあるんだし、物は試しだ」

「さすがに頭は食べてないと思うけどなぁ」

「ニーナも食べるー」



 カルディナ城周辺にいる魔物を生でバリボリ食べたりもするニーナにとっては、ヘビの頭など大して忌避感もないのだろう。愛衣と違って、どんな味がするんだろうと興味津々だ。



「とはいえ、刺身で食べるのは勇気がいるな。適当に味付けして焼いてみるか」



 大きな水球を魔法で作りだすと、細かく裁断したイカ足を放り込んで丁寧に洗っていく。

 その間にヘビの頭から頬の肉を削ぎ取って、さすがに他の部分──脳や眼球を食べる勇気はなかったので残りは《無限アイテムフィールド》にしまい、代わりにフライパンを2つ取り出す。


 洗い終わったイカ足に風に斬属性を加えた混合魔法で軽く切れ目をいれていき、油を引いたフライパンに乗せて醤油を垂らして焼いていく。

 醤油のいい香りがふわりと広がる。


 ヘビの頬肉はもう一つのフライパンで焼きながら、塩胡椒をふって味付けした。

 なんだが野性味のある独特な生臭さが、醤油の匂いに混ざっていく。

 これ食べるの? という視線があちこちから刺さるが、竜郎は気づかないふりをして調理を続けた。



「こんなもんかな。えーと…………まずはヘビの方からいってみるか」

「明らかに外れっぽいしね……」



 焼かれたヘビの頬肉からは、未だに独特な臭いを漂わせている。

 それでも作ったからにはと、フレイヤ、楓、菖蒲を除く全員で食べてみることに。その感想はと言えば……。



「「「「「うーん…………」」」」」



 吐き出すほど不味いわけではなかった。臭いも思ったほど口の中で広がらず、咀嚼することはできる。だが臭いもさることながら肉本来の味は少し苦く、食感も 革のベルトを噛んでいるような感じで無駄に硬い。


 眉間に皺を寄せながら、無言で飲み込んだ。



「気を取り直してイカ足のほうに言ってみるか!」

「そのほうがいいね」



 ということでイカの醤油焼きへとシフトする。お好みでマヨネーズもかけて、いざ実食。



「「「「「あー…………」」」」」



 ヘビの頭と比べればこちらのほうが美味しかった。けれどそれは醤油やマヨネーズが美味しいのであって、イカ足が美味しいわけではない。



「なんか醤油味のゴム食べる感じ」

「味が薄いねー」



 愛衣やニーナが言うように、イカ足の味は非常にたんぱく。ほんのりとイカっぽい味はするが、圧倒的に醤油に負けてしまっていた。

 よく噛みしめ、味覚に集中しなければイカの味など分からないほどだ。


 微妙な空気の中で、竜郎は後片付けを済ませた。



「また食べたいとは思わねー味だったな」

「食べられないことはないんだけど、俺も次は遠慮しておきたいところだねぇ」

「食料がこれしかないっていうなら、食べるかなぁってとこ?」

「ニーナもこれだったら、もういいかなーって」

「見た目的にはいけそうだったんだけどなぁ。イカ食材は別で探すか」



 イカ焼き、イカ飯、イカフライ。イカを使った料理は沢山ある。

 ここいらで上質なイカが手に入ったら儲けものだと竜郎は思っていたのだが、そうそう上手くはいかないようだ。


 ヘビクラーケン養殖計画はすぐさま棄却し、竜郎の《無限アイテムフィールド》の肥やしとなった。




 1時間ほどだらだら過ごしていると、楓と菖蒲が目を覚ます。いつの間にか自分たちの間にフレイヤがいることに少し驚いていたが、彼女のほっぺを引っ張ってそちらも起こしてくれた。


 竜郎の出した水で顔を洗い、3人の目がしゃっきりしたところで再出発。結局ここにも、お目当ての魔物はいなかったのだ。


 ダンジョンの町を作るためにと整地した際に入手した木材を樹魔法で加工して、全員が乗れる大きさの船を作ると、地底湖に浮かべて乗り込み水魔法で水流を作って移動していく。



「最後の一つの地底湖には、どう行けばいいんですの?」

「このまま地底湖を進んでいくと、その水中に横穴がUの字に通ってる。その水没している穴を越えた先にある洞窟をまた歩いていけば、この地底洞窟の終着点でもある地底湖にたどり着くってわけだ」

「ってことは泳いでいかなきゃいけないのかい? 水に浸かるくらいはできるけど、泳ぎには自信ないなぁ」



 カルディナ城の前にある海に足を付けたことくらいはあるが、当然ながらダンジョンの個として存在しているノワールは泳いだことなど一度もない。

 竜郎たちについていけるだろうかと、難しい顔で唸った。



「安心してくれ、ノワール。泳ぐ必要はないからさ」

「え? でも水中にある穴じゃ……」



 ノワール以外も首を傾げる中、竜郎は自信ありげににやりと笑った。


 しばらく木船に揺られどんぶらこと進んでいけば、ちょうど横穴があるこの地底湖の行き止まり付近までやってきた。

 穴は水深5メートルほどいったところにあいており、そこからさらに奥へと進んでいかなければいけない。


 そこで竜郎は船の上に立ち、魔法を行使する。

 すると水が動きだし横穴までぽっかりと穴が開く、そこへ氷魔法で開いた穴の周りを固めていけば、即席の氷トンネルの開通だ。



「趣向を凝らして滑り台みたいにしたから、向こうまでノンストップで一気にいけるぞ」

「おもしろそー!」「「たうあぅー!」」



 ニーナやちびっ子2人も目を輝かせて、早く行きたいと訴えかけてくる。



「これなら確かに泳ぐ必要はないねぇ。助かるよ、タツロウ」

「いいってことさ。それじゃあ、最初は──」

「ニーナが行く!」

「それじゃあ、ニーナ。先にいって安全を確かめてきてくれるか?」

「はーい!」



 ニーナが一番だと察すると、楓と菖蒲はぶーたれる。そんな2人を愛衣と一緒に竜郎はあやして機嫌を取った。


 既に探査魔法で向こう岸に、竜郎たちにとっての危険生物がいないことは調べ済み。

 氷のトンネルも一見薄く見えるが、竜郎が極限まで強化しているので、ここの湖に潜む魔物程度ではどう頑張っても破壊しようがない。

 なのでまず危険はないのだが、念には念をいれて個人では最大戦力のニーナに行ってもらうのが一番の安全策なのだ。



「いってきまーす!」

「気をつけてねー、ニーナちゃん」



 手を振る愛衣にニーナも手を振り返しながら、氷のトンネルに飛び込んだ。

 中は竜郎が言った通り滑り台のようになっていて、ニーナはうつぶせ状態で重力に引かれるまま滑っていく。

 竜郎の趣味でウォータースライダーのようにグルグル回転したり、上下に波打ったりする氷トンネルを抜けると、そのままポーンと最後は地上に投げ出された。



「おもしろーい!」



 すぐに空中で態勢を整えると、翼を動かし周囲を確かめる。妙な気配も感じないので、すぐさま念話で竜郎たちに異常なしと伝えた。


 それからポンポンと竜郎たちが氷トンネルから滑り出ていき、無事に全員が合流した。

 念のため氷トンネルは残し転移以外の退路を確保した状態で、傾斜のきつい上り坂を歩いて進んでいく。


 数分かけて登りきったさきは、8メートルほどの崖になっていた。

 そこから竜郎が光魔法で強く下に広がる光景を照らし出すと、そこにはいくつもの岩を魔法で加工して作った、かまくらのようなドーム型の小屋がいくつもあるのが見えた。



「えーと……まさかの地底人説が当たり?」

「…………いや、小型の魔物はちらほらいるみたいだが、それ以外の生物の反応はない。人工的に作られた隠し地下倉庫みたいなのもあるみたいだが、そこにも生物はいない。

 もしここに暮らしていた人がいたのだとしても、それは随分と前のことだったはずだ」

「一時的にここに留まって、また地上に戻ったとも考えられますの」

「なーなー、早く降りて調べてみないか? 面白そうじゃないか」



 ノワールは髭をぴくぴくさせて、謎の痕跡に興味津々なようだ。自分のダンジョンという小さな世界しか知らず、されどその世界のことなら何でも知っていた彼らからすれば、こういった未知が楽しくて仕方ないのだ。


 このままここで話していれば勝手に行ってしまいそうな勢いだったので、とりあえず崖を飛び降り調査に乗り出した。



「年代的には、この地下洞窟を補強した時代のものから、千年くらい前のものまであるな」

「一番新しいもので約千年前ってことか? マスター」

「そうなるな」



 竜郎は人が数人生活できそうなくらいの大きさをした岩ドームを片っ端から解魔法で調べてみれば、そのような結果が出た。

 中も少し覗いてみたが、明らかに知的生命がこの中で暮らしていた痕跡がいくつも見つかった。



「ここには小規模ながら村? みたいな、人の営みがあったってことだね」

「定期的にわざわざここに来ていたような感じでもないし、地底人はいたっぽいな」

「──あう? ぱっぱ! まっま!」

「「ん?」」



 近くをウロウロしていた菖蒲が何かを拾い、竜郎と愛衣に駆け寄って見せてくれる。

 それは爪きりで切った爪のような形をしていて、大きさは3センチほど。赤金色をした、キラキラ輝く鉱物のようなもの。



「これは……」

「うーー! ぱっぱ、まっま!」

「あら? これもそれと同じもののようですわ」

「ここにも落ちてるよ、パパー」

「おっ、こっちにも落ちてるぜ」

「ここにもあるねぇ」



 注意深く地面を見てみれば、それはちらほら落ちていた。楓やフレイヤたちも次々とその鉱物を発見して拾い集める。

 大きさは1センチから10センチほどとまちまちながら、だいたい切った爪のような形というのは同じだ。



「けっこう、ってほどでもないけど、そこそこ落ちてたね。珍しい鉱石かな」

「解魔法で調べた感じだと、少なくともそこいらの鉱物よりも強い力を持っているのは確かだな。

 ノワールは知らないか? ダンジョンの個として、かなり長く存在しているんだろ?」

「ええ? 俺かい? そんなの分かるわけないってー。この体じゃあ、調べることもできないしさぁ」

「それでもなんか、似たようなのを見たこととかもねーのかよ」

「いやぁ……少なくともうちのダンジョンでは、こんなものはなかったしなぁ。お役に立てなくて申し訳ないねぇ」

「いや、知らないならいいんだ。だが気になるし……ここは我らが妹さまの力を借りてみるか」

「リアちゃんなら、一発で分かっちゃうしね」



 竜郎がリアへ念話を繋げようと意識を逸らした瞬間、突然好奇心のままにウロウロして少し離れたところまで行ってしまっていたノワールが奇声を上げた。



「にゃーーっ!?」

「なんだ!?」



 竜郎をはじめ皆が驚いていると、ノワールは一目散にガウェインに飛びのり肩まで這い上る。


 ノワールが先ほどまでいた、複数あるうちの一つの小屋の入り口付近へと視線を向けると、そこには水でできたスライムのような物体が、ポッカリと口を開けてこちらに敵意を向けてきた。



「あんなの、どこにもいなかったはずだが……」

『近づくな。ここから出ていけ』

「しゃべった!? しゃべったよ! あの謎スライム!」

「スライム人間ということですの?」



 水の中でしゃべっているような、少し籠った声質ながら、しっかりとした発音でこの大陸の言語を発していた。



『もしこの地を踏み荒らすというのなら、身命を賭して貴様らを排除する』

『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』



 そこらじゅうの地面、壁、天井から、同様の大口を開けた水スライムがニョキニョキ生えて、一斉に輪唱するかのように喋りだす。



「わーお、たっくさん生えてきたよ。今日はスライムさんのパーティでもあるのかな?」

「「あうー?」」



 愛衣が楓と菖蒲が不安がらないように声をかけてみれば、なにそれー? といった様子で2人は首を傾げた。

 どうやらこの意味不明な状況下でも、まったく不安がってはいないようだ。


 その間にも、そこら中からニョキニョキと水スライムは生え続け、周囲を埋め尽くしていく。



『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』『排除する』

「ちょっと待ってくれ! 別に俺たちはここを荒らすつもりはない。対話ができるというのなら、まずは話し合おう。

 もしそちらが話も聞かずに攻撃してくるというのなら、こちらも相応の対応をせざるを得ない!」

『信じられない』『信じられない』『信じられない』『信じられない』『信じられない』『信じられない』『信じられない』『信じ────ん?』

『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』『ん?』



 信じられないと竜郎の言葉を切って捨てたかと思えば、突如水スライムたちの体が傾き、今度は疑問符の大合唱がはじまる。


 これには、なんだこいつらはと竜郎もどう対応していいか迷ってしまう。

 すると水スライムの一番近くにいた1体が、するすると地面を滑るようにしてこちらへ少しだけ近づいてくる。


 そして、みょーんと、人間で言えばおでこのあたりから、やたらと細長い、水でできた指のような触手が飛び出し竜郎を指し示す。



『お前……ちょっとこっちに来い』

「俺か?」

『そう。お前だけ。他は来るな』

「分かった」



 皆から大丈夫? という視線を向けられるが、竜郎は念話で『大丈夫だ』とだけ伝えると、いつでも転移で脱出できるように時空魔法の魔力を全員分展開しながら近寄っていく。

 相手はどうみても竜郎を害することができるような存在ではないのだが、念には念をいれてのことだ。


 そして心配そうに愛衣たちが見守る中、水スライムの目の前までやってくると、指名するときに使っていた触手を竜郎のおでこにピタリとくっ付けた。



『お、おお……』

『おお……』『おお……』『おお……』『おお……』『おお……』『おお……』『おお……』『おお……』



 その1匹がなぜか感動したような声を上げると、他のスライムたちも同じように感動しはじめる。

 今まで感じていた敵意は一切なくなり竜郎を含め全員が困惑していると、おでこにくっついていた触手が引っ込み、その代わりにべちょっと水スライムに抱きつかれた。そして──。



『おお……兄弟よ』

「は、はぁ?」



 突然の兄弟発言。竜郎は意味も分からず、素っ頓狂な声をあげるのであった。



「もしかして私の未来のお兄様? あれ、弟かな?」

「じゃあニーナのオジさん!?」

「「じっじ! じっじー!」」

「いや、違うから……」

次回、第75話は6月30日(日)更新です。

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